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戦国DNA  作者: 花屋青
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熊本城の精霊

――翌日。行也達は戦国村からバスで熊本城に連れていかれた。

 頂上からは、灰色に光りさざめく川の周りを、ミニチュアのような緑の木々や白、ベージュ、灰色、クリーム色などの建物が縁どっているのが見える。

 熊本城公園の木々を目を細めて見つめる行也は、過去に思いを馳せた。

「そういえば、小学校の修学旅行で来たなあ。」

「いい眺めだぜ!」

 友樹も頷く。

「そうだね。そうそう、熊本城は日本三名城の一つなんだよ。西南戦争でも五十日以上落ちなかった、

防御に優れた城だったんだって!」

『それだけであるか?』

 友樹は聞きなれない雄々しく渋い低音を耳にし、辺りを見回した。

「友樹さんどうしましたか?」

「い、いや、今スッゴイ低音が聞こえて……。」

「俺は何も聞こえなかったぜ。」

「俺もです……輝君と海君は何か聞こえた?」

 行也は耳の良い二人に尋ねる。二人はコクリと頷いた。

「オイラもなんかすっごく低い声の、すっごく強そうなおじさんの声が聞こえた! 

話の内容まではわかんなかったけど。」

「僕も聞こえました。なんか石垣がどうたらとか、もっと勉強しろって怒ってたような……。」

「幽霊かな……。」

 友樹はぶるっと身を震わせた。


――その後熊本城を出た十二人は。博士と熊本城公園へ行き、スコップ片手に秘密の入り口を探した。

「あった!」

 田中が見つけた青い桜型のマンホールを開けて、地下道を行く十三人。

 地下道の真ん中にはガラスのように透明な川が流れ、そこではワサビらしきものが栽培されていた。

道の壁でも様々な野菜などが栽培され、緑で溢れている。天井には太陽の光のようなライトがびっしり。

まるで、地上の川沿いのような道だ。

「地下道のわりに臭くないし、キレイだね! それに明るい!」

 最初は不安そうだった友樹は、ホッとして言った。

 少し警戒心を緩めて歩く十二人と博士。しばらく進むと『関係者以外立ち入り禁止』のドアが見えた。

「おい、そこの上から目線のヘタレくん。兜をドアに当ててくれ。」

 博士の言葉に皆、ラーシャを見つめる。

「ヘタレは余計デス!」

 ラーシャは不服そうに頬を膨らませつつ、兜を壁に押し当てた。ドアはアッサリ開く。

「スゲー! ラーシャVIPじゃねぇか!」

「……うちは成金ですけどネ。」

 ドアを開けると、そこは市役所のようになっていた。受付の着物姿のお姉さんへ向かって、ラーシャは兜を見せる。

「かしこました。客間にご案内致しますので少々お待ちください。」

 軽装の着物姿の男性に案内され、行也達は客間に通された。

 黒の襖には金色の細川家の家紋(九曜文)が浮かび、天井には絵巻のような合戦図が描かれ、

 漆塗りの黒いテーブルには螺鈿細工で描かれたホタテ貝が輝く。ソファーは濃紺のベルベッド。

 照明は九曜文型のマットな質感の金色ランプ。その他、気品のある白磁の巨大な壺などが飾られた豪華な部屋であった。

