うつくしいひと
「陛下、いかがなさるおつもりですか?」
「あら、何を?」
レイウォードの問いに疑問で返し、アレヤ女王はティーカップに口をつけた。
今は優雅に、一枚の絵のように紅茶をたしなんでいるが、つい先程までは「ホットチョコレートがよかったわ、」と子どものように嫌々をしていた。ちなみに紅茶を淹れたのは彼である。
「あの少年のことですよ」
「ああ……」
ケリュンという少年が城を訪れたあの日あの瞬間、驚くほど自然な状況でほとんど人がいなかった。その中でレイウォードは門番のフリをし、一人の少年を女王の命で連れてきたのだ。
彼は、至って普通の少年だった。
武器は安物の弓と短剣。装備品も、何の変哲もないボディ・プレート一枚を胸部保護のためにつけているだけだった。小柄な体には思いの外しっかりとした筋肉がついていた。しかしそれも標準より上といった程度だ。あのそこそこ整った童顔も、頼りない。
ただ、あの奇妙過ぎる状況に予想したほど動じていなかったのは、豪胆とも、柔軟とも評せるかもしれない。それでも納得しきれる理由にはならないが。
「どうしてあの少年を?」
「そうねぇ……」
そこで女王は、まるで焦らすようにティーカップに口をつけた。
「貴方、覚えていて? 鹿は聖マルテに一番忠実な僕だったとか」
「女王陛下が何をおっしゃるか」
そんな迷信じみたことで。呆れるレイウォードに、女王はチャーミングにウインクしてみせた。
「位高い女性は、みんなロマンチストですよ」
「それは知りませんでしたが。……確かに陛下はよく、小説をお読みなりますね」
「ええ、そういうことです」
そしてふふふ、と笑いだした女王に、レイウォードは溜め息をついた。
現マルテ王国君主ことアレヤ女王は民からの信頼は特別厚かったが、そのくせ、きな臭い噂の絶えない人でもあった。
前君主マルテ三世が亡くなり、妹である彼女が王座についた時も。彼女の夫であった貴族の男が亡くなった時も――。
何も話さず、内々で全て決めてしまう方だから、こちらは何一つ分からない。それでも女王付きの近衛兵たる彼に、女王への不審は微塵もない。
だって彼女は、世界で一番美しい人だから。