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戦国DNA  作者: 花屋青
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謎のポエマー

 鳥が朝の挨拶をする水色の澄んだ空の下。行也は一人でジョギングしている。 行人は中間テストの勉強、黒田は行人の勉強を見つつ、風邪で寝込んだ島津の世話をしていた。

 行也も看病を申し出たのだが……。

「万が一お前に移ったら最悪じゃ。それにワシの兜は最弱なんじゃぞ。体を鍛えてくれないとマジで困るんじゃよ!」

 と黒田に言われ。看病は彼に任せることにしたのだ。

 走行目標を達成した行也はペースを落とし、ふと空を見上げた。柿の木が視界に入る。

「あれ?」

 平安時代の貴族風の服装をした若者が木に登り、季節外れに実った柿を採ろうとしていた。

 若者は金髪碧眼。日本では滅多に見かけない風貌である。

 行也はとりあえず会釈した。

「おはようございます。」

 すると男は碁石のように白い顔を牡丹色に染め、艶のある声で歌を歌い出す。 それは、虹色に輝く文字の珠が風に乗って流れてくるような、華やかで活力溢れる調べであった。

 行也は歌詞の意味はさっぱりわからなかったが思わず拍手した。

「お兄さんすごいですね!」

 貴族男は柿を頬張りながら、優雅に一礼。行也がまた軽く会釈して通り過ぎようとした時だった。

「柿ドロボー!」

 家から出てきた老婦人に発せられたその声を聞き、行也は逃げる貴族の腕をとっさに掴んだ。


――その後、ミニ裁判で示談が成立。 老婦人は柿の代金を辞退したのだが、行也は半ば強引に支払った。

「お兄さん。もう二度とこんなことはしないでくださいね。」

「申し訳ありません。」

 貴族男は力なく俯いた。さらに彼の体は鈴となり、地鳴りのように何かを求める音を響かせる。行也はそんな彼を見て思わず言った。

「お兄さん! 良かったら俺の家でご飯を食べて行きませんか。大したものはお出しできませんが……。」

 貴族男は顔を上げると、海色の目を見開いて言った。

「よいのですか? それではぜひ、ご相伴に預からせていただきます!」

 行也は行人にお客様がくるから! と電話すると、ご飯! ご飯! と歌いながら貴族男と五キロくらい走って帰った。


「ただいま!」

「お邪魔します。」

「お兄さん。居間で座っていてください。今、お茶をお出ししますから。」

「いえいえ、私も手伝います。料理は趣味ですので。」

「ありがとうございます。そういえば、お兄さんのお名前をお伺いしておりませんでした。

 俺は山田行也と申します。お兄さんのお名前はなんとおっしゃるのですか?」

「私は、細川幽斎と申します。どうぞよろしくお願いします。」


――三十分後

「兄貴、おはよう! ……このコスプレ貴族は誰だよ! これがお客様?」

「行人、お早う。このお方は料理上手で教養人の細川幽斎さんだ。」

 そして行也は幽斎に向き直る。

「細川さん、弟の行人です。学校の成績は悪いですが本当は賢いんですよ。」

 幽斎は眉をひそめつつも、白鳥のような優雅な所作で会釈する。

「まぁ。私はコスプレ貴族ではございません。本物の名門の貴公子ですよ。

 はじめまして。行人殿。世にも麗しい文化人の細川幽斎と申します。」

「偽名だろ! どう見ても外人じゃねえか!」

 疑う行人に行也はおっとりと答えた。

「そうかな? たまにこういう芸能人をテレビで見るよ。それより、細川さんが作ってくださったオムレツは美味しいぞ。こんな美味しいのは初めて食べた。」

 行人は黄色と赤のふんわりしたドームにフォークを突き刺し、口に運んだ。

「マジうめぇ! 細川さんありがとう! いい人だ!」

 満面の笑みでオムレツを頬張る行人を見て、幽斎は穏やかな笑顔で話しかけた。

「……ところで黒田殿と島津殿のお顔を拝見したいのですが。」

 行也は二匹のことは幽斎には話していなかった。フォークの動きを止めた行也はとっさに答える。

「うちは山田です。」

「……奥にいるのはわかっていますよ。」

 幽斎は兄弟の後ろのドアを凝視する。その眼差しも声も先程までの明るく美しいものでない。

 物事を追求する探偵のような眼差しであった。

 彼が柿泥棒だったということを思い出した行也は、警察に通報しようと携帯を取り出す。しかし。

「あっ!」

 幽斎の長い手がスルリと伸び、行也の手から携帯が薙ぎ払われた。

 幽斎は海色の目に氷を浮かべて続ける。

「あわせていただけませんか? 手荒な真似はしたくないのですよ。」

 兄弟は思った。もし自分達の騒ぎが聞こえたとしても、病身の島津を連れて逃げるのは非力な黒田には無理だと。彼らは目で相談している。

「やれやれ……。」

 細川が立ち上がるその時。兄弟は動いた。彼らは幽斎にサラダの具のトマトを投げつける。

 光沢のある白い絹に、赤く生臭い絵の具が塗られた。

