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みさきの除霊再び(一)

 母さんから逃れるように僕らは部屋に入る。みさきはきょろきょろしている。


 「私、男の子の部屋に入ったの初めてなんだ。ちょっとドキドキする 」


 そう言って笑っている。僕の部屋は机が一つ、ベットが一つ、真ん中に座卓が一つある。テレビが一台ある他は殺風景な部屋だと思う。教授のお陰で参考書は必要ない。壁に備え付けの本棚には格闘雑誌と格闘技のビデオコレクションが並んでいるだけだ。


 「ねえ。この人、誰? 有名な人? 」


 みさきは壁に貼られた勇次郎のポスターを眺めて言った。勇次郎が二回目の全日本選手権で優勝した時の雑誌の付録だ。フェイスガードを小脇に抱えた勇次郎が凛々しく映っている僕のお気に入りのポスターだ。


 「うん。僕の目標の人なんだ 」


 それだけ言って僕は座卓に座った。勇次郎の事を話すのは照れ臭かったし、何しろ勇次郎はいつも傍にいる。勇次郎がもう亡くなっている人と知ったら気味悪がられるかもしれない。それよりも僕の頭の中は百合子がどうやって除霊するのか気になっていた。


 〈龍君。はじめるわよ。霊水は準備してあるわね。敵はまだみさきさんの奥深く潜んでいるから、霊水を飲ませて表面に出すわ 〉


 僕は百合子の指示に頷いた。百合子は慣れているのか冷静で淡々としている。その姿を見ると安心して落ち着く。


 「まだまだ暑いね。とりあえず座って。今、飲み物持ってくるからさ 」


 僕はそう言ってみさきを座らせると、一旦部屋を出て台所に向かい冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中に普段は見かけないショートケーキが入っているのを見た。母さんはテレビドラマであるように僕らの勉強の途中でそれを差し入れる気満々のようだ。僕は霊水を薄めるタイプの乳酸飲料にいれてグラスに注いだ。


 「龍。そんなの私が持って行ってあげるわよ 」


 くるんくるんの髪型の母さんが、にっこにっこしながら寄ってくる。僕は「邪魔はしないでくれよ」と思いながら、母さんに言った。


 「ありがとう。ちょっと勉強に集中したいからさ。しばらくそっとしておいてよ。後で降りて来るからさ、その時に何か食べさしてね 」


 母さんは嬉しそうに頷いて「何が好きかしらねぇ」などと独り言をいいながら料理の本を手にした。僕は取り敢えずは安心して部屋に戻ったのだった。


「飲んだらどうなるの? 」


 〔潜んでいた霊が表に出て来るわ。大したことない霊であったらそれでおしまいだけど、たぶんそうはならないわね。暴れると思うから気を付けてね。それと例の護符を持っていてね。それから勇次郎は暴れれた時にすぐに龍君の体を借りて彼女を抑えつけて 〕


 『おう、任せとけっ! 』


 今回は前回除霊した霊よりも強い霊らしい。勇次郎の出番までありそうだ。

 僕はわざと冷房を付けなかった。なるべく一気に飲んでもらいたかったから。


 「さ、飲み物、飲んでよ 」


 僕はジュースを手渡した。みさきは何の疑いもなくグラスを手にすると口を付け「ごくっ」と飲んだ。するとみさきは目を大きく開いて僕を不思議そうな顔で見つめた。僕はどきどきしていた。

 次の瞬間、みさきは低いしわがれた声で呻きだす。明らかにみさきの声ではない。


 「ぐううううううううっ」


 〔勇次郎! 〕


 百合子が叫ぶ。勇次郎が僕の体を支配し、みさきを後からはがいじめにするのだった。


 『す、すごい力だぞっ! 』


 勇次郎が思わず言った。僕にも感じることができる。とても女の子の力ではない。やっとのことで抑えつけている状態だ。


 『ど、どうなるんだ? 』


 勇次郎も不安の色を隠せない。


 〔もうひと押しよ。残りの霊水を体にかけて! 〕


 百合子は飲みかけの霊水入りジュースをかけろと言う。


 『ど、どうやって!? 』


 勇次郎が問う。勇次郎と僕はみさきを抑えつけるのに精いっぱいだ。霊水を手にすることなんかできない。


 「気を失わせたら? 」


 〔無理よ。みさきさんの意識はとっくにないわ 〕


 『と、とりあえず、かけりゃいいんだな!?』


 勇次郎は僕の体を捻り、座卓に足を当てた。その勢いでグラスが倒れてうまい具合にみさきの足に霊水が滴り落ちた。


 「ぐぐぐぐぐううう」


 先程より低く醜悪な声がみさきの口から発せられる。

 やがて「すっ」とみさきの力が抜けた。


 『お、終わったのか? 』


 勇次郎も安堵して力を緩めようとしたけれど


 〔ダメっ! まだよ! まだ抜けていないわ。弱っているだけよ。〕


 と百合子が叫んだ。慌てて勇次郎は力を入れ直すのだった。




 「ただいま~っ! お兄ちゃん、帰ってる~? 」


 と由美の声が聞こえた。こんな時に帰ってくるとはタイミングの悪い妹だ。


 「ど、どうする? どうすればいい? 」


 僕は慌てた。こんな所を妹に見られる訳にはいかない。妹でなくても女性を後からはがいじめにしている姿を見たら、どう思われてしまうか想像に難くない。部屋には鍵も掛けていない。どたどたと階段を上がる由美の足音が聞こえてくる。

 もう階段を登りきる頃だ。万事休す、「やばいっ!」と思っていると


 「由美! 今は駄目よ! ちょっとこっちに来てなさい! 」


 と階下で母さんが妹を呼ぶ声が聞こえた。


 「ちぇっ~! つまんないの~っ!」


 由美のつぶやきが聞こえて、再び階段を下りていく音が聞こえた。僕らはほっとしたのだった。僕は母さんを見直したのだった。


 僕の腕の中のみさきはぐったりしている。


 〔もういいわ。みさきさんから離れて護符を出して 〕


 百合子がホッとしている僕と勇次郎に、冷静に言う。


 『おう』


 勇次郎はポケットから護符を取りだした。それから勇次郎は僕の体を抜けて、百合子が代わりに入ってくる。そして護符を手に取るとそれを構えてじっとみさきを見据えた。


 「これからどうするの?」


 〔今、敵は様子を伺っているの。結構、強いわね、やはり。敵が動いたら私の仕事よ 〕


 百合子の目はいつになく真剣であった。

 様子を伺っているという邪な霊は目の前のぐったりしているみさきの中に居るのだ。いつ動くのかと緊張していると、そのきっかけはひょんなことだった。



 「龍~っ! 実君から電話よ~っ! 」


 突然、緊張の糸を切るかのように、階下から母さんが声を上げた。

 きっかけを待っていたのだろう。その声をきっかけにみさきは頭を上げ目を開いた。


  その瞳は暗く濁っていた。

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