表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国DNA  作者: 花屋青
30/90

マニュアルみっちゃん

最上との戦い、春彦達との懇談会の翌朝。カーテンの隙間から指す太陽の光に行也が目を覚ますとテーブルには神崎が用意した朝御飯と手紙があった。

『色々ありがとな。朝御飯は冷蔵庫のもので適当に作った。それから龍造寺は俺が預かる。こちらこそ、これからもよろしくな。』

行也は手紙に向かってお礼を言うと、頭を下げた。そして、クッキーとフライドチキンを作り始める。その最中に迎えが来た鍋島は帰っていった。それからしばらくして行人達も起床。彼らはいつもより軽いランニングをした後、食卓を囲む。行也は簡単に事情を説明した。

「……と言うわけです。寂しくなりますね。それから行人。お前が助けた人は風邪だったそうだ。大したことがなくてよかったな。お礼を言ってくれと言われたぞ。」

「よかったぜ!」

「いいことしたな。それから今日の午後に春彦さん達は帰るそうだ。俺は仕事だから見送りに行ってくれ。」

「わかった。」

「よろしくな。さっき焼いたクッキーと、豚肉味噌と桜島大根の千枚浸けをクーラーバックに入れて春彦さん達へ渡してくれ。海君には特に迷惑をかけたから、田山さんの店のお魚マフィンも買って渡して欲しい。神崎さんには龍造寺さんと約束したフライドチキンを……。」

――皆がご飯を食べ終わりかけた頃。

「また犬保険さんかな。」 インターホンに出た行也は顔を少しこわばらせた。

「セールスはちゃんと断わるんじゃよ!」

行也をじっと見守る黒田に、行人は味噌汁をすすりながら言った。

「最近は断われるようになってきたんだぜ。 あれでも。」

しばらくして行也は受話器を置くと、素早く押し入れを開けた。そして座布団を二枚しまうと、黒田と島津をその上に載せた。

「兄貴?」

「みっちゃんが来る。」

「マジで!」

行也は黒田と島津に視線を移した。

「とても真面目で繊細な友人がやって着ます。お二人とも、押し入れの中に隠れていて下さい。」

そういうと、行也はそっと襖を閉めた。

「兄貴。食器は台所へ片付けたぜ。」

「よし。じゃあ大丈夫だな。」

兄弟はそっとドアを開ける。


ドアを開けると。登山用リュックを背負い、ボストンバッグを肩からかけ、安全第一と書いてあるヘルメットを被り、キャリーケースのハンドルを握りしめる、清楚な美男子が立っていた。

「久しぶり。一昨日の夜から電話しても全く通じないから心配したぞ。」

彼は菊池光紀、二十二才。兄弟の幼なじみである。スラリとした体躯に小さな顔。白い肌。濡れたような黒目がちの目、細く整った鼻、やや薄めの上品な口。名古屋と雰囲気が少し似ている。並んでも遜色はないであろう。彼は艶やかな黒髪を後ろでみつあみに束ね、真冬並みの服装をしていた。梅雨の雨の日とはいえ、長袖シャツにセーター、分厚いコートを着て、首にはストールを巻いている。行人は呆れ顔。

「相変わらず厚着と大荷物だぜ! 福岡なんだから日帰りできるし、何かあったらうちに泊まればいいんだからそんな大荷物いらねーだろ!」

「猫型ロボットのDさんは、常に非常時に備えて道具を持ち歩いている。私も斯くありたい。」

光紀はどんなときでも荷物が多い。小学校の修学旅行では小型タンスを背負って来た程であった。今日も車の中に、行く予定のないキャンプの道具などを積んでいる。

「これ持つよ。」

彼を部屋に招き入れた行也は、ボストンバックを持とうとしたが断られた。

「いや、結構。……これはお土産のスーパー人参。こっちは……86水害のようなことに備えて折り畳み式避難ボート。二百キロまで耐えられる。あと母さんから、明太子とコロッケ。」

