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戦国DNA  作者: 花屋青
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モモンガ軍師

 時は東歴二〇三二年。青空に新緑が映える五月。

 場所は癇癪持ちの桜島が牛耳る鹿児島県。

 スラリとした長身の若者は、買い物袋片手に家路をゆく。彼の名は山田行也。二十一才。警備員。


 夜勤明けを感じさせない綺麗な姿勢の彼は、学習塾の看板を見つめて小さくつぶやいた。

「来年は受験なのに、塾に行けって言っても嫌がるしなぁ。……桃園さんおすすめの賢くなるカチューシャを御守りに買おうかな……。八百円にまけてくれるって言ったし……。」

「そんな物、買っちゃダメじゃ!」

 行也はハッとして声の出所を見る。そのちょっと甲高い男の声は、歩道の脇にある箱の中から発せられたものであった。

 赤いメタリックのお椀型兜を被った、モモンガのような黒い小動物が、その箱の中から行也をじっと見上げる。

彼の入っている箱には。

『体力に自信がある人、拾って下さい』

 と達筆で書いてあった。

 行也は一瞬目をパチパチさせたが、屈んで小動物に会釈する。

「初めまして。山田行也と申します。アドバイスありがとうございました。

……それにしてもモモンガさんはしゃべれるなんてすごいですね。」

「あっ。」

 小動物は思わず自分の口を押さえた。

 しかし驚いていない行也を見て胸を撫で下ろすと、両手をパタパタさせて訴える。

「ワシは決して怪しいものではない! お腹が空いた! 何かくれ!」

 行也は少し不思議なものを見る目付きをしていたが、あっ、と小さく声を上げた。 

 小動物は少し目が充血している上、どこか疲れた雰囲気であった。そして黒い毛には茶色い土化粧が所々にまぶされている。

 行也はそんな彼をハの字眉で見つめ、軽く彼の体の土を払いながら言った。

「余りにも珍しいので、ついジロジロ見てしまいました。すみません。

 大したおもてなしはできませんが、家で良ければ。……失礼します。」

 行也は両手でそうっと小動物を持ち上げ、肩に乗せた。

 小動物は首を傾げながらポツリと言う。

「ありがたいが……。もっと物事には警戒した方がいいんじゃないかのぅ……。あ、何でもないぞ!」

 小動物はまた口を押さえてチラッと横目で行也を見る。

 行也は穏やかな表情で鼻歌を歌っていたが、小動物の目線に気付いて振り向いた。

「……あ、モモンガさんはミールワームとコオロギが主菜ですよね。

 とりあえず家に到着したらバナナと豆腐をお出ししますから、虫さん達はその間にペットショップで買ってきます。」

 小動物は激しく首を振った。

「バナナと豆腐だけでいい! バナナと豆腐だけがいい!」

 少し年期の入った団地に着くと、行也はバナナと豆腐などを小動物に食べさせる。小動物は食べ終わるとすやすや眠った。


――空が紺色になっても小動物は睡眠中。彼を見つめる行也の眉はだんだん不安げに下がって行く。

 そんな中、空気を変える声がした。行也より小さく、幼く、明るい雰囲気の男子高校生が、ドアを荒々しくバーンと開けて入ってくる。

「兄貴! ただいま!」

「おかえり。行人。今日はカレーだよ。それから今日は新しい家族が出来たんだ。こちらのモモンガさんは喋れるんだぞ。今度モモ語……。」

「やった! 今日はモモンガカレーか!」

「具材じゃない。家族だよ。怪しい者じゃない、お腹が空いたって仰ったから、家へお連れしたんだ。」

「めちゃくちゃ怪しいじゃねぇか!」

「正直でうっかりさんだし、悪いモモンガさんじゃないよ。……ただ何時間も起きない。まさか……。」


 兄弟は近所の公園に向かった。地面に穴を掘り、小動物を入れる。そしてプラスチックの数珠を着け、家から持ってきた小さな本片手にお経を唱えた。

 最後に大地讃訟を歌いながら土をかける。

 しかし穴の中から悲痛な声がした。

「止めてくれ! ワシは死んでおらん!」

 兄弟はビデオ三倍速で動き、小動物を穴から出す。 小動物は土を払いながら、涙目で声を荒らげた。

「早とちりじゃの! 生死判定は呼吸を確認してからにすべきじゃ!

