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マルテ王国史  作者: ばち公
三章:傭兵時代後編
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点と線

 飲料や食料を買いに出たケリュンは、とある噂を耳にした。


――貴族の娘が一人、行方不明だと言うのである。


 彼女の姿が見られなくなったのはちょうどドラゴン出現の報告があったその日で、騒ぎが落ち着いた頃には、すでに誰も彼女の行方を知らなかった。気付けば部屋はもぬけの空。争った形跡もないという。

 両親は慌てて捜索願を出したものの、この事態では騎士院が真っ当に動いてくれるかも分からず、今も自ら大勢を雇って彼女を探しているのだとか。

 その娘、名をフレイヤという。

 中々に上手く魔法が使える、いわゆる一種の天才であるらしく、まさかそこらの人間が彼女に手を出せるとは思えず。よっぽどのことに巻き込まれているか、あるいは、ただの家出ではないか。と。

 それが野次馬めいた人々の出した結論であった。


 曲がりなりにも騎士院の一員であり、かつ現在療養中という名目で長期休暇を取得しているケリュンは、なんとなく居心地が悪くなって、一人眉のあたりを掻いた。




 あいかわらずドラゴンの不死身を探る、果ての見えない探求は続いていた。それぞれがそれぞれに黙々と手分けして本を読み漁り、これは、と思う点があれば、後で情報を共有し合う。

 神話だって生物学だって、あるいは童話だってなんだってありである。

 しかしレナートなんて、最早一生分の文字を読んだのではないかとばかりにげんなりしていたし、エミネルもエミネルであまりよくない目がすっかり疲れてしまっていた。ピーナは単純に飽きた。


 結局、三人ともコレだ!というほど推せる手がかりは見つからなかったが、一度キリのいいところで、互いに見つけた情報を見せ合うことにした。

 もちろん気分転換も兼ねて、である。

 ピーナが以前、どこぞの貴族から貰った上等の菓子を用意して、早速三人は話し合うことにした。


「じゃあまず私からだ。いいな?」

「おけおけー」

「よ、よろしくお願いします」


 二人の注目を集めたピーナは、こほんと咳払いをした。幼い容貌に何一つ相応しくない慣れた仕草だったが、エミネルもレナートも言及はしなかった。

 なんというか、今さらである。


「私が見つけたのはコレだ! 『超個体』! なんっか間抜けな名前だがとにかくシンプル。その種族としては異常なくらいにめちゃくそ強い個体のことだ。人間にもたまにいるから分かるだろ?」


 言われて、エミネルもレナートも思い描くのはもちろんイオアンナのことである。しかしそんな彼女ももう居ないということに意識が及ぶと、どことなく空気が落ち込んだ。

 ピーナは肩を竦めた。


「だけど、さすがに度が過ぎるかな。腕が生える、翼が生える、気が触れても逃げずに相手に立ち向かう――は、さすがに当てはまらない」

「あっ、そこでボクが見つけたのがこちらだよ! 『召喚士』!」

「無難だがいい点をついているんじゃないかと思う」


 大きく頷きあうピーナとエミネルに、レナートははにかんだ。小さな笑窪が見えた。


「二人ともこのアイデア譲ってくれたんだよね? アリガト。ま、ともかく。こっちもシンプルだよね。己の魔力で魔物をババンと召喚して……それで、この場合は操ってるよね。協力してもらう場合もあるようだけど、今回はさすがにそれは無さそう」

「問題は魔力という点だろうな。枯渇したら終わりだ。――ドラゴンという大物を召喚し、操る。それを数日維持し続け、かつ、あらゆる怪我を一瞬で修復する程度に魔力を注ぎ続けなければならない」

「そーそー。術者が近くにいるならともかく、今回はどこにもいない。遠くから、まるで不死身に見えるくらいにドラゴンの巨体を回復する手段? あるのそんなの? って感じ」


