ネオ安土城への道
とある地下室。密封された大きな水槽に、銀の纏め髪の清楚な美女はそっと指を這わせ。おでこを当てた。
水槽の中は透明な液体で充たされ。半透明の兜がプカプカ浮いている。
「信忠様……。」
彼女は目を閉じ。心の中の大事な宝物を紐解いた。
――その日。彼女のマンションは地震の二次災害の火事で燃えていた。
燃え盛る炎の中で何とか這いつくばってベランダにたどり着いた彼女だったが……。消防車がまだ来ていないことに気が付くと、歯をガタガタさせて体を震わせた。 彼女の部屋は二十階。飛び降りるのは難しい。おまけに運が悪いことに、前もって購入していた避難用すべり台は昨日CMでリコールの放送がされていた。
彼女は後ろを振り返る。焦げ臭い煙。どんどん色濃く前に進んでくる赤く熱い塊。彼女が瞳を閉じて、動けなくなった時だった。
「松子さん!」
「……信忠様! 危ない!降りて!」
濡れた着物姿の青年は、ロープを引っ掻けて建物をよじ登り、へたりこんだ松子の所までやって来た。
彼は羽織脱いで彼女の頭に被せる。そして松子を片手に担いだ。
松子を担いだ信忠は、必死にベランダを降りていく。しかし。建物はウエハースのように脆くなっていた。二人の周りもボロボロ崩れて行く。
「今行きます!」
その声は。いつのまにか来た梯子車からだった。
ぐんぐん近づいて手を伸ばす隊員。二人の周りをどんどん炭にしていく火。
火のスピードの方が速い。間に合わないかもしれない。そう信忠が思った時。
ついにロープを引っ掻けていた場所が崩れた。
「お願いします!」
信忠はその瞬間に松子を精一杯の力で投げた。松子はすぽっ、と手を伸ばした梯子車隊員の手に収まる。しかし。
「信忠様ーー!」
信忠は身体中を地面に打ち付け。透明な兜となった。
――現在に帰ってきた彼女の目に、涙が溢れる。
「絶対に…信忠様を目覚めさせてみせる……。」
きゅっと彼女が唇を結んだ時。インターホンが鳴った。
「はい。……ああ、レイ君。」
……数分後。部屋にやって来たレイという青年は、松子に箱を渡した。中身を見た彼女は目を見開いた。
「本当にいいの?」
「はい。……私には、一緒に年を取りたいと思える人々が現れましたから。もう必要ありません。では。」
ありがとう、と彼の背中に話しかけた松子に、青年は振り向いて静かに言った。
「今なら、貴方の気持ちがわかる気がします。ですが。くれぐれも世界や科学を悲しませることはしないで下さい。」
「……。」
青年は厳しい目で彼女を見据えると、部屋を出た。
――行也達がテントの中の布団を畳んでいた頃。
行人、ラーシャ、海、実季、霧沢、博士は冬休みの学校の校庭のマンホール前に居た。
「見送りありがとな!」
行人の目線の先には。まだ暗い空の下で顔見知りの八人が白い息を吐きながら立っていた。
行人の担任で友樹とヨッシーの姉貴的存在の花立先生、
行人の友人で手芸洋品店の息子の悠太、
同じく友人で戦国村バイトを始めた洋平、
ヨッシーの友人で剣道部の八神吉乃、石ちゃんこと石野宗子、
そして。
幽斎の弟子で小学生の双子の天と文太、その母の岩子の八人だ。
吉乃はパッチリした大きな目に不安を浮かべ、口を開いた。「石ちゃんがヨッシーが死にかけたり、大事な人を失う夢を見たって言うんだ……。
だからヨッシーに気をつけてあげて。
あとね、これ。生姜汁入りのジンジャーマンクッキーとヨッシーの好きな柚子味と抹茶味のクッキーだよ。
……ヨッシーは冷え性だから……。」
隣の黒髪纏め髪の少女も暗い目で頷く。
「私からはマフラー。……ヨッシーはその後にまた大変なことがあるかもしれない……。」
行人は真剣な顔で頷いた。
「わかった。俺も何となくだけど嫌な予感がするから気をつけるぜ。
それにしてもお前らはいいヤツだな。あんなワガママでうるさいヨッシーをこんなに心配してよ。
俺はある意味ヨッシー達と運命きょうどうだい? だからしょうがねーけど。」
「いない人の陰口は良くないよ。」
思わずたしなめる洋平に、行人はしみじみ答えた。
「洋平もいいヤツだよな。お前も迷惑をかけられたことあるのに。
あ、本人にも前、同じことをそのまんま言ったから陰口じゃねーよ。逆ギレされたけど。」