「こんなにもらっていいの? ありがとう。みっちゃんのお母さんのコロッケはすごく美味しいからありがたいよ。朝御飯は今から用意するから、ちょっと待っててくれ。」

「いや、食べたから結構。その代わりに紅茶を淹れてくれないか。」

……居間に通された光紀は、リュックとボストンバックを下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

「疲れた。……人生にも。」

「えっ? どーした! とりあえず紅葉饅頭食って元気だせよ! うまいぜ!」

「これは。広島限定の生紅葉か。」

生紅葉はもっちりした食感の紅葉饅頭だ。行人から受け取った饅頭をじっと見つめていた彼は、ため息をはくと、包み紙ごと饅頭を食べ始めた。慌てて行人は饅頭を回収する。

「山羊人間かよ!」

一方、台所から戻った行也は、光紀のカップに紅茶を注ぐと、柔らかい口調で言った。

「何があったんだ?」

兄弟は光紀を心配そうに見つめる。光紀は紅茶を一口飲むと、高速両手打ちで携帯に文章を入力。兄弟に画面を見せた。

『盗聴器があるかもしれないから携帯の画面を見せあって会話しようもし傍受されたら困るから送信は不可』

行也はささっと字を打つ。『回収したから大丈夫』

『謎の薬といいお前達は何に関わっているんだ』

白い顔をさらに白くして光紀は兄弟を見た

兄弟は顔を見合せ、二人でこそこそ携帯の文章を打った。

『みっちゃんには黙っていよう。薬の検査を頼んどいたのに今さらだけど、これ以上巻き込んだら悪い。』

『だな。』

そんな兄弟に疑いの眼差しを向けながら、光紀はまた文章を打つ。

『こそこそ何を話しているのだ』

『たいしたことじゃないぜ』

『水くさいぞ話してくれ』

『うちは浄水器を付けてるよ』

『そっちじゃない』

行人は勢いよく立ち上がり携帯を床に投げつけた。

「とにかく大丈夫なんだよ ! みっちゃんは昔から心配性過ぎるぜ!」

「仕方ないだろう! 心配すべきことが多い世の中なのだから!」

荒波と荒波がぶつかるように、彼らはお互いに罵声を浴びせ合う。

「二人とも落ち着いて!」行也に仲裁され、二人はやっと座った。行人は黙り、光紀は無言で紅茶を飲み始める。彼は紅茶を飲み終わると、すぐにカップを台所へ持っていった。

「ご馳走さま。茶葉から淹れるようになったのだな。とても美味しかった。」

彼は山田家にくると、自分の使った食器は片付ける。それが今回、裏目に出た。

「流しにある食器の数が多い。誰か私の前に客が来たのか? 人の事は言えないが、休日の朝に来るなんて、どんな人なんだ。」

「いや、一緒に住んでる先生と師匠の分だぜ。」

「こんなことを言っては失礼なのだが、四人もどうやってこの狭い家に……。」「先生と師匠はモモンガだから、そんなにスペースとらねぇよ。それにもともとペット可の団地だし、問題ないぜ。」

光紀は目を見開いた。

「モモンガを何故、先生や師匠扱いする? ……まさか! モモンガを崇める変な宗教に填まっているのか!」

「ちげーよ! 勉強とか剣道とか教えてくれるし、何かあったらすっげぇ心配してくれるし、尊敬できるモモンガだから先生や師匠と呼んでいるだけだぜ。」

光紀はまた目を見開き、更に手をカタカタ動かして一回転したが、自分で頭を軽く叩くと復旧した。

「モモンガを尊敬するなんて……私がこないだ読んだ完全人生マニュアルという本では、疲れた人間に多い症状だと書いてあった。よい病院に宛があるから、連れてってやろう。」

「俺の頭がおかしいって言うのかよ!」

行人と光紀が揉めている中、行也はトイレから出てきた。

「行也! 行人がモモンガに勉強や剣道を教えて貰ったとか言い出すのだが……何があったんだ!」

行也の両肩をつかみ、真っ直ぐに見据える光紀。行也は光紀から目を反らして少し黙っていた。しかし、自分の肩に食い込む指と、光紀の血走った目を見て、重い口を開いた。

「実は、喋るモモンガの黒田先生と島津師匠と出会って、九州を守るボランティアをしているんだ。」

光紀は目を自分史上最大に見開き、仰け反って後退りした。しかしまた軽く頭を叩くと復旧。彼は深呼吸すると勢いよく兄弟を指差した。

「君達にこの世の道理を教えよう! モモンガは喋らないのだ!」

行也はおっとりと答えた。

「たまに喋るモモンガもいるよ。」

その言葉に光紀は目を潤ませ、長い睫毛を伏せる。困惑して顔を目あわす兄弟。スタスタと居間に戻った光紀はマスクをすると、ボストンバックから小さな消火器のような物を取りだした。

「息を吸ってはいけないでござる!」

「口に服の袖を当てて伏せるのじゃ!」

押し入れの隙間から除いていた黒田と島津は飛び出したが間に合わず。雨のため窓を締め切っていたせいもあり、睡眠ガスはあっという間に部屋に充満。光紀以外全員気絶した。それを見届けた光紀は、ポロポロと目から光る物を落とすと、項垂れて呟いた。

