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マルテ王国史  作者: ばち公
四章:近衛時代前編
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出世

終わりの方が纏まってきましたので、連載再開です。

またよろしくお願いいたします。

 ド田舎の猟師から傭兵に、傭兵から王女付近衛兵に、とスーパースピード出世をしてしまったケリュンである。憧れの第一王女イレーヤに近づけて、恐れ多くもありがたい、なんて内心盛り上がっている一方で、彼にとっていいことばかりでもなかった。

 今回のケリュンの出世は、裏がないとは言えないほどの勢いであった。『竜殺し』の称号を手に入れ、かつ女王の暗殺まで防ぎ、確かにマルテの英雄と讃えられるに相応しい働きをした。

 だとしても、一介の庶民がこうも瞬く間に成り上がれるのかといえば疑問が残る。

 そのため、そもそも王族とのコネ故の成り上がりだった、あるいは暗殺まで防いだのはただの理由付けのパフォーマンスだ、と影でひっそりと囁かれた。なんであれケリュンのそれが、女王の強固な意志による取り立てだというのは、傍目から見ても明らかだったためだ。


 しかしこの陰口が広まるにつれ、一度騎士院の影に隠れかけた王族院は影響力を取り戻した。これはつまり、「王族が時の人たるケリュンという英雄を擁護している」というのと同意義であるためだ。

 それについて、国があるべき姿に戻ったと一部は安堵し。

 一部は影で、あるいは堂々と、悪態を吐いているのである。




 しかし現在、渦中のケリュンの最たる悩みといえば、そんなことではない。


「切っ先はもう少し下げろ。ちょうど自分の視界から、相手の胸元にあるような形で――、そうだ。それが基本姿勢だ」

「戦い辛いような気が、」

「礼儀としての格好だ、気にするな」


 ケリュンはレイウォード・レーンに面倒を見られながら、近衛らしい振る舞いを身に着けている真っ最中だった。これがケリュンには難しい。貴族であるイオアンナの元にはいたが、彼女が求め、ケリュンに教え込んだのは、実践的な動きだったためだ。生きるに必要なことだったので、ケリュンとしても覚えやすかったのだが、レイウォードから習うものはどれも動作の節々にまで気を配る必要がある。


「難しいな……」

「繰り返せ」


 助言は単純であった。ケリュンは頷き、日々の動作に組み込むことを内心決める。

 優しさこそ欠片もないレイウォードだが、よい教師ではあった。彼はただ淡々と教え込む。無駄の省かれた言葉に、滑らかな指示。厳しくも理不尽でもないため、こちらも冷静に従える。

 ケリュンもケリュンでよい生徒だった。特段物覚えがよいわけでもないが、実直かつ真面目に反復し、自ら学ぶ意志もある。二人は、友情や親愛の情こそないものの、なかなかによい関係を築いていた。


「しかし俺たちの最優先は、王族の身を守ることだ。最悪、それだけ覚えておけばいい。命に代えても、俺は女王を、お前は王女を守るために戦う」


 それだけだ、とレイウォードは語る。そして、


「彼のイオアンナ殿の教え子にかける言葉ではないがな」


 と付け足した。

 ケリュンは居心地悪く、頬を掻いた。


「……イオアンナ様は、俺よりもずっとずっと強かった。彼女は最後に、そう言ったんだ。だから教え子なんて言われても、俺なんて彼女とは比べ物にはならないよ。俺はそれを超えるまで、剣を振るい続けないといけない」


 変に真剣なケリュンの目に、レイウォードは暫く沈黙した。

 時の英雄、『竜殺し』たる男の言葉とは思えなかった。しかし、ただの謙遜にしては重々しく、形容し難い熱が込められている。


「……この情勢なら無駄にならないんじゃないか」

「どういう意味?」


 つい先日まで、組織の末端も末端だったケリュンには察するのは難しいが、近頃この国は、変に落ち着かない空気に満ちている、とレイウォードは簡単な言葉で説明をする。

 しかし、そんな濁した言葉ではケリュンにははっきりと伝わらない。


「つまり、騎士院の動きが怪しい、ということだ。特に騎士院の長に注意している」

「ルダ様が?」


 騎士院に役職としての長はないが、そう呼ばれるのはルダのみである。

 まさか、とケリュンは否定しかけて、近頃の彼のそっけなさを思い出す。

 騎士院にいたころは向こうから声をかけてくれたのに、近頃では、すれ違った際の挨拶すらも余所余所しい。こちらから声をかけ礼の姿勢をとっても、「ああ」という言葉のみだったこともあった。

 所属を移動したため、そういうものなのだろう、とケリュンなんかは勝手に納得していたのだが。まさか、そういう事情があったのだろうか……?


「まあ、今は気にするな」

「いやいやそう言われても、」

「お前が気にするべきことはそれではない」

「まあ、そうか。俺が学ぶべきことはこれか。この、剣をもったときの姿勢――」

「いや、剣も不要だ」

「え?」


 きょとんとしたケリュンに、レイウォードは淡々と言葉を紡ぐ。


「それよりもまず、」

「夜会のためにマナーを!! 学ぶぞっオラァ!!」


 ドアを開け放ち堂々現れたのは、文官姿の男である。貴族だろうが、見たことのない顔をしている。

 固まるケリュンの横、レイウォードは慣れているのだろうか、動揺一つなく凪いだ声でる。


「城持ちの貴族の一員だ。アレン・デヒムという」

「技術の都市アージェル出身! なのに何故か文官職! 俺こそがちゃらんぽらんアレンこと!! アレン・デヒムという暇人です!! よろしくね!?」


 呆気に取られるケリュンをよそに、レイウォードとアレンは互いに挨拶を交わし、ケリュンの今後について話し合う。今はここまでの知識を伝えた、俺は夜会までにここまで教える計画でいる、しかし全てというには時間が不足している、じゃあポイントを絞るか、いや徹夜させたらいいだろう、バカお前そういうとこだぞ云々――。