ふかふかしたソファーに座り、出されたお茶を啜り、辛子蓮根といきなり団子を食べる十二人。

「いきなり団子うめー! 芋ばんざい! ……龍造寺さんもこれ食べたかったろうな……。」

「餡の中に入っている芋のスライスがよいアクセントになってマスネ。」

 のんきに茶を啜る行也達の元に、中間管理職風の裃姿の男がやってきた。

「皆様! せいしょこ様が大広間でお待ちです! 変身しておいてほしいとのことです!」


――数分後。

「なんかうちの高校の体育館みたいだ! 舞台もある!」

 広々とした大広間は、大広間を一階と数えると三階まで吹き抜けになっていて、とても開放感があった。ちなみに床は畳敷き。

 ラーシャは、リュックから小さな桐箱を出した。中にはエスプレッソ用サイズより一回り小さいカップが二つ入っているという。 

「せいしょこ様に上げるのデス。妖精サンにお会い出来るなんて幸せデス。」

 桐箱を持ちやすいようにハンカチで包むと、天使のようにかわいらしく清らかに微笑むラーシャ。

 行也は迷った末、重い口を開いた。

「がっかりさせて悪いんだけど……せいしょこ様は体格ががっしりしただ……」

「みんな、お待たせ☆」

 皆の目の前に、白い羽衣を来た細い少年が、ふわりと舞い降りた。

 身長は大き目のノートパソコンを縦にしたくらいで、背中には虎柄の羽。

 羽衣の少年は、会釈すると、朗らかに愛らしく微笑んだ。

「はじめまして。ぼくは加藤清正です! 熊本城のせいれいだよ。 

いつも、熊本のみんなのことをみまもっているんだ。」 

「はじめまして。山田行也と申します。すみません、俺たちは他県み……」

「せいしょこ様! お会いしたかったデス。このカップ、良かったら使ってくだサイ!」

 ラーシャは行也の言葉を遮ると、せいしょこ様に近寄ってハンカチ包みを差し出した。

「わぁうれしいなぁ、ぼくにくれるの? ありがとう!

 ……でもちょっと重そうだなぁ。着替えてくるね。」

 せいしょこ様は奥の扉に消え、ラーシャは首を傾げた。

「ジャージにでも着替えるのデショウカ。……エ?」

 十数秒後に現れたのは。虎柄の軍服姿で背が高く厳つい中年男性。しかもその雄々しい顔は濃いひげに縁どられていた。彼の手には虎柄の鞭が握られており、足はなぜか下駄であった。

「どちら様デスカ。」

「私が加藤清正だ。今日はお前達を特訓してやる。覚悟しろ。……湯呑かそれは?」

 ラーシャはハンカチ包みを引っ込めると、加藤に問う。

「せいしょこ様はどこデスカ。」

「私が所謂せいしょこだ。」

「嘘デス! 嘘デス! 僕の知ってるせいしょこ様は小さなかわいい精霊サンデス! 羽だって生えてマス! こんなごついオッサンじゃないデス!」

 涙目で首を振るラーシャ。行也はラーシャに優しく手を置くと、申し訳なさそうに言った。

「本当の加藤清正公は妖精じゃないよ。虎退治するくらい強くて、体格のいい男性なんだ。

 それに……確かにラーシャ君の言う通り見た目は迫力があるけど、治水事業や新田開発、貿易に力を入れて貧しかった熊本を豊かにした、立派な人なんだよ。ごめん。先に言わなくて。」

