中途半端を極めろ
真田を見送った行也を細川はモモンガパンチした。
「ふざけてるのかッ!
あんなことを言ったら鬼武蔵が苦手だとバレバレだ! それに敵が本当のことをアッサリ教えてくれるわけないだろッ!」
ラーシャ父の肩に戻っても行也を睨む細川。黒田はそんな彼を宥めた。
「すでに怖がっているのはバレているじゃろ。敵が本当の事を言っているかわからないというのは同意じゃが。」
「確かに軽率でした……。」
俯いて唇を噛む行也の肩をラーシャ父は優しく叩いた。
「軽率でイインダよ! 戦って、和平の道も考えて、仕事して、悩んで、思い付いたこと全部ヤレ!
ひとつのことだけ続けるからわかることも、中途半端に色々やるからわかることもアル!
私達は中途半端バンザイとさっき叫んだではナイカ!」
行也はここにくる前のことを回想した。
睡眠薬を飲まされ、ラーシャ宅に搬送された行也は、行人達が龍造寺屋敷につくころに目を覚ました。
「気が付いたカ。」
ベッド横で空気椅子をしながらラーシャ父は銀粘土で小さな花などを作っていた。
「お前の会社には休むと電話シタ。黒田サンから話しを聞いたが、昨日お前達は俺を倒せ祭だったそうダナ。ちょっとは休メ!」
「大丈夫です。心配していただきありがとうございました。失礼します。」
ラーシャ父は立ち上がろうとした行也を制止して言った。
「失礼ダ! 人の話は素直に聞ケ!
それに私はお前に聞きたいことがアル。お前は一体どういう奴なんダ。何を考えて行動しているンダ。イチイチ行動が不審スギル。
俺から背を向けて走りだしたのは、卑怯者が嫌いな俺の怒りを自分に向けさせるためだったというのは黒田サンから聞いタガ。
サンタの偽名メールを送って来たり、急に歌い出すのは頭がオカシイ。」
ラーシャ父の目を見て、行也はポツリポツリと、降り始めの雨のように静かに答えた。
「サンタの偽名を使ったのは、俺からとわからないようにしたかったからです。 これ以上ラーシャ君に関わってはいけないと思いましたから。本当はメールしないのが一番よかったのですが、あの動画を見て欲しくて。
俺の自己満足なのですが……。」
行也はラーシャの父の目を見て続ける。
「メリーゴーランドの歌を歌ったのはぐるぐる回っている状況が似ていると思ったからです。
メリーゴーランドの気持ちになれば、打開策が見つかると考えました。
昔、父に『人の立場になって考えなさい』と言われたのです。」
「お前の父さんはどういう人なのカ。」
行也は懐かしそうな顔で言った。
「俺達は早くに母を亡くし、父は男手一つで育ててくれました。
父はいつも優しくて穏やかで俺は大好きでした。運動会になるとキャラクター弁当とかも作ってくれました。」
「よい父上だナ。……でも何で過去形なんダ。」
行也は薄墨のベールを被ったような表情で続ける。
「頭が良くなくて……。
父は道場を経営していましたが、連帯保証人になった元親友の借金を背負って手放すことになってしまいました。
元親友の人の顔は、まだ覚えています。よく家に遊びに来ていましたから。おもちゃとかお菓子を俺や行人に買ってきてくれましたし、とても優しい笑顔の人でした。
まさか父に全てをなすりつけて夜逃げをするなんて……。父も俺たちも何かの間違いだと思いたかったです。
その人が夜逃げしてから毎日嫌がらせの電話が着たり、ヤクザが家にやってきたりしました。
世の中って本当に嫌な意味でいろんなことがあるんだなって思いました。
……あの日々はもう……申し訳ありません。関係ないことまで話して……。こんなに長くなって……。」
ラーシャ父は首を振って、目を水晶のように光らせ、鼻声で言った。
「関係なくないゾ。私が聞いたんダ。気にするナ。
……それにしても……辛いナ。それで……どうなったんダ。」
行也は俯いて、小さな声で言った。
「出稼ぎ先で……事故に遭って……死にました。」
絶句するラーシャ父。
行也は俯いたまま、掛け布団をぎゅっと握って続ける。
「重い話をしてすみません……。俺自身がどんな奴なのかは自分でも良く分かりません。
ただ中途半端な偽善者ではある思います。人を何もかも信じて助けられるわけでもないのに、戦う時に相手の息の根を止める覚悟もなくて……。
父のことも大好きだけど……父のようにはなりたくないとも思ってしまう……。
あんなに愛してくれたのに。似ていると言われる度に嬉しい気持ちもあるけど少し怖くなる……。
いくら墓参りに行ったってそんなの親不孝な気がする……。」
戦場の跡地のように静かな部屋。静かな二人。
ラーシャ父は、心が冬空に居る行也へ、マフラーを巻くような言葉をかけた。
「まぁ確かに、父さんみたいに成りたくないとラーシャに言われたらショックだし怒っちゃうナ。
だけど自分と同じ失敗を子供がする方がもっと悲しいヨ。
それにお父サンはお父サン。行也君は行也君だヨ。似ていたとしても違う人間ダ。
お父さんが好きな気持ちも、真似したくない気持ちも全部、お父さんとは違う行也君ならではの、行也君オリジナルの気持ちダヨ。」
顔を上げた行也の肩を優しく叩き、ラーシャ父は続ける。
「自己完結で偽善でよくわからない所もちょっとあるケド……行也君ハ普通の若者ダ! よい意味でダゾ! どっちかを完全に貫ける人間ナンテ殆どいない!
