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マルテ王国史  作者: ばち公
二章:傭兵時代前編
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「俺とお前で連携ってできるかな?」

「ボクとケリュンくんならっ……無理だね!」

「ですよねっ。お前ラズールさんの方行け、俺は一人でなんとかは無理だけどなんとかするから」

「いや、ちょっとあの中に混じってくのは無理かな、いくらパパ大好きなボクでもちょっと無理かな」


 レナートの引き気味の視線の先、目にも止まらぬ早業で短剣同士の剣戟がひらめく。ラズールとケリー、時たま蹴りが飛び砂は巻き上がり、不意を突くように頭突きまで飛ぶ。型なんてない研鑽された喧嘩殺法。ケリーの背後に打ちかかってもいいが、躱されてラズールの邪魔になった挙句、無残に刺されるのが目に見えている。

 ケリュンはどう使うべきか、今現在持て余し気味の片手剣を眺めた。


「やっぱり弓が一番だな。弓最高」

「(剣片手に何言ってるんだろうこの人……)」


 やっぱり変人なんだな、とレナートはしみじみ呟くケリュンを見ていた。


「あ、レナ、今日はあのカサ増し必殺もってきてないのか?」

「ワザとだよね、その言い方さぁ! 持ってきてるよ、別にいいでしょ!」


 歯噛みするレナートの顔が面白くて、ケリュンは少し笑ってしまった。


「何笑ってんの」

「いや。いや……えーと。助かるよ」


 誤魔化すように頬を掻いた。もちろんそれで彼女の機嫌が直るわけでもないけれど。


「いいかレナート。今から俺があの、ケリー? とやらの相手をするから、お前はラズールさんと逃げろイタイ!」


 レナートは無言でケリュンの腕を抓り上げた。瑠璃色の美しい目がぎろりと座っている。こうしてみると彼女の目は、紺碧の夜空に似ている。


「いや違う、作戦を考えたんだ。逃げ道が大事なんだって。聞いてくれ」


 しかし変わらずレナートの目は動かない。まるで信用が無いらしい。彼女は態度こそ気安いが、父親に似たのか、こういった場面では至って慎重であった。いや、それが普通なのだろうけれど。


「死んだりしないよ」

「ほんっとーに?」

「本当だって。……いきなり連携するのは無理でも、協力くらいはできる。だろ?」




 打ちあいの最中、レナートからのハンドサインをちらりと見たラズールが身を引いた。追おうとするケリーの前に、ケリュンは立ちふさがって飄々と笑う。


「あはは、次は俺が相手ですよ」


 値踏みする目が、ケリュンの足先から頭部までをねめつける。

(マルテ王国騎士院の正規の構え。どちらかといえば正規、しかしそのくせ盾がない。あれは階級が上にいけばいくほど、寧ろ盾の方が厄介となるのだが)と目測を立てたところで、ケリーは溜め息を吐いた。わざとらしく。


「私に勝てると思ったのか? 貴方が?」

「はっはっは。なんと俺は彼の女傑! 騎士イオアンナの一番弟子ですよ! 万に一つ、いや億に一つ、そちらに勝ち目はありませんな!」

「イオアンナぁ?」


 優れた武人の多々属する騎士院、その中でも唯一人、他国にまでその名を噂される女がいる。魔法の徒ではない、彼女はただ己の肉体のみで敵を穿つ。曰く竜の咢すらその手で千切り、曰く千の敵兵すらその腕力で捻じり飛ばす。鬼神のような働き、その一方で王国議会にすら顔を出せる天上人。ある意味象徴のように祀り上げられているその彼女が、イオアンナ・イリニ・ユースチスである。――眉唾物であるが、この世界、度々そういう人間はいるものだ。

 ちなみにケリュンの方はそんなこと知らない。詳細はともかく、イオアンナが有名であることと、それから誰より強いこと。それだけは身に沁みてよくよく分かっている。だから名を出してみたのだが、


「……」


 思っていた以上のケリーの反応に内心驚いていた。警戒の度合いが桁違いだ。ケリュンはその驚きを億尾にも出さず、またはははと頭空っぽに笑ってみせる。


「引くなら俺しか残らなかった今のうちですがねぇ! さあどうします! 討死にますか!」

「面白いお話。私は好きだけれど、さて。真偽はともかく、それで貴方が強いとは限らないと思うけど? 剣を交わせば分かるだろうがね」


 それは残念、と独りごちながらも、ケリュンは内心安堵していた。実際ここで逃げられても困る。レナートを狙っている上に、何をしてくるかも分からない。殺意を持った、頭のおかしい迷惑な敵。今後の不安材料でしかない、こいつはここで殺す。

