毛布と十字架
裏日本に誘拐された友樹を救うべく、ネオ安土城に侵入した行也達。
戦いの最中、島津は行人を庇って透明な兜になってしまう。
一方、別動隊として友樹の救出に向かった鍋島達は友樹を発見するが……。
「お前はやっぱり信長様を裏切る気か。
逃げようとしやがった恩知らずのお前を……信長様は寛容なお心で赦して下さると仰っているのによォ!!
…最後通牒だ。信長様に土下座して日本に残るか。俺に殺されるか。
今ここで決めろ。」
意外と広く天井もそこそこの高さの屋根裏部屋を刺す、ドスの聞いた声。狂気の混ざった鋭い目。
友樹がこの世界で一番苦手な人間。森長可が部屋の出口に立っていた。
「そこを通してください!」
「怪我したくなきゃどきやがれ!」
鍋島、母里、立花、田中は槍を構えて友樹の前に立つ。
彼らより少し後ろに立っていた栗山は。あれ、と心で呟いた。
友樹の表情に浮かんでいたのは恐怖ではなく。
罪悪感に見えたのだ。
「大沢殿!!」
友樹は一番前に進み出た。
彼は長可が自分に向けた小型バズーカに青ざめつつも、床にドサッと投げつけられた毛布を見て深く頭を下げ。
森の目を見て丁寧に言葉を紡いだ。
「信長様には本当の弟のように優しくしていただいたのに申し訳ないと思っています。
森さんにも、集団リンチに遭いそうになった時には助けていただいて感謝しています。でも僕は…ヨッシーも…僕を命懸けで助けてくれるみんなも…今まで傍に居てくれた家族も…花立てのおじさんも…高木さんも…千代姉も……僕に自信を少し与えてくれた加藤ティーチャーも…僕のせいで倒れた立花ティーチャーも高橋ティーチャーも…大切です。どちらかを選ばなければならないなら……僕は旧日本人であることを…
今まで一緒に生きてきた人を選びます。」
「だったらここで死ねェエエエエ!!! 戦国一〇八計・千人磔!」
「友樹殿!」
バズーカから放たれたのは、銀の粉雪。
それは友樹の前に出た鍋島達の陣羽織にビッシリとこびりつき。
あっという間に十字型の巨大な銀の結晶となった。そしてその長く太い十字架は銀の結晶により床に溶接され。
友樹以外は十字架に貼り付けられて、動けなくなった。
「手に枷が付いてるし陣羽織になんか重いもんがくっいてて剥がれねぇし動けねぇ!」 手枷の鎖をじゃらじゃら音を立てて引っ張り。人力車を引く用に頭を前に突きだしてその場駆け足をし。
背中の十字架から脱皮しようとする五人
「なななんとか…しないととと」
鍋島達が貼り付けられた十字架が柵のように横広がりする影で。
友樹は寒さに震える手を直ぐに自分の懐に突っ込んだ。冷たく固い円柱が手に当たる。
「頭蓋骨をかち割ってヤるよォ!」
長可の振り下ろした短槍は友樹の肩を掠めた。スパッと布を断つ音がする。幸い、血は出ていない。
それでも友樹は負傷したと勘違いして顔を歪め。歯をガタガタさせながら長可の顔面へ唐辛子スプレーを噴射した。
「ギザマァアァアー!」
目から鼻から長可へ侵入する赤い霧。それは彼の神経を火で炙るようににジリジリと焼き。森は目と鼻を押さえて転がり出す。鍋島は早口で叫んだ。
「大沢殿! 田中殿の兜の緒を解……伏せろ!」
友樹は鍋島の声に反応して尻餅をついた。
さっきまで友樹の頭があった場所を手裏剣は通過し。床に突き刺さる。
「あわわわわわわ」
赤く染まった目を見開き。ゆらりと立ち上がる長可。
彼は死神の鎌のように槍を構え。座ったまま凄まじい速さで後退りする友樹を追う。
「おがじいなすうふんはきぐはずなのにーー!」
裏返った声で悲鳴を上げる友樹。ついに壁にまで追い詰められた。
彼は涙に滲む視界の端に、黒く小さな塊を捉え。それを掴んで思いっきりぶん投げた。
友樹にしては鋭く速い一投。だが。
長可はそれを頭だけ動かして避けた。
「同じ手を喰らうワケねェだろォ死ねボケカス!」
