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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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山間山菜リード村 事件・依頼編

 首都アルクレシャから南東にある山を一つ越えた先にある、 山麓(さんろく ) の村リード。ここからさらに南へ向かえば、ケリュンの目的地であるフレドラだ。

 ケリュンはこの村で一泊し、明朝すぐに発つつもりだった。




 この村ではうまい山菜料理が食べられると聞き、ケリュンが選んだのは、食堂近くの、まあまあ大きな宿屋だった。とにかく山菜が食べたいのだ、財布は絶対に気にしない。

 荷物を部屋におき、鳴る腹を抑えつつ意気揚揚と食堂へ向かうが、そこの光景に眉をひそめた。

 誰かが喧嘩しているというわけではない。反対に、普段騒々しいはずのそこが、昼間っからまるで葬式でもあったかのように静まり返っているのだ。無人というわけでなく、そこそこ人がいるからこそ、余計に不気味でもあった。

 とりあえずカウンターに座ると、エプロンをつけた中年の女性がメニューを持ってきてくれた。


「旅人さん? いらっしゃい。注文が決まったら、あの人に声かけてね」

「あ、うん」


 カウンターの中にいる男性を指さし、女性は去っていった。ケリュンはメニューを眺めながら、周りの話し声に耳を傾けることにした。


「やっぱり、傭兵でも雇うか?」

「バカ。そんな金どこにあるっていうのさ」

「城にゃあんなにいるのにな」

「まあねぇ、そりゃ……」


 なにやら嫌な話だ。泥棒でも現れたのだろうか。いや、傭兵というから、警備として雇われていた人が殺されてしまって――殺人かもしれない。だったら金の心配をしているのもおかしくない。大変そうだな……。


 と、そこまで考えて腹が大きな音をたてた。

 ケリュンは深く考えてから、カウンターのなかの男性に声をかけた。


「山菜定食一つ」




 期待通りの絶品だった。ほくほくの山菜ご飯に汁物、そして塩で食べる揚げ物には山菜だけでなく、今朝川で釣ったらしい魚までついてきた。最後にはデザートとして冷やした小ぶりな果物。

 腹にしっかりたまる割に安く、フレドラからの帰りにまたこの店に寄ろうと、ケリュンは満足した腹を抱えて決めた。

 きれいに完食した皿を前に、熱すぎず冷たすぎないお茶で一服しながら、ケリュンはカウンターのなかの男に声をかける。


「ごちそうさま、うまかったよ」

「お、旅人さん、きれいに食べたな。勘定はそこでもらうから、ちょっと待ってな」

「おう。……ところでさ、この村で何があったんだ? ちょっと様子がおかしいと思うんだけど」

「……そうか。さすがに気づくよな、これじゃ」


 男は途方に暮れたように頭を掻くと、「まあ隠してもしょうがないか」と溜息をついた。


「魔物が出たんだよ。村で護衛として雇っていた男が、森の中で殺されていたんだ。肉が爪や牙でえぐられててさ、そりゃ無残なもんだったぜ」


 こえぇよな、と嫌そうに吐き捨てる男に、ケリュンはなるほどなと頷いた。

 複雑な人的被害かと思っていたが、獣だったら話は別だ。お茶を飲みほすと、ケリュンはにんまり笑いかけた。


「よかったらだけど、それ、俺が退治しようか」

「本当か? ――怪我しても、医者呼ぶくらいしかできないぞ」


 男の、心配しつつ言質を取るというちゃっかりさにケリュンは若干苦笑いを浮かべた。

 疑わしげな、探るような目付きだがそれも当たり前だろう。旅人とはいえケリュン自身、自分がそう逞しく見えないということは理解している。

 一応成人した、一人の男としては情けない話だ。


「俺、村では狩りして暮らしてるんだ。獣相手なら、ちょっとは自信あるぞ」

「そうか。それは助かる。が、恥ずかしい話、報酬なんて期待できないぜ?」

「村に帰るとき、またこの村を通る予定なんだ。そのときの宿代とここの飯代チャラにしてくれたらそれでいいさ」

「本当か!?」


 男のセリフに被さるようにわっと歓声があがった。驚いて振り返ると、この店の客人全員が聞き耳を立てていたらしい。


「そんだけでいいのかよ。みんなで分けたら余裕だぜ」

「お兄さん、今日のも無料にしてやるよ!」

「ちょっと村長呼んでくる!」


 ケリュン本人を置いてけぼりにしたまま、あれよあれよという間に話が進んでいく。

 そこまで怯えて恐れていたのかとケリュンは不思議に思ったが、ここの村人は山の幸頼りに生活しているのだ。魔物のせいで森に入っていけないというのは死活問題だろう。


 ケリュンは、宿代が浮いたという喜びでふわふわしていた気持ちを、静かに引き締めた。


 しかし先ほどメニューを持ってきた女性が、サービスとしてデザートを追加してくれたのでそれも一旦やめる。キンキンに冷えているのに果肉がとろけて美味しいフルーツを頬張る。


 ぺろりと食べきったところで皿をさげに来た女性と、やはりカウンター内にいる男性に尋ねた。


「なあ、ところで魔物ってどんなやつ?」


 二人は顔を見合わせ、そろってケリュンに向き直り、肩を竦めた。

 恐ろしいくらい息ぴったりだ。もしかしたら夫婦なのかもしれない。


「目撃者とかもいないのか?」

「いないな。死体から、爪と牙があるってことだけは分かってるが。後、毛が落ちてたぞ」

「爪と牙と毛のない魔物ってほとんどいねーし、それもう人間じゃねぇか!」


 突っ込みをうけて「それもそうだな、あっはっは」と豪快に笑う男に、ケリュンは溜息をついた。

 先ほどの悲壮感はどこにいったのか。


「旅人さん。もし調べものがあるならさ、村図書館に行ってみたらどうかしら」

「と、図書館? 村に?」


 ああ、と台を拭きながら女は答えた。


「図書館っていっても、この村には本の好きな子がいてね。その子が個人的に集めてるだけなんだけどさ。その本も旅人や商人がここに置いてったものがほとんどで――ああ、でも結構すごいから。お料理の本なんかもあるんだ。行ってみなよ」

「……ありがと、そうしてみるよ」


 魔物を調べるのに役立つ本があるのか微妙だが、一応向かうことにした。情報を集めるにこしたことはない。

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