最後の軍議
神崎、霧沢、龍造寺、鍋島に柴田を任せ、何とか友樹を救いだした行也達だったが。
バルコニーに出た瞬間に友樹が吊り上げられて再び誘拐されてしまう。
行也達は友樹を追い、天守閣へ走る。
行也達を先に二階へ行かせた神崎達は、倒れた二つの瓶をじっと見ていた。
瞬間接着剤で密封された二つの瓶は、倒れたまま反応がない。瓶に槍を向けつつ、鍋島は疑問を口にした。
「この瓶の中身は毒ガスだったりしないんですかね?」
「…坂崎弟は、柴田がガスマスクをしている様な声ではないと言っていた。
従って毒ガスは入っていない。
それに柴田がマスクをしていない以上、こっちの瓶も毒ガスは入っていないだろう。味方が危ないからな。」
「なるほど。霧沢殿は物騒なことに詳しいですね!」
卵から孵る雛を待つように。刀や槍を突きつけてじっと瓶を観察する鍋島、霧沢、龍造寺、神崎。
「なあ…こいつら相当苦しいだろ。もう割ってもいいんじゃないか。」
「甘い。」
心配そうに瓶を見詰める神崎に鍋島、霧沢、龍造寺は声を揃えて否定した。
その数秒後。メキメキっと柴田の瓶が割れた。
一斉に刀や槍を振り下ろす四人。だが。
「うぉおぁー!」
芝生のような緑の甲冑の柴田はそれらを小手で受け止め。血を滴らせながらも思いっきり跳ね返す。
さらにそれと同時に。
「○×◎●!」
もう一つの瓶が割れ。その途端に金色の梅干しの嵐が巻き起こる。
四人の視界は奪われ。梅干しがべちゃっと甲冑にへばり付く。
その隙に柴田ともう一人は囲みから逃げた。
きれい好きな鍋島は半狂乱で叫ぶ。「まさか口から出したんじゃないでしょうねぇぇぇー!!」
「なぜそれがわかった!」
四人から距離を取った偉丈夫の端正な顔に、焦りが広がる。
彼は黒く細長い鯰尾型兜と黒い甲冑を身に付け。柴田の隣で長い朱の槍を構える。
「…四対二だ……愚かな抵抗は……!」
一歩踏み出そうとした龍造寺は、前のめりにずっこけたまま動かない。いや、動けない。
梅が瞬間接着剤となって床と体……彼の手〜手首も接着したのだ。しかも間の悪いことに素手。
「おい!」 神崎も鍋島も霧沢も必死こいてひっぱるが、剥がれる気配はない。
「利家よくやった! ……鬼柴田の突撃!」 柴田は助走を付けて高速スライディングをした。
彼のブーツの底からは振動する巨大な刃が生え。
動けない龍造寺まっしぐら。唇を噛み、俯く龍造寺だが。自分の目の前に影が掛かって顔を上げた
神崎、鍋島、霧沢は龍造寺の前に立ち。刀で柴田の巨大な刃を受け止める。
スピードはまだ少し残ったままの電動鋸のような巨大な刃。
ジリジリと押し付けられるそれに踏ん張る三人。その背後を前田は突く。
振り返った霧沢はそれを小型な平鍋で受け止めるが。あっ、と小さく声を上げた。
槍がそれなりに厚みのある鍋を貫通したのである。
前田はそれを引き抜くと。再び槍を霧沢に繰り出す。
「変幻自在前田槍!」
前田の槍は巨大マジックハンドのように変化。霧沢の体をガシッと掴む。
「おドリゃァぁー!」
霧沢の体を持ち上げて地面に何度も打ち付ける前田。
身長がとても高い霧沢はそれなりに体重が重い。
それを軽々と何度も持ち上げる怪力に、振り向き様の神崎は驚いた。
「巧!」
ブルトーザのような圧力で迫る柴田の刃。三対一から二対一になり。神崎と鍋島の額からは汗が落ちる。
「…私が…踏ん張りますから…霧沢殿を!」
「わかった!」
数秒後。歯を食い縛る鍋島を背に霧沢を助けようと走る神崎。
しかし。霧沢は空いた手で何とか槍を切断し、前田と刃を交えていた。
一瞬で互角だと判断した神崎は柴田の頭部へ走り。兜に刀を振り下ろす。
柴田は体を横にしたまま咄嗟に刀を受け止め。鍔迫り合いをする二人。
だが。一瞬柴田から力が抜けた。
違和感を感じつつ神崎は刀に力を込める。柴田の刀はメキメキと皹が走り刀はくだけ散った。
