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戦国DNA  作者: 花屋青
49/90

人間生活

 戦国博士の説明会の翌日朝。

 福岡県の菊池家。光紀の母・紀夏は金柑の甘露煮を和食の食卓に置いた。

「明智さん、召し上がって下さい。」

 紀夏も、光紀とおんなじ顔の光紀の父・光生も、光紀も、秘密基地を見つけた子供のように目をキラキラさせながら明智を見る。

「進化! 進化! 進化!」

 手拍子まで始める紀夏。それに続く二人。

「いただきます。」

 明智は手の汗を拭い、深呼吸すると、艶やかなオレンジ色の楕円に箸をつける。

「……おお……。」

 明智はあっさり人間になった。その姿は、知的かつ華のある美男子。年は二十代半ば程に見える。

「イケメンねぇ!」

「袴が似合って男前だな。」

「そうですね。」

 微笑む三人だったが、彼らの目線は明智の頭上に動き、そこで止まった。

「あ、明智の頭に何があると言うのですか!」

 箸を取り落とし、口をひしゃげさせて慌てふためく明智に光紀は無言で鏡を差し出した。

「ホァアー!」

 明智の頭は、金柑色のアフロヘアーであった。

 一方、明智が人間になった朝から時が過ぎ、昼間。鹿児島県。神崎と龍造寺は。ダイニングで険悪な雰囲気になっていた。

「……昼は粥だけか……。」

 龍造寺は髭をぴくぴくさせながら不機嫌な表情をする。神崎はそんな彼を睨み、テーブルをバン! と叩いた。

「よく考えたら豚カツとかハンバーグとかチョコレートケーキとかあの時代にあるわけねぇだろうが!

 お前、食べたいものを片っ端から言っただけだろ! 朝五時起きで作ってやって損したぜこの野郎!

昼は粥だけだ!」

 いがみあう一人と一匹だったが。神崎はふと時計を見上げ、立ち上がった。

「やべえ。美容室に行く時間か……。お前、部屋の中のものとか勝手にいじるなよ!」

 そう言うと、神崎は慌ただしく家を出ていった。一匹残された龍造寺は、ゴーヤや苦い薬を口に含んだような顔で呟く。

「……動物虐待だ……。こんな粗末な粥、寺での奉公時代以来……。」  

 悲しそうに粥を啜る龍造寺だが。木のスプーンを握る彼の手は徐々に大きくなり、毛が消えて白くふっくらした手になった。

「……なんと……。」

 彼はテレビの上にあった手鏡に映る自分を見て、無邪気に微笑んだ。そして、急いで神崎の部屋に入り、奥の金庫を漁る。

「……確か暗証番号は……母親の誕生日……。」

 あっさり金庫破りに成功した彼。鼻歌を歌いながら一万円札一枚、家の鍵をセカンドバッグに詰め込む。彼はニタァと笑いながらスキップをして家を出た。

「……とりあえずコンビニで酒とつまみを買って祝盃を上げるとするか……。」

 十分後。龍造寺は買物籠一杯に酒とつまみとおやつを詰め込み、ホクホク顔でレジ台に籠を置いた。

……ところが。バーコードを読む店員の手は途中で止まった。

「すみませんが未成年の方には酒はお売り出来ません。」

 龍造寺は、目から手が出たが如く人を揺すり震えあがらせる眼差しで店員を睨む。

「……某のどこが未成年だと言うのだ……。」

 彼のドスの聞いた声と大きな三白眼に震える店員。しかし数秒後。開いたドアにそっと視線を移した店員は悲鳴を上げた。

「死にたくなかったら金だしな!」

 黒い覆面の男は、銃を構えて店内に入った。彼は早歩きでレジに近づく。龍造寺は籠を置いてそっとレジから離れ、しゃがんで様子を伺った。

 龍造寺の視線の先の覆面の男は。レジの前に立ち、龍造寺が置きっぱなしにした買い物籠の真横に紙袋を荒々しく置く。

「この紙袋に現金を詰めろ!」

 店員は真っ青な顔で、手を震わせながら紙袋にレジの金を全て詰める。そしてそれを恐る恐る覆面男に差し出した。

「その籠のなかの酒も入れろ!」

 龍造寺はあっ、と小さく声を上げた。店員が慌てて紙袋に入れたその小さなオレンジ色の缶は。龍造寺が購入しようとしていたヨブンイレブン期間限定の佐賀みかんサワー最後の一個だったのだ。

(……よりによって…あれを……。……ん?)