 問題しかないよ、とどこか力無く息を吐くレナート。

 それはピーナもエミネルも思っていたことだった。

 恐らくここにいる三人だけでなく、多くの者がこのことについて調査、分析を進めているのだろうが、誰もがこの点で躓くに違いない。

 どうしたって、人智を超えた何かが関わっているとしか思えないのである。


「でも魔物を操るとなると、やっぱり召喚が強いかな」


 魔物を操るなどという特殊な技能は、召喚士にしか行えない。彼らは魔物を、己の魔力で己の場に呼び出すことで、一定時間その力を思うがままに操ることができる。

 まあ魔物の実力に応じた数の『制約』も必要になるらしく、完全に思うがままというわけではないらしいが……。


 曖昧なまま結論付きそうな空気に、エミネルがぽつりと呟きを落とした。


「――あるいは、『魔物使い』でしょうか」


 静かに呟きを落とした彼女は、目を見張るような勢いで数々の本を読み漁っていた。恐らくこの中で最も知識をかき集めたのはエミネルに違いなかった。

 そんな彼女の前に積まれた本の塔をピーナは眺めた。どれも差こそあれ、『魔物使い』という民族に関わる情報が含まれていそうな本ばかりである。


「……先ほどからずいぶんそれに拘っているな。彼らは召喚術師ではないぞ。寧ろ魔力自体が無い」

「そ、そうなんですか? いえ、そうなんでしょうけど……」

「どうした?」


 と。小首を傾げる姿は、あくまでも幼げなそれなのだが。不意に言の端に浮かぶ威圧感は、若輩者のエミネル如きでは太刀打ちできなさそうなほどの――。


「ちょっとピーナ」


 助け舟か、と、唐突に声を上げたレナートを振り返れば。


「これホントに食べちゃってもいいの? ボク自分で言うのもなんだけど普通に遠慮とかせず食べるよ? てゆーか食べちゃってるよ?」


 違った。


「どーぞご自由にって言ったはずだが」

「だってこれ砂糖使ってるじゃん。うまいこと焼けてるし、うん。癖のない甘味が堪んないね……いったいどこの職人が……」


 レナートは片手に掲げた焼き菓子を矯めつ眇めつし、寧ろ彼女の方こそ、その技を一かけらも残さず盗もうとする職人のようであった。


「まああいつはいいや。それでエミネル、さっき何を言いかけたんだ?」

「……」


 自由なレナートに緊張感を根こそぎ奪われたエミネルは、しばらく呆気に取られたように黙っていたが。

 やがて決意を目に秘め、ぐっと顔を上げた。


「実は――」




 ピーナの、この首都にいくつあるのか知らない住処の一つにケリュンが荷物とともに戻ってくると、真っ先に声をかけたのはエミネルだった。


「ケリュンさん。以前あたし達が会った、あの魔物使いの男性のことを覚えてますか?」


 ケリュンが躊躇ぐのもしかたないくらいの不意打ちだったが、エミネルの声は静かなくらいに真剣で、その相貌にはどこか凛々しささえうかがえる。

 ケリュンは荷物を置きながら頷いた。


「ああ。あの、結局よく分からないまま引き渡した奴だろ」

「はい。ケリュンさんはご存じないかもしれませんが、あの人はあれから、マルテ国軍に引き渡されていきました」

「騎士院に?」


 エミネルは頷く。


「――そして、彼があれからどうなったのか、あたし達は知りません。ケリュンさんは、何か聞き覚えがありますか?」

「……いや、知らないな。聞いたこともない。魔物使いだろ? だったら耳にしててもおかしくはないと思うんだけどなぁ」

「なんで? たかがいっぱいいる罪人のうちの一人でしょ?」

「まあ、確かにそうだけど」


 魔物使いは王族に忠誠を誓っているわけでもない、住処すら不詳の、つまるところ、マルテ王国内における賤眠の一種だ。

 真っ当な人々は距離を置き、彼らも彼らで、自らの領域を持って生活している。


「……特に魔物使いは特殊でさ。そもそも、魔物を使役するなんて何がどうなってるのかも分からないし、だからこっちも手を出し辛い」


 魔物使いに手を出したら、魔物が復讐しにくるかも、なんて都市伝説もあるらしい。まさか試すわけにもいかないため、彼らの処刑はマルテ王国史上行われたことがない。

 昔は、『魔物の波』に関わっているのではないか、と弾圧を受けたこともあったらしい。今ではその誤解も解かれている……が、今でもその噂を真に受けている者は少なくない。

 もちろん、そうあるべきではないだろう騎士院にも。


「最近、『魔物の波』があるとか無いとかで騒がしいだろ? だからそうなると、絶対に噂されると思うんだよなぁ。話さえ聞かないなんてことは、ありえない……と、思う。広く見えて、なかなか狭い場所だし」

「ケリュンくんが入る前に、なんか処理されちゃったんじゃないの? 懲罰か罰金かは知らないけどさ」

「それはない、と思う」

「どして?」

「騎士院って、すっげー仕事多いんだよな」

「ああ……」


 呟くケリュンに、レナートは非常に深く納得した。


「じゃあ、彼はどこに?」


 エミネルが落とした呟きに、答えられる者はいなかった。 


「……今回のこれが、あいつの仕業ってことか?」

「引きずられ過ぎでしょうか。自覚はあります。だけどどうしても、無関係とは思えなくて……」


 目を伏せるエミネルに、ケリュンは一人考えを巡らせる。


 『魔物の波』の噂、そして現れいずるドラゴン。しかし波を察する能力を持つ王族は、それをはっきりと否定した。


 不老不死のドラゴンは、その生命力を持って英雄イオアンナを倒してみせた。代償として、痛みと苦痛で気を狂わされる。ドラゴンは何者かに操られているかのように、頑なに逃亡を拒んでいた。


 リード村で傭兵を殺した、狼を連れた魔物使い。その意図は誰にも分からず、やがて騎士院に引き渡され、その後の行方は人知れない。ケリュンには顔すらも曖昧だが、似合わないピンクのミサンガをつけていたことだけはなんとなく覚えている。


――これらが線で繋がるのか?


 ケリュンはそこでふと思った。町で聞いた噂話。そういえば貴族の娘も、行方不明だったか、と。

 あの彼女は、一体なんて名前だったっけ――。


「とてつもなく根拠のない話だな。論理の飛躍、とてもじゃないが普通の神経じゃ受け入れられない」

「まあ確かにね」


 相槌をいれるのはレナートだ。

 肩を落とすエミネルと、それから何故か彼女の理論に惹かれていたケリュンは肩を落とす。

 しかし「だが、」と付け足された言葉に二人は目を丸くした。


「……私は、お前たちを信じたい。いや正確には、お前ら二人の縁を、か」

「そうだね」


 と相槌をいれるのはやはりレナートである。それに困ったように眉を顰めるのはエミネルだ。


「あなたはどっちなんですか……」

「ボクに真実なんて分かるわけないじゃーん。ただ、なんであれ、ボクはケリュンくんを手伝う。これは何も言うまでもないことだよ」


 ピーナはどこか微笑ましげに少女二人を眺めている。

 一方のケリュンは安堵混じりの溜息を落とし、苦笑を浮かべた。


「で。これも占いの結果?」

「いや」


 ピーナはその金色の目を輝かせ、それでも普通の子どものように爽やかさの滲む笑顔を浮かべた。


「私の勘だよ」

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