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マルテ王国史  作者: ばち公
三章:傭兵時代後編
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議論は紛糾、されど進まず

 ドラゴンはとてもとても強かったです。

 下級だから隊でかかればいけるとか全く無意味です。どこのどんな情報が動いたのかは分かりませんが、そんな結論を出した奴は馬鹿です。

 傭兵隊にできたことは、ドラゴンにころころ転がされるだけの簡単なお仕事、それだけです。


 傭兵隊からの報告以降、マルテ王城内の空気は一変した。



 緊急事態ということで、議会は昼夜開かれた。王族院、貴族院、騎士院――それぞれの立場があり、思惑がある。第一回のドラゴン戦以降、議会は更に荒れていく。

 怒りを露わに最も口角泡を飛ばすのは、騎士院のトップたる“三将軍”の一人――“騎士院の長”と称されるルダである。


「だから私は言ったのです! 未熟な傭兵隊、送ったところで無意味だと! 彼らは私の部下です、なのに無駄に死なせてしまった!」

「しかし傭兵だろう。金と己の命をはかったのだ、彼らも覚悟の上であったに違いない」

「その多くは国民ですよ、逃亡者扱いを恐れてです! だから私はあれほど、」

「バンバン机を叩くな馬鹿力! どれも無料じゃないんだぞ、税なの! 議論なんだから口動かせ!」


 デヒム子爵が悲痛な声を上げる。この場にある机はどれも技巧の都市であるアージェル、つまり彼の治める土地で造られた一級品である。

 ルダは反論せず手を動かすのも止めたが、その語気は荒いままだ。


「つまり、私は責任を問いたいのですよ。このいたく無駄な惨事を引き起こした者のね」


 彼が猛禽のように鋭い眼光で睨みつける先、そこには一人の貴族――アーノルドが座っている。城持ちでこそないがその歴史は古く、建国時から国政に関わってきた者である。

 貴族院からしてみれば家柄からして政治経験豊かな古株であり、それ以外から見ればいざという時に使えない年寄りに過ぎない。

 傍らに座る未だ年若い長男が不安げに見やるなか、アーノルドは皺の寄った顔を更に大袈裟に顰めてみせた。


「あの時はあれが最善であったのだ、分かるだろう? 国民に見せなければならなかった、ドラゴンを押し留めねばならなかった。――正規の兵は大半が、どこかの誰か・・・・・・の指示で出ていってしまっていた!」

「サイクロップスは火急の事態であったのだ、いずれ起こる『魔物の波』までに止めることが必須だと! 皆だって了承しただろう! それをルダ様に、まるで宛てつけのように!」