 ……できるかはともかく。


「ラズールさんはともかく、何故レナートを狙っ、はやっ!?」


 とんっと残された足音、一瞬で距離を詰められナイフがケリュンの喉首を狙う。咄嗟に身を屈めてかわし、蹴りを予測して半ば無理に後ろへ跳ぶ。左足の蹴りが空振りしたのを確認しながらケリュンはまた立ち上がり、片手剣を構えた。


「――ああ、貴方、思ったよりも行儀が悪いな」

「おっ、お前に言われたくねぇよ! 俺今話してたよな!?」

「その左手。砂を握って、ま、別にいいけどね」

「あーバレてる? 月があるにしても、ずいぶん夜目が利くんだな。しょぼい奴らには効果大なんだけど」

「天下のイオアンナ殿は、そんなことを弟子に教えるのか?」

「いや、あの人はこんなのなくても殴り殺せるからなぁ」


 冗談交じりの軽口に、ははっとどちらともなく笑ったところで、再び剣をぶつけあう。火花散る度押されるのは、当然のようにケリュンだった。相手はナイフ、決して一撃も重たくない。だというのに打たれる度に押し飛ばされるように足が退く。切る、というより突きに徹した攻撃だからだろう。ケリーの視線は読まれないためだろう、滅茶苦茶に動くが、何にせよケリュンには彼のナイフの動きが見えるし、急所をよく狙ってくるため案外守り易くはある。しかし、埒があかない。


「っと、」

「動体視力はいいけれど、さて――。殺すのに手間がかかりそうだね、貴方。ああ、名前はなんていうの?」

「ケリュン。ちょっとだけ名前似てるよなぁ」

「まあいいか、誰でも。だけど誰でもいい貴方は特別。綺麗にきっちり裂いて、でも殺さない。甚振って八つ裂きにして、散々苦しませて泣き喚くぐらい心がぐずぐずになったら、あの女の子の前につれてってあげる。それから、はは、三人仲良く死ぬといい」

「レナートがお前に何したってんだよ……」

「なにも? 強いて言うなら拾われた、それ自体が罪かもね」


 ケリーはくるりと手元で獲物を弄ぶ。刃が偶然射しこんだ月光を反射し、一瞬だけ彼の顔を浮かび上がらせる。通った鼻梁と濁った白目、ケリュンに判別できたのはそれだけで、相変わらず性別の一つも不明だった。


「拾ったラズールが悪い、組織を抜けた彼が、私より薄汚い底辺の、あいつの生まれが悪かった。私ができなかったそれをあいつがこなした、それだけが今になってまた憎らしくなってぶちのめしたい。頭の中で、百度殺してやるだけじゃ物足りない」


 ケリュンはまたしばらく、再びケリーの口が開かれるのを待った。詳細が語られるのを、もっと込み入った、深い事情が曝け出されるのを。

 ケリーはのたまった。


「それだけ」


 ケリュンは絶句した。


「そんだけ!? ショッボ! うわショッボ! 通りであの雑魚兵どももヤル気ないわけだわ、うーわぁ、ふざけんなよ! ふざけんなよ!! お前の事情ぶつけられても知るかよ!」

「私だって、貴方の事なんて知るものか」


 平然としている様に、ケリュンは内心毒づいた。なんでこんな思考が振り切っているくせに、無駄に冷静なのだろう。挑発の、いや本音混じりの言葉だが、それにも何一つ乗ってきてくれない。本当に七面倒くさい野郎である。ケリュンは頭を掻いて、自分のやりきれない気持ちを一旦誤魔化した。そして慌てて剣を構え、上段から振りかぶられた短剣から頭部を庇った。


「あっ、ぶな! ずいぶんといきなり」

「飽きてきた。早く貴方を黙らせて、ラズールを殺して救われて、それからあの子に見せつけないと」


 淡々と嘯く様に距離を取るため後退る、と、その瞬間に足元を掬われた。なに、と思う間もなく背がのけぞるまま倒れ込む。受け身は取ったが、間髪入れずのしかかってくるケリーの片手にきらめく刃に、思わず頬が引きつった。その後ろには綺麗な満月がのぼっているが、それすら死の予感を想起させる不吉な予兆に見える。


