Part.9
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――カランカラン
幽霊喫茶探偵事務所のドアベルが鳴る。
アリサは扉を開けて店に入ると、カウンター席に座っている瑶が椅子から立ち上がった。
「あ、あのっ!祐希は?!」
キョロキョロと周辺を見回す。
しかし、瑶の目からは祐希の姿を捉えることは出来なかった。
アリサはニコリと微笑んで瑶を落ち着かせる。
「大丈夫です。ちゃんとここにいますよ。さぁ、お座り下さい」
瑶はカウンター椅子に渋々座り直す。
アリサはカウンター奥に入ると、腰にエプロンを着け、冷蔵庫から牛乳を取り出し機械で泡立てる。
泡はきめ細かくなりメレンゲのようにふんわりとなった。
アリサは手慣れた手つきでカップの中に珈琲とスチームドミルク(ホットミルク)・フォームドミルク(泡立てた牛乳)を入れる。
そうして出来上がった物は泡がフワリと揺れているカプチーノだ。
アリサは、そのカプチーノを瑶の隣の席にソッと置いた。
「え?」
とした表情でアリサの顔を見る瑶。
アリサは、そんな瑶にニコリと微笑んだ。
「これは祐希さんが注文した物です」
「祐希、が.....?」
「はい」
そう言うと、アリサはカウンターから出て瑶の手にそっと触れた。
瑶はアリサの急な行動に驚き手を引こうとしたが、アリサは瑶の手をギュッと握って逃がさなかった。
「すみません。祐希さんを見るには私が瑶さんの手を少し握らないといけないんです。不便かもしれませんが、我慢して下さいね」
と言いながらアリサは苦笑する。
そして、カプチーノが置いてある席を見つめて微笑んだ。
瑶も恐る恐る自分の隣を見る。
「っ!?」
先程まで確かに誰もいなかったはずの席だったのに、今、隣には彼女――立花祐希が座って瑶をジッと見つめていたのだ。
「ゆ、祐希.....?」
「瑶.....」
祐希は微笑んだ。
瑶は、そんな彼女の頬に触れようと手を伸ばす――が、瑶の手は祐希の頬に触れること無くそのまま通り過ぎてしまった。
その現実に瑶は唖然となり、眉を顰めた。
「お前.....やっぱり――」
「――瑶」
祐希は言葉を遮るように瑶の名を呼ぶ。
「私.....瑶に言いたい事があるの」
「っ!!俺だって言いたい事がある!」
「ごめんね」
「ごめん!」
その言葉は自然と重なり合った。
瑶も祐希も唖然とした顔でお互い見つめ合う。
そして、同時に笑い始めた。
「あははっ」
「はははっ。私達、本当に色々似てる」
「うん」
「あの時、最後まで喧嘩しちゃったでしょ?私ね、それがずっと心残りだった。素直に謝ればよかった」
「俺だってそうだよ!喧嘩して気まずいからって、祐希を引き止めることもしなかった。あれが最後だなんて思わなかった.....俺.....お前が悩んでることにも気づかなかった.....」
「.....もしかして、聞いたの?学校のこと」
瑶は頷いた。
「お前に会う前に.....刑事さんがここに来たんだ。その時に聞いた.....」
「そっか.....」
祐希は気まずいのか瑶から視線を逸らし苦笑する。
「あはは.....私、馬鹿だよね。自分でも、瑶や後輩達皆に話していたら、こんな事にはならず、もしかしたら別の解決策が見つかったかもしれないって思う」
「本当にそれだよ.....馬鹿野郎.....。お前はいつもそうだ。1人で何もかも考え込んで、突っ走って.....。俺だって.....俺だって.....っ」
瑶は自分を責めるように膝の上にある手をギュッと強く握る。
祐希は瑶のそんな表情を見てニコリと微笑んだ。
「私ね、瑶と出会えて幸せだよ?瑶の恋人になれて幸せだった」
「祐希.....」
「だから、そんなに自分を責めないでほしい。これは私が悪いんだから。あ、だからって私のこと忘れろって言ってるんじゃないよ?私のことで、いつまでもウジウジするな!ってこと」
そう言うと、祐希はテーブルに置いてあるカップチーノのカップを持ち上げ口を付ける。
コクリ.....と、祐希の喉が鳴る。
「美味しい!!」
瑶は祐希がカプチーノを飲んだ事にかなり驚いたのか、口をあんぐりと開け唖然となっていた。
「の、飲める、のか.....?」
「うん!」
コク、コクとカプチーノを飲む祐希。
余程美味しいのか、カプチーノはあっという間に半分ぐらいまで減っていた。
ふぅ.....と軽く息を吐くと祐希は徐に椅子から立ち上がり、うーんと腕を伸ばした。
「ん~っ.....はぁ!.....よし。瑶、私、そろそろ行くね」
「祐希」
「ん、何?」
「俺もお前に会えて良かった。幸せだった。楽しかった」
「え.....?.....えへへ。なっ、何だか恥ずかしいなぁ。でも.....そっか。うん!」
蔓延の笑みで笑う祐希。
頬はほんのりと赤くなっている。
すると、祐希の足元から淡い光が現れ、その光は少しずつ上へ上へと上って行った。
それと同時に、祐希の体も下から少しずつ消えていた。
瑶は慌てて椅子から立ち上がる。
「ゆ、祐希!」
「瑶。私、瑶のこと好きだよ」
「なっ、そんなの.....そんなの俺もだよ!俺は、祐希が好きだ!今も、これからも!」
「えへへへっ。やっと、それ聞けた。.....ありがとうね。私、最後に瑶に会えて良かった。最後に、こんなに美味しいカプチーノを飲めて良かった。瑶。私、瑶のことこれからも応援するから頑張ってね」
《――大好き》
その言葉を最後に祐希の姿は完全に消えた。
蛍の光のように、淡い光が空に向かって飛んでいる。
やがて、その光も消え、残ったのはカウンターに置かれている飲みかけのカプチーノだけだった。
瑶は無言で椅子に腰を下ろす。
顔は俯いていて、どんな表情をしているのかわからない。
アリサは何も言わず、そっと瑶の手を離しカウンターの奥へ入る。
――コトリ.....
と、瑶の前に置いたのは温かいカプチーノだった。
瑶はカップを持つと、それを1口2口と飲む。
「うっ、うぅ.....や、やっぱり.....これ、俺には甘いや.....っ.....」
瑶は涙を流しながら、泡が乗っているカプチーノを飲み続けた。
隣には、半分だけ減っているカプチーノがポツンと置いてある。




