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戦国DNA  作者: 花屋青
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沖田畷アスレチックの恐怖

 行也達が乗ったジェットコースターが発進した頃。沖田畷アスレチック行きを指示された行人、ラーシャ、海、輝は。リュックを背負い、小雨の戦国村をだらだら歩いていた。

「あれじゃない?」

 海が指差す先には。沖田畷アスレチックと丸文字で書かれた縦型の旗が、灰色の空にたなびいている。

「おじさんが変身しろって言ってたから、取りあえず変身だ……あ。」

 空腹を告げたお腹をさすり、行人は周辺をキョロキョロ見まわした。

「その前におやつを食べたいんだけど。」

「エッ。戦国村に行く直前に、輝君がくれたチョコレートを食べばかりじゃないですカ。」

 呆れた様子のラーシャに行人は口を尖らせた。

「俺はお腹がすくと力が出ないんだぜ!」

 ラーシャは肩をすくめると、地図を広げる。

「ここら辺に屋台があるはずなんですケド。……今日はないみたいですネ。」

「まじかよ!」

 がっくりとひざをつく行人に、輝は銀色の袋に包まれたチョコレートを一粒差し出した。

「どうぞ。」

「え! いいのか! ありがと!」

 笑顔で受け取った行人だが、包装を開ける手を止めた。

「これって最後の一個だったりするか? さっきもみんなに配ってたからもうほとんどないよな。」

「うん。でも海くんもラーシャお兄ちゃんもお腹すいてないですよね?」

「オイラは平気!」

「ボクも空いてないデス。」

 行人は黙ってチョコレートを見ていたが、低く唸って輝に返した。

「リーダーだけいい思いをするわけにはいかないからな! これは今食べないぜ!」

 いつの間にリーダーになったんだろう、と思いつつ、輝はチョコレートをまた行人の手に置いた。

「遠慮しないで下さい。」

「輝の言う通りだよ。リーダーなら、体調を万全にしなきゃ。」

 輝と海の言葉に首をふり、行人はチョコレートから目をそらした。

「いや、いいんだ!」

「めんどくさい人ですネ。輝君、ちょっと貸してクダサイ。」

 ラーシャは輝の手からチョコレートを取ると包装を開け、行人の口に突っ込んだ。

「今日の訓練をさっさとこなして、ボクはせいしょこ様にお会いしたいのデス。さくさく行きますヨ。」



――木で出来た門をくぐると、目の前に茶色い池が広がった。池には様々な模様の岩がぽつりぽつりと浮いている。輝が入口付近の棚から持ってきた沖田畷の地図には、池の先に木でできた船、梯子、砦など様々な木の遊具らしきものが描かれているのだが。その下も茶色い池が広がっているようだ。