 覆面男をじっと観察していた彼はあることに気がついた。思わずニタァと笑う。

 そんな龍造寺に気が付かず、覆面男は渡された紙袋の中身を確認し始めた。

「一万五千八百二十九円か……。……ぎゃあアーッ!」

 背後からそっと近寄った龍造寺は、覆面男の背中を商品のビニール傘で思いっきりぶっ叩いた。膝をつき背中をさする覆面男。龍造寺は覆面男の手から銃を奪って後ろにぶん投げる。さらに覆面男を足蹴にすると、うつ伏せになった彼の上に座りこんだ。

「……サツを呼べ……。」

「い、今、緊急ボタンで呼びました!」


――数分後。警察官が数名やってきた。

「強盗犯は?」

「ぼ、僕の下です……。」 立ち上がった龍造寺は俯き、友樹の物真似をしながら裏声でおずおずと喋り始めた。

「じ、銃を持っていたから恐くて恐くて……つい傘で殴ってしまいました。ごめんなさい……。」

 一瞬顔をあげ、しおらしく頭を下げる龍造寺。店員は、ついじゃねぇだろ! と思ったが。龍造寺に助けられたのは事実だったので黙っていた。

「いやいや、お手柄だよ! 大人になったら警察官になって貰いたいくらい勇敢だ。でも今回は偽物の銃だからよかったけど、本物だったら危ないから無理してはいけないよ。」

 警察官は龍造寺に何の疑惑も抱かず、覆面男を連行した。


――コンビニは、事情聴取が始まって買い物出来る状態では無くなった。龍造寺は、とりあえず酒は神崎の酒を拝借することにし、おやつとつまみだけ近所のスーパーで買うことに。

 未成年扱いを二回もされ、ふと自分の姿が気になった彼は。スーパーのトイレの鏡で自分の姿を良く見た。その鏡の中には。白い顔に大きな三白眼の、気品と凶暴さとふてぶてしさの溢れるふくよかな少年が立っていた。どう見ても中学生くらいにしか見えない。

「……な、なな……。」

 鏡の中の姿に驚き後退りした龍造寺。彼はふらふらしながらスーパーを出た。

――龍造寺が家に帰って暫くして。

「ただいま。」

「……おかえり……。」

 鼻歌を歌いながら帰って来た神崎は。見覚えのないふくよかな少年から発せられた聞き覚えのある低い声に口をぱっくり開けた。

「その声……龍造寺か? 人間になれたのか!」

「……ああ……。」

 膝を抱えて椅子に座る、薄墨色のオーラを纏う龍造寺。神崎は気遣わし気に彼を見た。

「……子供の姿なのがショックなのか? デブなのがショックなのか?」

「……中学生の姿という中途半端なのが……犯罪をしたらしっかり豚箱にぶちこまれ……でも酒は買えない……電車もバスも大人料金……。悪いことも楽しいことも出来ない……。」

 行也達の日本では、事情によっては中学生も大人と同じように刑罰を問われるのだ。

「いや、何歳だろうと悪いことはするなよ! だいたい……。」

 神崎はもっと色々指摘したいことがあったのだが、涙目で天井を見つめる龍造寺が気の毒になった。彼は何とか言葉を探す。

「……元気出せよ。お前の年でしか出来ないことがあるだろ!」

「……例えば?……」

「学校に行くとか。無駄に体力あるから徹夜で遊……それはダメだな。若いしスポーツに打ち込めるのは楽しいが……お前は運動嫌いだしな…うーん……そうだ! 女子高生と付き合えるのも今だけだ! 俺の年だと捕まるからな! アイドルの追っかけが痛くないのも学生のうちだぞ!」