「ごごでばまだじねないー!」
友樹は立ち上がり。へっぴり腰でボールペンを構えた。
「なめとんのかヴァカ野郎! 死ね!」
「ギヤァァー!」
長可が機関銃のように繰り出す槍をつきたて餅のようにクネクネ柔らかく避ける友樹。
裏日本で時々刺客に逢っていた彼は。火事場のバカ力ならぬ反射神経を発揮していた。
しかし少しして。彼は盛大に転けた。
「トドメだ! 死ね!」
「貴様の相手は俺です!」
振り返った長可に重い一太刀を浴びせる鍋島。それを受けとめる長可。彼の槍は衝撃で棒高跳びの棒のようにぐわんぐわんとしなるが。ぐっと手に力を込めて鍋島の刀を少しづつ押し返していく。
「おめェやるじゃねェか!」
「俺の刀に日本の皆様の命が懸かっているんです! 負けられません!」
「エラソウに! それは信長様だって俺だって同じなんだよォ!」
野太い叫び声を上げ。手首へさらに力と気合いを込める長可。
バランスを崩して仰け反った鍋島の横っ腹へ。槍を一閃させる。
しかし。狼が哭くような風を巻き起こす彼の槍は。空間を横一文字にスライスしただけであった。鍋島はそのまま仰向けに倒れて槍を避けたのである。
長可は素早く上体を起こした鍋島を見下ろし。溜め息を吐いた。
「敵じゃなければ信長様に推薦してやったんだがな。」
森は一瞬だけ苦々しい顔で鍋島を見つめたが。直ぐに強烈な一突きを叩き込もうとする。
鍋島はそれを転がるように避け。立ち上がって再び刀を構える。
「今度はこちらからです!」
今度は鍋島が長可に斬りかかり。二人は甲高い刀音を立ててぐるぐる周り斬り結ぶ。
「おらァ!」
長可の槍は。肉食動物が草食動物を狩るように猛々しく鍋島へと圧し掛かった。
再び鍔迫り合いする二人。歯を食い縛る鍋島だが。だんだんと両腕がぷるぷると震えてきた。
そんな中。
「森大佐ー!」
甲冑の擦れる金属音、ドスドスと慌ただしい足音の数秒後。
部屋の出口には六人の足軽が押し掛けた。
「お前らは信長様の警護に戻れ!」
出口を背にして叫ぶ長可に足軽達は即答した。
「信長様の命で来ました! それに一対五では森大佐でも無理です!」
「……じゃあ半分は戻れ! 信長様が危ねェ!」
「織田少将は
『長可は半分は戻れと言うだろうけど全員残れ! これは長可への命令でもある』
と仰っていました!」
長可は鍋島と鍔迫り合いしつつも溜め息を吐いた。
彼は田中達が十字架から抜け出たことに気がつかなかったのである。
…自力で兜の緒を解いた田中は十字架から体を引っこ抜くことに成功していた。彼は立花が腰に差している切れ味抜群の刀『備前長光』で、まず鍋島の手枷の鎖と陣羽織の上部を切断して彼を十字架から外した。
本当は立花から外そうと思った田中だが。森長可に勝てそうで機転も効く鍋島を先に助けてくれ、と立花に言われたのである。
さらに解放された鍋島が長可と戦っている間に、鍋島から渡された大友の兜で変身した友樹と一緒に立花を解放。
続いて今度は解放された立花も含む三人で栗山を解放した。
最後に母里に取りかかろうとした時。
彼らに銃口が向けられた。
「とりあえず奴らを撃て!」
「ぐほっ!」
友樹の口から吐き出されたカステラは巨大化し。コンクリートの壁となる。
そしてそれは母里の近くの友樹、立花、田中、栗山を銃弾から守る盾となった。
友樹は援軍の足軽達が駆けつける音を聞いて、コンクリートの壁を出す技『大友ステキカステラ』の準備をこっそりしていたのである。
カステラの壁は蜂の巣をつついたような銃弾を受け止めるが。だんだんヒビが増えていった。
しかし母里の手枷は中々切れない。バズーカを一番前で食らったせいなのか、鎖の太さと強度が他の者とは段違いなのだ。 その間にもポロポロと破片が落ちていく壁。
それを見て意を決して飛び出そうとした栗山を、母里は声で止めた。「待て兄者俺様には策があるからみんなどけ!
……ぬおりゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
母里は手枷を切っている田中と立花に向かって早口で言い。身体中に血管を浮かばせて絶叫した。
メリメリと音を立て。十字架は溶接されていた床板ごと宙に浮く。
その声その音にチラリと振り返った長可は力を振り絞って足軽へ叫んだ。
「左右から回り込めェ!」
「うぉぁぁあ!」
母里は十字架を背負ったままバックダッシュ。「太兵衛!」
彼は栗山が慣れた手つきでぶん投げた槍を片手で受け取り。
後ろが見えているのかと思えるかの速さで壁の横から回り込もうとする三人の足軽達の元へ走る。
そんな右が長い十字架を追う栗山は。母里の槍を持っていない左側から回り込んだ足軽の肩を撃つ。
「ぐぁ……」
足軽は肩を押さえてうずくまる。
奇跡だ…と思わず呟いた栗山は、さらに残り二人の空砲を聞いて叫んだ。
「あと四歩で右ターン!」
「黒田節ラリアーーット!」
母里は回転扉のようにぐるっとターン。
十字架からはみ出た槍は半円を描き。背を向けた足軽を鎌鼬のように襲う。
「ギャアアーッ!」
その鎌鼬にスパッと甲冑を切断された足軽二人。彼らは変身が解けて前のめりに派手にスッ転び。気絶。
肩を押さえた足軽も栗山が仕留めた。
「あと残り三人は…」
「茂殿が倒したであります! さぁ鍋島殿を救援に行くでありますよ!」
――時間は遡り。母里がバックダッシュをし始めた頃。
「なるほど! 背中の十字架を盾がわりにするでありますか!
うぉあああ!」
「なるほどじゃない!」 田中、友樹の声も聞こえず。
立花も切り取った十字架を背負って母里と逆方向にバックダッシュ。
足軽三人は雄叫びをあげる十字架に思わず釘付けになった。一瞬動きが止まる。
弓を構えていた田中は立花とアイコンタクトをし。矢を放った。
「弓道免許皆伝! 花の矢!」
立花が仰け反り倒れた直後。白い蒲公英の花が足軽三人の頭上に飛び。花から離れていく綿毛が雪のように足軽に降り注ぐ。
「タンポポの綿毛? ……痛っ!」
綿毛の種の部分は尖った小さな矢じり。静電気を帯びたそれはチクチクと足軽三人を刺し。痺れさせる。
三人の足軽の銃はカラン、と転がり。足軽はへなへなと座りこんだ。
「失礼します!」
立花は跳ね起きると。鉄琴を演奏するかのように流れる動きで三人の兜を叩いた。
――合流した五人は鍋島の元へ駆けつけた。
「鍋島殿!」
鍋島も長可も手や脚から血や汗が流れ。息も荒い。
「手下どもはやっつけて縛り上げた! 観念しやがれ!」
「降伏なさってください!」
母里と立花は降伏勧告するが、長可は声で二人を睨んだ。
「オ…メェ…らな…んかに…あたま…さげ…るか…よ…」
溜め息を吐いて斬りかかりそうになった母里を友樹は引っ張り。小声で言った。
「森さんはもう戦えません……目が半開きです。稽古でしにそうになった時の目です。まだ大丈夫そうな鍋島さんに任せましょう。」
「何で知ってんだ?」
「稽古に無理矢理連れていかれたことがあったんです。……あ。」
「ドォリャアアア!」
鍋島は膝をついた長可の兜を思いっきりぶっ叩いた。
長可は白眼を向いて倒れ。兜も透明に光りだす。
「鍋島さん!」
駆けつけた友樹達を見てほっと長い息を吐き。鍋島の体は後ろに傾いた。栗山達はそんな彼を横たえ急いで腕や足を止血した。
「おい!」
栗山や田中がてきぱきと手当てするのを見た友樹は。消毒薬が余ったのを見て、森の手当てを始めた。
彼は出血部分を消毒すると。手早く応急処置を施した。
「裏日本の人は僕達より傷の治りが遅いんです。戦士になるような人はマシな方ではありますが……」
「それなら立花も手伝うでありま」
「立花殿は不器用だから邪魔だぜ!」