 輝は池を見つめて小さな声で呟いた。

「この池、どれくらいの深さがあるのかな……。」

 小雨や風で水面に丸い模様を作る水面と、水滴をためて沈みゆく赤い花を見つめながら、海は手をぐるぐる回してうなった。

「なんとなく三mいくかいかないかくらいな気がするけど、簡単に測ってみようか。」

 海は、自分のリュックから出したロープに刀を巻き付けて、そっと垂直に下した。

「だいたい水深ニ・五〜三mくらいかな。でもなんかよくわかんないけどへんな感じがする。」

 海は近くにあった石を池に思いっきり投げた。石はちゃぽん、と音を立てて池の水に埋まるが。海は首を傾げて、ニ〜三個石を投げる。

「池の中に何かあるみたい。何かにぶつかって落ちる音がする。」

「……僕もそう思った。なんか固いもの。」

 耳のよい二人は首を傾げて池の中をのぞき込むが、茶色い池は不透明で何も見えない。

「まあ、変身すれば水に浮くんだから大丈夫じゃね。」

 行人はのんきにそういうと、横の立札を見た。

「少弐氏と島津氏と大友氏の家紋を踏むと、下から噴水が湧き上がる。か。

……少弐氏と大友氏の家紋ってどんなんだっけ。」

「えっと……これデス。」

 ラーシャは小さなタブレット端末に大友家と少弐家の家紋を出す。

「おお、この二つと十字型の島津家の家紋を踏まないようにすればいいのか!」

「でも、石と石の間隔はかなり開いていますから、石と石の間を普通に通ればいいんじゃないですカ。」

「よし、じゃあそうするか。……変身して二時間たったらやべえって偽幽斎が言ってたから、さくさく行くぞ!」

 行人は某兵庫県の球団歌を歌いながら、先頭立って走り出した。

「ちょ、ちょっと待ってくだサイ!」

「待ってください!」

 行人のすぐ後ろにいる海の肩越しに、ラーシャ、輝を視界に捉えた行人は。後ろを振り返りながら小走りする。

「戦士は素早さが大事だぜ! がんばれ!」

「……その石踏んじゃだめ!」

「え?」

 後ろばかり見ていた行人は、すっかり足元の下の石のことを忘れていた。海の声で急ブレーキをかけたが間に合わず。彼が踏んだ石の下から白く高い柱が勢いよく立ち上がる。

「ぎゃああああー!」 

 ザザザ……と音を立てて、電柱のように聳え立つ白くフワフワした柱。その上でグラグラ踊る石。その石の上にいた行人はバランスを崩して頭から落ちた。おまけにひもをしっかり結んでいなかったので、変身も解けてしまう。彼は茶色い池に吸い込まれた。

「行人兄ちゃん!」

 行人が落ちた方向へ走る三人。先頭にいた海はリュックを下して変身を解き、池に飛び込もうとする。

 ラーシャは慌てて鞭を繰り出すと、海の足首を巻き取った。池の中で逆さ吊りにし鞭を命綱代わりにしようと判断したのである。

「無謀ですヨ! ア。」

 筋肉質の海は見た目より重い。海が飛び込む瞬間にふらついたラーシャの陣羽織を、追いついた輝は引っ張った。

「ありがとうございマス。」 

 しかしほっとしたのもつかの間。三十秒後。なんとなく手ごたえが変だと思ったラーシャは鞭を回収し、異変に気が付いた。

「鞭の先が切れちゃってマス!」

「ええっ!」

 二人が顔色を変えた直後。海、そして海からちょっと離れたところに行人は浮かび上がった。

「ぶはっ!」

「海!」

 変身して海面に浮かびあがった行人は、海を引き上げておんぶした。

 一方、ラーシャと輝は池の上を走ると、輝は海の頭に兜をかぶせ、ラーシャは海の様子を見た後に行人へ声をかけた。

「大丈夫ですカ?」

「おう、冷たくて気持ちよかったぜ。……でもみんなに悪かったな。ごめん。」

「本当ですヨ。何が戦士は素早さが大事ですカ。行人さんは早とちりが多過ぎデス。」

「確かに悪かったよ……。海、大丈夫か?」

 行人は、海に視線を移す。

 行人の背中から降りて、輝が持ってきたリュックを背負った海は、くしゃみをすると、糸を手でぐるぐる巻く動作をしながらうなる。

「うん……。それより行人兄ちゃん。

池の底ってなんか尖った木がいっぱい生えてなかった?」

「あったあった!」

 ラーシャは鞭を池に浸しながら、珍しく大声を上げた。

「それ、昔に戦争で落とし穴とセットで使われた罠かもしれまセン! 下手すれば頭を打って死んでたかも知れないじゃないですカ!」

 一方、輝はがくがく震えながら携帯型端末をいじりだした。

「……あ、涼太兄ちゃんからメールだ。とげや仕掛けに注意、だって……。」

「え、なんでお前も涼太さんも携帯持ってるんだよ! 携帯電話は全員で門をくぐった後没収じゃなかったのかよ!」

「そうだよ! オイラも提出しちゃったよ!」 

 驚く行人と海に輝はぼそっと言った。

「携帯電話じゃなくて携帯型端末だからいいかなあって……。電源を切っておけば特に問題はないかなって思ったんですが……。

 ちなみに涼太兄ちゃんは携帯電話を二個持ってるから一個だけ出してました。」

「ボクも出しませんでした。携帯型端末ナンデ。たぶん霧沢さんモ、ダミー携帯を提出してます。以前使っていたものと違いますシ。年期の入った鞄や財布を使っているくらい物を大事にする霧沢さんが、値段の高い携帯電話をホイホイ買うようには思えませんシ。性格的に素直に出すタイプではナイデショウ。」

