りんご飴
《りんご飴と杏飴は絶対に食べなきゃだめよ。》
礼子がうきうきした声で囁く。
僕は夏祭りの会場にいる。甘い物が好きな礼子は食べの物のリクエストだ。
僕達の高校の空手部員はこの祭りで毎年演武をすることになっているのだった。僕は道場でも高校の空手道部でも幾つかの大会に出場しているけれど、多くの空手道部員にとっては数少ない晴れ舞台なのだった。僕は一年生だけど一応黒帯で経験もあるので演武には参加しない。
はっきり言って暇だった。
《さ、演武は終わったわ。早くりんご飴食べようよ! 》
礼子が騒ぐ。
仕方なしに僕はりんご飴の屋台に向かった。
「一つください。」
「はい。百五十円です。…… あれ!? 龍君! 」
「み、みさきさん!? どうしたの? 」
「うん。毎年店番頼まれるのよ~。」
みさき…… 羽田みさきはクラスメートだ。自称霊感少女、実際は霊媒体質で本当の意味の霊感は持っていない。以前、彼女に憑いた悪霊を僕の守護霊の一人"百合子"が祓ってあげたことがある。
礼子は僕とみさきがお似合いだと言ってちゃかしてくるんだ。最近では百合子まで"魂の相性はいいわね"なんて言ってくる始末だ。
本当に本当に僕はみさきを意識した事はなかったんだ。会話した事もなかったし、でも礼子達があんまり言うから変に意識しちゃうこの頃だった。
『浴衣くらい褒めてやれ! 』
勇次郎が要らぬ世話を焼いて来る。
《そうよ。女心も少しは勉強しなさい。》
礼子も同調する。
僕は二人を無視することにした。
「ありがとう。」
僕はりんご飴を受け取って、みさきのいる店を離れた。ベンチに腰掛けて礼子に体を貸してあげると礼子は美味しそうにかぶりついていた。
「あ、いたいたーっ! 探しちゃったよーっ! 」
息を切らしてみさきがかけよって来た。その時みさきの全身を見たんだけれど、浴衣がよく似合っていて綺麗だった。
「みさきさん、浴衣よく似合っているね。可愛いよ。」
礼子が僕の体を支配したまま言った!!!
【何を言ってるんだよ! 礼子! 勝手な事を言うな! 体を返せ! 】
僕は礼子を攻めたが礼子に無視された!
僕に、僕じゃなくて礼子に可愛いと言われたみさきは頬を赤くして隣りに座った。
「褒めてくれてありがとね。嬉しいかも。はい、りんご飴は喉渇くでしょ。」
そう言って麦茶のペットボトルを僕に差し出した。
「ありがとう。ねえ、みさきさん。今度どこかに遊びに行かないか? 」
「え!? 本当? 行く~! 」
【!!!! おい! 勝手なこと言うな~~~っ!!! 】
こうして礼子の悪ふざけで僕はみさきとどこかに出かける約束をしてしまった。
〔青春だな。楽しむことだ。〕
お固いイメージの教授まで笑っている。
『女を泣かせるなよ。そう言う男は最低だからな。』
勇次郎もにやつく。
《あー、面白いわ~。私が手助けするのはここまでよ。あとは龍君自身で頑張ってね。》
「もう! お前ら勝手なこと言うな~っ! 」
夏祭りの夜の出来事だった。
イラスト:礼子 305さんに描いていただきました。