1.酒場にて
全体的に短いお話が数話続く予定です。
「騒がしいな」
カンザス王国の都市・ララに定期視察入ったジオラルド=ガイは、出迎えに訪れた兵士にそう言った。
どこからともなく何かが破壊される音や、喧騒が響いてくる。
夜半を過ぎた酒場のような雰囲気で少し異様だった。
「はい、まあ、ちょっと…」
言いにくそうに言葉を濁す兵士を、ジオラルドはきっと睨み付け先を促す。
兵士の白状することによると、昼真っから酒を飲んだ客が暴れているということだ。しかもその客の一人は魔法師で、捕まえるのに手間取っているそうなのだ。
ララは大きくはないが、隣国メイルと国境を接する重要な都市。
そして、このカンザスでは魔法を使うことが禁止されている。
事件と言うにはおこがましい出来事を、国家目付の役目を負うガイに言うことを兵士はためらっていたようである。
「仕方がないな」
そう言うと、ガイは兵士を促し、その酒場へと向かったのだ。
酒場は半壊していた。
「おいおい。まったくたちが悪いな」
ガイは呟く。
「騒ぎの張本人は?」
ガイが聞くと、兵士は、現場に詰めていた兵士に状況を聞く。
「これはガイ様。ご苦労様です」
年長者らしい男がやってきて丁寧な挨拶をしてくる。
「状況は?」
「片方は捕まえたのですが…」
そう言う視線の先にはぐったりした髭面の男が一人、数人の兵士にかこまれてしょぼんとしていた。
そしてさらに「もう片方はまだ中におります」といって視線を向かわせた先には半壊した建物がある。もう入り口がどこかすらわからない。
「人騒がせな酔っ払いだな。術錠は?」
そうガイが尋ねると、手錠のようなものを兵士が取り出した。
「私が行く」
魔術師の反撃をおそれているのか、誰が行くべきか逡巡している様子を見かねたガイは、そう言って術錠を受け取り、半壊した酒場へと入っていった。
「おいおい、このお嬢さんかよ、犯人は」
酒場の中は入り口の状況を考えればマシだった。
カウンター席で幸せそうに眠りこけるすこし赤みをさした頬をした女をみて、ガイは深いため息を漏らした。どんな野郎がいるかと思いきや、目に飛び込んできたのはまだ若い女性だった。
しかし、このまま見逃すわけにも行かない。
もしかしたら、天使の顔をかぶった悪魔のような女かもしれない。
それになにより、これだけの騒ぎを起こした張本人には違いない。
考えるのはあとにして、とりあえず持参した術錠をその手首にはめて、荷物を持つかのように担ぎ上げて酒場を出たのであった。