「お前達、ケンカばかりしてたよな……。」
ため息を吐く洋平。吉乃と宗子は苦笑した。
「私達も最初は花立先生に頼まれたから、っていうのが大きかったよ。
確かにキリスト教に勧誘された時や、プランドものの高い時計を渡された時は困ったけど。
注意したらやめてくれたし、今は大事な友達だよ。 私達の剣道の試合でも一生懸命応援してくれるし、休みにわざわざ家に来て勉強を教えてくれたこともあったし、悪い子じゃないよ。」
「なんかほっとけない妹みたいな感じかな。………ファアアー!」
行人の頭上を見て、宗子は無表情で『SOS』の手旗信号を始めた。
「石ちゃん!」
「石野さん!」
吉乃と花立先生に支えられながら彼女は行人、さらに旅立つ全員の頭上に目を滑らせて叫んだ。
「な、なんなんだよ!」
「頭上注意って出たから気をつけて!」
「へ? わかった。頭上?」
首を傾げる行人に、彼女は深く頷いた。空を見上げる行人に今度は洋平が声をかける。
「石野の予言はたまに当たるらしいから気をつけた方がいいぞ。
俺からは手袋。
お前はちょっと不器用だし思い立ったら即効で行動するから、怪我をしないようにこれで手を保護してくれ。」
「ありがとな!」
さっそく嵌めてみる行人。その後ろの博士に、悠太はマフラーと手紙を差し出した。
「これ、四人でお揃いっす! 手紙と一緒に渡しといてください!」
「……ありがとな。悠太君は器用だって時高は褒めていた。洋平君も、本当に時高が世話になった。」
心からお辞儀する博士。しんみりとした空気が流れる、そんな中。
天と文太は、大きな袋から小さな箱を取り出して配り始めた。
「お母さんと皆さんへおにぎりをにぎりました!」
「ありがとな!」
お礼を言う行人達。天と文太はそれを配り終えると笑顔で行人達の脇に立つ。
「……どうしたの?」
輝の問いに双子はきりっとした眼差しで答えた。
「僕達も連れて行ってください。」
「幽斉先生に渡したいものがあるんです。友樹さんにも、塾に通わせてもらったお礼が言いたいし、
悪い人から助け出すお手伝いがしたいです。」
友樹は天と文太が大沢系列グループの塾に通えるように手配していたのだ。
「えー! お前ら小学生だろ!」
口々に安全が保証出来ないと言う行人達。花立先生も思わず口を出すが。
彼らの母の岩子は迷いのない表情で言葉を述べた。
「私も最初、大反対でした。
幽斎さんが一緒ならまだしも、失礼ですが裏日本に睨まれている山田さん達と一緒なのは危ないと思いましたから。
でも私が止めても天と文太は家出をしたし……夫もですが……人間はいつ死ぬかわからないから……
この子達の好きなように生きさせてあげたいんです。
親馬鹿ですが、天も文太も運動神経や体力は並みの小学生よりはありますし、身の回りのことやちょっとした料理は出来ます。
足手纏いになることもあるかもしれませんが、雑用は出来るはずです。どうか宜しくお願いします。」
深く頭を下げる岩子。 それに続く天と文太。その二人の間に緑色の物体が飛んできた。
「わっ!」
思わず左右に避ける双子に、霧沢はふむ、と頷いた。
「…加藤程ではないが、なかなかだ。私は彼等の同行を拒否はしない。
……死ぬ覚悟は出来ているか?」
霧沢の氷のように冷俐な眼差しに怯まず頷く二人。
「…よい目だ。」
霧沢はその白い顔に少し血の通った笑みを浮かべる。
一方。双子の安否を確認した岩子は思わず霧沢に問う。
「今、何を飛ばしたんですか?」
「…鼻くそだ。安心しろ。感染症を患ってはいない。」
一瞬の沈黙の後。ざわめく花立先生達。
「何を考えておられるのですか! いい年こいて子供にこんなことするなんて!」
「きたねー!」
「もう鼻くそは卒業しなよ!」
海の言葉に同意した行人達は霧沢を吊し上げるが。岩子は何故か冷静に口を開いた。
「この子達の反射神経を試すためなら仕方ありません。
万が一怪我をさせないように、という心遣いすら私は感じます。
鼻くそマスターの霧沢さん。どうか……二人を宜しくお願いします!」
「…私に火の粉がかからない程度なら。」
「ありがとうございます!」
博士は慌てて割り込んだ。
「いや、その人に任せちゃ駄目だ! 一番駄目だ!