「わしも歴史男子なのに黙っとった……すまんの。」

 申し訳なさそうな行也と春彦。ラーシャは振り返って皆を見る。加藤清正をマンガの主人公と勘違いしていた海以外は、静かに頷く。

「皆サン酷いデス!」

 コップを抱えて走り去るラーシャ。それを追いかける友樹。一方加藤はちょっと悲しげにつぶやいた。

「そんなに私は泣き叫ぶほど酷い容姿なのか……。」

「オイラはかっこいいと思う!」

「俺も!」

「好みの問題ですからねぇ。あの子はファンタジー好きな子だから仕方ないですよ~。」 

 海達にはげまされてちょっと明るい眼差しになる加藤。

 その様子をじっと見ていた霧沢ことフランシスコは。一旦後ろを向くと。繊細な白く長い指からヒスイ色の物体を高速で飛ばした。

 至近距離。しかも不意打ち。にも拘わらず加藤は余裕でそれを避けた。

「貴様……鼻くそを飛ばしやがったな!!!!!!!!!!」

 城中を揺るがす、野太い怒号を発する加藤。その巨大で怒りに満ちた言霊は大広間の外に出ていたラーシャも友樹もビクっと動きを止めるほど。

「わりゃぁ一体何を考えとるんだ!  清正公、申し訳もできゃぁせん!」

 平謝りする皆。一方霧沢はいつものように無表情で語る。

「…この至近距離で放った緑の弾丸を余裕で避けた。彼は只者ではない。それにあの怒り様を見ろ。綺麗好きの清正公らしい。やはり彼は本物の加藤清正公だ。」

「いきなり鼻くそ飛ばされたら誰だって怒るだろうが!」

 加藤は厳つい体を震わせ、目をかっと見開くと。深く張りのある声で叫んだ。

「戦国一〇八計。ロングロング下駄ーーーー!!!!」

 加藤の下駄はみるみる伸びて、大広間の高い高い天井に加藤の頭がぶつかりそうなほど。

「お前ら全員踏み殺してやる!!」

 目を血走らせた加藤。彼は立てかけてあった建物二・五階分ほどの長さの槍を掴む。そして浅い川で魚を突くが如く槍を高速で上下に動かして走りだした。

「なんで俺たちまでーー!!」

 逃げ回る十人。地響きと巻き上がる風に広間の壁の掛け軸は激しく揺れて、大きな屏風もバタバタ倒れ行く。まさに台風通過中の様相。 

「どどどどどうしようどうしよう! こ、ここから銃を打てば届くかなかなかな! でもみんなに当たっちゃうかな!」

 そっと覗いてみた友樹とラーシャは顔をひきつらせて、鮫から逃げる小魚のような十人を見つめる。

「……やってミマショウ。押しつぶされるよりは殺害力のない友樹さんの銃弾のほうがマシでしょうシ、体が大きい分的が大きいから酷い外し方はしないですむハズデス。」

 二人はそーっと入口に戻ると、銃を構えた。加藤が入口近くにやってきた瞬間。下駄をめがけて友樹は金平糖の弾丸、ラーシャは金色の扇を放つ。

 しかし加藤は逃げ惑う行也達に目線をやったまま、半透明に光る弾丸もキラキラ輝く扇も槍ではじき返した。そして、懐から出した小刀を入口方向にヒュッ! と投げる。

小刀は二人のちょうどど真ん中に突き刺さった。

「あああああ゛ーーーー!! も、もう一回!」

手をガタガタさせつつもなんとかまた銃を構えた友樹。下駄を破壊すべく銃を連打する。

 しかし今度は蹴飛ばされ。色とりどりの小さな塊はむなしく畳に落ちていく。

「どうしよう……あまり弾丸を使いすぎると補修するヨッシーに負担が……。」

 刀を握り締め、深呼吸するとよろよろ大広間に入ろうとする友樹。ラーシャはそんな彼の陣羽織を引っ張り、吹き抜けの周りの通路を指差した。

「あの通路に上って攻撃すれば、加藤さんは上と下両方を意識しないといけなくナリマス。そうすれば隙ができるハズ。」

「でも、あそこに行くには舞台に上がって、その奥の階段を使わないといけないよ。……あ!」

 一〇八計の効果でスピードアップした行也は加藤の槍を何とか避けて、舞台に上がる。

 さらに舞台奥に入り込み、階段を駆け上がった。しかし。加藤は吹き抜けの周りの通路に上がった行也を無視した。行也が飛び道具を持っていないこと、さらに二階崩れ斬りのような高い場所で使うような必殺技を持っていないことを事前に博士から聞いていたのである。いつも使っていた囮作戦が通じないことに気が付いた行也は、とりあえず刀の鞘を加藤の兜めがけて投げてみる。だが。加藤は振り向くこともなく、必要最低限頭を動かして避けた。海が投げた四国の蓋もまた然り。

「囮作戦も通用しないし……刀を投げたらさすがに危ないし……大人しく降りようかな……。」

 そんな時。行也と友樹とラーシャは目が合った。友樹は小声でラーシャに話しかけた。

「ラーシャ君。鞭で僕の銃を行也君に投げれる? 今なら行也君はノーマークだから、行也君に銃をトスして撃ってもらおうと思う。行也君は射的がそこそこ得意だって聞いたし。」

「しかし、大広間の中に入らないと鞭で上の通路に銃をトスすることは出来ませんヨ。おまけに大広間に入る瞬間に目をつけられる恐れがアリマス。」

 友樹は天井を仰いで言った。

「ぼ、ぼくが囮になるよ……。加藤さんが行也君をノーマークなのは飛び道具や空中技がないことを知ってるからだと思う。だから飛び道具を持ってるはずの僕がダッシュで大広間に入ったら絶対警戒するはず。」