手が空いていた母里は、友樹が消毒した部分に大雑把にガーゼと包帯を巻いた。
「ありがとうございます。……お世話になりました。」
友樹は長可が床に叩き落とされた毛布を広げ、床についていない部分を長可にそっと被せた。
――屋根裏部屋の六人は。とりあえず黒田達と連絡を取ることにした。
「もしもしと……あ。」
「すすすみません!」
「いや、大丈夫です。」
栗山は毛虫が服に付いて騒ぎ走る友樹にぶつかってうっかり携帯端末を落とし。急いで拾った。
「失礼しまし………」
何時も冷静な栗山だが。電話の向こうの明智の『人の心配をしている場合ではないと明智は思う!』
という声、さらに輝元の悲鳴を聞いて顔色が変わった。母里は不安げに栗山の顔を覗きこんだ。
「兄者?」
「殿! どこですか! 今どこですか! 一体何が! ……………………………………………………………!」
少しして。電話は電池切れで強制終了。一瞬呆然としつつも栗山は皆に黒田達に危機を話した。
目を覚ました鍋島は努めて冷静に問う。
「場所はどこですか?」
「わかりません。
ただ一〇八計の宝仙院の扉を使ったらしいこと、毛利殿が扉が両方燃えている、と泣きそうな声でおっしゃっていたのは聞こえました。」
「おおお大沢! お前はこの城詳しいんだろ! わかんねぇのかよ! 日本号は殿の私物が手元に無いから使えねーんだ!
早くしねーと殿が殿が殿が殿が殿が殿が殿が殿が」
「ごごごめんなさいわかりません…………この城は扉より襖や襖型の引き戸が圧倒的に多いので……うーん……。」
母里は友樹を揺らすのを辞めると、走り出した。
「使えねー奴だ! とりあえず消火器を探して殿をしらみ潰しに探すぞ!」
「待って下さい! 場所はわかりました。……多分。」
鍋島は皆に注目されると。早口で言った。
「毛利殿が『二枚の扉が両方共燃えている』、と泣いているということは、二枚の扉がある場所です。
そして友樹殿の証言によるとこの城は部屋の仕切りは襖が多いようですし、普通の部屋ではない。
そして栗山殿の証言を合わせると、その扉二枚は多分一〇八計の『宝仙院の扉』です。
あれは頑丈な扉を飛ばす技です。攻撃にも防御にも使えます。
それが燃えて泣いているということは防御に使ったんでしょうね。多分。そして防御に使うとしたら、盾にして身を隠したり、敵を通せんぼする壁にすると考えられます。
もし通路で使うと、片方からの敵を遮断出来て挟み撃ちを回避できま……まさか二枚使ったとしたらまさか!」
「まさかなんだって言うんだよ!
まさか通路で前後に扉を壁みたいに出して引きこもってたら、
扉が二枚共燃えちゃって逃げ場ありません!
……って事態だと言いたいのかよ!
そんなアホなことを殿がするわけねーよ!」
「……でも…毛利殿は泣いてたよ……。二枚共焼かれて泣く事態ってことは……毛利殿はともかく明智殿まで慌てる事態と言うことは……最悪の状況を贈呈しないと……そもそも殿は意外とポカ多いしな……全員で信長の希望をプレイした時とか……。行動が早いから小早川殿が居ても止められないだろうし……。」
「……まぁ、たまに抜けてるよな……。」
栗山と母里の発言に黙り混む皆。友樹は一生懸命記憶を辿った。
「敵が一気にこれる状態になってしまう通路は三階です。三階から回って見ましょう!
でも構造上、この屋根裏部屋からは天守閣の大広間を通らないと三階には降りられま……母里さん!」
殿殿言いながら走る母里。それを追う友樹達。彼らは天守閣の大広間に突入し。突っ切ろうとするが。
「直江! 覇愛斗ロック!」
友樹達は後ろから飛んで来たピンクの巨大なハート型の岩に押し潰された。
謙信、景勝、直江、慶次と戦う羽目になってしまった友樹達。
一方、行也達は島津を失った悲しみにうちひしがれていた。
次回「愛の角度」