「お前達はたった二人で生きてきて、辛い思いをし、心を病んでしまったのだな。……どうして早く気付いてあげられなかったのだろう……。」

彼は涙を拭くと、携帯でどこかへ電話した。

兄弟達が目を覚ましたのは。午後の黄色がかった日差しが降り注ぐ病院のベッドの上。なんとなく体がすっきりしたなと思いつつ目を開けた兄弟達だが。見慣れぬ光景が視界に入って飛び起きた。

「ここはどこだ!」

彼らは視線をキョロキョロと激しく動かす。そんな彼らに、光紀は穏やかで霧が晴れたような笑顔で話しかけた。

「気が付いたようだな。検査結果だが、二人とも体には特に異常がなかった。本当によかった。ただ二人とも脳が少々疲労しているようだ。働きも活発なようだし、頭脳労働でもしているのか? 意外だな。あとは心療内科で……」

行也は光紀に矢継ぎ早に尋ねた。

「このガスはモモンガや人間に害はないの? 部屋にいた黒田先……モモンガは?」

光紀は淡々と答える

「無害だ。動物が冬眠する際に分泌されるホルモンを元にしているから、逆に体によいくらいだ。それから部屋にいたモモンガは置いてきた。私は動物が少々苦手だからな。」

珍しくそわそわする行也。「ところで今何時?」

「15時だが。お前が焦るなんて珍しいな。」

行人は声を荒らげた。

「兄貴、今日は仕事だったんだぜ!」

「な…な……。」

光紀は石膏像のように完全停止した。しかし行人に肩を揺らされて復旧する。

「も…も…申し訳ない! 会社まで私が送る!」

行也は急いで会社に電話すると光紀の運転で会社へ。一方、行人は光紀の呼んだタクシーで一旦家に帰り、黒田と島津を叩き起こして無事を確認。そしてお土産を持って新幹線の駅へ向う。駅についた彼は、急いで友樹に聞いていた新幹線のホームへかけ上がったのだった。

――時間は、その行人が駅につく少し前。

「春彦サンからめんどくさいオーラが出てますネ。正直、春彦サンがトイレかなんかに行ってる間にお土産渡して帰りたいデス。」

ラーシャの言葉に、友樹、神崎、細川、龍造寺は深く頷く。春彦は香辛料の濃霧を纏っていた。しかも威圧感のある真っ赤な顔で、仁王立ちしている。少し離れた場所にいる彼らはそっとそれを見てため息をついた。

「だが昨日は吉之助さんにご馳走になったからな。特に俺と大沢はお礼を言わなきゃいけねえ……さっさとお礼を言って帰るぞ。」

彼らは重い足取りでホームを歩き、春彦達へ声をかけた。

「昨日はご馳走していただき、ありがとうございました。」

彼らは昨日のお礼として、友樹は鹿児島黒毛和牛の佃煮、神崎は桜島小ミカンのグラッセなどの詰め合わせ、ラーシャは父から預かっていた、春彦用にオリジナルデザインの携帯を、涼太達用に携帯ストラップを、それぞれ吉之助と春彦に渡して、深々と頭を下げた。

「これからも宜しくお願いします。僕達は昨日の反省会をするのですみませんが失礼します!」

「……待ちんさい。」

春彦はくるりと背を向けた三人と二匹へ、ドスの聞いた低い声をかけた。


春彦の目は。怒り花火が玉屋状態である。

「日記の内容は本当なんか! 敵を見た瞬間逃げ出したり! 戦闘中に笑い転げて味方の足を引っ張ったり! 戦闘とは関係ないことで電話したり! 敵の好物の鮭を買いに行くために戦線を離れたり! いくら鮭が好きでもそげな手に引っ掛かるわけないじゃろ! 一番最悪なんは……仲間割れをして、戦士の格好のまま刀で斬り合ったことじゃ! ふざけとるんか! しかもこの日記は所々黒塗りがあるんじゃが! まるで不正を働く政治家、企業、公務員、官僚のような書類じゃ! わしらに言えんような悪事でもしとるんか! われ達…特にフランシスコさんはやる気があるんか! げに心から日本を守る気はあるんか!」

友樹達は長身の人の良さそうな青年を心に描き、殴った。

(余計なことを……!)