……同じ親として気持ちはわかるから彼らは俺が後見人になる。……さて、そろそろ時間だな。」
時計から行人に目線を動かした博士。
彼は行人、さらに他の者の目線が一人の女性に集中していることに気がついた。
「ごめんなさい……私は……普通に見送ろうって決めていたけど……
やっぱり…今更だけど……山田君と霧沢さん以外が心配です……
こんなに小さな子が……中学生や……高校生にしか見えない子が……高木さんが……種田君のお父さんが……本当に行かないと駄目ですか……警察や自衛隊にまかせられないんですか……?」
いつも強気な花立先生が綺麗な目に涙を湛え、海や輝、ラーシャ、実季、高木さん、博士を見る。
「心配してくれてありがとう! でもオイラは覚悟しているから!」
「僕も!」
「大丈夫デス。」
「さねすえちゃんに誓って無事に帰って参ります。」
「そんな……。」
顔を覆って泣き出す花立先生に、高木は困った顔で語りかけた。
「……奴らの根回しは警察や自衛隊にも奴ら及んでいる。
確かに千代さんの言う通り、学生の皆は残って欲しい気持ちはある。でも……もう私も皆も決めたことだ。」
花立先生は泣き崩れ、吉乃と宗子に支えられる。
「千代さんは、本当は繊細で優しい人です。幸せになって下さい。」
高木はそう言うと、くるりと背を向けた。
少し戸惑う皆だが、高木は博士に道具を借りてマンホールのふたを開け、黙々と入っていく。
「おい! 高木さん待て!」
行人達は彼を追ってマンホールに入り始めた。
行人は階段を少し降りて頭だけ出し、六人を見回して言う。
「見送りありがとな。
でもちっとは俺のことも、ついでに霧沢さんのことも心配してくれよ……。」
「お前と霧沢さんは心配してねーよ。
何があってもペンペン草みたいにまた生えてくるんじゃね?」
気楽に言う悠太の言葉に頷く花立先生達。
皆が自分をまったく心配してないと確信し、行人は寂しげに呟いた。「芳樹さんの気持ちがちょっとだけわかるぜ……。ギャアーッ!」
鳥のフンの餞別を空から貰った行人は、無言でマンホールの壁に埋まった梯子を降りていった。
――マンホールの中に入った行人達は車を組み立てることに。列車型のその車は。
地球の磁力そのものに反発するリニアモーターカーのようなものだと言う。
「この車はな、新燃岳電池を使っている。
桜島電池と同じで人の体温や振動すらエネルギーに出来るんだがこっちの方が何倍も効率がいい。
平熱が高い奴が居ればもっと良かったんだがな。」
博士達は二十分程掛けて流線型の細長い車を完成させると、薄墨色の景色の地下道を走り出す。
「敵に見つかったらどーすんだよ?」
ハンドルを握っている博士は前を見たまま答える。
「見つかってもそのまま突走るから気にするな。
この車は防弾素材で出来ているから大丈夫だ! ははは!」
「全然大丈夫な気がしません……。」
「同意見デス。」
ため息をつくラーシャと輝。
霧沢は本をバサッと閉じると二人を見た。
「…見つかる可能性はある。だが義兄上達が潜水艦で侵入した以上、防備に力を入れるのは港だ。
それにお前達は森からギャーギャー逃げ回り、おまけに敵の真田に安否まで聞き出す始末。
そんな森が涌き出た道を通るとは敵も思わないだろう。問題は出た後だ。」