 ずるい! と声を上げる行人と海だったが。ちょっとして行人は腕を組んで考え込んだ。 

「でもよ。いまどき携帯持ってないなんて怪しむはずなのに、あっさり信じたよな。

 そもそも池に落ちなきゃ死なねえし、おじさ……戦国博士は絶対に変身しろって教えてくれたんだから、殺す気はないんじゃね?」

「確かにそうデスネ。持ち込むことが暗黙の了解のような……。偽幽斎さんからボク達の性格は聞いてるハズですから。……偽幽斎さんには、輝君や海くん達に合っていますヨネ? だから海くんは九州の戦士に会いにこちらへ来た。だから涼太さんは誤魔化して持ち込みそうな性格だと知っているハズ。もう少し身体検査も丁寧にやってヨカッタノニ。」

 行人はその話に頷きながら、自分のリュックの中のTシャツに着替えた。彼はしみじみと海に言う。

「それにしても、海パンはいてきてよかったな、海! 黒田先生の言う通り、池に落ちた時のことを考えといてよかったぜ。」

「落ちたのは行人サンで、海くんは巻き添えを食らっただけデス。行人サンはワックスをかけたてのところで走って転ぶタイプだカラ、黒田さんはそう判断せざるを得なかったのでしょうネ。」

 ラーシャはため息を吐いた。


――その後。彼らは岩が浮かぶ池を通り過ぎ、一列に繋がれた船の道を行く。

「ラーシャ兄ちゃん、さっきはありがとう!」

「イエイエ。でもいくら心配になったからっていきなり飛び込まないでクダサイ。」

 ラーシャは海の足首を見てつづけた。

「ところで、気になることがあるんデスガ。海君、足に巻き付いた鞭はあっさり外れちゃったんでしょうカ? 水中だと粘着力が弱くなるのかもしれまセン。」「うーん……行人兄ちゃんを探すので頭がいっぱいだったからよく覚えていない。ごめん。

 だけど、水中に入ってしばらくは足首に何か巻き付く感触はあったよ。一旦池の表面に上がろうとした時に、急にぶちって切れた感じがした。」

「……そうですカ。鞭を使いすぎて痛んでいたのかもしれまセン。だからちょっとした力が入っただけで切れちゃったのデショウ。今、池に浸したら、少し元に戻りましタガ。」

「オイラは見かけより体重があるからそのせいかも……。」

 申し訳なさそうに鞭を見つめる海に、ラーシャは首を振った。

「違いマス。海くんのせいではないのデス。ホクは家で、変身して鞭を振るう練習をしていたのデス。忠興さんがバンバン補修するから気にするなと言ってくれて、それに甘えテ……。

 物質も人生も……永遠なんてないのかもしれまセン。」

 鞭を見て、そう呟くラーシャに、輝は遠慮がちに尋ねた。

「もしかして……何かあったのですか?」

 三人に心配そうに見つめられたラーシャはうつむいていった。

「まだちょっと後ですガ。来年になったらイタリアに帰らないといけなくなるかもしれまセン。」

「え……。」 

 何となく寂しい空気が流れる中、行人は明るくラーシャの肩をパーンと叩いた。

「まあ寂しいのは確かだけどよ。 バイトして金貯めたら、たまにはイタリアに行ってやるよ!