行也は黒田に言われて、出来事をありのままに日記に書いていた。しかしこのまま見せるとまずいと思った彼は、日記のコピーを加工。問題行動を起こした人物の名前、問題発言を黒塗りにしたのだ。彼なりの配慮だったのだが、それが隠し事や不正が嫌いな春彦の怒りを買ってしまった。

……反省、うんざり、恐怖で頭が三色の友樹、半分は霧沢じゃねぇか! と思いつつ、思い当たるところのある神崎、とばっちりで腹立たしいと思ったラーシャもめんどくさいので謝った。

「すいませんでした。」

しかし、吉之介達が宥めても首をふり、説教を続ける春彦。細川は小さな声で言った。

「ラーシャはお前が上げた問題行動を何一つやっていないぞ。」

「連帯責任じゃ!」

ラーシャは珍しく針のように尖った声で言った。

「春彦サンしつこいデス! うざいデス!」

「何じゃあぁとぉ!」

春彦の髪の毛が逆立つ。行人はそこへ現れた。

彼は空気を読まずに春彦にお土産を押し付ける。

「間に合ってよかったぜ! これ兄貴から豚肉味噌と桜島大根の漬物とさつまいもクッキー、あと海にはマフィンも。うめぇぞ!」

お礼を言う吉之介達。春彦も重力を生み出すような眼差しのままお礼を言った。

「ありがと……ちょうどいい時に来たのぉ。いぬる前に注意しときたかったんじゃ。行人君、君はもう高校生だっちゅうのに言葉使いが悪い。直しんさい!」

行人は眉をハの字にした。

「俺、敬語をしゃべろうとすると舌かんじゃうんだ。頑張って軍隊語をちょっとしゃべれるくらいだから、勘弁してくれ!」

「そげなこと根性でなんとかせぇ!」

「無理だっつうの!」

行人と春彦が口論していると、新幹線が入ってきた。「お兄ちゃんー! 降りる人の邪魔だから端に寄らないと!」

「お、おお……。」

何だかんだ言ってもマナーを守る彼は端に寄り、その間に神崎は行人達に目配せをした。降りる客はおらず、発車ギリギリまで説教しようとした春彦だったが……。

「行くぞ!」

神崎の声に行人達は心を一つにした。お土産で両手ふさがりの春彦を持ち上げて新幹線に押し込む。

「な、何をするんじゃぁあぁあ!」

春彦は、吉之介、海、涼太、輝に担がれて、車内の更に奥へ奥へと収納された。騒ぐ春彦だったが。

「春彦兄ちゃん、他のお客さんに迷惑だよ。」

「……。」

吉之介は静かになった春彦を担ぎながら言った。

「皆さんごめんなさぁ〜い! またね〜!」

車内とホームの客はチラリと行人達を見る。それを見た友樹は、取り敢えず叫んだ。

「よ、吉崎刑事に敬礼!」

新幹線が走り去るまで敬礼すると、四人と二匹はスッキリした表情でホームから出た。

「何か小腹すいたし、桜島パフェでも食いにいくか!」

「賛成デス」

「僕も行きます。行人君は?」

「俺は帰るぜ。夕飯も作らねーと行けないしな。あ、龍造寺さんには兄貴からフライドチキン。」

三人と別れた行人は、スーパーで夕飯の材料を買うと帰宅。てきぱきと少し早い夕飯を作り、黒田、島津とテーブルを囲む。

「行也は大丈夫だったのかのぅ?」

「確かに、無断遅刻はまずいでござる。これがもし戦国時代の戦だったら、厳罰処分でござる。」

「社長さんは兄貴をかわいがってたから大丈夫だと思うぜ。」

……皆が食べ終わった頃。また光紀がやって来た。


光紀は心を込めて、深々と頭を下げる。

「本日は大変申し訳ありませんでした。」

真摯に謝罪する光紀を見て、島津はアッサリ許して部屋に入れたのだが。黒田は彼を睨んで文句を言った。

「本当じゃよまったく! 今回は許してやるが、二度とこんなことは止めて欲しいのぅ!」

光紀は黒田と島津を食い入るように見つめた。

「二人とも脳に異常は無かった。そして私は至って真っ当な二十代男性。常識という元素で体が構成された人間である。その私にも聞こえるということは、やはり彼らは喋っているのか……。」