その時その時で自分でよいと思える選択をスレバヨイ!
サァ顔をあげて! 中途半端バンザイ! サア一緒に!」
ラーシャ父の暑苦しくも優しさがにじみ出る眼差しに、行也は泣きながら微笑んだ。
「中途半端バンザイ!」
元気に叫ぶ二人。そこへ細川が金切り声やって来た。
「稲葉山城プラモの納入期限が迫っているんだッ! 静かにしてくれッ!」
「失礼しました! ところでどうしてプラモを?」
「お前の家にあったプラモデル新聞で募集していたプラモデル製作のバイトをやっている。この細川、タダメシラーは卒業だッ!」
「タダメシラー?」
「大友殿に言われた。あの人はクソ我儘で大沢をこき使うし、モモンガにもキリスト教を広めたがるが、時々経営アドバイザーをやっている。
織田商事とは仲良くしろだの、どこどこの株があがるから買えだの、大沢に助言する内容がことごとく当たるんだ。悔しいが俺は言い返せなかった。」
細川は拳を握りしめる。
「だが俺も細川という名門男子。負けてられん!」
彼の決意を称賛した二人が細川を胴上げした時。細川の頭の兜が光った。
「忠興サンの門出祝に私が出陣スル!」
そういうとラーシャ父は細川を掴んだ。
「祝いなんていらないですッ! ラーシャ助けてくれッ!」
騒ぎを聞いて出てきたラーシャは、柔らかい笑顔で手を振った。
「どうしてラーシャ君が戦士になる件を許してくださったのですか?」
ラーシャ父は岩の彫刻のような厳つく整った顔を、人形焼きのように柔らかくほころばせた。
「ラーシャはいつも私の言葉を受け流すか、しぶしぶ言うことを聞いたりで、真っ向から逆らってくることがなかっタ。
そんなラーシャが倒れた行也君を見て、ケンカを挑んできたんだヨ。ラーシャが初めて私に真っ直ぐにぶつかって来たのが嬉しかっタ。」
ラーシャ父は穏やかに続ける。
「ラーシャに言われたヨ。『力で押さえ込む父サンも、それに逆らえない自分も嫌ダ!』と。
私はいつも何かあると激しく自分の意見を主張したり、決闘することしか思いつかなかっタ。
ボロボロになるまでぶつかりあえばお互いの膿が出しきれると思ってたンダ。 そしてそれを相手にも強要してきタ。でも、その激しさが相手を押さえ込んで言いたいことを言わせないこともあるんだネ。
ラーシャが気付かせてくれたヨ。」
ラーシャ父は行也の目を見て微笑んだ。
「そして、ラーシャが私に立ち向かう力をくれたのは、忠興サンや行也君達の出逢いだと思ウ。思い起こせば忠興サンと出会ってから、どんどん表情が豊かになったんだヨネ。ありがトウ。
行也君達に会わせないようにしていた時も……皆にプレゼントしようと家紋のイヤホンジャックや携帯ストラップを作ってるのも見たヨ。そういうのがこっぱずかしいと言っていたあの子がネ。
……これはナイショ。」
「そうなんですか……嬉しいです。でも俺はそんなお礼を言って下さるようなことは……。」
ラーシャ父は首を振ると、作品制作に向かうときのような、真剣な顔で行也に言った。
「自分の手柄を認めるのは大事ダヨ。行也君はもうちょっと自信を持っていいと思ウ。
だけど……何となくなんだケド、流されやすかったり、何が何でも何かを貫く情熱がちょっと足りなさそうな気がするヨ。
逆に私は強引すぎるんだヨネ。お互い、後悔しないように生きヨウ。」
とても長い回想を終えて行也は結論を出した。
(とりあえずしたいこと全部やろう。後悔しないように。
自分の力は小さくて出来ないことは多いだろうけど、つまづいたらまた考えればいい。相談すればいい。)
行也はずっと無言無表情で頭をぐるぐる回して走っていた。
黒田と細川は眉を潜めて目を合わせた。
「オイオイオー! 大丈夫か!」
「大丈夫じゃないでしょう。彼は元から思考回路がミステリーでした。」
そんな二匹に気が付かず。行也は決意の独り言を叫んだ。
「ぶつかりあうのも、話し会うのも大切だ。戦って和平! 打撃andピース! 」
行也は刀を突き上げた。 そんな彼に黒田は慌てて言う。
「あれこれ色々やるなんて無茶じゃ! 頑張り過ぎると倒れるぞ!」
ラーシャ父は水上バイクを飛ばしながら黒田と細川に視線を向けて言う。
「若者がぶっ倒れないギリギリのところでセーブ出来る人間に成長させるのがわれらオッサンの役目ダ!」
「そうじゃな! このド天才黒田は彼らの人生の軍師じゃ!」
「ちょっと待ってください! 俺もオッサンカウント?」
不服な細川をよそに。
「人生軍師ちぇすとー!」
と叫ぶラーシャ父と黒田だった。




