Part.3
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謎のお店『幽霊喫茶探偵事務所』の情報収穫が0から1に上がる。
瑶は店の名前だけでも知れば何とかなる(はず)と思い、先生に見つからないように学校を勝手に抜け出し渋谷に向かっていた。
周りは基本的に他人に無関心な人達なので、昼間に制服で歩いていても誰も気にも止めない。止めてすらいなかった。
平日の昼間なのにも関わらず渋谷の街は今日も人並みは多く、相変わらず、スクランブル交差点やハチ公周辺には人集りができていた。
瑶は、しがらみ探しで渋谷の街を歩き始める。
「幽霊喫茶探偵事務所……幽霊喫茶探偵事務所……ここも無いかぁ……」
ビルの看板や電柱に貼られているボロボロのチラシ等の見落としが無いように慎重に歩く瑶。しかし、どんなに歩いても、そんな看板やチラシは何処にも見当たらなかった。それらしい物すら見つからない。
だが、瑶は諦めなかった。
自分の願いの為に、その店をどうしても探さなければいけなかったから。
……………
………
…
――結局、何時間歩いても結果は変わらなかった。
無理があったのだ。
ネットにも出ない謎のお店…広い土地から一つの店を探し出すことは早々容易ではなかった。
斉木が見つけたのも、きっと、何かの偶然。ネットの情報は広大だ。それは、あまりにも広すぎる。例えるなら、無限に続く海原や迷路のようなもの。
何かの拍子でたまたまそれに繋ぐこともあるが大抵は気にもとめない。この行き交う人集りのように…。
斉木も、その《《たまたま》》に入ったのだろう。
瑶は心の隅で、そう思い始めていた。
数時間歩きっぱなしなだけあって足も疲れ、瑶はとうとうスペイン坂通りの自動販売機に背を預けその場に座り込んでしまった。
「はぁ……。幽霊喫茶探偵事務所なんて、やっぱり無いのかな。ネットのデマで所詮は噂……。誰かが作ったでっち上げなのかな……」
ネットの中には、嘘偽りで作り上げたサイトや記事なども多い。
『幽霊』『喫茶店』『渋谷』と検索しても出なかったものを、たまたまサイトで見つけたものをどうやって現実の世界で探し出せる?
――全ては《《偶然》》なのだ
最早、諦めるしかないのだろうか?――と思い溜息を吐いた瞬間、横から年配のお爺さんが突然声をかけてきた。
「なんだ?あんた、あそこに行きたいのか?」
「え……?」
そのお爺さんは、黒のハット帽にグレー地の着物を着て焦げ茶色の杖を持っていた。
杖には金の装飾があしらえており、一見、お金持ちのお爺さんに見える。それはきっと、背筋がピシッと伸びているからそう見えるのかもしれないし、着物も案外似合っているからなのかもしれない。
「はっはっはっ!いや〜、あの店を探している客がいるとはねぇ。これまた珍しいもんだ。丁度良かった。どれ、これが店のチラシだ。少しわかりにくい場所だから、ちゃんと地図を見るんだぞ?徹三に頼まれたが、やっとチラシを一枚渡せた。じゃぁな、若造」
そう言うと、お爺さんは袖からチラシを一枚取り出し瑶に手渡すと背を向け歩き出した。
瑶は理由がわからず、言われるがままに受け取ってしまったが、ハッと我に返り慌ててお爺さんの背を追いかけた――が、既に遅かった。
「ちょ、待っ――て、あれ?」
角に差し掛かった所で、お爺さんの姿は既に何処にも居なかった。
ここは人が多い街だ。直ぐ見失ってしまうのも有り得ること。
一人の人を、この中から見つけるのは難しい。ましてや、今日初めて会った人で顔もろくに覚えていない人物だ。
まるで煙のように現れ、煙のように消えてしまった謎のお爺さんを見つけるのは困難にも等しい。いや、確実に無理だろう。
瑶は探すことを諦め、手渡されたチラシを見る。
チラシはハガキサイズの大きさで、印刷ではなく珍しく手書きで店の名が記入していた。
このチラシを作った人は、余程、字を書くのが上手いらしい。文字は達筆で明朝体で書かれていたのだ。
中心には少し大きな文字で『ご相談承ります。幽霊も人も遠慮なくお越し下さい』と記載されている。
そして、端には地図が載っていた。
その地図も手書きで、とても簡素な地図だった。
「マ、マジ、だったんだ……」
あまりの出来事と本当に店は存在していた事実に、暫し、その場で立ち尽くしていた瑶。
その途端、ドンッ!と誰かにぶつかった。ぶつかった人は謝りもせず、瑶の横をそのまま通り過ぎる。
瑶はぶつかった衝撃で我に返り、チラシを握り締め意を決した面持ちで、地図に従って歩き始めた。
………………
…………
…
場所は道玄坂一丁目。
瑶は地図を見ながら歩いていた。
道玄坂自体へ行く分には迷わないが、裏路地をあっちこっちと歩いていると段々道がわからなくなっていた。まるで迷路のようだ。
表を歩けば『あぁ、ここか』と直ぐにわかるだろう。しかし、瑶はそうせずチラシの地図通りに道を歩いていた。
そして、遂に瑶は見つけた。
店は、薄汚れたビルの裏にあった。店がある建物自体も、雨風のせいで相当汚れている四階までの小さな鉄筋ビルだった。
きっと、多くの人がこの建物には気づかないだろう。気づいたとしても、恐らく見向きもしないだろう。
そのぐらい存在感が薄い建物だった。
わかりやすく例えるなら、煌びやかな歌舞伎町の中の暗い路地にポツン…と建っている寂しげなBAR――そんな印象だった。
そのビルの入り口には、赤い看板が電気を受けて光っていた。看板には『幽霊喫茶探偵事務所 B1F↓』と書かれている。
瑶はチラシをもう一度見る。
「えっと、地下一階……」
どうやら、本当にここが斉木の言っていたお店らしい。
瑶は薄暗い階段を一段一段下りて行く。通路は狭く、一人ずつじゃないと通れない狭さだった。
通路には手摺もあり、瑶はチカチカと点滅している光と手摺を頼りに少しずつ階段を下りる。
そして、店の扉前まで来た。
ここまで来る道と店の外観からにして少し緊張する瑶。
扉には『OPEN』という掛札が掛けられている。
あまりの緊張と不安で口の中は渇き、ゴクリと無理に唾液を飲み込むと瑶は震える手にグッと力を込め、金色のドアノブを握り一気に扉を開いた。
――カランカラン
と、ドアベルが鳴った。
扉を開けた瞬間、瑶は店の内観に驚いた。外観と内観の違いはもちろん、何よりも驚いていたのは中にいる美しい少女のことだった。
思わず呆然となりその場に立ち尽くす瑶。すると、美しい少女が瑶を見てニコリと微笑んだ。
「いらっしゃいませ、お客様。幽霊喫茶探偵事務所へようこそ。さぁ、奥へどうぞ」
少女のその言葉に、まるで、誘われるように足が自然と動き、瑶は、店の中へと入っていった。