動物が少し苦手な光紀だが、少し近付いて二匹を見つめる。

「インコと同じように、こちらの言葉を返すのだろうか……。それとも……。」光紀はヤコウタケのように目を光らせ、舌なめずりするとさらに二匹にジリジリ近付いて行く。

「データ……もっとデータを! ……うっ!」

行人は丸めた新聞紙で光紀の頭を叩いた。

「これ以上師匠と先生を怖い目に合わせんな!」

光紀ははっとして、二匹にまた頭を下げた。

「失礼しました。」

彼は二匹の目を見て続ける。

「いきなりですみませんが、黒田さん。島津さん。

貴方達は何者なのですか。」

黒田は胸を張り、誇らしげに答えた。

「ワシは、秀吉公に天下を盗らせた天才軍師! 黒田官兵衛の生まれ変わりじゃ!」

島津もいつもより威厳のある雰囲気を醸し出す。アグレッシブな彼は、タンスから滑空したあとバク転をし、武士っぽいポーズを取りながら言う。

「拙者は島津義弘! 文武両道の猛将でござる!」

「……。」

無言で聞いていた光紀は、バックから何かを取り出そうとしたが。島津の殺気を感じて、検査キットを出すだけだと一言説明した。彼は、検査キット、いうより小さな金属の箱を取り出して、スイッチを入れる。黒田は光紀に言われて不思議な装置に手を置く。彼は先ほどの自己紹介を再び言わせられた。その小さな箱は何も言わない。光紀は小さく唸る。次に島津。黒田の時と同じで反応がない。光紀はますます首を傾げる。

「さっきから何なんだよ!」

「あとで話す。行人、俺は一日二十四時間勉強したい! と叫んで見て欲しい。」

めんどくさいのでさっさと指示通りにする行人。

すると。小さな箱形の機械は真っ赤に光った。光紀は、腕を組んだまま首どころか体全体を傾げて二匹を見る。

「明日、もっと詳しくお話しましょう。今日の所は此れにて失礼致します。」

そして彼はとても高そうなモモンガ餌缶を二十四缶差し出した。

「このモモンガ缶は、私も試食いたしましたがなかなかの味です。どうぞお召し上がりください。本日は申し訳ありませんでした。」

光紀はそう言って立ち上がる。一方、行人は缶詰めタワーを見て困った顔をした。

「気持ちはありがたいけどよ! 師匠も先生もモモンガ缶食べねえんだよな。虫は嫌がるからさつまいもとか、たまにフライドチキン食うんだよ。」

光紀はよろめいて叫んだ。

「フ、フライドチキーン! そんなもの食べさせたら消化不良で胃腸を壊すぞ!」

「マジで! そういや師匠と龍造寺さんは平気だったけど先生はお腹壊したぜ!」

「飼い主ならペットの体調に気をつけろ!」

「わかった。気をつける。」 

深く頷いた行人を見て満足すると、光紀はサッと時計を見た。

「夜に長居して失礼した。」

「それよりも、ワシらをペット呼ばわりする方が失礼なんじゃが! 腹立たしいのぅ!」

「確かに居候ではござるが……面と向かってペットと言われると……。」

項垂れて悲しげに呟く島津を見て、光紀は目を上下左右にさまよわせ、手を旗信号のようにパタパタ動かした。

「も、申し訳ない……。ペットという言葉は取り消します……。では今度こそ本当に失礼します。」

光紀が帰ってから、ちょっと気が抜ける一人と二匹。行人は最初に口を開いた

「ちょっと変わってるけど、いいやつなんだよ! ……親父が死んだ時は、真っ先に来て、葬式をおじさんおばさんと手伝ってくれたし……。一緒に暮らさないかと誘ってくれたんだぜ!」

島津はうーんと唸る。

「拙者も悪い若者だとは思わないでござる……根は素直で真面目な青年のようだから、嫌いではないでござるよ。ただ……。」

島津と黒田は口を揃えて言った。

「石田に似てる。」石田という名にピンと来た行人。彼は顔をほころばせ、手を上げて叫んだ。

「わかったぜ!」

黒田は、議長が議員の名を読み上げるような、微妙に音を伸ばし気味な調子で付き合ってやった。

「はい。ヤマダーユキトー君っ。」

「石田って、関ヶ原の戦いで負けた人だろ! 確か、タヌキから猿の子を守りたくて戦ったんだよな。 いい人じゃん。」

まるで猿蟹合戦系の昔話を彷彿とさせる言いぐさである。しかし、かなり補足が必要な彼の回答に、普段突っ込む二匹は黙っていた。部屋に微かに重い空気が漂う。行人は二匹の顔を覗きこむ。黒田は眉間にシワを寄せ、島津は下がり眉で複雑な眼差しをしていた。

