モモンガ洋館
龍造寺モモンガを探すため。行人、黒田、島津、ヨッシーを乗せた友樹の車は、鹿児島市内を駆け巡る。
赤信号になると、後部座席に座っていた行人はハンドルを握る友樹に声を掛けた。
「昨日も今日も世話になりっぱだ! お礼に今度また料理を教えてやるよ!」
「あれは緊急事態だったから気にしないで! 僕も心配だったし。」
頭を下げる行人と黒田と島津に手を振る友樹。
彼は昨夜、行也がぶっ倒れたという連絡を受けた行人達を病院へ送迎し。
今朝は軽食を持って様子を見に来てくれたのだ。
「マジで助かった! ありがとな! ところで! 龍造寺モモンガはどこにいるんだ?」
助手席のシートベルトを通された籠の中のヨッシーは、籠の窓をすこし開けて答える。
「なんかねー。谷川町の空き家って聞いたよー。……友ちゃん、そこを右。」
車はどんどん谷川町に近付くが。窓から景色を見つめていた島津はあっ、と声を上げた。
「ちょっと下ろして欲しいでござる! 子モモンガが恐喝にあっている!」
「なんだって! 俺も行く!」
「待て! 何匹いるんじゃ? 場合によってはヘルメットやゴーグルを着用しないと危ないぞ!」
「二匹でござるよ。多分戦闘力も低いでござる。」
黒田のゴーサインを得た島津と行人は適当な場所に車を止めるよう友樹に頼み。友樹は近くの百二十円パーキングに車を止める。車を飛び出した行人は、島津を肩に乗せて現場へ走る。
「……あいつらか! 恐喝犯は!」
行人と島津の目には、中サイズのモモンガが子モモンガを左右から挟んでいる光景が映る。
「これはさっきやおやさんがくれたりんごで……おかあさんたちにあげるんだ!」
自分の体よりも大きな風呂敷を背負い。震えた声を張り上げる子モモンガ。ガラの悪い中モモンガは、そんな子モモンガの肩を掴んだ。
「そんなん知るか! 龍造寺様への貢物にするんだよ! よこせ!」
中モモンガはそう吐き捨てると、子モモンガの肩を激しく揺らす。
「逆らうんなら殴っちゃうぞ!」
「……拙者がお相手いたす!」
振り返った二人を睨み。島津は毛を逆立てて怒鳴った。
「お前達は龍造寺の手先か! 恐喝は許さないでござるよ!」
「ギャァァァ鬼島津! …………ああぁあー!」
行人は震えながら後退りするチンピラモモンガ一匹のしっぽを掴み。
逆さ吊りにした。それを見たもう一匹は健気にも、仲間を助けようと行人に飛びかかる。「モモジューを放せ!」
しかし行人に蹴られ。あっさり気絶。
「モモハチ! モモハチ!」
「お前達を龍造寺の家に送ってやるから、道を教えろよ!」
悲痛な鳴き声を上げる逆さ吊りのモモンガへ、普通に依頼したつもりの行人だったが。モモジューは涙目で言った。
「わかりました! もうこんなことしません! 案内もします! だから僕達の命は助けて下さい!」
「……師匠、こいつはなんて言ってんだ?」
島津は行人にも怯えだす子モモンガを後ろに庇ってから言った。
「もうこんなことはしないし、案内もするから命を助けて欲しい、
と言ってるでござるよ。
そろそろ普通に抱え上げて欲しいでござる。
今度はこっちが加害者になってしまうでござるよ!」
その後。深く頭を下げた子モモンガを所属の公園の母親の元へ送ると。
行人達はチンピラモモの案内で、龍造寺の屋敷に辿り着いた。