「……無理しないほうがいいですヨ。」

 嫌味ではなく心配してラーシャが言っているのがわかった友樹は、心が揺らいで顔を伏せた。

 やめておこうか……一瞬そう思った彼だが。脳裏に、体を削って兜の補修をしてくれたヨッシーの姿が浮かんだ。友樹は顔を上げて、唇をかみしめてから口を開いた。

「……無理が無理じゃなくなるように、少しづつでもなっていかなきゃ駄目なんだ……。」

 ラーシャは友樹の目を見た。体はわずかに揺れているが、目はしっかりとした光を放っている。

「わかりまシタ。」


 友樹は、手で十字を切ると。大広間に走って行った。

「あああああ゛~あああ! くくくらへコンペイ糖!」

「お前の銃な……………鞘……囮かああああ!」

 銃を持っているはずの友樹を注視していた加藤は目を見開き、とっさに後ろを振り返る。

今まさにラーシャが行也に鞭で銃をトスするところであった

「行也さ……アッ!」

 加藤は槍を水平方向に動かし鞭をぶった斬る。銃は反動をつけて飛ばそうとしていたラーシャの後ろへ飛んでいく。友樹はそれを拾いに死に物狂いで走った。

「銃が!」

 加藤がそれより先に銃を拾いにいこうと走り出した時だった。

「四国の蓋!」

 加藤の下駄の足は背後から飛んできた銀の円盤にスパッと斜め切断され。加藤は前のめりにバランスを崩し、とっさに槍で体を支える。

「友樹サン!」

 なんとか銃をダイビングキャッチした友樹はその銃で、加藤めがけて弾丸を放った。

 風の弾丸は彼を後ろへ吹き飛ばし。加藤はしたたかに頭を打つ。

 そんな加藤の兜には。「合格」という文字が浮かび上がった。 

 銃をもったまま固まった友樹に、ラーシャはそっと手を差し出した。


――その後。加藤は頭をさすりながら立ち上がると。指導講評を始めた。

「最優秀賞は大沢だ。十二人で一番気弱なお前が、鞘を銃に見立てて囮になるというのはなかなか予測しづらかったからな。次点が魚住。私の隙を見逃さなかった点と、頭狙いから下駄狙いに切り替えた点が素晴らしかった。……だが、フランシスコ!!!! お前は許さん!!! 罰としてこの真っ青汁を飲め!!!」

 緑色の液体の入ったコップを受け取ったフランシスコは軽く頭を下げると、涼しい顔で言った。

「確カニソレハスミマセンデシタ。真っ青汁ノミマス。」

 加藤は先ほど(フランシスコこと霧沢以外には)やり過ぎてしまったと思ったので、ティーチャーズが大好きな連帯責任は適用せず、霧沢に罰を与えて終了することにしたのであった。だが、涼太はその罰にまったをかけた。

「こんなに苦い真っ青汁を飲ませるのは、いくら味覚が個性的なフランシスコさんでも気の毒ですよ~。

さっきフランシスコさんが残していた、いきなり団子と辛子蓮根を食べることで勘弁してあげてください。

お願いします。」

 フランシスコの顔が一瞬固くなる。孤児院育ちの彼は、どちらかというと人が不味いと思うものが大好物だが、基本的になんでも食べる。しかし、いきなり団子と辛子蓮根だけは毛嫌いしていた。

「イエイエ、私ハ真ッ青汁ヲイタダキマス。私ノツミハ重イデス。」

 すべてを理解した神崎はにやっと笑った。

「俺もお願いします。」

 結局、霧沢は咽び苦しみながらいきなり団子と辛子蓮根を食べることに。

「危うく罰にならない罰を与えるところであった。」 

 加藤はそう言って片頬だけぴくっと上げると、一・五メートルほどの赤い槍を行也に渡した。

「この槍は『賤ヶ岳の七本槍』という。七人の立派な武将の魂が詰まった槍だ。七種類の技が使える。

 ロケット鉛筆ならぬロケット槍だと思っていい。使いたい武将の穂先がでるまで、使わない武将の穂先を引っこ抜いて後ろに差して組み替えてから使う槍だ。どの武将かは穂先の匂いでわかる。

 地味な匂いが加藤嘉明殿で、桐の匂いが片桐殿、糠の匂いが糠谷殿、市松人形の匂いが正則ど…福島殿、平たい匂いが平野殿、脇の匂いが脇坂殿だ。」

「すみません。メモを取らせて下さい。えっと……。」

 根気強く、最初から復唱する加藤。行也はそれを書き留めて復唱して確認し終わると、首をひねった。

「俺は鼻が良いわけではないので、とっさにかぎ分けられる自信がないのですが……平たい匂いとか地味な匂いってどんな匂いなのでしょうか。」

「地味な匂いは……母さんが作る味噌汁の匂い、平たい匂いは……時間が経っても変わりにく、シンプルな匂いだ。 同じ香水でも時間が経てば香りを変える。平野殿の槍の穂先は同じ香りが続く。」