「疲れた……。」
変身がとけた柴田はそう呟くと。どさっと倒れた。
「霧沢!」
神崎が振り向くと。ちょうど前田がへなへなと倒れたところであった。
「……酸欠か。」
霧沢が前田の兜に刀を振り下ろすと。前田もどさっと前のめりに倒れた。
……神崎は気絶して前のめりに倒れた二人を仰向けにしてやると、息をしているか確認した。
「これなら大丈夫だ。龍造寺、手は平気か?」
「殿、大丈夫ですか?」
「…怪我があるなら消毒するが。」
「……あぁ。大丈夫だ……」
「じゃあ行くぞ!」
何とか立ち上がった龍造寺は。走る三人の背中に少しだけ頭をさげた。
……時間は遡り。神崎達と別行動の行也達は、二階のバルコニーにたむろしていた。
「さっき、最後の回転扉を潜る前にちらっと階段っぽいのがオイラは見えた!」
「マジで! ここはあぶねぇしさっさと戻ろうぜ! 」
自分達に銃口が向いていることに気がついた彼らは、バルコニーに出る時に通った回転扉を再び潜る。
皆が再び隠し通路に入った所で。黒田はホワイトボードに字を書いた。
『友樹の部屋に戻って最後の軍議じゃ。』
「急がないと友樹さんと鍋島さん達が危ねーだろ!
それに蒲生がいるかもしれねーし! さっさと天守閣に行こうぜ!」
足踏みしながら天井を見上げる行人達に黒田は筆談を続ける。
『友樹は少なくともワシらが行くまでは殺されないから大丈夫じゃ。
それに今すぐ行っても十分後でも同じ。どうせ奴らの準備は出来てる。
奴らの目的はワシらを天守閣に誘き出すことじゃから、蒲生も撤収してるじゃろ。
鍋島殿達もまぁ大丈夫じゃ。全員強いからの。』
『殿、その前に俺はトイレに行きたい。』
『友樹殿の部屋の前の通路の奥にあるから順番で行こう。じゃんけんで。』
『危ないのでは』
母里と栗山のチャット状態のメールに割り込んだ行也に、栗山は直ぐに返信した。
『家康と信玄は胃腸が弱いので、トイレはすぐに駆け込めるようになっているようです。
今は咳の他に消化器症状がプラスされる風邪が流行っていますから、トイレの構造までは変えないかと。
入る前に私達がチェックしますが、多分大丈夫だと思います。』
――結局。栗山の言う通りであった。
スッキリした行也達は、盗聴器や監視カメラをチェックして軍議を始めた。
栗山と母里に拡げさせたホワイトボードに、図を記し、黒田は口を開いた。
「恐らく天守閣には罠がある。信長達はワシらを罠に嵌めて捕らえ、金品の場所を吐かせてから殺すというコースじゃろ。」
「何で信長は俺達が金貨を大量に持ってるって知ってるっすか?
信長とは初対面っすよ!」
手を上げて質問する輝元を、行人達後詰め組以外はナチュラルに見つめた。
吉川はため息を吐く。
「……自分の行動を思い出すんだゼ。俺も同罪だけどナ。」
ぽかんとしていた輝元だが。はっとして正座のままひっくり帰った。
「あーーー皆さん申し訳ないっす!!」
動転した輝元は部屋をぐるぐる走り回りながら謝り続けた。
首を傾げる行人達に、輝元は裏返った声で説明する。
蒲生の宿に滞在していた時。庭を走っていた吉川と輝元は、一か八かの手術を控える子供を連れた家族の会話を耳にした。
その話に同情した輝元は、自分の愛用していた純金製の毛利家家紋のイヤホンジャックだけでなく、金貨二十枚も両親に押し付けたのである。
「貧乏家族が奮発して思い出作りに来た、という感じだったからナ。
俺も殿の行為には反対できなかったが……。
金貨は腐るほどあるってデカイ声で言って、それを庭職人に聞かれたのはまずかったと思うゼ。」
「ああァあもうしわけなあわぁー!」
「申し訳ありません。」
吉川と小早川は輝元の回転を止めて頭を下げた。
「俺も同じ立場ならそうします。……その子、手術が上手くいくといいですね。」
行也に同意する皆だが。黒田は眉を潜めた。
「でも、金貨が腐るほどあるは余計じゃったな!
