Part10
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――翌日
カランカラン.....と、喫茶店のドアベルが店内に鳴り響いた。
店に入って来た客は、立花祐希の彼氏である斎藤瑶だ。
「こんにちは、深海さん」
「こんにちは」
「よぉ」
既に店のカウンターに腰掛けている神崎とカップを布巾で磨いているアリサは、店に入ってきた瑶に挨拶をした。
瑶はカウンター席まで歩き、神崎とアリサに頭を下げた。
「あの.....先日は、有り難うございました!まだ.....その.....祐希がいなくなった事実に落ち着かないですけど、少しは楽になりました。これからは、祐希の分まで頑張って生きるつもりです。.....じゃないと『ウジウジするなっ!』て、祐希に怒られますし。あはは.....」
そう言いながら頬を掻き苦笑する。
アリサや神崎から見ても、初めて会った時の瑶の暗くて辛そうな顔色はもう何処にも無い。
「あ、そうだ。これ、お礼です。後、こちらが依頼の報酬です。本当に、これで良かったのか不安なんですけど.....」
瑶は小さな紙袋を2つアリサに手渡した。
「はい。確かに受け取りました。有り難うございます」
ニコリと微笑むアリサ。
瑶はアリサの微笑みに少し照れ、慌てて目線を逸らす。
そこで何かを思い出したのか、瑶は顔を上げアリサにある事を聞いた。
「あの。どうしてあの時、祐希は珈琲を飲めたんですか?俺は祐希に触れることも出来なかったのに.....。ずっとそれが気になっていたんです」
その質問にアリサはふふっと笑った。
「このお店は特別なんです。ですから、他の霊の皆さんもこの店内では飲食が可能になっているんです」
「そ、そうなんですか.....」
「初めて入ってきた時、なんか独特な雰囲気だなぁとは思いましたけど.....まさか、そんなことが出来るお店だったなんて」
「ふふっ。ところで、今日は何かご注文なされますか?」
瑶は首を横に振る。
「いいえ。今日は、これから友達に彼女の事を話すつもりです。実は.....内緒で付き合ってたんですよ。と言っても、告白とかしてなくて雰囲気で付き合ったというか.....あ、あははは」
「あら~。そうですかぁ」
「だから、最後にきちんと自分の想いを伝えたいと思ったんです。それが、俺の言いたいことだったんです」
アリサにそう言うと、瑶は照れくさそうに年相応の少年らしい笑顔で笑った。
アリサも神崎も口元が微かに上がっている。
――プルルル プルルルル.....
瑶の上着のポケットから携帯の着信音が鳴り、瑶は慌てて携帯をポケットから取り出した。
「やべ!もう、こんな時間!あっあの、俺はこれで失礼します。本当に、有り難うございました!」
――カランカラン
瑶は慌てるようにして店を出て行った。
瑶が去ってしまった今、店にいるのはアリサと神崎だけである。
店内には、クラシックのBGMが流れている。
神崎は頬杖をつきながらアイス珈琲を1口飲んだ。
「最近の若いもんは、雰囲気で付き合ってるのか?何だかなぁ〜.....」
――ガサガサ...
「告白もしないでお互い付き合うって.....。いや、マジ最近の若い子スゲーわ」
――ガサガサ...
「って、おい。聞いてるのか?アリサ」
神崎は、カウンターの奥にいるアリサを見る。
アリサは仕事を放棄して、透明なカップに入っているプリンを大事そうに両掌に乗せキラキラした瞳でプリンを眺めていた。
「は、はわわぁ〜。こ、こここれが.....プリン・ド・オールのプリン!!」
どうやら、神崎の話しは全くこれっぽっちも聞いていないらしい。
神崎は唖然とした様子でアリサを見ている。
その神崎の様子すら、今のアリサには視界に入っていない。
「はわぁ~、食べるのが勿体無い〜。あぁ.....でも.....食べちゃいたいから、食べちゃお〜♪ふんふふ〜ん♪」
ルンルン気分で鼻歌を歌いながらスプーンを取り出し、プリンの蓋を開ける。
蓋を開けると、甘い匂いがアリサの鼻腔をくすぐった。
そして、改めてクンクンとプリンの匂いを嗅ぐ。
「ん〜、素敵な香り〜ぃ。いただきま〜す♪」
銀の小さなスプーンでプリンを掬う。
スプーンの上に乗ったプリンはぷるぷると微かに揺れている。
アリサは口を開いてパクッの食べる。
「お.....美味しい〜っ!はわわぁ〜.....。幸せやぁ〜.....。幸せ過ぎて死んでもええ〜」
喋り方が突然変わり、神崎は呆れた目でアリサを見た。
「出たよ.....。テンションが高い時に出る関西弁」
「はむっ!もぐもぐ.....はむ!むふふふ~ぅ♪」
アリサの今のこの顔を見ると、初めてアリサを見る人ならばついつい見惚れてしまうだろう。
しかし、神崎は違った。
やれやれ.....という表情で神崎はアリサを見ていた。
「で、今回の報酬はプリンか?あのよぉ、金ぐらい貰えよな。この店マジで潰れるぞ?」
「おみんみゃいふむんめふ」
「食い終わってから言えっ!食い終わってから!」
アリサは、む〜.....とした表情で頬張っているプリンを飲み込んだ。
「ご心配無用です。ここの管理人さんが、よくお店に来て下さいますし。他にも、祖父の知り合いがバックアップをしてくれているので」
「相変わらず、お前の祖父さんは謎が多い人間だなぁ」
「ん〜.....まぁ、言われてみればそうですけど。私には普通ですね。はむっ!ん~、美味しい♪」
幸せそうに食べていたアリサだったが、何か思い出したのか突然ハッと我に返った。
「あ!そう言えば、神崎さんの報酬貰ってません!」
「え?あ〜.....あー!やっべ!俺、そろそろ行かないと!じゃ、お金はここに置いてくから!」
「あーーー!!」
――カランカラン
動物並の素早い動きで店を出て行く神崎。
アリサの手にはプリンもあったので、引き止めることすら出来なかった。
プリンを片手に持ち、もう片方の手にはスプーンを持っている。
アリサはスプーンを持っている方の手をギュッと握りしめた。
握りしめている方の手は微かに震えている。
「に、逃げたなぁ〜っ!!二度と来るな!アホー!!!……………うぅ。ウチのフェアリーケーキフェア………うぅぅぅ」
(終)




