克典さんのライバル?
僕は克典さんの道場を出て駅に向かい歩き始めた。
《勇次郎! 龍君を守りなさい! 》
急に礼子が叫んだ。僕は何事? と思った時、首筋に強い衝撃を感じた。視界が白くなり、僕は意識を失った。
気がつくと僕はコンクリートに囲まれた部屋にいた。足元には三人の男が倒れている。一人は赤シャツだ。僕は立っていて拳を軽く握っている。勇次郎が僕の体を支配しているようだ。
『すまん、龍。俺がついていながら……。』
勇次郎はそう言ったけど僕には何が何だか分からなかった。礼子が説明してくれて状況を理解することができたんだ。
克典さんに付従う形の赤シャツと吊り目は、僕が道場を出た後を追いかけて来たのだそうだ。そして後から頸動脈を打ちすえて気を失った僕を拉致しようとした。彼らにとっての誤算は僕が気を失った時に勇次郎が僕の体を支配したって事だ。勇次郎は激怒したが、赤シャツ達の行動が克典さんの命令なのかを確かめたかったそうで、気を失ったふりをして連れ去られるままに車に乗せられ、このビルの一室に来た。
そこには一見して反社会的集団に属すると分かる一人の恰幅の良い男がいた。
「なんだ!? ガキじゃねえか! こんなのに克典はやられたのか? 」
その男は言った。赤シャツ達は頷いていた。
気を失ったふりをしていた勇次郎はすくっと立ちあがり三人の男を見据えた。
「な、なんだ! 起きてやがるぞ! 」
赤シャツ達は身構えた。空手家としてのプライドはないのか手にこん棒を持っている。
「お前達、これは克典さんの指示か? 」
勇次郎は問いただした。
「克典? おい、小僧! 克典は俺の駒だよ。あいつはある男が死んで腐っていたから俺が拾ってやったんだ。」
「ふん。そうか。ならば遠慮はしねえぜ! 」
勇次郎は鬼神のような動きで三人の男を打ちのめした。
そして僕が目覚めたってことらしい。僕はしばらく勇次郎に体を預けることにした。
「おい! 赤シャツ。克典さんはどうなってるんだ? 」
赤シャツは克典さんの今までを語った。
克典さんは唯一ライバルと認めた勇次郎がいなくなり、手当たり次第にあらゆる大会に出るようになった。でも勇次郎がいなくなった心の隙間を埋めるような相手は見つからなかった。やがて生活は荒れていく。そんな時に今目の前に倒れている恰幅のよい男に声を掛けられた。異種格闘戦ならお前の心を満たす事が出来るかもしれないと。その男のいう異種格闘戦とは表には出ない、いわゆる裏仕合だった。客が掛け金を支払い克典の様な男たちが仕合うといったものだ。克典は負け知らずらしい。はじめはボクシングやプロレスラーなどとの戦いに面白さを感じていたらしいが、結局は克典の心を満足させる相手には出会えなかったらしい。次第に裏仕合にも克典は出なくなった。
「ふん。で、どうして俺を襲った? 」
「桐生さんは、お前を克典さんの代わりにしようと思ってるのさ。克典さんのお陰で桐生さんは大分稼いだからな。」
「なるほどな。いいか、お前ら。お前らが空手家として生きたいと思っているなら、足を洗う事だな。このデブについて行くならそれもいいだろう。だが克典さんを巻き込むな! 俺が克典さんを救う。」
そう言って勇次郎はその場を去った。
「なあ。勇次郎。これからどうするんだい? 」
『簡単さ。龍が強くなり克典さんのライバルになるのさ。』
「は? 無理だって! 」
『いや。龍には才能がある。それは俺が保証するぜ。それにな、きっと克典さんはもうお前をライバルとして見てると思うぞ。もう立ち直ってるよ、克典さんは。』
「はぁ。克典さんが立ち直ったのなら嬉しいけど。僕がライバルか~。勇次郎が相手したのになぁ。」
『ぐだぐだ言ってないで、俺が出ないでもいいように強くなれ! 』
こうして僕と勇次郎は克典さんを救ったらしい。赤シャツにやられた首筋は痛いけど、なんかすっきりした気分で家に帰った僕たちだった。