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マルテ王国史  作者: ばち公
外伝2
54/102

ジョアヒムの漫才

 ケリュンは街角で語るジョアヒムを、客の輪の一番前に座り込んで眺めていた。

 すらりと背が高い、派手な衣装の男。遠くからでも分かるその姿――何より、音。

 何処にいようと、彼の声とその楽器の音色は、聞き逃すのが惜しいくらいに麗しい。


「今から語りまするはー哀れな歌人のある生涯」


 おや、とケリュンは片眉をあげる。それに気付いたジョアヒムも影でにやっと笑顔を返してくる。

 ケリュンはジョアヒムの歌は好きだが、良客とは言い難いだろう。なんたって、何を言っているのか理解できない時があるのだから。

 騎士院に入り、色々と勉強した結果そんなことも減ったが、今でも最初の印象、あるいは苦手意識だろうか、それはなかなか消えないわけで。

 しかし「今日はいつもと違うよ」と自信満々に腕を引かれ、強引に客にされたのだが、確かにジョアヒムの語りは普段と全く異なっていた。本当にただの、ケリュンの耳にもなじみきった口語だったのだ。


「そこは名門の家。演奏家、作曲家。(ここで男はわずかながら声をひそめる)言うなればどっちも中途半端」


 集まった観客らがどっと笑う。こういう場では笑うのが礼儀みたいなものだったし、何より華麗な吟遊詩人がこんなことをひっそり言うのは、なんともいえない可笑しさがあった。


「まず! そこの男たちは傲慢でいつも上から目線! かわいそうな召使いたちを顎でこき使い、おまけにケチったらない。自分はともかく、常に家族の誰かに目をつけて――『おいおい、ちょいと聞くがお前さん。もしかしてそいつは新品かね?』」


 男たちがにやにやする。


「そこの女たちは底意地が悪いったらない。食事からなにまで、あらゆる家事に文句たらたら。おまけに揃って醜悪だ。熱心に喋ることといったら自分のこと、自分の子どものこと。全部が全部自慢話! つまんないったらないね」


 今度は女たちがくすくす笑う。


「なんたって普通の神経持ってたら、こんなところじゃ働けない! かわいそうにまともな召使たちはいびられ涙を流し、結局はお郷に帰って行くのさ」


 うんうんと皆が同情をもって頷く。上の者にいびられるというのは、誰にとっても身近で嫌なことだ。


「こうして見れば、全く酷いことこの上ない! 見てみたい? 住んでみたらいいとも、三日で逃げ出すこと請け合いだね。ところが今から語る男は、なんと十年以上! そんな家で暮らしつづけたんだ」


 ジョアヒムはぽんと自分の胸をたたく。今から私は、もっぱら主人公を演じますよ、という合図だ。なるほど、演奏家の役なら彼にぴったりだ。


「そいつは名家のお坊ちゃん。長男でなく次男でなく、自由気ままな三男坊。――愛人の子がいなけりゃの話だが」


 ふふっと皆が息を吐くように笑う。嫌な貴族の、大っぴらにしにくい醜聞が嫌いな者はいない。


「その男は眉目秀麗で博学多識と一を知れば十を知り明るく爽やかつまり英姿颯爽、その饒舌さで夜会に出れば引く手数多とあの家にその人ありと謳われた、」

「いいからさっさとしろー!」

「――えー。あんな野次とは大違いの澄んだ歌声に(笑い声)、繊細な指先、天に触れんばかりの音楽の才を持っていた!」


 そこで華麗な一曲が入る。軽やかな、野兎のステップを想起させる明るい曲だ。

 終わるとともにワッと湧く歓声と拍手。ジョアヒムは頭を下げ、再び物語を紡ぎ出す――。




 語り終え、観客がいなくなると、ケリュンはジョアヒムに話しかけた。


「なんかやり方変えた?」


 彼は投げられたおひねりを丁寧に革財布にしまい、渡された花を優しく束ねていた。


「ああ。一応、君みたいな顔見知りも増えてきたからね。それを見た別の楽師が、こういったのはどうかって提案してくれたんだ。いいだろ、これ。アドリブを加えたり、大変だけど楽しいよ」

「へー。分かりやすくていいな。前のはよく分かんなかったから」

「いやあ、この国の人たちはだいたい学があるもんだから、つい調子に乗ってしまうんだ。さすがに反省して、今はもっと工夫してやってるよ。なんたってプロだからさ」

「ふーん」


 ジョアヒムは弦を弾いて見せた。


「なんなら一曲どう?」

「いや、いいって。……なんか前もこんなことあったな。お前のそれは仕事なんだからさ、もうちょっと惜しめよ」


 先ほどの盛況具合を思い出して、ケリュンは苦笑した。友人とはいえ、道端でほいほい聞かせていいものではないだろう。それだけの価値があると思っている。


「新作の試しさ。短いし分かりやすく歌うよ。あ、オチもあるし。聞いてってくれよ」


 ジョアヒムはケリュンの了承も得ずに、早速歌い出した。


――さて、一昔前に貴族の男がいた。その男は音楽を好み、いつも見事な楽器を弾いていた。

 ある時男が仕事でとある村へ赴く。そこの名物は、手琴をかきならす老父らしい。

 男はその演奏を聴く。技術は我流で荒々しいが、節張った手の動きは老いも感じさせぬほど軽やか。

 そしてなにより素晴らしいのは、その楽器が奏でる音色だった。

 男が今まで聴いたことのない音。これはさも素晴らしいものに違いないと、男は大金はたいてそれを買う――。


「あー、ジョアヒム?」

「そして――ん、なに?」

「俺そろそろ行かないと」


 ケリュンが親指で示す背後を見れば、語りだしたときよりも傾いた太陽が揺れていた。


「え、そんな経ってた?」

「かなり。なにが短編だよ」


 内容自体は至ってシンプルなのだが、盛りに盛られた美辞麗句のせいでくどくどと時間が流れていく。それでも内容がすんなりと理解できるのは彼の腕だろう。


「いやあ、歌ってるとついつい盛っちゃってさぁ」

「で、その話のオチは?」

「そこだけ聞いちゃう?」

「しかたないだろ、気になるし、時間無いんだから」


 最後まで聴いてやりたい気持ちはあるが、ケリュンには一応門限があるのだ。


「まとめると、男が買った楽器はまるきりの安物。今まで高価なものしか知らなかったから、素朴に手作りされたそれが珍しく思えたんだろうね。とにかく、そんな安物でもお気に入りということで、その家では、まあ一応家宝みたいな扱いになって――今、私の手元にあるってわけさ」

「ほー。……え?」

「どう? なかなかいいだろ? ここで琴を見せて、みんなビックリって寸法さ!」


 ジョアヒムが誇らしげに見せびらかす手琴。

 ケリュンはまじまじと目を凝らすが、


「それ安物なの?」

「元はね。主に見た目ばっかり色々改造されちゃってるけど――もとはそこらの村人が手作りしたものだよ。悪くないでしょ」


 へらりと笑う彼に、ケリュンは素直に頷いた。

 優しげに人を物語へと誘い込む、夢見心地の音色だった。




 そしてそのまま帰ることになったのだが、ケリュンはふと思い立って振り返った。

 どうしたの、と不思議そうにしているジョアヒム。どうせなので、尋ねてみることにした。


「あの最初の語りの男ってさ、もしかして本当にお前のことなの」

「まさか」


 ジョアヒムは笑った。


「私の家のものは、みんな美しい人ばかりだったよ」


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