 何もついていけてないケリュンは、独りぽかんと呟いた。


「夜会ってなんの話??」




 国の危機を乗り越えた今、英気を養う意味も込め、一度皆で顔合わせも兼ねて食事でも、というのが名目らしい。


「あなたを見せびらかせたいのです。あなたは私達のものだ、と」


 イレーヤのそんな静かな言葉に、ケリュンは場違いにどきっとする。もちろんイレーヤはそんなことには気付かない。


「私程度でも、それくらいは分かります。母は、そういう人なのです」

(……別に、アレヤ女王の提案ってわけでもないと思うけどな)


 政治に詳しいわけではないケリュンだが、こういった細かいことについては、女王個人の判断ではなく、その周囲の助言や決定の方が意味を持つ気がするのだが。

 しかし本当に、昔アグリッピッピーナが言っていたとおり、アレヤとイレーヤの親子仲はあまりよくない、らしい。

 ケリュンは自分に親がいないため、こういう光景に触れるとつい、寂しいと感じてしまう。本当にただの個人的な感情であるが。

 しょんぼりするケリュンに、イレーヤはハッとした。そしてまた彼女も落ち込んでしまった。こんなにも暗い雰囲気をしてみせて、やはり私は気が利かない、と、とにかく自分を責めてしまうのである。

 互いに暫くの沈黙のあと。先に気を取り直したのは、ケリュンであった。


「変なことを尋ねてしまいましたね、すみません。その、悪気はなかったのですが」

「いえ……私こそ、暗い話をしてしまいました。なのにこういうとき、どうしたらよいのか、私には分からないのです」

「俺もそこまで詳しいわけではないのですが。こういうときは何か、別の話をして空気を変えるんじゃないでしょうか。明るい、面白い話とか、興味深い話とか……」


 とケリュンに言われるが、本当に何もないイレーヤは困惑する。今までそんなことを他者から求められたことがない。

 とりあえず、と必死になって己の記憶を振り返るが、こうして自室に籠もり日々を淡々と過ごす自分に、面白い話があるはずもない。

 彼女が知る、他人に興味深いと思ってもらえるような物語は、たった一つだけである。


「昔話――おとぎ話を一つだけであれば、私でも、語ることができます」


 もちろんケリュンはそれを承諾する。どれだけありきたりな、聞き飽きたような昔話でも、とにかく彼女の声さえ聞ければよいと、ケリュンは内心思っている。

 しかし彼女の語った物語は、彼が今まで耳にしたことのない、とても奇妙なものだった。


 アルクレシャのしたには、闇の神さまがねむっておられます。

 神さまはたいそうお強い神さまです。

 たまにお目めをさまされますと、白い光のおしろへ、そっとお手てをのばされます。

 白くかがやいているものの中の、さらにかがやいているものへと。

 それにほんの少しふれられて、光りをわずかに暗くして、そしてまんぞくなされると、また深いねむりにつかれます。

 アルクレシャのしたには、今も神さまがねむっておられます。


「――これは、王族に代々伝わる物語です。興味深い話というと、これくらいしか私にはなくて……。文にはされず、口伝で語り継がれてきたものです」

「それって、俺が聞いても大丈夫なやつですか?」


 イレーヤはあっと手に口を当てた。

 その可憐な仕草に、ケリュンは内心(かわいい!!!)と叫んで悶えた。


 困ったようにおろおろするイレーヤを宥めながら、色々と話を聞いたところ、「問題な気もするが、何がどう問題になるかもよく分からない」ということだった。つまり、理由が分からないが話してしまったこと自体が不安、ということらしい。

 そのためケリュンは、この物語を誰にも口外しないことを誓った。彼が黙っていれば、彼女が口を滑らしたことなんて、誰にも分からないからだ。

 イレーヤは、そこでようやく落ち着いたようだった。そして、肩の荷が下りたみたいに笑った。


「当然ですけれど、この話を家族以外にしたのは、初めてで。……なんだか、不思議な心地です。ただあなたが知ってくれてよかったと、そう思います」


 そこで何か、格好いい返しでもできればよかったのだが。

 ケリュンはそのとき本当に顔が熱くなってしまって、口籠るように、「こちらこそ光栄です」というようなことを口にし、それきりだった。ただ真っ赤な顔を隠すために、子どもみたいにしどろもどろと俯くことしかできなかった。

 ただケリュンには助かったことに、イレーヤはそのとき遠い目をして過去を眺めていて、彼のあからさまに変わった様子には気付かなかった。


「……初めて聞いたときはあまりにも幼くて、私はぼんやりと他人事のように聞いているだけでした。だけど大きくなるにつれて、このお話が、本当に……とても、とても怖くなって、もう聞きたくない、とある日母に言いました。もう分かったから、聞きたくない、と。そうしたら母は、それから私の前で、この物語を口にすることはなくなりました。私はそれに安心する一方で、矛盾することですが、なんだかとても……寂しくなってしまって。だけどそれを言葉にできなかった。そんなことを、覚えています」


 ケリュンはじっとイレーヤを見つめていた。彼女がここまで自分の内面について語ってくれたのは、初めてだった。ささやかな思い出を振り返っているだけなのかもしれないが、それでもケリュンにとってはあまりにも幸せで、光栄なことだった。

 注がれる彼の視線に、ふと我に返ったイレーヤは、私なんかが喋りすぎてはしたない、と頬を染めて恥じらい俯くのだった。

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