「福島殿の槍だとどういう技が使えるのですか?」

「市松市松と唱えるか歌うか演奏すると槍から髪の毛が生えてきて市松人形のように伸びる。」

「それは便利な技ですね。では糠谷殿のは……。」

「糠糠糠谷と唱えると穂先から糠が出てきて、相手を混乱に陥れ……。」

「役に立ちそうにねえ技ばかりじゃねえか!」

 思わず口を出した行人に加藤は首を振った。

「黒田官兵衛殿は軍師。甲冑も軍師担当の人間用だ。本来なら様々な作戦を山田が立てなければならないのだ。臨機応変な作戦を立てるときにこの槍が役に立つ。」

「臨機応変……そう言えば、俺は一〇八計を自分に掛けて囮になることしか考えていなかった……。」

 頭をぐるぐる回しながら考える行也をゆすりながら、加藤は言葉を続けた。

「大丈夫かお前。まあ毎回一辺倒の作戦ばかり取っているならそれを逆手にとる方法もある。

囮のふりをして作戦を遂行するとかな。」


――午後。行也達は変身を解くと熊本城のランニングを始めた。

 加藤は虎柄の軍服姿のままなのでかなり目立ったが。目が合った観光客に会釈しつつも先頭で掛け声を掛ける。行也達もそれに合いの手を入れる。

「熊本!」

「元気!」

「熊本!」

「最高!」

「熊も……」

「もう疲れマシタ! 飽きまシタ! どうせなら刀捌を教えてクダサイ!」

 加藤は鞭を握りしめて振り返る。そしてラーシャをギロリと睨みつけた。

「疲れただと……これくらいで疲れるようならもっと鍛えねばなるまい!! 一周追加!」

「え、え、ウソデス! 疲れてマセン! 疲れてマセン!」

「よし。」

 その後。休憩中に涼太から田中の事情を聞いた加藤は、どこかに電話するとここで奄美大島から持ってきたグッズの販売をしようと言い出した

「え、いやこれは個人の問題ですし……修行はいいのでしょうか……」

 恐縮する彼に加藤は首を振った。

「お前から聞いた量なら一~二時間で売れる。バスツアーの観光客が一杯通っている今がチャンスだ。お前は修行に集中しきれていない。腹立たしいが事情は事情だから俺も協力してやる。」

 駐車場に止めてあったバスから、田中はトランクを出す。その間に加藤は公園周辺を少し歩いた。出店場所のめぼしを付けるためである。彼は視察から戻ってくると、行也達を連れていきなり団子などの屋台から少し離れた場所で品物を広げるように言った。

「商品を置くテープルはあるんだな? 今日はお年寄りも多いから、地べた置きだと屈む必要が出来て視界に入りにくい。」

「はい。アウトドア用のテーブルを二つ持ってまいりました。」

 行也達はそれを田中と広げると、声掛けを始めた。

 加藤は少し離れたところでそれをじっと見守っていたが、神崎、春彦、フランシスコに後ろに下がるように言った。

「お前ら……特にフランシスコは威圧感がありすぎて駄目だ。梱包に回れ。菊池。お前はレジになれ。計算だけずっとしてろ。」

「偉そうに……と言いたいところだが。確かにそうだな。」

 神崎達は素直に頷くと梱包担当に回った。

 愛嬌のある輝、存在感のあるラーシャ、声の大きな行人と海が声掛けを担当し、物腰が柔らかい行也、友樹,

田中が接客,暗算が得意な涼太、光紀がレジを担当。神崎、春彦、フランシスコはもくもくと商品を袋に詰めて客に渡す。加藤の言う通り、人通りが多かったせいか一時間半で完売。

「せいしょこ様。みなさん。本当にありがとうございました。」

「いえいえ、楽しかったですよ。それより早く入金しに行ったほうがいいと思います。あの屋台の先を数百メートル行くと、郵便局があるはずです。」

 そういって友樹は携帯端末に移した地図を見せた。田中はそれを見ておお、と頷くと友樹、続いて皆をぐるりと見た。

「ありがとう! ……みなさん、すみませんが休憩所で少しお待ちいただけますか?」

「いいよ~。」

 涼太の声を聞いて走り出す田中に神崎と行也と春彦はついていく。

「大金を持っているから一人だと危ないからな。」

 三人はすぐに走って戻ってきて、また修行は大広間で再開された。


――修行は順調に終わり。夜、地下熊本城の足軽用寝室で行也達は眠ることになった。また春彦は何が起こるかわからないから云々とほざいたが。涼太が昨日の惨状を話して、四人ずつに分かれて眠ることになったのであった。部屋は行人、光紀、友樹、ラーシャの組と、行也、神崎、田中、フランシスコの組、春彦、輝、涼太、海の組に分かれた。

