3.解放と旅立ち
「ガイ様、遅くなるならばそうと仰って下されば…」
宿舎に戻った途端に中から初老の男性が出てきてそう零す。
しかし、サラの姿を捉えて途端に言葉を止めた。
「すまない。ちょっとした事件でな。
サラ殿、こちらはこの宿舎を管理しておられるラギア殿だ」
サラは自分の手にはめられた術錠をじっと見つめるラギアにどぎまぎしながら、挨拶をした。
「で、ガイ様、どういったことで?」
ラギアが問う。
「ああ。ちょっとした揉め事があったんで、魔術師であるサラ殿に術錠がかけられたのだが、リンエが不在でな。明後日まではこのままなんだ。
リンエが帰って来るまで面倒を見てくれ」
「そうですか。
分かりました。すぐに部屋を用意しますから、しばらく客間でお待ちください」
そういうと、ラギアはすっと奥へと下がった。
それにしても、ガイが宿舎だというこの建物は、どこぞの貴族のお屋敷のようなもので、サラは通された客間でもすっかり恐縮してしまった。
「そうそう、サラ殿も知っておられると思うが、この国では魔術を使うのは禁止だ。特例として許されるのは国が認めた魔術師だけだ。
今回のことは、まあ、大目に見よう」
「はい。わかりました」
サラは素直に答えた。
それくらいはリサーチ済みでもあったが、改めて不思議な国だと思った。
「失礼します」
ラギアが客間に入ってきた。
「お部屋の準備ができました。もう朝方ですが、お疲れでしょう。お休みください。ご案内致します」
そう言われて、サラはラギアに案内されて部屋へとたどり着いた。
サラは湯あみをしたい気もあったが、術錠をした状態ではそれもままならないので、とりあえずはそのまま眠ることにした。
朝
朝といってももう昼頃だろう、目が覚めると程なくして部屋をノックする音がした。
「起こしてしまいましたか?」
そう言うと、まだ若い少女が部屋へとはいってきた。
「いえ、もう起きようとしてましたから」
サラは術錠されていたので、動きづらかったがベッドからなんとか体を起こして言った。
少し体の節々が痛かった。術錠のせいで、変な格好で寝入ってしまったようだった。
「その状態ではご不便でしょう。
よろしければ湯あみのお手伝いをさせていただきますが、いかが致しましょう」
「そう?じゃあ、お願いします」
サラの部屋にやってきた少女は、ラギアからサラの世話を言い付かったらしく、名をナナと言った。サラは一日振りのお風呂にそれはもう満足した。
「助かったわ。一人じゃ何にもできないもの。ありがとう」
そうにっこり笑って御礼をいうと、ナナは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
着替えも終わって、一息ついたころ、部屋に訪問者があった。
昨日案内してくれたラギアだった。
「ガイ様とお客様がお待ちですから、客間までお越しください」
サラがラギアの案内の元客間へいくと、そこにはガイと見慣れぬ初老の男性がいた。
「サラ殿か?」
その男性が聞く。
「はい」
「私はリンエだ。この町の魔術師をしておる。
一日早く戻ってくればこの様だからの。
ワシも南の太陽の所属でな。この国は魔術師が少ないがまさか術錠をした同朋に会おうとは」
そういうと、リンエはサラの術錠の鍵穴に、どこからともなく取り出した鍵をはめる。
カチリと音を立ててそれが外れた。
その瞬間に拒絶されていた魔法の力が体中に漲る様だった。
「私を待って正解じゃったな」
リンエはサラの耳元でそう言った。
「え?」
思わずそう声をあげてしまったが、リンエからその言葉の返事はなかった。
実は、サラはこの術錠を自分で開錠する術を知っていた。
リンエにそれを見抜かれてしまったのはサラにとって些か驚きでもあった。
どうやらこのリンエはサラの隠していることを知っているのか、それとも優れた魔術師なのか、サラには判断できなかったが、リンエが詮索する気はなさそうなので、そのままその話題は立ち消えになった。
リエンは仕事があるとか何とかいって、茶を飲み干すとさっさと帰っていった。
客間にはサラとガイが残された。
「サラ殿は旅行者であったな。
これからどちらに行かれるのですか?何か目的でも?」
「私は王都に行こうと思っています。
噂によると、美味しいお酒があるとかで…あっでも、今度は酔っぱらって皆様のご迷惑になるようなことはしないように気をつけます」
あわててサラが付け足した言葉に、ガイはおかしそうに笑った。
「今の時期は葡萄酒が丁度出回り始めですから、お勧めですよ。
王都ではそれ程値が張らなくても美味しいものがありますからね。
私も丁度明日、王都に戻るのですが、お急ぎでなければご一緒してもよろしいですか」
ガイの突然の申し出だったが、この地に詳しいだろう彼の誘いを断る理由はない。
「ええ、是非。
でも、ご迷惑ではありませんか?」
「全然そんなことありませんよ。
私もここでの視察が終われば暫く休みを頂いていましてね。
実は、王都への道のりの途中に、黒麦酒の名産地がありましてね。いや、私も酒好きなんですが、一人だと少し入りづらい所にあって…。ご案内もしますので、是非」
黒麦酒!
魅力的な誘いに、二人は明朝早々に、この地を発つことで合意した。