「さて、どこからどうしてあげようか。お好みは?」


 ナイフの柄が、ケリュンの肩関節を踏みにじるように押し潰す。遠慮のない圧迫感とぐりぐりと弄ぶように潰される痛みに、顔を顰める。


「っ…は、ハハ、美人のお姉さんになら喜んで教えてあげてもよかったけど」


 言いながらケリュンは素早く右足だけを折りたたみ、踏み付けるようにケリーの脹脛を蹴飛ばした。怯む隙に再び今度は両足を曲げ、腹を狙って蹴り飛ばす。が、今度は躱されてしまったので、その勢いのまま立ち上がった。


「あんまり暴れないでほしいんだけど。うっかり手を滑らして殺してしまうかも」

「足癖が悪くって」


 ついでにちらりと足元を見れば、ぴんと引かれた糸のごときヒモ。とっぷり暮れた夜闇のなかで、月明かりのおかげでなんとか目につく程度のものだ。ここまで来る途中にも、ちらほらこういった物が見受けられた。この森全体に、どれほどの罠が仕掛けられているのだろう。そしてその全てをこいつ自身、きちんと把握できているのか。できているのだろう、そうでなくては困る(・・)

 それからまたしばらく打ち合った。やはりケリーは強かった。なにより体全体を使って襲いかかってくるというのに、息切れ一つしていない。そして型にこだわりがなく、ひたすら己に相応しい動きを探り磨かれてきた技はなによりも速い。

 しかし素早い動きに対応するのは、ケリュンの得意だった。もともと職業柄もあって目は悪くない方だし、イオアンナの疾風のごとき一撃一撃を何度も視認してきたのだから、ある意味では当然のことだった。

 それになにより重要なのは、ケリーは今ここでケリュンを殺さないということだ。大事なのは身動きを取れないようにするとか痛めつけておくだとか、そういった悪趣味な目的だ。だから急所への、咄嗟に身構えてしまうような動きはフェイントだけだ。目玉や鼻なんかは本気で抉りにくるから困るが、それが分かるだけ十分やり易かった。

 しかしさんざんやり合っていれば互いに疲れがでてくるものだ。ケリュンは致命的な一撃こそないものの表皮や服が切り裂かれいくらか血が滴っていたし、ケリーだってケリュンほどではないが手傷を負っている。


「こうして時間を稼いで、あの二人を逃がそうって算段? 困るな、ここで仕留めておかないと、後々面倒なことになる。だからさっさと追わないと、ここで蹴りをつけないといけないんだけどいったい貴方は、」

「うるさい」

「あんな奴らを身を挺して庇うなんてさぁ――はははっ貴方はすばらしい、すばらしい人! 貴方をころ――」

「うるせえな!!」


 ケリュンは大きく振りかぶって相手の短剣を押し返した。


「馬鹿みたいに叫びてぇなら一人で木のうろにでも話しかけてろよ! 俺は、誰だってな、お前の脳みそだけで起こってる下らねぇ妄想に付き合ってるヒマはないの! 巻き込むな、ヒマじゃねぇの! 生きてるとそれだけで忙しいんだ!!」


 渾身の叫びにも、ケリーは咽喉で笑うだけだった。そろそろ耐久的にその手の小さな刃が砕けてもいいと思うのだが、どれだけの業物なのだろう。もうひと踏ん張り、と思いかけたところで、ケリュンはケリーの背後を見て目を剥いた。物陰から覗くのはレナートだった。その瞳の動向に気付いたケリーが、レナートを見た、ところで彼女はさっと背を翻してまた木々の中へと消えていった。ケリーは舌打ちをした。本当の目的は結局のところレナートと、ラズール二人なのである。ケリュンはそれを彩るためのスパイスにしか過ぎない。つまりここでケリュンに気を取られて、レナートを見逃すのは得策ではない。盛り上げるには、その両者が必要なのだから。

 ケリーは瞬時に算段を立て、レナートの逃げ込んだ先へと目的を映した。ケリュンもその、一本筋の通ったような道を確認し、ケリーを止めるため剣を振りかぶり追いすがった。


「まてっ……」

「引っ込んでろ!」


 唐突に放たれた回し蹴りは、見事ケリュンの鳩尾を打った。骨やらなんやらが痛い、なんて余裕を持って考える間もない。あまりの衝撃に唾液と共に溜めていた空気が吐きだされ、意識が吹っ飛ぶ。

 そしてそのままその小柄な体が樹に背を打ちつけ、糸の切れた人形のようにぐったりと倒れ込むのを一瞥すると、ケリーは駆けだした。

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