「さっきはちょっとやり過ぎて悪かった! ありがとな! また会おうぜ!」「モモ! モモーモ! (誰が会うかボケ!)」
チンピラモモは走って逃げ。それを見送った行人達は蔦の蔓延る薄暗い洋館を見上げた。
「よし! 龍造寺モモンガ捕獲隊! レッツゴー!」
勢いよく手を突き上げる行人達。
それとは対照的に浮かない顔で遠慮がちにそーっと手をあげてみる友樹。
引っ掻かれたら嫌だな……と足取りの重い彼を尻目に。
行人達は、所々に褐色の錆が刷毛で塗られたような扉を開け。
ずんずん突き進む。
そして龍造寺モモンガがいるという大広間に入ったのだが。
そこには先客が居た。
その人物は背が高く、軍人の様に少しがっちりとした体格であり。
日本人にしては彫りが深い顔立ちであった。
髪型は緩いパーマがかった、顎ライン位の段入りショートボブ。
年の頃は二十代後半~三十代前半ほどに見える、少し野生的な雰囲気の男であった。
彼は、空から積乱雲が落ちてきたかのように襲いかかるモモンガの群れを華麗に退治し。
行人達は彼のモモンガ裁きに驚嘆した。
「すげぇ! アクション映画の主人公みてぇだ!」
「うむ! まさしく武人でござるよ!」
「本当に強い方ですね……。」
友樹も、これで引っ掻かれなくてすむよ! 神様ありがとうございます! と胸を撫で下ろし。
ネクタイを絞め直して汗をハンカチで拭う男を見た。
皆の視線を一身に浴びた男は、床に転がったモモンガを見て。
舞台俳優のようによく通る声で言った。
「皆へばったようだな! リーダー以外は、逃げるなら許してやる!」
それを聞いたモモンガ達はすっくと立ち上がり。
ふくよかなモモンガを置いて、消しゴムで消したように館から瞬時に消えた。
普段手下に横暴な振る舞いをしていた龍造寺モモンガは、
モモ望が無かったのである。
「……お前ら………それがしはもう…誰も信じぬ!」
「お前の日頃の行いが悪いのもあるんだろ!
さあ! 俺の大事な可愛い可愛いさがたんのぬいぐるみを返せ!
返さなかったらブッコロースぞゴラア!」
まるでヤクザの借金取りのような恐ろしい形相で、
さがたん(茶色い焼き菓子のクマ妖精)のぬいぐるみを返せと龍造寺モモに迫るその男。
行人達は一部始終を柱の影から覗きこんでいたのだが。
黒田は耐えきれずに甲高い声で笑いだした。
「ヒヒヒ……そんなにさがたんが好きなのか……ヒヒッヒ!」
「オッサン……ぬいぐるみなんかを必死こいて探してたのかよ!」
呆れ顔の行人の横に立つ友樹は、男の剣幕をひきつった顔で見つめ。
彼の肩のヨッシーはケラケラ笑いながら言った。
「ヨッシーはー! さがたんは好きだけどー。
あつっくるしい野郎には似合わないと思うよー!」
一方。島津はさがたん男のフォローをしつつもさりげなくしろぐまをアピールした。
「きっと思い出の品なのでござろう。
さがたんもかわいらしいでござるが、
クマと言ったら天文シティのしろぐまも忘れてはいけな
……どうも。お初にお目にかかるでござる。」
さがたん男は喋るモモンガ達に驚き。
縦一文字開きの口でぬいぐるみを落としかけたが。
さがたんもCMでは喋ることと、元々ファンタジー好きな性格なのも相まって、
あっさりと事態を受け入れて反論した。
「……なんなんだお前ら! 特に黒とピンクのお前!
お前らはさがたんのことを何もわかっていない!