 そもそも公園に勝手に動物を埋めたら、罰金を取られるぞ! その安っちい数珠といい、兄さんの奇妙なつぎはぎの袴といい……貧乏なんじゃろ? 無駄な出費に気をつけろ!」

 兄弟は、小動物の体を公園の水飲み場で濡らしたハンカチで拭き、頭を下げた。

「モモンガさん。申し訳ありません。」

「ごめんなさい。」

 真摯に頭を下げる兄弟を見た小動物は、まぁよい、という感じで手を振った。「ワシはとて〜も寛大で神様の百分の一くらいは優しい性格じゃ。許してやろう。感謝するがよい。

 それより、モモンガさんとは呼ばないでくれ。

ワシにはきちんとした名前があるんじゃ。」

 小動物は生き生きと目を輝かせて胸を張り、両手を拡げて兄弟を見上げる。

「……黒田官兵衛という名が!」

 行也は、自慢話をする子供を見守るような暖かい眼差しで黒田を見つめた。

「立派な名前ですね。昔の人みたいです。」

「……昔の人じゃよ……。」

「黒田さん家で飼われてるのか。」

「……むしろ当主じゃよ……。」

 手を下ろして項垂れた黒田を肩にのせ、兄弟は家に帰る。しかし到着した刹那、黒田の頭の兜が光った。「大変じゃ! 敵が来た!」

「敵って何ですか?」

「九州を狙う、謎の軍だ! 正直言ってよくわからんが恐ろしい奴らじゃ!」

「わかんないのかよ! とりあえず場所は?」

「竜宮神社から八KM先!」

「わかりました! 警察に電話……。」

「いや、KY戦士でないと倒せないんじゃ。というわけで二人のどちらかに行ってもらいたい。いきなりで済まんがどうかよろしく頼む!」

「まかせろ!」

 支度を始めた行人を行也は押し止める。

「俺が行く! お前はまだ未成年なんだから駄目だ!」

 どちらが行くかで揉める兄弟。

 黒田は手をパタパタさせて叫んだ。

「急いで欲しいんじゃが! とりあえず兄さんの方が一緒に来てくれ!」 行也は黒田をつかんで家を飛び出した。彼は自転車の車輪を、電動ドリルのように高速回転させる。

「ぁああ……。」

 自転車のカゴの中の黒田はカクテルのようにシェイクされた。

……しばらくして、行也と小動物の黒田は、竜宮神社近辺の海岸に到着。

 見上げた黒い空には、雨や雷が縦に走っていた。

上から押し潰すような雨が彼らにのし掛かる。

 自転車を適当な場所に停めると、行也は黒田に尋ねた。

「敵はどこですか?」

 あっちじゃ。と黒田が指差した方向から、声がした。

「兄貴!」

「何でお前がここに! 危ないから帰れ!」

「タクシーで来たんだ! 俺も戦う!」

「帰れ!」

 黒田は兄弟の間に立ち、飛び跳ねながら叫ぶ。

「あーまたか! もう急いでるって言ってるじゃろ! さっきからなんなんじゃお前ら! とにかく兄さん、変身じゃ! この兜を被って緒をしめるのじゃ!」 モモンガの黒田は自分の被っていた兜を渡す。 