 お前の好きな田山さんのトマトタルト持って行ってやるぜ!」 

 ラーシャは、イタリアが遠いことを頭の悪い行人はわかっていないと思ったが。彼が本気で駆けつけようと思っていることは何となくわかった。

「イタリアとの距離が全然わかっていないのデショウガ。気持ちは嬉しいデス。」

 彼は珍しく、ほのかに微笑んだ。


――船の道を数十メートル行ったところで。電柱ほどの高さの梯子が現れた。

「よく考えたら普通に池を通っても無事な気がするんですガ。」

 足ががくがく震える輝も、心の中で同意したが。行人は首を振った。

「俺たちは修行にきたんだぜ! 兜の緒をしっかり結んどきゃ落ちても大丈夫だ。とりあえず先頭はラーシャ、次が海、その後ろが輝、俺がしんがりで行くぞ。」

「珍しいですネ。いっつも先頭を行きたがるのニ。さっきのことで怖じ気づいたのですカ?」

 目に疑問符を浮かべて問うラーシャに、行人は顔を真っ赤にして反論した。

「ちげーよ! 俺は注意力がないから、先に慎重なお前と、勘の鋭い海を行かせて、俺が後ろでお前らを見守ってやるんだ。」

 はっとしたラーシャと海は輝を見た。輝は梯子を見つめて、歯をガタガタさせている。

 海は手をぐるぐる巻きながら思案した。何かが閃いた彼はもたつきながらも自分の腰にロープを巻き、輝にもそれを巻こうとするが、ラーシャに止められた。

「素人が山岳救助隊の真似事をするのは危険デス。」

「でも! やっぱり結んどいたほうがいいよ!」

 もう一度結ぼうとする彼の手を掴み、ラーシャは諭すように言った。

「とにかく輝くんのことは行人さんにまかせて、ゆっくり慎重に行きまショウ。行人さんの方が海くんより力持ちデスカラ、その方がいいデス。」

「……わかった。」

 紐をほどき始めた海を見て、ラーシャは梯子を掴み、軽く揺すってみた。

「……梯子はしっかりしていますから、多分ニ〜三人くらいなら一気に登っても大丈夫デショウ。」

 ラーシャはそう言うと、梯子に手をかけた。彼も高い所は得意ではない。しかし少し顔をひきつらせつつも慎重にしっかりと登って行く。海もスムーズに登り、二人ともすぐに登り切った。次は輝の番。手が震える彼に、行人は優しく言った。

「大丈夫! もし落っこちそうになったとしても受け止めてやるから!」

 輝は深呼吸すると、そっと梯子に手をかける。五段目まで登ったところで、彼はふと後ろを見た。

 行人が真剣な顔で自分を見ている。大丈夫、と目が訴えている。

 輝は少しだけ安心して梯子をゆっくり登って行った。彼は人並み以上に集中力がある。音楽が小さい頃から大好きで、死んだ母が残したフルートを練習しているうちに身についたのだ。彼はひたすらなにもかも忘れて、梯子を登ることに専念した。縦の棒を手で掴み、横の板に足を乗せる。縦横縦横……その作業を夢中で繰り返して梯子を登る。あと一歩。もう少しで高台。輝は眉をキッ、と上げて一気に登り、ラーシャや海の手を借りて、梯子にくっついている高台に辿り着いた。高台には柵が付いてある。輝はそれを見て、長い息を吐いた。

「ありがとうございます。なんとか登れた……。行人お兄ちゃんもありがとうございました。」

 その後。行人も梯子を登り切り、彼らは高台と砦の間に架けられた吊り橋を渡ることになった。



――雨に濡れた釣り橋は少し滑りやすいが、輝は先ほどよりスムーズな動きである。足板と足板の間がびっしり詰まっている上、ロープの太さも程よく掴みやすかったからだ。

 しかし。あと数十メートルというところで。海はラーシャをぐっ、と後ろへ引っ張った。ラーシャの前を刺のついた大きな可愛いデデイベアが横切る。

「い、一体どこからきたのデショウ……。」 

 ポカンとするラーシャに、海は下を指さして叫んだ。

「橋の下の砲台からだと思う!」

「……ニ台あるな! 足軽姿のやつらがデデイベアを詰めてやがる! この光景どっかで……あ! たしか風雲こけし城だ! 父ちゃんと兄貴が出て、最後の城で……。」

「番組内容より対処法を思い出してクダサイ!」

「助けてモーツァルト先生!」

 橋の周りを飛び交うデデイベアをなんとか避ける行人達。緑、赤、青、黄色、さまざまな色の塊は容赦なく彼らに降りかかる。

「もうダメー!」

 輝はついに泣きながら手刷りにしがみつき、動けなくなった。ぎゅっと目を閉じて、震えだす。頭が真っ白になる。何も考えられなくなった。

 しかし少しして彼はあることに気がついた。デデイベア弾が飛び交う中でじっとしていたら当たってもおかしくないのに、そういう感触がないのだ。そっと目を開いた彼は、思わずあっ、と声をあげた。

 自分の前に行人、右に海、左にラーシャが立って、デデイベアを刀で防いでくれていたのだ。

「ごめん……なさい……あ!」

 輝は突然、運動会によく流れる天国と地獄のメロディーをキラキラした声で歌いだした。

「あ、頭がおかしくなっちゃったのですカ!」

「もう大丈夫です! ありがとうございます。すみません、この感覚が消えないうちに渡らせてください!」

 輝はメロディーを口ずさみながら、軽やかなステップを踏んで進んで行く。

「ララ〜ララララ〜ラ〜ラ〜ララララ〜ラ〜ラ〜ララララ〜ラララララ」

 運動会でお馴染みの天国と地獄を歌いながら、時にはターン、時には飛び跳ねながらでデデイベアを避ける輝。

「い、意味わかんねー!」

「たぶん、砲台からデデイベアが飛ぶのが、天国と地獄のリズムと同じなんじゃない?」

 海はそう言うと歌を口ずさんで走り始める。

「よけやすいよ!」

「マジで!」

 四人は歌を口ずさみつつ、くるくる周りながら橋を渡りきった。


――揺れる吊り橋を何とかクリアし、砦は目の前。砦とは言っても、どちらかというと二階建ての大きなログハウスのような外観で、朽ちかけた丸太には蔦が蔓延っている。正面からだと、窓は二階に二つ程見える。