――博士、高木、霧沢が交代交替で運転し、行人達はたまに手動発電機をぐるぐる回し。
新幹線型の車は薄暗く静かな地下道を照らしながら突っ走り続ける。
かなり時間が経ち。おにぎりを食べ終えた行人は時計を見た。
「……もう四時間くらいか! トイレ行きたいぜ!」
行人がぼやき、皆が頷いた時だった。海は正面を指差す。
「あれ、行き止まりじゃない?」
行人達は可愛い兎の着ぐるみを着ると外に出た。彼らは辺りを見回す。
「上に壁に埋め込まれた梯子があって、その先にドアがある!」
行人達は車を解体すると、梯子を昇って外へ出た。
「空気が美味しい!」 思わず深呼吸する海。それに続く皆。
「どなたかの邸宅だろうか?」
高木の言う通り。出た場所は、どうやら和風建築の屋敷の庭のようであった。
十人は後ろを振り返る。遠くには黒い屋根瓦が見えた。
雪が敷かれた地面から奥には凍った滝、橋が架かった大きな池がある。
その池の中では赤い錦鯉が泳ぎ、白黒映画の景色のアクセントになっていた。
光る電動竹馬に跨がった皆がトイレを探す中。
実季は竹馬の上で体をぶるっと震わせた。
「実季お兄ちゃん大丈夫? 寒いの?」
「寒くないよ。大丈夫。」
心配そうに見つめる輝に微笑んで手を振る実季だが。なにかが引っ掛かっていた。
一方、皆はトイレを探す。「あれはトイレじゃない? 何となくだけど。」
海が指す先に竹馬で駆ける十人。少しして着いた先は、紛れもなく彼らが求めた場所であった。
「広いしきれいだな!」
用を足してトイレから出たところで。手を洗い終えた実季は壁掛けの花瓶を見て目を見開いた。
「……急いで出ましょう。ここは森家です。
『月刊突撃大名家』で見ました。」
無言の早足でトイレから出た十人。行人は実季に尋ねた。
「実季! 家の出口はどこだよ!」
「わからない! 庭とトイレの写真しか載ってなかったんだ!」
「…多分あっちだ。風水的に。」
霧沢は双子が竹馬に乗ったのを確認すると一目散に走り出す。行人達はそれに続いた。しかし。
「曲者!」
裏門から出ようとした行人達だが。前からは警備兵十人程が槍を持って襲いかかり。頭上からはザアザアと直線の雨が降る。
『このうさちゃんはな、スーパーガラス繊維の毛で出来ている。弓矢も、口径の小さな銃の弾丸も防いでくれるぞ。』
トンネルを出る前の博士の言葉の通り。避けきれなかった矢も着ぐるみを貫通せず。ポトリと落ちるか、刺さっても皮膚には達しなかった。
「ここは通さん!」
空気を突き刺しながら槍を構えて走り来る警備兵。
行人、海、実季、霧沢は前を走り。その後ろにラーシャ達。
そしてそれを見守るように高木が最後尾を走った。
「これを使ってくだサイ!」
ラーシャ達は彼らにリュックから出した折り畳み式ロング棍棒をパスする。
「どかねーとぶっ飛ばす!」
行人達は竹馬から右半身か左半身だけ横に乗り出し片手に持った棍棒を振り回す。
彼らは襲いかかる警備兵を棍棒で付いたり押し退けたりふっ飛ばし。無理に退路を切り開いた。
ラーシャ達も後を追う。全員で何とか門を抜けた行人達だが。
「待てェえー!」
再び起き上がった警備兵三人は今すぐ門を出ようと走る。振り返った高木は瞬時に状況を判断した。
