閑話:エミネルとレナートとピーナ
恋バナをする話
エミネルとレナートは、じっと互いを見つめた。妙な沈黙が二人の間に降り立つ。
ケリュンは食料を買うために少し席を外していて(パシリ)この場にはいない。そうなるとこの二人の共通点なんてそりゃ単純で、同じ年頃の友人がいないということに尽きる。
「……」
「……」
そのため、こういったときの経験値も全く足りないのだった。
「ボク、こういうの慣れてないからさぁ」
と。まず口火を切ったのはレナートだった。
「何話したらいいのか分かんないんだよねぇ。戸惑うんだけど。…話題、ないよね」
明け透けに言われて、エミネルとしてはどう答えたらよいのか分からない。「えっと」、ととりあえずピーナの方を見た。未だ正体不明の幼い彼女であるが、外見に反し年配の貫録が漂っていたため、つい助けを求めてしまったのだ。
ピーナもこれに応えてやらないほど薄情でもない。ちょっと考える素振りをしてから、
「じゃあケリュンの話でもすればいいんじゃないのか」
「ケリュンくんのぉ?」
「不満か? いいだろ、女子らしいじゃないか。恋バナなんて」
ぎょっとしたのはエミネルで、むっとして食ってかかったのはレナートだった。
「恋ってなに、恋って! ボクは別にケリュンくんなんて好きになってないよ」
「じゃあなんでこんなところにいるんだ。ドラゴン退治なんて、何も想ってない奴のために行うことでもないだろうに」
「『恩』があるからね、『恩』が! それ以上でもそれ以下でもないよ」
「私もそうです。あと折角越してきた場所の危機なので、お役に立てたらと思いまして」
アルクレシャの市民権のために、その辺の村人に過ぎないエミネルがどれほど節制倹約してきたことか。まだその元が全く取れていない。
淡々と説明してみせたエミネルを、感情的に声を荒げてしまったレナートはじっとり見つめた。謎の敗北感さえあった。
「……ま、なんにせよ君の勘違いだよ。ボクはケリュンくんの友達で。良い友人っていうか、そういうものなの。――それになにより、」
レナートはふと遠くを眇めるような目つきで、
「始まる前から終わってるような初恋、ボクはヤダね」
どこか苦さを含めて吐き捨てた。
ピーナは目を丸くする。
「え、知ってるのか」
「分かるよ。こんな美少女に一緒に働こ? って言われて即拒否するなんてありえないよ。絶対好きな人がいるんだ」
とんでもなく飛躍した、というより根拠からしておかしな理論であったが、レナートは確信していた。正解に辿り着いているのは偶然か、或いは女の勘が神憑り的に働いたのかもしれない。
――気持ちは分かるな、とレナートの話を聞きながら、エミネルは内心ひっそり思う。
ケリュンは、一緒にいるときはそれだけでいいのだ。単純に楽しい。それで十分だ。
しかし、それから後になって振り返ってみると、もしかして好きだったのかもしれないと、そんなことを考えてしまう。
そんな厄介な男だった。
「そりゃ好きになる理由はあるよ。たぶんボクの人生最大だろう危機を、パパごと救ってもらったんだから。でも、それは理由だけど、恋に落ちる原因じゃなかったと思う。てゆーか、そうじゃないと惨めだ。だからボクはケリュンくんなんて好きじゃないし、これが恋だなんて認めないし、そもそもそんなはずもない。
「だからボクはやっぱり、ケリュンくんの友達になりたい」
レナートはきっぱりと言い切った。
しかし、ここまでぺらぺら答えられるということは、何度も何度もこれについて、考えを巡らせたに違いないのだ。
「じゃあ改めて、何について話そうか。無難に趣味だとか、そういったものがいいと思うんだが」
もちろんケリュンの話題は、ここで終わりだ。
まさかこれから協力し合っていこうという相手の繊細な点に、これ以上触れる必要もあるまい。
「ボクちょっと考えるから、先にどーぞ?」
「あ、あたしですか。えっと、あの、読書が好きです。特に、スノウ・グロウという作者の本が大好きです」
「スノーグローってあれでしょ? サスペンスだっけ? 狂気の殺人鬼を追う、なんか怖そうな話の。君、そんな顔してああいうのが好きなの?」
「ちょっと今のは聞き捨てなりませんね」
すっと真顔になったエミネルは、まずレナートの雑なスノウ・グロウの発音から修正し始めた。
そもそも彼は恋愛小説を除いて幅広いジャンルを手掛けており、一つの作品でそのような偏った見方をするのは云々。マルテ王国で最も著名だろう作家にああいうのという言い方がそもそも云々。
駄目なところ突いちゃったかな、とレナートが引き気味になってピーナに救いを求めると、彼女は既に余所を向いて、別の文献に取りかかっていた。