「……そうか……某は…風林火山ガールズが好きだ……。」

 微かに龍造寺の周りのオーラが明るくなる。神崎はケンカして家を出たことを忘れたかのように、優しい笑顔で言葉を続けた。

「今度ライブに連れてってやるから。よし! 今日はお祝いしなくちゃな! 旨いもの食わせてやる!」

「……それは……ありがたい…。」

 龍造寺は素直な笑顔を見せた。毎日悪意に満ち溢れた彼だが、本人も気がつかないうちに、邪気のない笑みを洩らすことがある。

 それを神崎は暖かい眼差しで見ていたが。テーブルの上にあるセカンドバックに気がついた。

「……このバックは金庫の中に入れてあるはずだったのに……てめぇ勝手に金庫開けやがったな!」

「……開けられるような暗証番号にするのが悪い……家族の誕生日など無防備すぎる……。」

「なんだとぉー!」

 神崎と龍造寺は睨み合いながらお互いの頬をつねり、髪を引っ張り合う。

 しかし、途中で神崎は龍造寺に休戦を申し出た。

「明智みたいにハゲたくないだろ。髪は止めないか?」

「……そうだな…。」

 二人は同時に手を下ろした。

 神崎と人間になった龍造寺が、レンタルビデオ店で風林火山ガールズのダイエットDVDを借りて一緒に踊っている頃。

 山田兄弟も、黒田と島津が人間に戻る方法を模索していた。オレンジ色の陽射しを浴びる、腹がぽっこり出た黒田と島津。彼らは涙目で床にひっくり返っている。

「だ、大根十本分は食べたでござ…るよ……。」

「……ワシも…色々食べたけど手がかりがさっぱりじゃ……。行也が追加の食材を買いに行ったが……もう今日は無理じゃ……。」

 ため息をつく彼らの前に、太陽の笑みを浮かべた行人が帰ってきた。

「ただいま!」

 黒田と島津は眉を潜め、行人の手に握られている銀色のビニール袋に灰色の視線を送った。

「いいこと思い付いたって何でござるか……。」

 行人は無言でビニール袋を開く。そして素早く中のものを取り出して、無理矢理島津の口に突っ込んだ。

「あがががー!」

 口のなかの物を慌てて出した島津。足元を見た彼は、目も口も大きく開けたまま身体をぶるっと震わせた。

「なんで蜘蛛なんか食わせようとしたんじゃ! 身体に悪いじゃろ!」

 床を這いずる蜘蛛をビニール袋にいれつつ、黒田は行人を刺すような眼差しで睨む。

 行人は黒田から受け取ったビニール袋を残念そうに見つめて言った。

「だって、師匠は『蜘蛛祭り』っていう、蜘蛛を戦わせる祭りをやったじゃん。ってことは蜘蛛が好きだろ! 昔読んだ料理マンガで蜘蛛は食えるって書いてあったし!」

「だからっていきなり食わせるのはどうなんじゃ? 毒蜘蛛だったら死ぬ所だったんじゃよ! 全く!」

「……あ……セアカなんとかぐもが出たんだっけ!」

 はっとした行人は島津をガクガク揺らして尋ねた。

「師匠大丈夫か!」

「だいじょ……焦げ臭い! しまった! 餅を見といてくれと言われたのを忘れていたでござる! 不覚!」

 台所へ走った島津。彼はオーブントースターから真っ黒な餅を取り出すと、がっくりとへたりこんだ。

「ぁあー! もう食べれないでござる!」

 落胆する島津を他所に、黒田は黒餅を見て、目をカッと見開いた。

「これは……! 竹中殿にあやかった家紋……!」

 その黒い円を口に含んだ途端。彼の身体は進化を辿った。猿、ゴリラ、原人。そして。

「やっと人間になれた……!」

 自分の手を見つめ、弾ける笑顔で飛び跳ねた黒田。それを祝福して手を叩く島津だったが。行人は小さく唸った。

「モモンガの時の方がかっこよかったな。」

 黒田は玄関の全身鏡を見た。そこには、男子高校生平均身長の行人より少し低く細身で、着物に袴姿の青年がしたり顔で映っていた。

 二十代後半程に見えるその青年は。少し大きな目がキラリと輝く、生き生きとした清潔感のある顔立ちではあるが。どこか爽やかさと胡散臭さと傲慢さが同居する、詐欺師フェイスであった。

 彼は茶色がかった茶筅髷を揺らして満足気に頷いた。

「何て知性に溢れる男前なんじゃろう! 嫉妬されたら困るのぅ。才色兼備……いや、才才兼美じゃな! 神様、ワシをこんなに賢く格好よくしてくださりありがとうございます!」

「いや、なんか生意気そうだし怪しげなカチューシャとか売っていそうな顔だし嫉妬なんかされねぇよ!