失言じゃ!」
「そりゃそうだけど。黒田先生が言うなよ! いつも一番失言しまくりじゃねぇか!」
行人に同感し、非難の嵐を皆は起こす。黒田は投げやりな態度で軽く頭を下げた。
「はいはい良く言われますすみませんでしたハイ! ……お!」
部屋の入り口には。息を切らせた四人の男が立っていた。
「お待たせいたしました! ゴミ箱はどこですか。」
鍋島はビニール袋を片手に立つ。その中には黒田が目印にばらまいたキャンディーが入っていた。
「ああ、こっちじゃ。お疲れさま。」
太兵衛の肩の上の黒田は左を差し、行也は鍋島から預かったゴミをそこに捨てた。
龍造寺、神崎、霧沢、鍋島が座ると。黒田はホワイトボードに図を描いて作戦の説明を始めた。変身を解いていた行人達は、胡座してそれを聞く。
「というわけで鍋島殿、立花殿、茂、利安と太兵衛は別ルートから攻めてくれ。……鍋島殿。どうか頼むぞ。」
「……畏まりました。」
いつもよりもさらに神妙かつ決意を秘めた眼差しの鍋島。龍造寺はそんな彼にいつもより血の通った眼差しを向けた。
「……生きて帰ったら…お前の好きな鰯専門店に連れて行ってやっても良い……。」
龍造寺にはバザーの手伝いと引き換えに、ヨッシーから株取引を教えてもらい、それで儲けた小金と、大食い競争の賞金がある。
だがそれを鍋島の為に使おうとしたのは初めてであった。 驚いた鍋島は思わず龍造寺を見つめた。
「有り難き幸せ。」
鍋島その目をにこやかに細め。そっぽを向いた龍造寺に会釈した。
「龍造寺が他人のために金を出すなんて珍しいのぅ! で、それから……。」
黒田は冷徹な眼差しでさらに作戦について語ると。友樹の引き出しを漁りだした。
「黒田先生!」
「侵入者達の誤解を解いておきたいんじゃ。」
黒田は日記と通帳をパラパラと見て、やっぱりな、と呟く。
「行也、利安、太兵衛。あの二人を押し入れから出して、叩き起こしてくれ。」
足だけ縛られたままの二人へ。黒田は友樹の日記と通帳を突きつけた。
「確かに友樹は信長の庇護の下、恵まれた暮らしをしていた。でもお前達、信長、森に怯え、振り回されることに疲れていた普通の青年でもあるんじゃ。」
「……。」
憎むべき敵の人間らしい等身大の日記、僅かな額だが定期的な福祉施設への募金が記録されている通帳を見て、侵入者達は複雑な表情になっていく。
「お前達のことは黙っててやるから逃げなさい。」
「黒田殿! 何言ってるんですか! 俺は一発殴ってやらなきゃ気がすまない!」
以前は友樹をバカにしていた細川だが。何だかんだ言って味方を守ろうとする友樹を見直し、強い仲間意識を持ちはじめていた。 その心がけ暴走して手足をバタバタさせる細川。
行也達も細川を取り押さえつつ、侵入者二人を睨み。侵入者もまた行也達を睨み返して叫んだ。
「お前らは凶暴で卑劣で悪魔のようだ!」
「手段を選ばない冷酷な目をしていやがる!
