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克典さんの道場

 僕は丸丘と言う駅を降りた。全日本空手道雲悌会丸丘支部というのが目指す道場だ。予め家で地図を広げ所在地を確認してきた。簡単な地図を書いて持ってきたのだが、実際に駅前に立つとそれが役に立たないことが分かった。地域開発によって大きく変わっているらしく、目指す道がどれなのか分からなかった。


「困ったな。勇次郎は来たことないのかい? 」

『ない。克典さんとは試合やナショナルチームの合宿で会うだけだったからな。』


 勇次郎らしい付き合い方だと思った。


「勘で行くとこの方向っぽいけど、行ってみようかな。」


 僕は歩き始めたが、『教授』が話しかけてきた。


〈そちらに行き、無事に道場に行ける確率は√131だな。〉


「る、ルート131? どういうこと? あ、いいや! 説明しなくていい! 」


 僕は慌てて説明をやめさせようとしたが遅かった。


〈まずこのロータリーからは六本もの道が出ている。そのままだと確率は六分の一。しかしその内の一本はすぐに二股に分かれている。なので厳密には七分の一だ。それにある種の条件を加える事ができる。すなわち目的地xに到着することを確率100と定義すれば、それぞれの確率を求めればよいわけだ。それぞれの道の諸条件を懸案すると、一番右の道から順にα、β…… としてα=2√3×(100-β)+…… 〉


 僕はもちろん、勇次郎も『教授』の解説を全く聞いていない。聞いていても理解できない!


 この『教授』もまた僕の守護霊の一人だ。生前は大学教授で数学者、名は南久松(みなみひさまつ)(さとし)と言う。彼の持論は世の中の事象は全て数学で説明できるというものだった。何でも計算したがる。その度に頭の痛くなる説明を聞かせるのだった。


 

 教授の頭の痛くなる独り言を聞きながら歩いていると、いかにも武道家といった感じの短く切りそろえられた髪型で筋肉質の男性三人が連れだって歩いていた。手にバックを持っている所を見るとこれから道場に向かうのではないかと思った。


『やつらに付いていけ、龍。』


「うん。知ってるの? 」


『ああ、あの赤シャツが克典さんと一緒にいたのを試合会場で見たことがある。』


 勇次郎の言う通りに赤いティシャツの男の後を付いて行くことにしたのだった。赤いティシャツってセンス良くないよなって思いながら。


 赤シャツはあるビルに入って行った。僕もビルの入口に立ち上を見上げると二階・三階部分に道場の看板が掲げられていた。僕は二階に上がり道場に足を踏み入れた。まだ稽古ははじまっていないらしく幾人かの門弟が空手着に着替えてストレッチをしているところだった。




「あの、すいません! 見学したいんですけれど、いいですか~? 」


 僕は奥に向かって声を掛けた。すぐに赤シャツと一緒にいた吊り目の男が出てきた。


「なんだ? 見学か? いいぞ。まあ中に入れよ。」


 吊り目は僕を中に招き入れた。その時に奥の扉から一人の男が出てきた。無精ひげを生やし、髪はぼさぼさ。目は曇っている。その男が結城克典だった。僕はショックだった。端正な品のある顔立ちでさわやかなイメージを持っていたのだが、今の彼にはその面影がなかった。


 克典さんは僕をじっと眺めると首を傾げて話しかけてきた。


「お前、どこかで見たことあるな。」


 克典さんの息は酒臭かった。


「お前、去年の中学生の大会に出ていたな? 中学生か? 」


「はい、三位でした。今年から高校生です。嵯峨(のぼる)と言います。」


「そうか。経験者なら体験したらどうだ? 空手着持ってきたんだろう? 」


「はい、いいですか? 」


「いいさ。適当に混じってやっていけ。」


 そう言って僕の前から克典さんは去って行った。


『なんて事だ。あれが克典さんか。情けねえ。俺が喝を入れてやる! 』


 勇次郎が怒っていた。僕も残念だったけど勇次郎をなだめて、取り敢えず稽古に加わらせてもらった。基礎鍛錬が終わり、応用の稽古になると赤シャツが声を掛けてきた。


「おい。お前って中学では少しはできる奴だったらしいな。俺の相手するか? 」


 そう言った赤シャツの口元は下品な笑いを浮かべていた。先程までの稽古で赤シャツの技量は大したことがないと分かっていたけど、せっかく声を掛けてくれたのだから相手になってもらうことにしたんだ。



 この後、僕は克典さんと手合わせすることになる……。

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