 少し休憩した四人は、立ち上がった。

「よし! 砦を攻略するぜ!」

 雄叫びを挙げ、走って行こうとする行人の腕を輝は引っ張った。

「でも、さっきのメールだとお兄ちゃんが待ってろって言うんですが。」

「何言ってるんだよ。目の前にあるんだぞ! さっさとクリアしたいぜ!」

 タコのような口で文句を言う行人に、三人は岩を削る激流の如く反論した。

「お兄ちゃんを怒らせると怖いししつこいし面倒くさいんです!」

「思い込みが激しいからね!」

「初めて会ったときのことをお忘れデスカ。ヒステリーですシ、かなり厄介なお兄様デス。輝くんも大変ですネ。」

 行人は深く頷いた。

「あー確かにめんどくせーよな! 輝が家に帰った後ぶつくさ言われんのもかわいそうだしやめとくか!」

「……悪かったの。面倒くさくて、しつこくて、思い込みが激しゅうて、ヒステリーで、厄介な兄で。」

  四人がそっと振り返ると。いるはずのない春彦が、真っ赤な鎧に真っ赤な顔で仁王立ち。その隣には行也も眉間にしわを寄せて立っていた。

「ギャああアああアー!」

 四人は己の体を風と成したかのような高速で砦に向かって走って走って走る。

「待たんか!」

 火のような息を吐きながら行人達を追いかける春彦、春彦を追いかける行也。

 最後尾の行也が砦に入った時。背後でバタン、と音がした。嫌な予感がした行也は入口の扉に手をかけ、真っ青になった。

「入口の扉が開きません!」

「なんじゃとぉ!」

 春彦、そして追いついた行也は。薄暗い砦の中をヘッドライトの光を頼りに走る。

「やけに細い廊下じゃな……分かれ道……まさか迷路なんか!」

「そうみたいですね。携帯を没収されたのと今日はもう一〇八計が使えないのが痛いです……。」

「……しゃあない。アレを使うか。」

「あれって何ですか?」

 春彦は小声で言った。

「実は輝と海のリュックにこっそり小さな盗……発信機を付けてあるんじゃ。わしゃぁあの博士を信頼しとらんから、念のためにの。遠い距離はいたしいが、一キロ以内なら何とか連絡は取れる。」

 ほっと胸をなでおろした行也の横で、春彦は懐からカード型の無線機を取り出し、輝と海に呼びかけた。

「輝、海。無事か? 怪我しとる者はおらんか? われたちゃぁどうやって今の場所に辿り着いたんじゃ? 分かれ道の時は左と右どっちを選んで進んだんか?」

 輝は背中からの声に振り向いた。

「お兄ちゃん? あれ?」

「輝! 背中のリュックが光ってる!」 

 海の言葉でリュックを前に背負った輝はその光に縋り付くように語りかけた。

「お兄ちゃん!? そ、それが……夢中で走ったから覚えていないんだ。僕もみんなも。」

「みんな……っちゅうこたぁ全員そこにいるんだの。どうゆう場所じゃ?」

「少し広い場所で、噴水になってる。……あ。」

「どうしたんじゃ?」

「水が溢れてきた……。」

「……噴水を塞ぐもんや、噴水のスイッチはないんか!? それか通り道に階段とかなかったんか?」

「ない! ない!」

「じゃったらそこを出て階段を探しんさい! ニ階に窓があるからそこから飛び降りるんじゃ!」

 ざあざあと床を茶色く染めていく噴水からの水に震えながら、輝は涙目で頷いた。

「わかった! ……みんな、階段を探して二階に上がろう!」 

 行人達は広場を出て、迷路をぐるぐる走る。しかし、なかなか二階への階段が見つからない。

 水に浮かぶ甲冑なので水面を走れるのでまだ時間的に余裕はある。しかし、もし水嵩が天井にまで達したら窒息死。四人は冷や汗をかいてきた。

 茶色い水は、行人のくるぶしの高さまでになる。輝は白い顔で行人にわらをも掴む思いで尋ねた。

「行人お兄ちゃん……こけし城だとこういう迷路の時はどうしたのですか?」

「いや、普通にぐるぐる回ってるだけだぜ。ありゃ完全に運だな。テレビ見ててやきもきしたぜ。こっちはわかるんだけど、参加者のやつはどこへ行けばいいかわかんないんだよな。」