見ているだけで寒気がするぜ!」
完全防寒の服装で大袈裟に身震いしてみせ、罵詈雑言辞典を無限再生する二人。
行人は二人の背中のポッカイロを無言でひっぺがし、取り押さえられる。
「確かに当たってる部分はあるけど、二体一で無抵抗の友樹さんを暴行しやがったくせにうるせー!」
一触即発の空気を感じた涼太は、皆を宥めるように言った。
「でも骨折はしてなかったみたいだし、微妙に手加減はしてたんじゃないですかぁ?」
「涼太殿の仰有る通り。それに私達はこいつらに構っている場合ではありません。」 涼太と小早川に説得された細川は槍を畳に投げつけ、侵入者を睨んだ。
「……今回は見逃してやる! さっさと出てけッ!」
「じゃあ足の縄をほどけよ!」
侵入者二人の足の縄を行也と高木は切る。
「あー痛かった! 別に逃がしてもらったからってお前らに感謝なんかしねーからな! この野蛮民族!」
「いい奴だなんて思わないからな! ちょっと募金したくらいで偉そうに!」
縄を解かれた途端に減らず口を叩く二人。
「殿のご慈悲がわかんねぇバカ野郎が!」
「煩いッ!」
母里と細川に蹴飛ばされた二人は、友樹の日記を抱えてこそこそと城を出た。
――少しして。回転扉をくぐって隠し通路へ行也達は出る。
直ぐに栗山は栗山の兜を丸めてペットボトルの海水をかけた。
兜は涼太の身長程の高さの大玉になる。
その大玉を母里は思いっきり蹴った。
加速して廊下を駆ける大玉の後ろには。それを追うように手裏剣の細い帯が走る。
少しして。大玉はつきあたりの壁にぶつかってピタリと止まった。
「今のやり方で三階や四階の通路も進んで下さい。
大玉には紐がついているので上の階に上がる時は引きずり上げられます。」
「殿、じゃあ行ってくるぜ!」
「行って参ります。」
栗山と母里は、頭を下げて背を向ける。
黒田は、去り行く家族を見つめるような表情を一瞬だけしたが。
首を振って冷静な声を掛けた。
「……いつもありがとう。お前達はワシには勿体無いくらい心も能力も素晴らしい部下じゃ。
無茶はしないで欲しい。」
二人は顔を一瞬合わせた後、快活な笑みを返して会釈した。
「畏まりました。」
「殿を見習う俺も兄者もセコいから大丈夫だ!」
一方、ヨッシーは立花と田中に声を掛けた。
「ムネリンも田中殿も無理しないでね! 約束!」
「無理はするであ」
「わかりました! 行ってきます!」
田中は立花の口を抑えると会釈してくるりと背を向ける。
「では! 行って参ります!」
「ご武運を……。」
「お任せ下さい!」
少し不安そうな行也達を安心させるように。
鍋島達は力強く返事をすると、背を向けて歩きだした。
――行也達は栗山に教えられた要領で罠をサーチしながら城内を進む。
三階への階段に来たところで、先頭の神崎と春彦はピタリと止まった。
階段には花の絵が書いてあり、下段には芍薬、中段には牡丹、踊り場には百合が描かれている。
「何だあの絵は?」
「何か意味があるんじゃろぉか?」
彼らの後ろにいる行也の肩に乗った黒田は。友樹の日記を思い出した。
「信長というか信長の中の人は花が好きらしい。何か意味があるんじゃろ。
神崎、春彦。大玉を蹴ってみてくれ。」
二人は同時に大玉を思いっきり蹴る。
大玉は下段で全体的に、中段では上部に手裏剣を受け、踊り場でピタリと止まる。止まった途端にまた手裏剣が刺さった大玉を見て、小早川は口を開いた。
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花ですね。」
後ろからひょっこり頭を出す小早川の言葉で、あぁ、と納得する皆。
黒田は目が疑問符な山田兄弟、海に向けて解説した。
「下段は芍薬じゃから、動いている大玉に反応して手裏剣が飛んできた。
中段は牡丹、人の座高より高い位置に手裏剣が刺さった。
踊り場は百合。大玉の揺れが止まった途端に手裏剣が刺さった。
ことわざに沿っている。」
無事に階段を登り終えた行也達は。目の前の扉をそっと押して三階フロア内に入る。
階段や扉が見つからない三階を、行也達は大きな四角を描くように進んで行く。
もうすぐ一周するというところで。神崎、春彦と交代して先頭を歩いていた高木は口を開いた。
「大玉に罅が入ってきたね……。」
隣の行也は高木と一緒に大玉から手裏剣を引っこ抜きながら呟いた。
「割れないといいんですが……あ! 扉があります。」
高木と行也は大玉を扉の前に転がし。少ししてからそっと近付く。
「私が先に行こう。」
高木は大玉を退かしてそっとドアを開き、中を見た。
「仕切りがない部屋だ。真ん中にエレベーターみたいなものがある。それ以外には一見何もない。」
大玉を自分の体の前に置き、再び転がして進む高木と行也。それについて行く行人達。
最後尾の神崎はぼやいた。
「扉が閉まらねぇ。」
育ちのよい彼は、ドアをきちんと締められないのがちょっと気になったが。
さっきのように閉じ込められるよりましか、と思い直して歩きだす。
黒田は行也の肩の上で振り返り、あきれたように言った。
「まぁ閉じ込められるよりマシじゃが。扉のサイズが大きくて閉まらないとは、欠陥城じゃの!