 それより師匠が人間に戻る方法を考えようぜ!」

 行人の言葉に地団駄を踏む黒田だが。萎れた島津を見て、腕組みして唸った。

「大根以外だとなんなんじゃろうな……。」

 腕組みをして考え込む二人と悲しげに鏡を見る一匹。そこへネギがはみ出たビニール袋を下げた行也が帰ってきた。

「……あ……黒田先生! 人間になれたのですね! 良かったです!」

 心の底からの喜びが沸き上がった笑顔の行也へ、黒田はふんぞり反って言った。

「何でわかったんじゃ? やはり溢れでる気品と知性のせいじゃな!」

「はい。何となく頭の回転が速そうだなと思いました。それにしても……。あ、何でもありません。」

「それにしてもってなんじゃ!」

 慌てて手を振る彼に、黒田は問う。行也は彼から目線を反らし、遠慮がちに言った。

「こないだ、うちに不思議な皿を売りに着た人とか、通販番組で微妙な福袋を宣伝していた人にちょっと雰囲気が似ているなぁ……と。生き生きしてるけどちょっと……その……怪しいというか……さぎ……。す、すみません!」

「お前はさりげなくキツイ奴じゃの!」

 ちょっと頬をぴくっと上げた黒田だったが、直ぐに心を切り替えた。

「まぁよい。島津殿のことじゃが……。何か案はないか? 調理法が問題なんじゃろうか?」

「調理法……!」

 行也は大根を一本、島津に差し出した


「生のままかじって見て下さい!」

 お腹を擦りながらも言う通りにする島津。すると。「師匠カッケー!」

「すごい! 城井師範とかネオ大河ドラマの俳優さんみたいです!」

「た、確かに立派な武将じゃな……!」

 着物に袴姿の島津は。頬を赤らめて、行也よりも少し背が高い体をもじもじさせた。

「そ、そんなに誉められると恥ずかしいでござるよ……。」

 浅黒い肌に大きな目、少し掘りの深い精悍な顔立ち。波打つ黒髪を頭頂部で結い上げた彼は、引き締まった立派な体躯も相まって、まさに合戦絵巻の武将であった。年は二十代後半〜三十代前半程に見える。

 彼は行人から素振り用の竹刀を受けとると、ブンブンとひとしきり振り回し。肩を震わせてがくっと座り込んだ。彼は目から清らかな滴を落とす。心配そうな顔で覗き込む兄弟へ、島津は声を震わせながら言った。

「これで……拙者も戦えるでござる……もう……皆を見守ることしか……出来ない日々は…卒業でござる……」

「島津師匠……。」

「師匠……やったな……。」

 貰い泣きをする二人。黒田は微笑ましく見守っていたが、ポツリと言った。

「……でも、水に浮く甲冑を装備出来ないんじゃよな……。」

 真っ赤な目で黒田を見上げた島津は、鼻水をすすりながら拳を突き上げた。

「すい……ぞくかんで、トレーナー……のバイトをしながら……イルカに乗って戦うでご……ざるよ!」

「イルカが毎日いるとは限らないじゃろ! そもそもそこまでイルカを操れる迄に何ヵ月……いや何年掛かると思っているんじゃ!

