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戦国DNA  作者: 花屋青
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プロの杉谷

 オレンジのネオンが空から落ちて紺の海へ溶けていく中を兄弟は走る。

 やっとついた七Km先で見たのは。夕日色がまぶされた銀色の魚絨毯の上に真っ直ぐに立つ、がっしりとした体格で長身の若い坊主。

 お経が書かれた甲冑を纏ったその坊主は、行也達を見かけると元気よく叫んだ。

「我は杉谷善住坊! お前らの希望を狙撃する!」

 杉谷は雄叫びを上げながら、箒のような先端の刀を構えて走りくる。

「行くぞ!」

「おう!」

 それを討つべく水飛沫をあげながらロケットのように飛び出す兄弟。しかし島津は彼らを止めた。

「この魚がおかしいと戦場の空気が言っている!」

 島津は自分の尻尾を引きちぎって抜いて投げた。

「し、師匠?」

 兄弟は目を見開いて島津の尻尾をみた。半分になっていたしっぽが徐々に復元されていく。

「あの魚……拙者のしっぽを食った! 近付くと食われるでござるよ!」

 銀の魚絨毯は高速で走り来て飛びはねた。生臭いナイフが兄弟達を襲う。

「とりあえず魚をさばくぜ! 島津十文字斬! 連打!」

 島津十字の衝撃波が複数、風を巻き起こしつつ飛んでいく。それは容赦なく生ける銀の塊を切断していくが、多すぎて捌ききれない。

「もういっちょ!」

 懲りずに連打する行人だが、血管に鉛を詰められた如く腕が重くなり。動きが鈍くなっていく。

 一方、行也は行人が撃ち洩らした魚を切りつつ、黒田と島津に目を配る。

 しばらくは攻撃に耐えていた兄弟だが行人の腕は重力という手枷がのしかかり、手が止まった。

「どおーりぁ!」

 杉谷は好機とばかりに行人へ向かって上から刀を振り下ろす。行也は行人を庇った。しかしあまりの衝撃に腕はシンバルのように振動し、身体も少しぐらつく。それでも彼は歯を食い縛り、なんとか踏み留まった。

 その後は杉谷の刀を防ぐことで精一杯。黒田はひっつく場所を変えて魚を避けつつ、戦場の空気を読んだ。魚を手刀で殴打している島津とアイコンタクトする。

「行也、戦場の空気を読め! 何を感じるか!」

「魚くさいです!」

「バカモノ! そうじゃなくて! 状況はどうじゃ!」

「一旦距離を取るべきだと思います!」

「正解! 行人を掴んで足踏みしながら戦国一〇八計・中国大返しと叫べ!」

「わかりました! 戦国一〇八計! 中国大返し!」 行也は行人の腕を掴んで数KM走った。彼らの足はローラースケートを履いたように加速。杉谷からは余裕で逃げられそうである。 しかし行人は行也の手を振り払い、立ち止まった。

「まだ戦える!」

 行也は行人の目を見た。行人の目は意志の強い炎のようである。行也はそれに頷くと黒田に尋ねた。

「一〇八計の効果時間はどれくらいですか?」

「大体十分じゃ。」

「わかりました! 先生、切れる三分前になったら教えてください。……行人、俺が囮になるから杉谷を仕留められるか?」

「おう!」

「……ちょっと待て! 今思い出した! あやつは鉄砲の達人じゃ!」

「伏せろ!」

 島津の指示のすぐ後。腹の底を殴るような低い銃声が響きわたった。

 うつ伏せになった兄弟の後方に深い傷の波紋が浮かぶ。

「銃って連射出来んの? 威力は?」

「使う者によるでござる。……右へ飛べ!」

 ぐだぐだ言っている間に距離をつめられ、また魚絨毯や魚が襲ってくる。

 行人はまた十文字斬りをはじめた。黒田は一瞬瞑った目を見開くと、言葉を発した。

「行也はワシと島津殿を抱えて行人から離れて走れ。」

「無茶でござる! こちらは銃がない!」

「効果が切れる二分前に合図する。二分前にはどういう状況であれ逃げるのじゃ。以上!」

 茄子のような深い紺色に染まりゆく空の下。ヘッドライトを点けた行也は行人から離れて反対方向へと走り出す。

 生ける銀の集団はきっちり半分に別れ、光る軌跡を追いかけた。

「杉谷の背後に回れ!」

 行也は杉谷の背後まで回りこもうとする。

 一方行人は時々刀を持ち変えながら上から降り注ぐ銀の刃にひたすら十文字切りをしていた。

 彼の息は荒く深い。額からは光る滴が顔を走る。だが魚はさっきの半分の量なので杉谷を視界にいれつつなんとか捌けている。量も減ってきた。

 そして。行也は杉谷との距離を縮めていく。杉谷は背後をとられないよう注視しつつ、十文字斬の範囲外に走ると行人に向けて銃を構えた。

「行人!」

「行人殿!」

 絶叫して手を伸ばす行也と島津。しかしその手は空しく空を掠めただけ。

 そんな中黒田は島津のしっぽを引っ張って叫んだ。

「黒田爆弾!」

 杉谷が黒田に振り向いた瞬間。行也は姿勢を下向きに変形。今まで走っていたスピードをのせて海面をかき氷のように荒く削りながらスライディングキック。 杉谷は銃を掴んだまま仰向けに吹っ飛んだ。それをめがけ行人は最後の力を振り絞り銀の直線を閃かせる。