ワシが勤めていた事務所ではこんな杜撰な工事はしないぞ!!」
ぶつぶつ文句を言った彼は、いつのまにかリュックから出て、神崎の肩に乗っていたヨッシーと目があった。
「もうすぐ友ちゃんのいる階だよね!」
友樹からもらった髪留めを握りしめ。ヨッシーは小さな声で祈りだす。
「…大友殿。中に入っていた方が良いぞ。」
黒田は何故か、不吉な予感がした。
……三階フロア中央の壁に囲われた部屋に入り。キョロキョロ辺りを見回す皆だが。
高木の言う通り、特に何もないように見えた。
唯一特徴的な点は。ためしに投げた利休の土の玉が壁に当たったときの音である。
「壁の中に空洞があるか……二重壁のような気持します。」
と輝は言うが。
それが何を意味するのかわからなかった皆は、取り敢えず部屋の真ん中にあるエレベーターへ向かって、行也と高木に大玉を蹴らせた。
「あー!」
大玉はエレベーターにぶつかった後、ついに元のサイズの兜に戻ってしまった。黒田はそれを行也に収納させる。
「利安の兜が使えなくなると困るからの。……四階へ行くには直通エレベーターだけか。しかも四つある。」
四つのエレベーターには、それぞれ白薔薇、桜、梅の花、菫の絵が描かれている。
「『一つだけ他のとは違うエレベーターが天守閣へと登る』か……わかったぞ!」
「いや……それでは…単純すぎる……。」
額に人差し指をあててぶつぶつ考え込む小早川を他所に。
エレベーターと、その前の立て札のを見て直ぐに回答が出た黒田。
彼はふと、くるりと後ろを向いた。
そこには少し緊張した顔の皆がいる。
それを見た黒田は明るい声で謎々を出した。
「さて、どのエレベーターで上がるのが正解かわかる人! ……行也、海。どうした?」
黒田は腕を組んで唸る行也、続いて手を糸巻きのようにくるくるさせる海に視線を寄越した。
「わかりません。」
「オイラも。」
「何にも思い付かんか?」
二人は小さな声で唸る。
「どのエレベーターも同じ気が……。」
「オイラも! 何かどれも微妙な気がする! 勘だけど!」
「……まぁ勘も大事じゃな。でも論理的に考えるのも大事じゃよ。正解は……。はい。行人!」
「取り合えず、他と違うのはすみれのエレベーターだ!
さくら肉もばら肉もぼたん肉も梅肉もあるけど、
すみれ肉は聞いたことねぇし!
……って思ったけど、なんか俺もどのエレベーターもくせぇ気がしてきた。
なんとなく。
」
皆もなんとなく胡散臭げにエレベーターを見つめる。
「じゃが、戻ってバルコニーから登るのは難しいぞ。壁が凹レンズみたいにへこんでいるし、
銃を持った奴等に狙われる。
来たエレベーターを観察してから考えよう。行也。ボタンを押すんじゃ。」
十数秒後。至って普通に見えるエレベーターが来て、警戒しつつも番乗りした行人。
彼は『開く』ボタンを押しつつ、四階ボタンも押してから言った。
「十五人しか乗れねぇってかいてあるぜ!」
「二回に分けて行くか。逆に全員が一度に行けないことで、奇襲が目立たなくなってありがたい。」
結局彼らはじゃんけんをして、負けた輝元達が後から行くことに。
先にエレベーターに乗った行人達を、輝元は置いてきぼりをくらった寂しさで見つめる。
「なんか仲間外れみたいで心細いっす! もっと大きなエレベーターがあったらいいのに。」
「……あ!」
その言葉に黒田と小早川は目を見開いた。
「小早川殿危ないでござるよ!」
「みんなエレベーターから出るんじゃ!」
締まりそうになるドアに足を入れてこじ開ける小早川、それに続く高木、吉川、春彦、実季、輝、輝元、涼太。
全員が出た頃にエレベーターは締まり。
エレベーターは紫色の霧の菫の花で充たされた。
透明なガラス窓からそれを見ていた行也達は息を呑む。
「他のエレベーターも多分同じじゃろうな。」
結局、黒田の言葉通り。二つのエレベーターは同じ反応を示した。
「もう一つエレベーターがあるはずじゃ!」
辺りをキョロキョロ見回す行也達。
黒田は三階が二階と四階に比べて狭いこと、
今いる部屋が壁に囲われている上に広くないこと、
大玉が壁にぶつかった時に輝が「壁が二重になっているかもしれない」 と呟いたこと、
さらに不自然な立て付けの扉を思い出した。
「……あれは欠陥じゃない。扉を閉めてみるんじゃ!」
扉をまじまじと見つめた小早川は、閉める時に突っかかる部分を見つめた。
「色がちょっと違いますね。」
「引っ張って見るゼ!」
吉川が横に引っ張ると、色違いの部分はキャップのようにぽろっと外れ。銀色に光る断面が顔を出す。
「閉めるゼ!」
吉川はドアを締める。すると。部屋がガタン、と揺れた。その数秒後。部屋型エレベーターの白い壁がガクンと下がり。
金色の壁を背景に立つ武者達や、動物が現れた。
行也達は辺りをぐるりと見回す。三百六十度切れ目のない包囲の輪が、彼らを囲んでいた。
「オイラ達囲まれてる!
