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マルテ王国史  作者: ばち公
外伝2
51/102

青年と 桃の夢

 名前すらない、山奥深くの村があった。

 誰も知らず誰も訪れないその村には、とても美しい少女がいた。

 賢く、豊かな魔力の持ち主だった。


 しかし少女はその生まれから、全ての道筋を決められていた。

 魔物使いにならなければならなかった。

 一族の命じるがまま手足のように働かなければならなかった。

 いくつも年上の男のもとへ嫁がなければならなかった。


 この一族の秘儀は門外不出である。

 外にもらそうとした者は途端その場で苦しみ、口を焼け爛れさせて死ぬという。

 実際にそのような姿を見たものは誰一人としていなかったが、皆それが事実であると本能で理解していた。

 先祖代々脈々と受け継がれてきた「どこか」との見えない繋がりが実在すると、肉体と血で理解しているのと同じように。

 この「どこか」との繋がりがあるから、一族は魔物を使役できるのだ。

 ただ、その繋がりをより一層強固なものにするため、一族の者は持って生まれた魔力――この一族の者は全員が全員、豊かな魔力を持って産まれてくる――を、「契約」によって捧げなければならない。

 それはちょうど十の誕生日を迎えたときに行われる。


 少女は今九つ。その時はもう、目前まできていた。


 少女はただひとり、幼馴染の兄のような青年にだけ、自分の気持ちをすべて話した。

 四年前にその「契約」を済ませた男は、その傍らにウルフ系統の魔物を一体はべらせていた。

 彼は筋がよい。すぐ村一番になるだろう。

 少女が語りはじめてすぐ、青年の膝にあごをのせていた魔物は、くわっと大きな欠伸をしてそのまま居眠りをはじめていた。

 寡黙な青年はただ話を聞くばかりであったが、その優しい瞳は揺れていた。


 それからしばらくして、その青年がいなくなった。



 そして少女が魔物使いとしての契約を果たすその前日。

 青年はひょっこり姿を現した。

 少女は前々から準備していた、桃色のミサンガを彼の手首へとまいた。

 これから、こうして会うことも少なくなるだろうから、と。

「ピンク、似合わないね」

「知ってる」

 それから、何も言わずされるがままでいた青年は、ぽつぽつと、少女にあることを語った。

 珍しく長文を喋ったので、少女はそのことが嬉しかった。

 最後に、青年は笑った。ほんの少し口角が上に向いただけ。それでも、少女にとっては一番大切な笑みだった。

 彼は言った。

「幸せにするよ」

「約束?」

「うん」

 少女は笑った。泣き笑いだったが、それでも青年は満足そうだった。




 誰も周りにおらず誰も警戒していない、そんな完璧なタイミングで。

 少女は、青年に手を取られて逃げだした。

 少女よりずっと大きな手はあたたかく、少しかさついていた。


 そして二人は走り続けて、村からずっと離れたところで。

 青年は、相棒たる魔物を少女へとけしかけた。

 襲いかかるふりをさせ、泥とかすり傷まみれにし、一人と一匹そろってもつれあうように街道へと飛び出させた。


 そこへちょうど通りかかった馬車。

 毛並も体格もよい栗毛の馬二頭が、怯えるように声をあげ止まる。

 中から飛びだす護衛の騎士。そしてそれに注意をむける魔物。

 その瞬間を見逃さず、少女は火の魔法を手にうかべた。

 途端、その長毛を焼かれてはたまらないとでもいうかのように、魔物は素早く山の奥へと逃げ込んだ。


 そこからは簡単だ。

 頭にコブをつけた少女は適当に記憶喪失のフリをする。

 その豊かな魔力と胆の据わり具合に興味をしめした貴族は、彼女を保護し連れてゆく。

 青年はそれを、相棒と寄り添って見送る――。


 馬車へ向かう、引きずった少女の足首には、桃色のミサンガが巻かれている。

 青年の右手首にも、再会の祈りのこめられたミサンガが巻かれていた。




 そこで二人の道は分かたれた。

 二人はそれぞれの道を、歩みだした。


 いつか、再び(まみ)えることを夢見て。


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