 行也は兜を被って緒を締めた。すると、眩しい光と粒子に包まれて鎧が装着され、刀が手に収まった。

 彼の出で立ちを構成するのは。少し小さめの瓦型の肩パット(肩甲)。

 黒く細いチェーンにより編まれた細い鎖網み袖。

 鉄板の籠手が付いた黒いロング手袋。

 甲冑の中の上着(赤い着物)。

 下は黒いチェーンで編まれた鎖帷のズボンの下に、黒くややゆったりしたズボン。工事現場の大工さんのズボンを少し細くした感じだ。

 腰には、赤地に金の黒餅家紋の鞘に入った日本刀と白い洞貝。

 鉄板のようなものが、足の脛と甲についた黒いロングブーツ。

 更に甲冑の上に陣羽織を羽織っている。陣羽織は立て襟つき袖無しハッピと言う感じである。赤い厚手の生地が、金色のモールで縁取られている。背中には黒餅の家紋入り。

「戦で煌めく千里眼! 黒田官兵衛、愉快に暗躍!」 勝手に口をついた言葉に、行也は首を傾げた。

「この甲冑はな。不思議な力があって、水に浮かぶんじゃ。タコのいる所……大体海岸から八Km先まで海上を走れ!」

「はいっ! ……行人、ここじゃ風邪をひくから、どこかの軒下にいろ!」

 真面目に話しかける行也だが。兜を見た行人はお腹を抱えて笑い出した。

「だせぇ! お椀みてぇ!」

 黒田は顔に血管を浮かべ、行人を睨んでぴょんぴょん跳ねた。

「馬鹿にするな! これは鉢かぶり姫をモチーフにした、縁起の良い兜なんじゃよ!」

「鉢かぶり姫?」

 黒田は行人の頭脳レベルに合わせて話をした。

「簡単に言うと、女の子の頭に貼り付いていた鉢が取れたら、宝がざくざく出てきたって話じゃ!」

 宝という言葉に、行人は目を輝かせた。

「マジかよ! 割れば出てくるかな!」

 行也ははしゃぐ行人に暖かい眼差しを向ける。

「そうだな。兜はあそこのスーパーで鍋でも買えばいいか。」

 黒田は頭も両手両足もバタバタさせて跳び跳ねて涙目で必死で訴えた。

「お願い! 壊さないで! 変身出来なくなっちゃう! というかさっさと敵と戦ってお願い!」

 彼の思いは通じた。

「そんなに嫌なのか。分かった。……兄貴、気をつけろよ。」

「ああ!」

「ちょっと待て! ワシを置いていくな!」

 黒田は飛び上がると、行也の肩に飛び乗り、くっついた。

 兜にはヘッドライトがついており、タコへの道を照らす。

 行也はタコに向かって走りだす。甲冑は不思議な感覚だった。

あまり重みを感じないし、力がみなぎるとかパワーアップする感じもしない。そして、ぽかぽか暖かい。水上散歩用の甲冑か、と行也は思った。


 タコは大きさ二〜三メートルほど。

 行也を見ると、丸太のような太い足を風を斬り裂くが如く振り回す。当たったら軟体動物になりそうである。

 行也はそれを避けつつ言った。

「降伏しなさい!」

 タコは無言で足をブンブン振り回す。

「……ボンジュール?」

 唸る行也に黒田は激を入れた。

「普段食べてるじゃろ。躊躇するな!」

「はいっ!」

 行也は円を描くように助走して飛び上がる。

 そして刀を思いっきり振り下ろしてタコの足を切った。タコは苦しげにうめく。

「今じゃ! タコの額の弱点マークに刀を突きたてろ!」

 行也は屈伸をしてバネのように飛び上がり、上段構えの刀でタコの『弱点』と書かれた部分にに刀をつき立てた。

 タコはイミャギャワ〜と叫んで、サラサラと砂のように消えていく。

「よくやった!」

 パチパチ手を叩く黒田に会釈すると、行也は黒い山脈のような海上を歩き出した。

 チャコールグレーの空からの雨は、さっきより速く、深く、直線的に彼を刺す。

「黒田さん、的確な指示をありがとうございました。」

「ワシは天才じゃからな! 何でも聞くのじゃ!」

「かしこまりました。

それにしてもあんな大きなタコ、初めてみました。これが敵ですか?」

「そうじゃ。たぶん偵察タコじゃな。

九州攻めの下見に来たんじゃろう。」

 黒田は暖かい笑顔で続ける。

「それにしても、お主! 身のこなしがなかなか様になっていたのぅ! 

 ワシは最弱の兜じゃ。防御力の上昇と特殊効果はあるが、攻撃力は殆ど上がらない。それなのにすごいことじゃ。これからも精進するんじゃよ。」

「はい。……最弱ですか?」

「家に帰ったら詳しく説明するがの!

 戦士の強さは、本人の基本能力+兜に宿る武将の武勇+αらしい。」

 黒田は軽い調子で続けた。

「ワシは頭脳労働担当だったから、槍働きは苦手でのぅ。武勇はさっぱりじゃ! ハハハ!」

「最弱か。気の毒に。」

 行也が振り向くと、タコの軍団がいた。その数、三十体程。

 そして軍団のまん中辺りには、気品のある中年男性がタコに跨っている。

「お主の命、この今川義元がいただく。覚悟せよ。」

 黒田と行也は絶叫した。

「岸へ逃げるぞ!」

「えっ、倒さないと上陸してしまうのでは?」

「あやつは強いからお前じゃ無理!