それになんか床が八角形になった! ってことは部屋が八角形になったってこと?」
「さっきまで四角い部屋だったのに!」
海と輝が驚きの声を上げた時だった。
「ようこそ。天守閣へ。
日本軍総帥・織田信長だ。」
よく通るその声の主は、真っ赤で波打つ髪の華やかな美青年であった。
織田家の家紋を形作るイエローダイヤモンドが縁に施された南蛮風の黒い甲冑と兜、深紅のビロードのマントを身に纏った彼は。
煌々と燃える火の馬に跨がり、行也達を見下す。
さらに。そんな彼の前には蒲生、岡、名古屋、友樹を吊り上げた黒い肌の男、目を覚ました森、森に蘭丸と呼ばれた少年が立つ。
そして数秒後。信長達から少し離れた右角で。
雪の女神と見間違う若い美女が、上品な唇を動かした。
「毘沙門天の再来が
義無き魂を凍らせる!
越後の龍・上杉謙信!」 豊かな胸元が少し見えるミニワンピース型のパールホワイトの甲冑とブーツと上杉家家紋の黒タイツ、
龍柄の空色のマント、
金色の透かし彫りの飾りが被さった白いベレー帽形兜、という変わった軍装が、スタイルの良い彼女を更に輝かせる。
「上杉ぃ?」
いるはずのない人物に慌てる行也達。
一方、上杉と戦ったことがある島津は、思わず彼女を指差した。
「こいつは偽物でござる! 拙者の知ってる上杉は男で、もう少し肌が綺麗だったでござるよ!!」
「っていうか上杉はまだ帰って来てないはずだろ! 師匠の言う通りこいつは偽物だ!」
「えぇ〜肌も髪も十分キレイだよ〜! スタイルもいいし凄い美人だねぇ!
後で写真を一緒に取らせてくれたら嬉しいな〜!」
「女性の方には怪我をさせたくないので、帰って欲しいのですが……。もう遅いですし……。」
「そうじゃ! 女が来る場所じゃないけん! 邪魔じゃし帰りんさい!」
「美しいお姉サン。徹夜はお肌に良くないデスヨ。」
無神経で言いたい放題の行也達に、上杉は長く艶やかな黒髪を逆立てた。
「黙りなさい。愚かで穢れた猿どもめ!」
ピシャリとそう言い放った上杉は、黒曜石のように鮮やかな美しい瞳を冷たく細め。島津、行人、涼太、行也、春彦、ラーシャを忌々しげに睨む。
心なしか、彼女の跨がる雪龍も険しい眼差しを放っているように彼らは思った。
「何て無礼な! 貴方達のせいで謙信様は寝不足なのですよ!
彼女の前に立つ三人の武者の内の二人もまた、行也達を睨み付ける。
『愛』の前立ての兜に蛍光ピンクのハートの小札が連なった甲冑の男は、一歩前に出て名乗りを上げた。
「愛宕神社の加護を受け
上杉を守る愛の槍!