 行人はシーツをすこし弛ませて敷くと、二段ベッドの二段目からラーシャを見下ろして尋ねた。

「結局、カップはせいしょこ様にあげたのかよ?」

「渡そうとしましたが断られました。ちっちゃくって不便だからいらないそうデス。」

「それは残念だな。でも、一度差し上げると言った約束は律儀に守ったのだな。」

 感心して頷く光紀に、ラーシャは首を振った。

「約束したからというより……献上したくなったのデス。あのオッサンは偉そうだけどエライ人なんだなってわかったからデスカラ。田中さんが集中できていないなんて僕は気が付きませんデシタ。それに指示がいちいち的確ですカラ。見直しまシタ。」

「お前は相変わらず上から目線だな! 俺たち以外に友達は少ねーだろ!」

 行人はラーシャなら言い返すだろうと軽い気持ちで言ったのだが、ラーシャは少し暗い顔で言った。 

「……否定できまセン。」

 光紀はぼそっと言った。

「私は少ないどころか一人もいないが……。」

 友樹も頷く。

「僕も……いざという時に助けてくれるっていう友達はいないかな……。遊び友達とかメール友達はいるけど……人望がないんだよね。友達だと思っていたら金目当ての人だったり……。」

 暗い三人。行人も腕を組んで考え込んだ。

「……助け合える友達……か…。よく考えたらそこまでの友達は俺も三人しかいないし、無神経だって嫌われることもあるな。」

 彼は一人の少年を思い出し、ため息をついて続ける。

「それに、その三人だって一人よくわかんないヤツがいる。こっちは親友だと思ってるけど、向うがそう思ってないかもしれないし、そいつのこともよくわかってなかったしな……。」

 部屋の電気に反して暗い四人。友樹は重い空気に耐えかねて思わず口を開いた。

「そ、そう言えば行也君はどうなのかな? 友達多そうだよね!」

「いや。少ないぜ。みっちゃん以外だと……北海道に住んでる桜井さんくらいだな。すっげえいい人で俺の誕生日にもプレゼントくれた。あとこないだ結婚した四田さんか。職場の人はたまに夕飯を食いにくることはあったし、逆に俺も呼んでもらったことはあったけど。

 なんつうか……人当りはいいからそんなに嫌われねえけど、どっちかというと利用されたり、世話がかかるヤツを押し付けられるタイプだと思う。小学校の頃、兄貴のクラスに用があっていった時のことなんだけど。兄貴のクラスメートに、兄貴の席の周りはすっげえ悪そうなヤツとか頭おかしいやつばっかだって言われたな。」

「……行人君って以外と記憶力いいんだね。だって五学年離れているんだから、まだ一年生くらいの時の話でしょ?」

 目を丸くする友樹に、光紀は解説をした。

「周りの人のことや、自分が興味があることに関しては、それなりに記憶力はあるのです。」

「そうなんデスカ。じゃあもっと勉強にも興味を持ったらどうですカ。」

「国語はもう読み書きできるから勉強しなくてもいいし、日本史は昔のことをグダグダ言ってもしかたねえからどうでもいいし、数学とか物理とかは、あんな変な呪文覚えたってしかたねえし!」

 荒々しく吐き捨てる彼に、ラーシャは平坦な声で答えた。

「春彦さんは物理の授業で習ったことを思い出して、川状態になった迷路に飛び込んで水上を走ったんですヨ。そのおかげで僕は助かったのデス。まあ咄嗟の判断は難しいですけどネ。川の流れは速いし波打っていたからバランスを取るのが難しかったデスシ、場合によっては二次被害の可能性がありましたカラネ。」

「……そうだな……。俺はどうしたらいいのかよくわかんなかった。やっぱり勉強も大事なのかな……。」

 四人はその後、友樹が持ってきたカードゲームをやったり、のんびり過ごしたのちに眠りについた。


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