 それにまだ結界が効いているはずじゃから大丈夫。たぶん。」

「わかりました!」

 行也は必死の形相で走りだす。

「逃がすか! あやつを捕まえろ!」

「ヨスィモトゥオー!」

 走っているうちに行也の呼吸は粗くなってきた。

そもそも自転車で数十キロ以上も全速力で走り、

次は海上八Kmランニング、すぐにタコとの戦闘、

と常人ならぶっ倒れてもおかしくない運動量。

 しかも冷たく射るような雨にうたれ、彼の心と体は南京珠簾のように危ういバランス。

 行也は虚ろな目で何か歌い出す。

「ララ、ラララ、ラプサンチスーチョン……。」

「おいおいしっかりしろ! もう少しじゃ! もう少しで結界の中じゃぞ!」

「兄貴ー!」

 黒田の他にもうひとつ励ます声が。小舟で迎えにきた行人の声だ。

 あと少しで結界の中。その時だった。

「後ろー!」

 車が近くを通り抜ける感覚が行也の頭部に走る。

今川の弓矢が兜を掠めたのだ。

 行也はからだがやじろべえ状態。もはや時間の問題である。

「兄貴! これを使え!」

 行人は銀色のドームが付いた器具を投げる。行也はそれをふらつきながらも必死に掴む。

「ここで……死んだら……。いや死ねない!」

 彼はカッと目を見開き、顔に生命の色が戻った。

そして一筋の光が音を立てて彼を照らしだす。行也は高々とお玉を掲げ叫んだ。

「俺は! アクも! 九州も! 救って見せる!」

 彼はお玉を力いっぱい投げ付ける。お玉はくるくると銀色の光を放って今川義元が乗ったタコに衝突。

 タコは驚きのたうちまわり義元は振り落とされた。 他のタコも義元が見えなくなって混乱している。行也はその隙に結界の範囲内へ。

「おのれ! 次はこうはいかぬぞ!」

 やっとタコに這上がった義元は悔しそうに叫び、行也達を睨む。黒田は手を叩きながら跳び跳ねた。

「ハハハ! 逃げ切ったぞ! ざまぁ見ろ! バーカ! バーカ!」

「……結局逃げたたげなのに調子こき過ぎだろ!」

 敵より黒田の方がヘンだと思う兄弟であった。


 行也は滑らかに成ってきた海面を歩き、行人は小舟をこいでいる。

陸の街灯が近くに見えてきた。

「そういえば変身はどうやって解くのですか?」

「緒をほどけば良い。あ! 陸に上がっ……。」

 水に浮く甲冑の変身を解いてしまったので、行也と黒田は暗闇に沈んだ。

「兄貴!」

「大丈夫だ! 古式永法は得意だ!」

 行也は頭を水面から出したまま泳ぐことが出来る。沈んでいた黒田も回収し、行人の小舟に乗って無事に上陸。

 借りた小舟の主にお礼を言い、レンタル料を払うと、彼らは電車で帰宅した。


――家についたのは二十二時頃。行也は黒田を大きなタッパーで入浴させると、体を軽く拭いてあげた。

「今日は申し訳ありませんでした。」

 真剣に謝罪する彼を見て、黒田は優しく言った。

「もうよい。気にするな!」

 黒田の毛はなかなか乾かない。そのうち、急にトイレに行きたくなった行也は、行人にまかせることにした。

「黒田、お疲れ! それにしてもなかなか乾かねぇな。これじゃ風邪ひいちまう。そうだ! いいこと思いついた!」

 行也がトイレから出ると。黒田の絶叫が聞こえた。

「体調が悪くなったのかな……。」

 行也は急いで現場に向かった。そこで彼が目撃したのは。行人が電子レンジのダイヤルを回している光景だった。レンジの内側からはガリガリドンドンと激しい音がする。

「やめろぉあああ!」

 行也はあたためスイッチを押そうとした行人を突き飛ばした。

「レンジでモモンガをあっためるとしんじゃうんだぞ!」

「マジで! ……ごめん黒田!」

 行人は慌ててレンジから黒田を出した。

 黒田は仰向けになってひっくり返り、体を震わせながら、井戸の底のような暗く掠れた声で呟いた。

「荒木殿……我の……話を……聞いてくだされ……。」

 黒田の頭頂部は剥げ、顔も干からびてきた。

「黒田さん!」

「黒田!」

 兄弟の必死の呼び掛けで我に戻った黒田。頭頂部も顔も数秒で元通りになるが……。彼は涙声で言った。

「……ワシの名前も知らないし! 何度も殺されかけるし! もうイヤじゃあ! こんなバカ兄弟!」

 かわいそうな黒田。泣きながらいづこかへ走り去って行く。兄弟は近所を一生懸命近所を探したが、見つからなかった。


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