 幽斎は鉄琴を乱打するような声を発してよろめく。

「この麗しい幽斎に! 存在が至宝の幽斎に! 泥……ケチャップを塗るとは!」

 兄弟はその隙に黒田と島津を掴んで、二階の窓から飛び降りた。

 逃げる兄弟を、幽斎が顔を朱に染め追いかける。

 高速でアスファルトのヤスリにかけられる足に顔をしかめつつ、行人はぼやいた。

「あの幽霊とかいうやつ以外と体力があるぜ!」

「そう言えば一緒に五キロくらい走ったが、まったく息切れしていなかった。

 それと腕を掴んだ時にわかったが、以外と筋肉がある。」

 行也は頭を下げた。

「黒田先生、島津師匠、行人、困った人を家に入れて申し訳ない。」

「本当だ!」

「本当じゃよ!」

 一方、島津は荒い息で呟いた。

「行也殿のせいではござらぬ……拙者を置いて逃げてくれ……。」

「置いていけるか!」

「行人、お前は学校にいきなさい。あとは任せろ!」「そんなこと出来ねぇ!」

「……目付きがただ者じゃなかったからとっさに逃げ出してしまったけど、よく考えたらあの人はもともと殺意はなかったと思う。今は物凄く怒っているけど。

 だから島津師匠と黒田先生と一緒にいない場合は、用無しだから半殺しくらいで済むはず。あとは体力のある俺に任せろ!」

 黒田は頷く。

「行也の言う通りじゃ! 奴はワシらの居場所がわかっているのに、今まで襲って来なかったのが何よりの証拠。

 そもそも殺害目的なら朝イチじゃなくて寝静まった頃に侵入したほうがよい。」

「……じゃあ逃げなくて良かったのかよ!」

「そうじゃな。だがワシはあやつの声になーんかイヤーな思い出があるんじゃ。詳しくは覚えてないんじゃが。」

「拙者も。」

「島津殿もか……。とにかく! あやつはナルシストだから、ケチャップがついた服装で大勢の前には出たくないはずじゃ! 大通りに出るぞ!」


――黒田の読み通り、幽斎は大通りに出た後は追いかけて来なかった。

 幽斎は、電信柱の後ろに身を潜め、常に持ち歩いているシミ抜きシートで服を拭きながら呟いた。

「朝も夜中も貴方達の生活を見守る幽斎ですよ。フフフ……。」

 行人は時間がないので、コンビニで草履を買って学校へ。

 行也達は一〜二時間つぶしたあとに帰宅。しかし家のドアノブを掴んだ途端、行也は目を丸くした。

 鍵をかけずに飛び出したのに、なぜかきちんと施錠してあったのだ。

「み、密室ですか?」

「合鍵を作られてしまったのかもしれんのぅ……。」

 そして慎重に家の中へ入ると。

「何ですかこれ!」

 居間の壁は自由帳にされていた。壁全体に優美かつ躍動的な草書で、文章が数箇所にわけて書いてあるのだ。

 口をポカーンと開けつつも、黒田と行也はその書画に魅入っていた。

 一文字一文字が切り取って装飾品に出来る程美しく、それらが合わさった文章はオーケストラのように多層的で奇跡的なバランスを保っているからだ。

「綺麗ですね。何の呪文でしょうか。」

「これは全部和歌。えっと、まずこっちの和歌は……侵入者に気をつけなさいと言う意味じゃ。お前が言うな!

 で、あっちは……クリーニング代払え、そっちは……プリンと筑前煮を作りました。食べてね。だそうじゃ。」

 黒田は最後に一番長い文章を指す。

「さらに一番長いのは……息子が暴れて保健所に捕まらないように見守って下さい。」

「息子さん?」

「島津殿の言ってた額に傷のある白モモンガじゃろう。細川忠興殿と言って非常に優秀じゃが怒りっぽくて面倒くさい御仁じゃ。」

 黒田は和歌を見ながら苦笑した。

「それにしてもさすが幽斎殿の名を騙るに恥じない達筆じゃ。……歌のセンス自体はないから偽物じゃろうがな。」

「確かに綺麗な字ですね。よし! 行人に見せてやるか! あいつは字が汚いから見習わせよう!」

「行人の性格からして、イライラするだけじゃろう。写真を取ったら消しなさい。」


――一方、行人は学校に無事到着。教科書は違うクラスの友人に借りたり、実技も体育のみだったので何とかやりくりできた。

 制服も、指定のジャージで過ごせばよいということに。 行人の高校はとても校風が緩い。昼休みには渡り廊下で組み体操のピラミッド、廊下でスケボーはザラである。

 しかしさすがにTシャツにサンダル登校は目立つ。昼休み、行人は担任の花立先生から事情聴取を受けた。

「……わかった。今回は止むを得ない事情だし、お兄さんから電話もいただいたから無罪放免。大変だったわね。ケガはないの?」

「大丈夫だぜ! もう帰っていいのか!」

 花立はその若く凜とした顔を怒りに染め、髪を逆立てた。

「目上の人には敬語!」

「す、すいませんであります!」

 元気よく職員室を出る行人の背中を見ながら、花立先生は幼なじみの赤毛の青年を思いだす。そしてため息を吐いた。


「友樹もあの半分くらい図太くなればいいのに。」

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