(三人は固まっている。しかも前しか見ていない。)
最後尾の高木の一薙ぎで一番左端の警備兵は横にぶっ飛び。隣の警備兵を巻き込んで倒れた。
その警備兵も反対側の隣の警備兵を巻き込んで倒れ。三人はドミノ倒しになった。
「待て!」
待つ気のない十人は無視して竹馬を飛ばす。しかし。
「お、俺の竹馬……。」
竹馬に衝撃が走った博士は竹馬に刺さった鉄塊を見て目を見開いた。
他の者も銃声に思わず振り返る。
「待てと言っている! ウサギども!」
「ふとどきものは殺しちゃうぞ!」
髭を生やした中高年男性と、金色短髪の小学生くらいの少年は。銃をバンバンぶっぱなした。
高木、そして高木の隣にやってきた霧沢は。弾丸を棍棒で防ぐ。
「小さいし子供の玩具か? いや、それにしちゃ本格的な造りだし……。」
振り向いて唸る博士。中高年男性の拳銃と違い、少年の手中の小さな銃は遠目には玩具のように見えるが。霧沢は小声で言った。
「…あれは本物だ。しかもあの少年はかなり訓練を積んでいる。姿勢もだが、竹馬を狙って打つとは。」
「でも、二人とも六発撃ったからそろそろ弾切れですよね……。」
涙目で口を開く輝。あの状況で数えていたのか、と輝に感心する九人。
一方、金髪少年は銃を地面に叩きつけて叫んだ。
「ぢくショオオがァー!」
幼い少年に似合わない鬼の形相で叫ぶ彼。その後も小さくなって行く行人達を走って追いかける。
「忠政様。……奴らはキチガイです。殿と同じ匂いがします。」
「いっしょにするな! 兄上の方が強くてりっぱなキチガイだ!」
「はいはい。」
隣の中高年男性は睨む少年を宥め。担いで門の中へ収容する。
こうして、行人達はトイレを無断借用した森家をなんとか出たのであった。
――完全に森家の追っ手を撒いた十人は、人気の無い公園で着ぐるみを脱ぎ、トイレで特殊メイクをすると。パトロールの警察官がうろうろする午後の街を歩く。
「取り敢えずここに入るか。」
博士の指示で、皆は静かな雰囲気のカフェの個室に入る。
「まずはレイ……幽斎に裏日本とのことを取りなして貰えるか相談だな。
まぁ無理だろうけどあいつと俺は旧友だし、悪いようにはしないだろ。」
「そう言えば幽斎先生とはいつ出会ったんですか?」
「幽斎先生の先生なんですか?」
自分を見上げて問う、天と文太に、博士は指折り数えて答えた。
「出会ったのはもう……三十年になるな。」
皆は驚いて奇声を上げた。 特に天と文太はびっくりして目をパチパチさせる。
「ゆ、幽斎先生ってどう見ても友樹さんよりちょっと年上くらいにしか見えないです!」
「先生はおっさんだったの! そう言えば時々おっさんくさいと思ってた! どっこいしょ、とか言ってた!」
「……プライバシーに関わるから本人に聞け。
それより行也君達とはどうやって連絡をとるかが問題だ。
日本の携帯はこっちの日本では使えねぇからな。」
「…北海合衆国経由でこちらへ来たのだろう。ならそこで購入したのではないか?
電話番号はもしかしたら日本で使っていた番号と同じかも知れない。
博士はこの国対応の電話はお持ちでないのか?
……失礼。お持ちだったらとっくにかけているか。」
霧沢の言葉に博士は頭を掻きむしった。
「ない。去年の旅行中に買えば良かった!