「なんでテレビを見ている人はわかるんですカ?」

「天井がないから、上から映像が撮れるんだよ。」

 その時。手をぐるぐる回しながら考え込んでいた海はパン、と手を叩いた。

「天井がなければいいんだ! 輝! 春彦さん達にしゃがむように連絡して!」

 輝は春彦に手元の機器で海の伝言を伝える。海はその最中に行人とラーシャに一つ依頼をした。

 水の高さが足首を超え、ふくらはぎの高さになる。そんな中、海は兜の半分を引きちぎって壁に貼り付けて伸ばし、大きな銀の円盤を作った。

「四国の蓋・巡礼!」

 行人、輝、ラーシャにジャイアントスイングをされた海は、遠心力をかけて思いっきり円盤を壁にぶん投げる。銀の円盤は壁を電動のこぎりのようにスパっと切断しながら、外へ外へと飛んでいく。

 そして。一回転して海の手に帰って来た時には、二階部分をスライスし、吹っ飛ばしていた。

 上を見上げると、先ほどの暗茶色ではなく。青と灰白のマーブル模様が見える。

 海が壁をよじ登って手を振ると、春彦と行也もスライスされた断面……上から見ると迷路の線に立って手を振っている。

 春彦はカード型の無線機にバカでかい声を吹き込んだ。

「海! 池に浮かぶ島が見えるか?」

「見えるって!」

 輝が代理で小さな無線機に声を吹き込む。

「よし! そっち側へ壁を越えて向かうんじゃ! そうすれば外に出れる!」

 春彦と行也はすさまじい速さで三mの高さの迷路の線上を走り、行人達のフォローに走った。

 一方、海と行人はあっという間に壁をよじ登る。しかし、もう水の高さは膝のラインより高い。

 焦った輝は海と行也が垂らしたロープを輝は何とか登ろうとするがなかなかうまくいかない。

「は、早くしてクダサイ。」 

 ラーシャが冷や汗をかきながら輝を何とか押し上げ、海と行人が壁の上に輝をひっぱり上げた時だった。

「ア……。」

 下を流れる川が高速の動く歩道となり、その流れと並行に立っていたラーシャはバランスを崩した。転んで頭を打ち彼は気絶。変身が解けて沈み、茶色い川に押し流されて行く。

「ラーシャ君!」

 近くに辿り着いていた行也は変身を解くと瞬く間に壁の上からダイブ。河童のように人を超えた速さで泳ぎ、ラーシャを探して何とか掴まえる。彼は白目を剥いて気絶するラーシャを仰向けに浮かばせて抱えると、その横を泳いだ。茶色い川の流れが速すぎて立つことができないのだ。おまけに片手でラーシャを掴んでいるため、兜の緒が結べない。

 壁沿いを必死で並走する三人。しかし川の流れは早くてなかなか追いつけない。春彦は飛び込もうとした海の陣羽織を引っ張ると、一生懸命頭を働かせた。

「なんとか堰き止める方法は……そうじゃ!」

 彼は、思いっきりしゃもじを投げた。しゃもじは行也達の流れ着きそうな箇所へ待ち伏せ。さらに池の水のミネラルを吸収してグングン巨大化していく。巨大化したしゃもじはメキメキと大きくなり、壁と壁の間に横向きに挟まった。ラッキーなことに細川の兜も堰き止める。

「海と行人君はそのまま壁の上に居るんじゃ!」

 さらに春彦は壁から飛び降り、動く歩道のように走る茶色い川の上を走った。

 動く歩道を走ると、走った分の速度が加算されて、普通に乗っているよりも早くなる。それを物理で習った記憶がよみがえったのである。

 行也はラーシャを抱えつつ、なんとかしゃもじに捕まり、春彦達は二人を助け上げる。

 ラーシャを背負った春彦、輝を背負った行也、海と行人は無事に砦を出たのであった。

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