表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
8/102

さよならは聞かないで

 女王に頼まれた次の届け先は、片道に二日と半日ほどかかるフレドラという町だ。ケリュンは一度も行ったことはないが、有名な場所である。

 アルクレシャから南東方向へ進み山を越えた先にあるその町はとにかく交易が盛んで、毎日祭りのような喧噪であるとか、ないとか。


 とにかくケリュンは一度モスル村に戻り、身支度を整えることにした。戻ったころにはすっかり日も暮れてしまっていたため、明朝フレドラに向けて出発することにした。




 準備万端整えたケリュンは、両親の墓の前に来ていた。墓標であるそこそこ大きい丸太の下には、石や木でつくられた小さな四角い空間がある。そしてそこに置かれた二つの壷の中には、二人の遺骨が収められているはずだ。

 この国の標準的な埋葬は、火葬だった。土葬は自然の養分になるかもしれないが、衛生的でないし、穴を深く掘るのも大変だし、何よりスペースをとる。

 場所を取るため土地を拓いていくと魔物に襲われる可能性が高まる。そのため非常に危険なのだ。

 まあモスル村周辺には小さな魔物しかいないためこの村の住人がそんなことを気にする必要はないのだが、これが一般的な方法であるため、皆がその方法をとっていた。


「なんか、久しぶりに来たな……」


 なんとなく崩れたように見える土の山をぺたぺた叩きながら、ケリュンは独りごちた。

 二人が死んですぐは生活の変化についていくのに精一杯で、ほとんど来ていなかった。現実を見たくなかったのもあるかもしれない。しばらくして落ち着いてからはその反動か頻繁に通うようになった。週一、二回のような勢いで通っては土を整えたり雑草を刈ったり、月一で墓標の丸太を取り換えたり、とにかく無駄に忙しなく働いた。

 さすがに十八歳になり成人した今は、そんな病気のようには通わなくなったが。


「えーと。ちょっと変な仕事をしてるけど、俺は多分大丈夫です。今度はその報酬で立派な墓石を買います。それを見たら、二人も安心してくれると思います」


 膝をついたまま首を垂れて、墓石の前で近況をぶつぶつ報告する。自分でやっていてなんだが、遠目から見るとこの光景はかなり不気味だろう。

 近況報告としてはこんなもんか、と顔をあげ、土をはらって立ちあがる。そろそろ太陽が昇ってきたくらいだろうか、遠くの空がうっすらと白みはじめていた。


「――まあ、すぐに帰ってきます。それじゃあ」


 立ち去ろうとして、一度振り返る。

 墓標の丸太は、少し古ぼけたように見えた。ちょうど変え時だろう。




 村を出ようとするケリュンを引き留める小さな声があった。やはりスゥだった。彼女の自慢の髪が、朝のそよ風に吹かれてさらさらと流れていく。


「――行ってしまうの?」

「まあ、うん。でもすぐ帰ってくるさ」


 普段と違いしおらしい彼女に戸惑いつつ、ケリュンはいつもの調子で返した。申し訳なく思っているのだろうか。

 しかしそう大したことはしていないとケリュンは感じていた。あれほどの財産が一度で吹っ飛んだのはさすがに誤算で、しかも借金まで出来てしまい倒れるかのような思いだった。折角の墓石も買えなくなってしまったし。

 しかし、落ち着いて考えれば、ケリュンがたった一度嫌な仕事をこなすだけでいいのだ。それだけで、借金の金貨三枚を払って墓石を購入しても、まだ余るほどの報酬が手に入る。

 事情を話してスゥの家から借りる、ということも考えたが、実質それほどのことでもないのだ。


「ケリュン、私は……」


 スゥはそこで口ごもり、瞳を揺らした。そしてケリュンの服の裾をぎゅっと握る。風が一陣、二人の間を吹き抜けていった。

 スゥが何を言いたいのかケリュンには分からなかったが、そんな顔はしないで欲しかった。

 彼女は彼にとって、本当に大切な幼馴染だから。ずっと長い間、共に過ごした人だから。


「大丈夫。そんな顔するなって。な?」


 彼女が心配するようなことや、不安に思うことなんてないはずなのだ。もしあっても吹き飛ばして帰ってくる。約束する。

 ケリュンが笑いかけると、スゥは彼の裾から手を放した。


「じゃあ、俺、行くから」

「ま、待って!」


 「ん?」と訝しげに振り返るケリュンに、スゥは必死に言い募る。


「畑は大丈夫よ。ケリュンのお家も、絶対、守ってみせるわ。だから……」


 ケリュンはそこで、スゥの頭に手を置いた。とっとと帰って、お前の重荷になってるものを取っ払ってやろう。


「ありがと。帰ってきたらさ、町にでもどこでも連れてってやるよ」


 そしてじゃあな、とあっさり離れていく幼馴染の背中を見つめ、スゥは風に髪を靡かせたまま呟いた。


「さよなら、ケリュン……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