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一つの才能が伸び始める

 翌朝、僕は日課にしているジョギングにも起きれなかった。まだ昨深夜は教授が体を使っているはずだったから。布団の中でまどろんでいると部屋の外で母の呼ぶ声が聞こえる。


 「(のぼる)。電話よ。日本数学会の人だって言ってるんだけど。」


 「うん!? 分かった。今行くよ。」


 僕は部屋を出て電話に出た。


 「嵯峨龍君だね。私は日本数学会の峰岸と言う者だが、今回の特別表彰受賞おめでとう。私としても寝耳に水の話で君の発表した内容と言うのが分からないのですよ。すまないがこちらに来て説明してください。車を向かわせたのでよろしくお願いします。」


峰岸と名乗った男は僕が一言も発しないまま電話を切った。僕はあまりにも一方的な電話にあっけにとられ、しばらく受話器を眺めていたほどだ。我に帰った僕は教授に文句を言った。


 「ちょっとー。教授! なぜ僕の名前が出てるのさ。教授が何とかと言う会長さんと話をしたんでしょ? 教授が何かを発表したって分かっているんでしょ? 」


 〔すまない、龍。そのつもりだったんだが、ジェフランドリーはいくらなんでも死んでしまった者の研究など他の者が認めないというのだ。そこで君の名を使ったという訳なのだよ。〕


 「もう、済んだ事は仕方ないけど。これから僕はどうしたらいいの? 」


 〔後は私に任せるがいい。峰岸には私が説明する。すまないが君としてだがね。〕


 「ふぅ。じゃあ、任せるけど、一つ約束してくれ。マスコミには僕の名前は出さない事。いいね、これは絶対だから。」


 教授は苦りきった顔をして頷いた。


 しばらくすると玄関のチャイムが鳴らされ電話の峰岸と言う男が現れたのだった。見た感じの印象ではやはり学者風で人付き合いが苦手なタイプに見えた。実際、車の中で僕達の会話は一言もなかったのだから。



 新宿のあるビルの一室に通された僕は驚いた。そこには見るからに気難しそうな面々が大勢いたからだ。彼らの視線はすべて僕に注がれている。ちょっとした講堂の様な部屋の壇上に案内されてマイクの前に立った。

 峰岸氏が集まっている人に僕を紹介した後、僕に挨拶を促した。


 「皆さん、今日はありがとう。この度はサミットで表彰を受けることができた。非常に嬉しく思っている。」


 僕の口から出た教授の言葉は高飛車に思えるような口ぶりだった。僕は冷や汗がでる気分だった。


 《もう! 教授! 龍君は高校生なのよ。高校生として話さなくちゃ。でも無理ね、教授はそう言う事に疎いものね。いいわ。私が挨拶をするから変わって。》


 今度は礼子が僕に入ってくる。


 「すみません。なんか緊張してしまって。変な言葉遣いになってしまいました。私は嵯峨龍です。今回皆さんにお目にかかれて嬉しく思います。」


 さすが礼子だ。そつなく挨拶をしてくれた。僕はホッとした。

 挨拶が終わると、サミットで発表した内容の説明を求められたのだった。そこからはまた教授の出番になる。


 「今回、私が提唱したのはスピリッツ理論というものです。この理論はいわゆる魂という概念上の存在を証明するものなのです。初めにお断りしますがこの理論は私の研究テーマの序章にあたります。ちなみにそのテーマとはまだ皆さんにお教えできない事をお断りいたします。」


 今度は丁寧な話し方をしてくれて僕は一安心した。

 長い長い説明が終わると会場は拍手に包まれた。それは僕に向けられている。


 「なるほど。素晴らしい理論です。これからスピリッツ理論に関しては様々な研究が世界的に行われるでしょう。さて、この度の嵯峨君のサミット参加ですがジェフランドリー国際数学会長にメールを通じての特別参加でした。ここでこの素晴らしい才能の嵯峨君に日本数学会としても会員になって貰うべきと考えますがいかがでしょうか? 」


 峰岸氏が会場の人々に賛意を求めた。その時、一人の女性が挙手をし発言した。


 「峰岸先生のご意見には賛同いたします。ですが、それは学会員の資格要綱を見直すという事でしょうか。要綱では学位を持つこととなっておりますね。それとも要綱は変えずに嵯峨君を特別に会員とすることにするのでしょうか。」


 その発言をきっかけに幾つかの意見が出され、結果として日本数学会として僕に学位が授与されることになったのだ。そうすれば僕は特別に遇されて会員になるという事ではなくなり、しかも要綱を変えることもないということらしい。


 僕ははからずも数学博士…… 数学者になってしまった。


 《よかったわね、龍君。おめでとうっ! 》


 礼子は嬉しそうだが、僕自身がそれだけの資格があってもらった訳じゃない。すべて教授の研究なのだから。


 「ああ、どうしてこんな事になっちゃうんだよー。」


 〔すまんな、龍。だが君には素養が十分に備わっている。これから私が一から数学を教えるから心配はいらないぞ。〕


 すまないといいながら教授はどこか嬉しそうだった。


 「ふぅ。分かったよ。取り敢えず教授のスピリッツ理論というのを教えてくれ。一応理解できるように努力するよ。」






 僕は教授からスピリッツ理論を学ぶ事になった。驚いた事に教えてくれる事がすんなり頭に入ってくる。教授に言わせると僕の数学脳が開花したいうことらしい。スピリッツ理論を構成する一因であるベルヌーイの定理などは我ながらよく理解できた。

 もともと教授の導きで数学に興味を持っていた僕は、いつの間にか数学に取り組む事が楽しくなっていたのだった。

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