やっぱあいつに会うしかねぇな。……十三時か。」
博士は立ち上がった。
「そう言えば、前、お気に入りのランチ店を見付けたとか言ってたな。
確かこのカフェの近くの和食オサレ店は幽斎のお気に入りだ。もしかしたらランチで来ているかもしれん! 」
天と文太は目をあわせて少し顔を曇らせた。
「……いろいろ考えたんですが、僕達がおしかけて先生にご迷惑がかからないでしょうか?」
「先生には会いたいけど……僕達、さっきは森さん家のトイレを勝手に借りちゃったのにお礼も言わなかったし、家の人にけがさせたかもしれないし、悪人になったから……そんなやつが弟子にいるってわかったら先生も悪い人って思われちゃう……。」
会いたい気持ちと、迷惑をかけたくない気持ちで悩み、俯く双子を他所に。
博士は伝票を掴んで走り出した。慌てて皆は追いかける。
「は、博士!」
「ちょちょ待てよ! まだ食べ終わってねぇ!」
行人はパフェグラスを持ち上げてチョコソースを口に流し込んだ。
――その和食店は。そこそこ広い日本庭園の中に、小さな茶室風の小屋が十件ぽつん、ぽつん、と立っている、都内では珍しい形の店である。
「ランチタイムは十五時迄。入口付近か出口付近で張ってれば見付けられる筈だ。
……いた。大声出すなよ。目立つから。」
博士の視線の先には。長い金髪をサラサラと靡かせた、スーツ姿の美青年がいた。彼は博士、天や文太を見て微笑むと、辺りをさりげなく見回してからゆっくり近寄って来た。
「まあ、以前私の個展を見に来てくださった方ですね。嬉しいです。せっかくなので一筆したためます。どうぞお納め下さい。」
彼は口に人差し指を当てると、胸ポケットから小さな機械を行人達に見せつけるように出し。一筆箋に筆ペンで優美な字を速記した。
『盗聴されています。関係のない会話をしながら筆談しましょう。』
ラーシャは作り笑いをして、口を開いた。
「ありがとうございマス。なんて優美な字なのデショウ。家宝にシマス。
ご高名な先生にお目にかかれた上に光栄デス。
私達は習字教室の生徒デス。今日は先生と習字道具を探しに決まシタ。」
その後も適当に会話を続け、サインをねだるふりをするラーシャ達。
幽斎はにこやかに話しながらさらに字を連ねる。
「折角ですから、ランチをご一緒しませんか?」
『この店の茶室は四人しか入れません。密談にはうってつけですが。というわけですみませんが種ちゃん、天、文太とだけお話をしたいのです。』
霧沢はさらさらと字を手帳に連ねた。
『高木さんも連れていくのなら良い』
それをちらりと見た実季は、わざと残念そうな顔をしてみせた。
「鈴木くんとお父さんは良い筆を見付けたのですが、僕達はもう少し探したいのです。残念ですが僕達はご一緒できません。」
「そうですか、ではもう買い物を済ませた方とだけ会食させていただきましょう。皆様、ごきげんよう。」
彼に続き博士達も和食店の門をくぐって行った。 博士達が見えなくなると、ラーシャは首を傾げた。
「霧沢さん、何故高木さんも連れていくように書いたのデスカ?」
「…万が一、あの男が信頼出来なかった時の為だ。」
「幽斎さんは不意討ちとかはしないはずだぜ!
天と文太のことはめちゃくちゃ可愛がってたし!」
「……私は彼に何か考えがあるように見えた。それが悪意なのか善意なのかは解らないが。」
――行人達が幽斎と筆談していた頃。行也達は立花が泣き疲れて眠る横で会議をしていた。
液晶のような陣羽織スクリーンに写ったのは、大きな城。
「友樹さんがいるのはこのネオ安土城ですか……。」
「いくらあちこちに軍隊を派遣していて人員不足でも、流石に軍事拠点のここは警備が厳重じゃろうな。
……じゃが。この国の人々は夜が苦手かもしれん。
潜水艦の船員は、やたら早く閉まる店が多いと言っていたし、実際にここへくる途中で見かけた店は飲食店すら夜八時で終了の所が多い。」
黒田は皆を見回して言った。
「夜にこっそり侵入して、友樹を救いだそう。」