さがたんはあつっくるしい野郎も差別しねえぞ!」
「ゆ、友人がすみません! ですが、とりあえずモモンガを捕獲しないと!」
友樹の震える指先に。逃げ出そうとする龍造寺モモンガが止まる。
さがたん男は急いで逃げようとする龍造寺モモのしっぽを踏みつけ。
血走った目で睨む。
龍造寺モモはめんどくさそうにため息を吐くと。金庫からさがたんの小さなぬいぐるみを出して、男に返した。
「よし。許してやるか。」
そう言って出口へ向かう男を、島津は引き留めた。
「待って欲しいでござる! 拙者は島津義弘と申す。そなたは?」
男は髪を整えて斜め四十五度に立ち。
さがたんのぬいぐるみを両手で大事そうに抱えながら、真剣な顔で答えた。
「俺は神崎高志。戦場でしか生きられない、危険な男だと自負している。」「お主が強いのはわかったが………戦場にはぬいぐるみ同伴なのかのぅ! ヒヒヒ!」
島津は黒田の口を窒息寸前まで押さえつけながら、頭を下げた。
「どうか、九州を守るために力を貸してくだされ!」
咳き込む黒田も、行人達も頭を下げ。
それを見た神崎は直ぐに皆に顔をあげるように言うと、
無精髭をこすりながら考え込んだ。
「参加したいのは山々だが……あいつを倒さないといけねえし………。悪いな。」
さっきまでの恐ろしい形相が脳裏から離れない友樹は。
神崎の言葉を受けて、俯いたまま裏返った声で言った。
「た、確かに神崎さんが仲間になって下さったら心強いですけど……む、無理に誘うのは……申し訳ないし……。」
「確かに無理強いはできんが、この間の森みたいな危険人物と戦うには神崎の力が必要じゃよ。」 友樹の頭の中の天秤はぐらぐら揺れたが。
彼はさがたんのぬいぐるみを見て、黒田の言葉に同意した。
「た、確かに………。神崎さん、どうかよろしくお願いします!
僕は悪魔にうなされるんです!」
「……あ、悪魔ぁ? あまり眠れないのか? 酷いようなら病院に行けよ…」
神崎のシャツの袖を掴んで必死に訴える友樹。
神崎がその形振りかまわぬ訴えがちょっとこわいと思った時。
黒田達の兜が光った。
「敵じゃ!」
「ええー!も、森じゃないですよね?」
「わからん。にしても2人じゃキツイのぅ。
ラーシャもサプリの効果がわかるまでは来れないし……。
行也も無理させて長期離脱になったら困るしな。
いくら化物レベルの体力があっても過信は出来ん。」
ちなみに行人は昨日、ぐっすり眠れた。
徹夜で看病すると言い出した行人の体を案じた黒田が、
彼の夕飯にこっそり睡眠薬を混ぜたからである。
なので行人は今日も元気いっぱい。
彼は逃げ出そうとした龍造寺を捕まえて、クッションにしている。
哀れ龍造寺は虫の息。
一方、森に怯える友樹を見た神崎は。友樹の背中をバン、と叩いて激を飛ばした。
「そんなに怯えるな! とりあえず今日だけは力を貸してやるから!
さあお前ら! 現場に向かうぞ!」
「ちぇすとー!」
正義の味方のはずなのに、怖い仲間ばかりだよ! と思った友樹も空気を読んで元気よく腕を突き上げる。
「よし龍造寺モモンガ! 出番だぜ!」
行人はクッションにしていた龍造寺に声をかけたが。反応がない。
「ごめん! 押しモモンガにしちまった!!」
「待て! こういう時は揺らしては駄目でござる! ………………とりあえず息はしているな……。龍造寺殿ーーーーー!」
島津のクソでかい声の呼び掛けに反応がない龍造寺。
心配そうに皆と彼を覗きこんでいた黒田は。
なにかを閃いたのか、キラッと目を輝かせ。裏声で叫んだ。
「隆信! 早く起きなさい! 奇襲が出来ないわよ!」
「う…う…」
ふくれっつらのヨッシーを他所に。あっさり龍造寺は目を覚まし。皆……特に行人は長い息を吐いた。
「悪かった! 大丈夫か?」
「……まあ一応…」
「良かったのぅ。神崎、龍造寺殿をお連れせよ。彼の力が必要なんじゃ。」
「わかったぜ!」
「………何をする! もう某は誰も信じぬ!」
龍造寺は神崎に抱えられて車へぶちこまれ。ペットシートにがっちりと固定された。
車に乗った後は、島津に世の中の道理や不摂生を説教され。それがやっと終わった頃には、居眠りした行人の手が頭に直撃。
トドメに神崎からさがたんを盗んだ理由をしつこく尋問され。
彼の大きな三白眼はだんだん瞼が下がってきた。
さっきは死にかけたし、自業自得とはいえ、彼にとって最悪の日である。
日頃の行いが悪すぎとは言え、
友樹はだんだん龍造寺が気の毒になってきた。
彼はとりあえず話題を変える。
「ところで龍造寺さん、ご趣味は何ですか?」
「……詐欺と読書全般。特に中国古典とか軍記物を読む……」
行人は食い付いた。
「詐欺はやめろよ! でもそんな難しそうな分野の本を読むなんてすげぇ! 頭いいんだな!