「……島津十文字斬!」

 威力は普段より低いが十分だった。兜はひしゃげ透明な小さい兜になり、男は変身がとけた。しかし不思議なことに沈まない。そして魚達は砂のように消えた。

 深い闇色に小さな小さな金の粒が天井に輝く中。

 杉谷は、行也の手拭いで後ろ手に縛られて正座している。行人はそんな彼に刀をに突きつけた。

「お前らは何者で、何のためにここを襲うんだ!」

 坊主は何かを決意した眼差しで行也達を見据える。 島津は咄嗟に坊主の膝に飛び乗った。

「わかったでござる! これ以上は聞かない! 吹っ飛ばされても銃を手放さないその根性、命をかけても秘密を守ろうとする気概はあっぱれでござる! 早まるな!」

 黒田は冷たく乾いた眼差しで島津を睨んだ。

「死にたいならそうさせてやればよい! どっちみちとどめを刺すべきじゃからな!」

「事情も聞かないのにありえないでござるよ!」

 二匹の怒声が海の空気を震わせる。そこに兄弟も加わった。

「俺も島津師匠に同意見です! 何か事情があるかもしれないのに殺すなんて出来ません!」

「そうだぜ!」

 黒田は目が据わり、声と佇まいを激しく尖らせる。

「お前らは甘い! 自分達の命を狙った奴じゃぞ! 簡単に許しちゃいけないんじゃ!

 そんなんじゃ敵だけじゃなくて周りの人間にもつけこまれるぞ!」

「何だよ! いっつも偉そうに!」

 行人は思わず黒田の頬をつねった。

「イダダタ!」

「行人! やめろ!」

 行也は行人から黒田を剥がすと、杉谷に視線を移す。分厚い服には切れ目が何箇所もあり、その隙間から火傷が見えた。

「とりあえず病院に……。」

「そうだ! おぶってやるから!」

 黒田は渋い表情で言った。

「二度目はないぞ! さっさと帰れ!」

「……。」

 男は激しくふらつきながらゆっくり歩き、海の向こうへ消えた。

――兄弟はふらふらしながらもなんとか家についた。 居間に入った兄弟は、力が抜けて眠りこむ。黒田はそんな彼らにそっと毛布をかけ、島津は兄弟の脈をみた。

 それが終わった島津は、黒田を鬼の眼差しで睨みつつ奥の部屋に引き摺り入れた。

「……下手をすれば行也殿も行人殿も死ぬ所でござった! 何を考えている!」

 黒田は島津の目をしっかり見て答える。

「杉谷は中国大返し発動後、攻撃力があるが疲れている行人から仕留める気なのがミエミエじゃった。

 だから行人を囮にし、行也が背後に回って攻撃すれば勝てると思った。

 最悪行人に銃弾が飛んでも、十文字切りの風圧で弾の威力は軽減されるはずじゃし。」

 島津の眼差しが少し穏やかになる。黒田は説明を続けた。

「まぁ中国大返しを発動した時は、本気で退却しようと思ったがの。

 しかし杉谷は二発も銃弾を外した。プロの杉谷なら、信長公はまだしも戦士初心者の兄弟なら外さない。 あやつは初心者杉谷じゃ。兜の能力を生かしきれていなかった! 

 島津殿の言う通り、根性はなかなかじゃがの。」

 島津はプロ杉谷とか意味がわからないと思った。しかしとりあえず黒田はきちんと根拠があったので良しとした。

「ところで黒田爆弾とは何でござるか?」

「ワシも分からぬ。」

 島津からまた殺気が立つ。黒田は手をパタパタさせて早口で説明を再開した。

 島津からまた殺気が立つ。

 黒田は両手をパタパタさせて、早口で弁明する。

「あ! ワシも分からぬ不思議な力に導かれて口走ったのじゃ!

 とにかく、杉谷を振り向かせる必要があったのじゃ! 爆弾と言えば振り向くと思っての!」

 さらに汗をかきつつ必死で続ける黒田。

「行也も島津殿もワシの発言が、こちら側に意識を向けさせて銃弾を撃たせるためのものと感づいてくれると信じてたのじゃ!」

 島津は納得したように頷くと最後に聞いた。

「黒田殿、杉谷を殺す気だったのか?」

「まさか。敵に甘く見られたら困るから脅して見せただけじゃ。

 兜さえ眠りにつかせれば十分。それにワシも余計な殺生はしたくないんじゃ。……本当に追い詰められた時はそうは言ってられないがな。」

 そして黒田は最後にポロっと言った。

「実は敵の正体は何となく予想がついてきた。こないだ歴史を調べている間に、日本人に恨みをもつ日本人が何となく……。」

 島津は身を乗り出した。

「何者でござるか!?」

 黒田は眉を寄せ、苦しそうな表情で答える。

「相手は恐らく、関東、甲信越北陸など東日本と、東海、関西に住んでいた人々の子孫じゃろう。

 まだ兄弟に話す程、確実な証拠があるわけではないんじゃが。もしそうなら……相手にも大義がある。」

「……そうでござるか。

 それにしても……行也殿も行人殿も命がけで戦っているのに、刀を取って戦えない自分が歯がゆいでござる!」

「島津殿……。」

 黒田と島津も、疲れてすっかり眠りこけた。

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