「ワシは石田が嫌いじゃ! 仕事上のことで仕方ないのかもしれんが、何かあるとすぐに秀吉公にチクるからな! ……まぁいい人かは微妙じゃが、主君に忠実というのは言えるじゃろ。傲慢じゃったが、真面目で、生活も質素な奴だったしのぅ。」

一方、島津は黙って下を向いて、ポロリと呟く。

「拙者の口からは、なんとも……。」

そう言って、今にも言葉を発しそうな行人を見ないようにしてふらりと散歩へ出かけてしまった。

……一方帰宅中の光紀。彼は暗闇に赤く光る円を見上げ、ボソッと呟いた。

「生まれ変わりなんて本当にあるのだろうか。いや、ない。」

赤い光が黄色へ、黄色い光が青い光に変わり、光紀は再びアクセルを踏む。しかし。前方にミニ風呂敷を背負い、頭に鉢巻きをしたアフロ頭のモモンガがよろよろと飛び出して来た。咄嗟にハンドルを切る光紀。タイヤが泣くような音をたてつつ何とか回避に成功。そして横目でモモンガの無事を確認した彼は、車を路肩に止め、モモンガと対峙することを決意した。彼は動物が少し苦手である。しかし科学者としての本能が、もっとデータを…と脳内でこだまし、身体中の神経を、急げ…急げ…とハープのように掻き鳴らしたのだ。光紀は彼は手術用手袋、使い捨てエプロン、花粉用ゴーグル、ヘッドライト付きヘルメット、N95マスクを装着する。そして柄の長い猫取網片手にそーっとモモンガに近付いた。よろよろしていたアフロモモンガだったが。ちょっとチャーミングな出で立ちの光紀を見て、目を見開き、落武者狩りから逃げるが如く走った。モモンガは根性を見せ、少しは一定距離を保っていたが。光紀の履いていたローラー内蔵の革靴は、地面を転がって加速し、みるみる距離が縮まっていった。光紀はシャッシャッと真っ黒なコンクリートの道を滑らかに走り、リーチの長い猫取網をシュッシュッと振り回す。……ついに体力のないアフロモモンガは力尽きて目を閉じる。光紀は猫取網の口を閉じながら、労るように言った。

「こんなに窶れて気の毒に……。品のない金柑色に染められているのも、虐待されていたせいであろう。すぐに病院へ連れて行ってやる。安心せよ。」

彼は猫取網を担ぐと、鼻歌を歌いながら、車を停めた場所に向かう。しかし。車は婦警達に取り囲まれていた。婦警達は車に駐車違反シールを貼りながら、走ってきた光紀に不審の目を向けた。

「路上駐車して申し訳ありません。」

光紀は軽く会釈すると自分の免許証を婦警に差し出す。婦警達はそんな彼の出で立ち、車の中の大荷物、猫取網の中のぐったりした金柑アフロモモンガに、顔を目あわせた。そして一層厳しい目で光紀を見つめる。可愛らしい薩摩おごじょの婦警は、柔らかく口を開いた。

「すみませんが、車の中の物を調べさせていただいて宜しいですか?」

「はい。ですが、手短にお願いします。こちらはこの窶れたモモンガを病院に連れて行かねばなりませんので。」

婦警達が調べ物をしている間、光紀はモモンガをビニール袋とタオルを敷いた車のシートに寝かせ、動物の夜間病院を急いで検索した。しかしなかなか見つからない。一方、婦警達は手際よく荷物検査を終了。彼女達は光紀に頭を下げる。

「ご協力ありがとうございます。お急ぎの所、失礼しました。」

さらに彼女達は、メモ帳に病院の情報を書いてくれた。光紀はお礼を言うと、車を走らせ、スムーズに病院に到着。運のよいことに、患者の少ない日だった為、モモンガはすぐに診断をしてもらえたのだった。

……しばらくして点滴を打ち終わった直後、金柑アフロモモンガは目を覚ました。光紀は話が通じる気はしなかったが、何となくモモンガに話しかけた。

「身体の具合はどうだ? 」

モモンガは、ただ小さく鳴くだけ。

「やはり喋るモモンガは黒田さんと島津さんだけか。」

「いや、私もだ。」

目を見開いて固まった光紀だが、すぐに自分を復旧させ、小さく呟いた。

「あなたも……。」

「私はポチと申す。助けていただき、感謝する。私は明智光秀様に飼われていたモモンガの子孫。陰ながらずっとこの国を見守ってきた。そして今、当に危急存亡の時。日本を守る正義の戦士を探しているのだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