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「今の今まで私が分析して分かったことは」
「うん」
「このドラゴン、目が見えていない」
と。キリッとしているピーナだが、そのヒマワリのような金色の髪は、ケリュンと同じく砂埃塗れである。
「見えていない、あるいは視力が極端に弱っている、でもいい。元々か、イオアンナのお陰か」
確かに両翼までもぎ取った彼女が、両目という急所を攻撃していないはずもない。
「じゃあこの巨体で何を頼りに動いてるんだ?」
「音、いや、臭い……両方かな。さっき喋ってたら、とびきりでかい光線が飛んできただろ。二人まとめて消せるチャンスだと思ったんだろうな」
「おっと」
ケリュンはドラゴンの一撃を盾で跳ね返した。イオアンナの拳よりも重たいが、彼女ほどには研ぎ澄まされていなかった。
本当は距離でも取って作戦会議に勤しみたいところだが、そうすると先ほどみたいな遠距離攻撃が怖い。殴りながら喋るのが一番である。
ケリュンはふと振り返って、何もない空間を見た。
「ところでピーナ」
「何」
「お前どこにいるんだ? さっきまでそこにいただろ?」
「透明になってみた。だけどほら、このとおり――」
ドラゴンの爪が、何も無い空間を振りかぶる。ケリュンには空気を裂いたようにしか見えなかったが。
「――このドラゴンには、私の位置が分かっている」
「お前、うん、戦ってくれよ。絶対なんか出来るだろ」
「ムリだろ。この肉体、生を受けてまだ十年も経ってないんだぞ。とてもじゃないが耐え切れない。具体的に言うと内部から破裂します」
「やめて」
「いざとなったら別に構わないが」
「やめろ」
ケリュンは冷静に叱った。そしてピーナが大人しく黙ると(彼女は人からこうして叱りつけられるのがずいぶんと久しぶりだった)、懐から植物の幹で造られた小さな筒を取り出した。水筒にしては小さいそれにピーナは目を凝らした。
「なんだそれ」
「魔力の籠った臭い消し。かつての俺の相棒――ッ」
ドラゴンの爪が土を跳ねた。下からの不意の攻撃は捌くのも難しい。ケリュンは咄嗟に後ろに飛んだが、弾けた砂利が足をかすめた。
それでも手の中の筒に傷はないようで、内心安堵する。ちなみにこの中身は、以前エミネルからもらったものだ。細工の綺麗なガラス瓶は、割るといけないため棚に飾っておいてある。
「お前そんなもん持ってたのか」
「お守り代わりかな。ジョーのスプーンじゃないけど、俺がいつもの俺であるために用意したものというか」
「スプーン?」と思わず尋ねそうになってピーナは堪えた。今はそんな話をしている場合では無かった。生きて帰ったら聞こうと思いかけて、これはこれで死にそうな奴の思考だと思い、結局その辺りのことを考えるのを止めた。
「……問題は、嗅覚まで役に立たないと分かったらパニックを起こすだろうって点だな。ただしチャンスでもある」
ケリュンはにっと笑った。ピーナからは青空を背負っているように見えた。
彼は筒を持った手で蓋を抜くと、その中身をドラゴンの鼻先にぶちまけた。
「いいかケリュン、後は切り伏せ合いだ」
「ああ」
「潔いな」
「俺もそう思うよ」
ケリュンは盾を握る手に力を込めた。ドラゴンは雄叫びを上げた。
どちらも最初と同じ、しかし違うのは覚悟を決めた点だろうか。結末への、あるいは死への覚悟である。
ケリュンは剣を構えた。
ケリュンは、臭い消し(魔)をつかった ▽
ドラゴンは混乱している! ▽




