世界数学サミット
ある日、僕は教授に頼まれた。それは世界数学サミットに参加してくれと言うものだった。そのサミットは今のご時世らしくネット回線を使って催されるらしい。参加者は各国の数学者たちだ。教授が死んだのは一年半ほど前なので各国の数学者たちは教授の死を当然知っているはずだ。参加資格が国際数学会員ということからしても僕に参加資格は無い。
「無理じゃないの? 第一、資格がないじゃないか。どうやって参加するのさ? 」
〔ああ、それなら問題は無い。数学会の会長のジェフランドリーは友人でね。その友人に昨夜話をしておいたよ。〕
教授は僕が寝ている間に、僕の体を使いインターネットを通じて連絡したらしい。
「えっ!? どんな話をしたの? 死んだ人からの連絡で驚いたんじゃない? 」
普通の人が死んだ人から連絡があったら驚くに違いないと思う。きっとその会長さんも驚いたことだろう。そんな話を学者がよく信じたものだ。
〔ああ、驚いとったよ。それで私の存在を証明してやったのだ。私の今の研究テーマの成果の一部を示してやったら納得したよ。テーマを与えてくれた龍には感謝するぞ。〕
どうやら教授の言うテーマとは僕と教授達…… すなわち僕と守護霊と話ができる事を数学的に証明することらしい。僕が何気なく僕達の関係を証明できるかと聞いたことがきっかけだった。
「で? 僕は教授に体を貸せばいいんでしょ? そういうことなら分かったよ。で、いつなの? 」
〔それが急なんだが明日だ。〕
「えーっ! 明日!? 明日は舞さんの所の合宿なんだけどーっ。」
僕は時折通っている柔術の合宿に誘われていたのだった。その合宿を僕も勇次郎もとても楽しみにしていた。
〔大丈夫だ。向こうの時間に合わせるので日本時間では深夜だから問題は無い。龍は寝ていてくれていい。〕
教授はそういうけれど、頭は寝ていても体は起こされているわけで疲れが取れない事になるだろう。勇次郎と違って普段は僕の体をめったに使おうとしない教授の頼みだ。僕は教授の頼みを聞いてあげることにした。
三日後、神道日向流柔術の合宿を終えた僕は疲れきって帰宅した。肉体的疲労が限界に近かった。それもそのはずである。日中は柔術の合宿、深夜は精神が寝ている間に数学サミットに参加していた訳で肉体は起きていたからだ。肉体的寝不足に陥っていたのだった。
「ただいまーっ。」
僕は家の玄関を開け、自室に転がり込むと泥のように眠りについた。
「……ちゃん…お…おにいちゃん…お兄ちゃん! 」
どこからか声がする。どうやら妹が呼んでいるらしい。僕は目を開けて鉛のように重たい体を起こした。
「うん!? 由美、呼んだかい? 」
「もう、呼んだよっ! 目を覚まさないから心配しちゃったよ。そんなに疲れたの? 」
「まあな。疲れたなー。でも楽しい合宿だったよ。どころで何か用か? 」
「御飯だよ。今日はお兄ちゃんの好きな豚の角煮だよ。由美が作ったんだよ。」
「お、角煮かー。ありがとうな。」
こうして僕は食卓へ向かった。食事の場では合宿の事を話したり由美のおっちょこちょい話を聞いたりして久しぶりに楽しい食事だった。
その時、テレビの臨時ニュースが目に入った。
-----国際数学サミットで日本の高校生快挙------
そうテロップが流れている。アナウンサーによるとその高校生は特別にサミットに参加し、独自の説を発表して高い評価を受けたという。日本時間で今日の深夜のサミット閉会式で表彰される見通しと言うものだった。
へえ。凄い高校生がいるもんだなあ。と僕は他人事のように思っていたのだった。
翌朝目が覚めるまでは……。