鉄の辣腕 直江兼続!」 その隣の無表情だった龍の紋様の甲冑の男も鋭い目で、行也達をじっと見る。
「粛々と 龍への道を極めし男 上杉景勝 義を尊ぶ」
景勝のアニメ声にちょっと輝が目をパチパチさせている中、隣の五重の塔の甲冑の男・以前戦った前田慶次は渋く落ち着いた声で言った。
「この状況ではこちらの謙信様の方がお強い。」
段々寒くなってきた空気に気がつかず、ピリピリした雰囲気で対峙する織田達と行也達。
一方、すっかり蚊帳の外となった男達がいた。
彼らは上杉と真向かいに立っていたが、背を向けていた行也達は気がつかない。
「殿!」
周りの部下にせっつかれた長身の若い男が前に出る。
シンプルな南蛮甲冑に三つ葵紋の前立て付き兜、
日光東照宮を連想させる派手な配色のマントを見に纏った青年は。咳払いすると誰もが信頼してしまうような温かく落ち着いた物腰で、穏やかだがよく通る声を発した。
「初めまして。四天王の……」
「単刀直入に言う!
賠償金も払うし国際法廷に内部告発するから和議を結んで欲しい!
友樹も家族が心配しているから返してくれ!」
黒田に遮られ、思わず跨がった狸の上でひっくり返る青年。
トナカイ型兜にごつい甲冑の筋肉男は、青年を支えて叫んだ。
「おい! 無視するんじゃない!」
「これから和議を結ぼうとするなら、こちらの話をしっかり聞くべきです。」
真っ赤な甲冑に孔雀の陣羽織を纏った、茶髪ボブショートの美青年も南蛮甲冑の青年を支え。嫌がる青年をぐいぐい前に押す。
皆の早くしろ、と訴える眼差しを感じた青年は空気を読んだ。
「四天王で狸の徳川家康です。どうぞ話の続きを。」
「簡潔で宜しいですぞ。」
手を叩いてケラケラ笑う海老のような甲冑の中年男の横で、
黒地に紺色のストライプの甲冑を纏う爽やかなスポーツマン風の男は素直に拍手し。徳川に味噌ドリンクを渡した。
気を取り直し。再び黒田は和議を訴えるが。信長は部屋の空気のように冷たい眼と声で告げた。
「……両方断る。
お前達が抵抗せずに自首する潔さがあるか、
罠に引っ掛かるようなうつけ者なら許してやってもよいと思ったが。
どうやら最低限の知恵は回るようだし、
信玄殿達へも無礼を働いたから生かしておけん。さらばだ。」
信長が法螺貝を吹く。
その途端に、バルコニーから百人の足軽達が甲冑のすれる音と足音とを響かせた。
彼らは一斉に行也達を取り囲む。銃口の帯に、じわりじわりと心を締め付けられる行也達。
「最後に言うことは?」
島津は瞳を閉じると静かな声で言った。
「天地の 開けぬ先の 我なれば 生くるにもなし 死するにもなし」
」
島津の体は目をあけていられない程眩く光輝く。
彼は金の緩いV字と銀の狐が重なった前立て(兜正面の飾り)が付いた阿古蛇型兜を被り。
黒い小札を赤、白、紺、黄色の鮮やかな糸で綴った甲冑を身に纏った。
動揺する行也達を他所に。吉川達もあっという間に和歌を口ずさんで行く。
黒田とヨッシーを除き、各地の銅像のような立派な甲冑を戦国武将達は身に纏った。
「師匠……。」
「行人殿! 拙者は潔く死なないから大丈夫でござるよ!」
真っ青な顔の行人に島津は太陽のように微笑んだ。
AREのとある建物。本や紙くずが散らかる部屋で。『裏教皇』は、ぬいぐるみなど様々なもので埋め尽くされたベッドでゴロゴロしていた。
「……めんどくさーい。」
ゴロゴロ転がるとてもふくよかな中年男・裏教皇はそういうとラザニア達を無視して分厚い本を読む。
「こちらが作成した文章にサインをしてくだされば良いと良いんデス!」
詰め寄るラザニアを手でしっしっと払うと。裏教皇は背中をボリボリ書きながらため息を吐いた。
「私は普通の教皇様みたいなカリスマ性も人望も無いから。
裏教皇なんてぶっちゃけ下位互換だから。期待しないでよ。
あいつらはこっちの言うこと聞いてくれないし。
……AREの大統領はもうキランに手を出さないよ。でも……。」
裏教皇から続いて出た言葉に、ラザニアと時高はがくりと膝をついた。