 それよりワシらも明日、職安に行くぞ!」

 行也は頷き、立ち上がった。

「ゼッタイ就職するぞぉー!」

「うおーっ!」

 三人は雄叫びを上げると、職安のサイトを開いて検索を始めた。

 戦国博士の説明会の翌日夜。

「鮑も駄目か……。」

 大沢家の広々としたキッチンで、ヨッシーと友樹は疲労感溢れる溜め息を吐く。

「ヨッシーは……。お腹一杯……。」

 ヨッシーはお腹をさすりながら、友樹を見た。友樹は小さなタブレットで『大友義鎮』を検索しながら唸っている。

「ヨッシーはもう眠いから明日にしたいー。友ちゃんも明日会社だからもう寝たほうがいいよー。」

「わかった。ちょっと待ってて。これだけ片付けてから部屋に送るから。」

 友樹は慣れない手つきでフライパンや皿などを水洗いし、食洗機にセットしていく。ヨッシーはそんな彼を見つめて、微かな声で呟いた。

「……友ちゃん。いつもありがとう。」

 食洗機に気をとられていた友樹には、ヨッシーの声は聞こえなかった。彼は食洗機の表示を指差し確認する。

「これでよし……。」

 友樹はヨッシーを肩に乗せ、暗い顔で廊下を歩く。

「十月までに転職先、見つけないと……。」

 友樹は昨日の食事会の事を思い出していた。


――双子達のコンサートの二時間前。もう夜の十八時だが、まだ空は紺色の生地を薄く薄くして光に透かせたような色。彫刻が施された青い街灯は、早咲きで花開く。

 その街灯に照らされた会社帰りの友樹。彼はヨッシーの入ったゲージを持ち、西洋の古城を模したレストランの階段下に立っていた。生きた歴史と文化を感じさせるその建物では。豪華で質の良い服を纏った人々が、にこやかな笑顔と麗しい所在で行き交いしている。

 洗練された人々が行き交うその絵画のような空間で。絵の一部の友樹は空を見上げ、溜め息を吐いた。

「友ちゃんは弟に会うのが嫌なのー? そんなに弟が嫌いなの?」

 ゲージの中から友樹を見上げるヨッシー。友樹は目を合わさずに答えた。

「ちょっとね。でも芳樹が嫌いだからじゃなくて……。芳樹があまりにも眩しくて自分が惨めになるからだよ。」

「……ヨッシーにはよくわからない。」

「……わからない方がずっといいよ。」

 ヨッシーと友樹は、生ぬるい風に包まれながら、無言で立っていた。そして暫くして。

「兄さん!」

 友樹の元に若い青年が走ってくる。彼は友樹より背が高く、洗練された美貌の貴公子であった。友樹もスタイルや服装のセンスはそ良い方ではある。だが、一緒に並ぶと青年の光り輝くオーラに友樹の姿は薄くぼやけるのだった。

「もしかしてずっと待ってた?」

「今着たばかりだから大丈夫だよ。それにまだ約束の時間の十分ま……」

「着たばかりじゃないもん! 友ちゃんもヨッシーも十分くらい待ったよー! 弟遅いー!」

 友樹を遮って口を開くヨッシー。 事情を聞いていた友樹の弟・芳樹だったが。ゲージに顔を近付けて、ヨッシーをまじまじと見つめた。

「本当に喋った……。」

 彼はそう小さく呟くと、友樹に目線を移す。

「兄さん、待たせてごめん。ヨッシーもごめんね。」

「ヨッシーはー! 友ちゃんの友達だから。『さん』をつけてよー。なれなれしい!」

「ヨッシーはめんどくさいなぁもう! 芳樹、気にしなくていいから!」

 呆れたような友樹の言葉に、ヨッシーは頬を膨らませた。

「ヨッシーよりある意味友ちゃんの方がめんどくさいよー!」

「ヨッシーには言われたくないよ!」

 口を尖らせるヨッシーと友樹。芳樹はそんな二人に微笑んだ。

「わかったわかった。行こう、兄さん。ヨッシーさん。」


アンティークガラスの間接照明に照らされた個室へ、友樹、ヨッシー、芳樹は案内された。ドアをノックして友樹がドアを開けると。既に友樹の父母はビロード張りの椅子に座って待っていた。