「私の意見もまた議会で決められたものだった!」


 声を荒げるアーノルドに、目を伏せたルダの口角が、嘲笑うように引きつった。


「騎士院は断固として反対した、そしてその結果がこれですよ。ハッ、ドラゴンの前に贄でも差し出したおつもりで?」

「そうだ、貴様の愚策をルダ様の案と比較するな! 引っ込め!」

「口が過ぎるぞ! たかが騎士院が!」


 貴族が漏らしたその言葉、それこそが彼の本音なのである。騎士院・貴族院・王族院――三院議会とは名ばかりで、騎士院はどれにも劣ると見なされている。

 実際に血を流すのはこちらであるにも関わらず。

 ルダは俯き歯をぎりりと食い縛ったが、次に顔を上げたとき、彼は顰め面ながらもそんな様子は微塵も見せないのであった。


「――口を動かせだの口が過ぎるだの! こんな議論、口が過ぎるも何もないだろう!」


 議論は紛糾する。

 叫び、罵り、されど進まず。

 しかしそれではいけないのだと、女王アレヤは溜息を飲みこむ。代わりに傍にいた旗持ちの男に目線で知らせ、その鮮やかなグリーンの旗で床をかつかつと叩かせる。


「今は責任を問うている場合ではありません。“三院での定めは三院の責任”、それが聖マルテの説いたお言葉です」


 貴族院も騎士院も一斉に押し黙る。しかしそれでも納得のいかない様を露わにしている彼らを、アレヤは手短に諭してやらなければならなかった。


「傭兵隊を当てる、その提案に確かに騎士院は反対しました。しかしながらその時貴方方は別の案を示すことができなかった」

「ですから正規兵の帰還を待ち、それから傭兵隊も併せて出せばよかったのです」

「大勢出せばよいというものではないと、貴方はそうも発言したではないですか。正規の隊に、傭兵に――それだけの兵を一斉にドラゴンに向けたところで無意味だ、と」

「それは今回のことで分かったでしょう、私が言っていたことが正しかったと。ドラゴン相手に数は無意味であると!」


 下級のドラゴンだ、隊一個ぶつければ勝てる、という情報に真っ先に反論したのはルダであり、騎士院であった。それは古い、愚にもつかない情報である、と。問題は、数ではない。彼はそう言い切っていた。


「ええ、さすがは騎士院のルダです。そして結局、貴方の案というのは未だ出ていない。……まさか、昨日今日で出来あがるものではない、ということも私は存じております。ですから私達は、アーノルド殿の意見を受け容れた」

「時間稼ぎにしてもそれがあんまりだと、私は申し上げたかった」


 部下がチリのように扱われたのだ。気持ちは分からなくもない。アレヤもルダを責めるつもりではない。寧ろその心を汲んであげたい。

 しかし今はそれどころではないのだ。


「私たちが今なすべきは、今後に向けての話し合い、私が申し上げたいのはそれだけです」

「そうして責任逃れをしようというのでしょう。貴方方はいつもそうだ」

「――では、貴方が私の責任を追及しますか? 貴方が、私の」

「ふふ、まさか。騎士院『ごとき』が、陛下の? ……戯れをおっしゃる」


 ルダは紳士的な態度を崩さず、ただ微笑みながら頭を下げた。

 そこには隔たりがある。歴史の、人々の、物語の作り上げる、誰も迂闊には手を出せぬ隔たりが。


「ええ。不可能でしょう。であれば、大人しく口を慎んでおきなさい」

「失礼します!」


 血相を変えて飛びこんできたとある男。すぐさま警戒とともに武器を構える兵もいるが、女王に遮られて引き下がる。

 礼儀と感謝の言葉を述べようとする男に省略を命じたところで、彼はやっと用件を叫んだ。


「サイクロプス討伐隊の一部が帰還しました!」


 と。

 アルコ・ダルクスの谷境で、サイクロプス百体を討伐していたはずの隊、まさかの帰還であった。

 皆が目を剥くなか、ルダだけは平静であった。



 戻ってきた兵たちはボロボロであったが、皆揃ってヤル気は十分であった。ドラゴンなんて蜥蜴ですよ、と軽口を叩く余裕まである。


「まあ休息は頂きたいですが、それでも三日以内には出てみせますよ!」

「しかし、いや。よく帰ってきてくれた。すまない」


 頭を下げるルダに、彼らはがらがらと笑う。


「なんです、ルダ様のくせに随分としおらしいではないですか」

「出立前、あれだけ怖い顔で脅してきた人のセリフとは思えませんね!」

「……ははは。全く。……本当に、ありがとう」


 さすがに全員では無いが、大量に出払っていく本隊の彼らに、

「いざ緊急の事態に備えて、一部だけでも動けるようにしておけ」

 と、裏で言い聞かせておいたのがルダであった。

 彼らはその言葉に従った。厳しい戦いのなかで仲間から離れ、強行的に戻ってきてくれたのだ。


 そんなたのもしい兵達の帰還に、国民らは浮かれた。

 また、ルダのこの英断は周り者によって尾鰭をつけて大いに語られ、しばらくマルテ王国中で称えられるようになる。


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