じゃあ、三国志も詳しいか?
授業でやってんだけど意味不明なんだよ!
かんすいって人が自分に着た手紙をばちょーって人に見せてやったら半殺しにされた話をやってさ。
ばちょーは自分がその手紙を見たいって言ったくせに、
いざ見せてもらったら、怒ってかんすいを半殺しにしたとかわけわかんねー。
それに、なんで出した奴もあちこち塗りつぶした手紙なんか寄越すんだよ。
俺もやるけど、さすがに訂正部分が多すぎたら自分も混乱するから書き直すぞ。
まぁ先生と師匠に注意されたのが一番の理由だけど。」
「……韓遂へ手紙を送ったのは曹操……彼は馬超と韓遂の共通の敵だ……。
敵(曹操)から同盟者(韓遂)
に送られた手紙というのは、非常に気になるものだ……。
同盟者が敵と密かに組み、手紙で自分を裏切る契約を交わしているかもしれないからな……。
……あちこち塗り潰された手紙を見せられた馬超は、
韓遂が自分に見られたら都合の悪い部分……例えば馬超を捕らえる相談等……そういう物を塗り潰してから見せたと疑ったのだ……。
……曹操と韓遂が知己であったことを考えればそう思うのも無理は無い……。
おまけに曹操は詩文にも長ける人物だ……。
普段はそのような塗り潰しの酷い手紙など送るような人物では無い……。……聞いているのか。」
言葉を切った龍造寺は、解説を依頼した張本人の行人、行也の看病で睡眠時間の短い島津、そして神崎のスースーとした寝息を聞いた。
ニヤリと笑った彼だったが。
さっきからこっちをじっと見ている黒田を見て舌打ちした。
ペットシートのベルトを外そうでもすれば騒がれるからである。
龍造寺はもう、何もかもに疲れ。現場に到着して叩き起こされるまで眠ったのだった。
ー―しばらくして海岸につくと。まだ寝ぼけ気味な皆に変わって珍しくヨッシーが掛け声をかける。
「みんなー! 敵に勝ちたいかー!」
「おぉーっ!」
「九州を守りたいかー!」
「オオオーッ!」
「みんなー行くよぉー!」
「ちぇすとー!」
3人と4匹は車から腕を突き出しながら飛び出した。痛い。そして人気のないところで変身。
「KY戦士! 出陣!」
「この空を! 十二の日足で駆け抜ける! 肥前の大熊! 龍造寺!」
本人的に華麗な変身ポーズを決めた途端。神崎はよろめいた。
友樹は立ちくらみかと心配して声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「心配無用!」
何とか踏ん張る神崎。しかし、しぶしぶ飛び付いた龍造寺の重さで、明らかにヨロヨロしだした。
「神崎さん大丈夫か?」
「これは武者ダンスだ。戦場初心者のお前達にはわからないかもしれないが、不思議な空気を感じると、経験者の俺は体が動く。」
「…………。」
行人以外は、武者ダンスなんてあるわけないだろ……と思ったが。
必死で意地を張る神崎が気の毒なので黙っていてあげた。
黒田は真剣な顔で口を開く。
「龍造寺殿はデ…ふくよかだったから、甲冑も重いんじゃろ。今日は無理をするな。重さに耐えられなくなったら退却するのじゃ。」
大丈夫だ、という神崎に、黒田はシビアな顔で続ける
「非戦闘員を戦闘中にかばって退却する余裕はない。早めの判断を頼む。」
「だから大丈夫だ!
さぁお前ら行くぞ!」
友樹はコンペイ銃の弾丸を充填。そして全員で海の上を数キロ走る。神崎も気力で走った。
(頑張れ俺! 戦うことが俺のアイデンティティー!)
この後、プライドが粉末状になる出来事が起こることを、彼はまだ知らない。