 外見は友樹が父親似の顔立ちに母譲りの赤い髪、芳樹は赤い髪を除いて母親似。中身は友樹が母親似、芳樹は父親の知力と母親譲りの穏やかさを併せ持っていた。

 友樹は情けない自分でも兄として立ててくれる芳樹に感謝しつつも、コンプレックスを持っている。自分は両親の欠点の総集編、芳樹は長所の総集編だと感じているからだ。

 友樹に逞しさ、威厳、知性を足した風貌の父・一樹は。友樹の後ろにいた芳樹を見つめ、顔を綻ばせる。

「おお、芳樹。お前の論文が素晴らしいと教授は誉めていたぞ。……久しぶりに間近で見たが……やはりお前は気品と風格がある。」

 一樹は次に、友樹のもつゲージの中のヨッシーに目を移す。

「ヨッシー、こないだ買った株は大当たりだ。ありがとう。」

「あれは友ちゃんも一緒に考えたんだよー!」

 友樹は首を振った。

「僕は他の株とも迷ってて……決めたのはヨッシーだよ。」

 一樹は友樹に向きかけた目線をまたヨッシーに向けた。

「流石だな。十月に芳樹が帰ってきたら、ヨッシーには芳樹の相談役の一人になって貰いたい。」

「……ヤダー!」

「え?」

 ヨッシーの拒否反応に首を捻る一樹の袖を、友樹の母・玲美は引っ張る。

「あ、友樹も元気そうで良かった。」

「はい。」

 友樹は筋ばった微笑みを返す。

 一樹は友樹が物心ついた時から、感心は常に芳樹にばかり向かっていた。友樹のことは悪気なく忘れてしまうのだ。

「今日は芳樹が好きな松阪牛とイベリコ豚をふんだんに使ったコースだ。」

 和やかに食事をする四人。後はデザートだけ、という時に。一樹は姿勢をさらに正して口を開いた。

「色々考えたが、うちの会社は芳樹に継がせる。友樹。お前は就職先を見つけて、十月に家を出なさい。その後は特別な用がない限り、家へ来るのは三ヶ月に一度までにすること。」

「えっ……。」

「貴方! それはあまりにも!」

「ひどすぎる! 追い出すなんて!」

 ぽかんとする友樹。思わず立ち上がる玲美と芳樹。一樹はそんな彼らに構わず続ける。

「勿論、退職金や準備金は渡す。保証人協会に支払う金の分もな。

 だが芳樹が後を継ぐのだから、遺産放棄の手続きと、会社の事に一切口出ししないという書面にサインをしてもらうぞ。そのために準備金を渡すんだからな。

……私は兄と遺産や経営方針で揉めた。お前達にはそんな思いをさせたくない。もう決めたことだ。」

 もう決めたことだ。と一樹が言うと、もう誰も逆らえない。いつも冷静な一樹が物事を間違えたことはないし、一度熟慮した結論は何がなんでもひっくり返したことはないからだ。

 目に涙を浮かべる玲美も、友樹を気遣わしげに見つめる芳樹も、言葉を失う。 重い空気の中、友樹はにこやかに口を開いた。

「……ちょうど一人暮らしをしてみたかったし……持参金をいただけるなんてありがたいです。十月になったら家を出ます。……ただひとつお願いがあります。」

「これ以上の譲歩はむ……わかった。なんだ?」

 玲美と芳樹の抗議の眼差しに、本人も気が付かないほど僅かに揺れた一樹は。友樹の話に耳を傾けることにした。

「ヨッシーは病弱です。だからヨッシーだけは大沢家に置いて、病気になったら腕利きの病院に連れて行って下さい。どうかお願いします。」

 立ち上がって頭を下げる友樹に、一樹はおおらかに笑って答えた。

「当たり前だ。ヨッシーは優秀だからな。安心しなさい。」

「ヤダー!」

 ゲージから出されていたヨッシーは友樹の肩に飛び乗る。そんなヨッシーに友樹は諭すように言った。

「僕は自分のことで精一杯なんだ。ヨッシーのことまで考える余裕はないよ。」

「ヤダー! ヤダー!」

「……たまには僕の希望も聞いてよ!」

 珍しく声を荒げて、険しい目付きをする友樹。ヨッシーは俯いた。少しして顔を上げたヨッシーは。いつもと同じような顔で言った。

「……わかったー。ヨッシーも貧乏暮らしは嫌! 友ちゃんの言う通りにする……。友ちゃんのママ、パパ、弟、宜しくお願いします!」

 友樹はあっさり玲美の膝元に降りたヨッシーを見て、寂しさの混じった苦笑をした。


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