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マルテ王国史  作者: ばち公
二章:傭兵時代前編
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お仕事はしんどい

 もくもく辺りに立ち込める煙は、目くらましにも居場所を伝えてしまう合図にもなる。ケリュンとレナートはたったかその場を離れることにした。


「あとは軽やかに退避退避退避! 合図出したから、ボクはお迎えがすぐ来てくれるけど……ケリュンくんもどうするか決まってないなら、一緒に行こうよ」

「いや一回帰るわ。上司にいろいろ報告したいし」

「へ!? いやいや、命狙われてるってのに何言ってんのさ! そんなに仕事が大事なの? 命より!?」

「違うけど、ここで逃げたって思われたら命がヤバい」


 ケリュンが思い浮かべたのは、待ちぼうけをくらったイオアンナの拳――でなく、剣を片手にしたレイウォードの真顔の方である。セリフは多分『陛下の命に逆らう気か?』とかそんなもんだろう。


 最近音沙汰がないので忘れ気味だが、傭兵をしているのも元はといえば女王陛下のお願い(・・・)による依頼があったためだ。職場放棄だなんて思われた日には、そりゃもうケリュンの未来は目も当てられないような惨状になること請け合いだ。

 具体的にはどのような処分を下されるのかは知らないが、陛下よりその周囲が怖すぎた。


「き、君の職場ってハードなんだねぇ……」

「職場というか、うん……」


 国が相手ならしかたない。我が栄光のマルテ王国、祝福されし祖国万歳だ。


 ひぇぇ、と汗をかいて引きつり顔のレナートをみながら、ケリュンは心のなかでそう自分に語りかけた。




 「お仕事って大変なんだね、がんばってね」との言葉をもらい、ケリュンはその場を去ってから速攻で『霧の道』へとつっこんだ。

 青鳥が仲間の男と行動していることはすぐ広まってしまったが、その顔や詳細なんかはそこまで知られていなかったのだろう、特に危険もなく済んだ。


 久しぶりの感覚に戸惑いながらぺたぺた歩きまわっていると、なぜかクレア第二王女がうろうろしていた。どうやら城に通じる道へ寄ってしまったらしい。

 ただ彼女の場合うろうろと言ってもケリュンと違い、頭に入った道筋をのんびりたどっているといった様子だった。彼女は恐らく、誰よりもこの複雑怪奇な道に詳しいのだろう。


「あらケリュン様、またこんなところで会うなんて、その、偶然ですね」

「ご機嫌麗しゅう。偶然ですね、姫様」


 ひょいとケリュンが頭を下げると、クレアはそれを機会とばかりに彼から目を逸らし、ワンピース型のドレスの裾をいじりだした。


「弁明しますけど、私は決して、抜け出したりしているんじゃないんです! きちんと用事も終わらせて、本当にさっき出てきたばかり。そしたらね、ケリュン様がここにいたってそれだけなんです。誓って言いますけれど、私はロッカみたいに、お稽古を抜かしたりなんてしていませんから」

「あはは、分かっていますよ。お稽古事や周りは厳しいでしょうが、姫様はそのようなことはしないって。――ところで姫様、この通路を通って南の方へでることは可能でしょうか」


 城でなくそこから南側に行けば、ケリュンが生活をする騎士院のための区域があった。そこに入り込めればひとまず安全だ。

 クレアはそれを聞くと口元に指先をあてた。彼女のささやかな癖のようだった。

 考えに耽るようなあどけないその仕草は、さりとて一瞬で終わってしまった。


「ケリュン様はちょうどお帰りになりたくて、しかし普通に帰るには事情が邪魔をするんですね? 分かりました、なんとかいたします」

「……姫様、貴女は本当に聡明な方ですね。一を言えば十を知るなんて、俺ははじめて目にしましたよ」


 ケリュンは姫の言葉に落胆することも忘れて目をまるくした。これほどぱっと降るようなヒラメキなんて、与太話程度の噂ぐらいでしかお目にかかれないものだから、本当に感心したのだった。

 自分の馴れ馴れしい口調(なぜかクレア姫はお気に召しているらしいが)も気にならなくなるほどで、これは彼にとっては、あまりいい傾向ではなかったかもしれない。


 言われたクレアの方はと言えば、照れたように微笑んだだけだった。しかしそれは謙虚謙遜というよりも、なぜか困惑しているようにケリュンには見えた。

 女王や姫など、王族の人々からいつも感じる堂々とした風が、今回は吹かなかったからだ。


「ふふ、ありがとうございます。でも、私は今からお母様に会いにいかないと――そうね、誰に頼みましょうか」


 まあ、そんなことケリュンの気のせいかもしれないが。


「んー……そうだわ! ロッカがいます。彼女、きっと今日もそちらへ遊びに行くつもりでしょうから……。きっとイオアンナ様に会いにいくはず。ちょうどいいタイミングですね!」


 にこっとクレアは笑った。今度はいつも通り、花の(かんばせ)いっぱいに輝く麗しい笑顔だった。着ているドレスもあいまって、彼女は本当にきらきらと美しくて、健康的なのにどこか幻想的な、それこそ妖精のようだった。




 ロッカはクレアがいなくなってからすぐにあらわれた。出くわしたときは面食らったように目をパチパチさせていたが、これこれこういうことです、と事情を説明すればあっというまに理解して、快く同行を許可してくれた。


「そうだ、この前の手紙の話ですけど、了解です。もちろん誰かに喋ったりなんてしませんよ」

「あはは、ありがとう。いったいなんだって田舎の郵便屋さんからこんな所の傭兵なんかにジョブチェンジしちゃったのか気になってね。あっ、もちろん無理に聞こうってわけじゃないのよ? だいたいでいいから」


 ケリュンが「俺は別にそれが本業だったってわけじゃあ……」と頬をかけば、それすらおもしろかったらしくクスクス笑った。

 彼女は表情がころころと分かりやすく変わるから、なんだかとても話しやすい。

 しかしどこまで話していいものか、手紙をもらってから密かに算段をつけていたケリュンは、それでもできるだけ慎重に言葉をつむぐことにした。


「ええと、俺は陛下の命令であちこち動いていたんです。といってもたいしたものじゃなく、ただあれを運んでね、とかその程度で。あんまりいい話じゃないですけど、正直、金が必要だったんですよ。――とにかくその流れで傭兵を勧められて、今こうして働いています」


 嘘は吐いていない。ロッカが理由を尋ねてくるということは詳細、例えばイレーヤが誰かに狙われているだとかそういったことを知らないということだから、ケリュンは口にしなかった。


 ロッカはふぅん、と首を傾げた。空のような薄青の、不思議な色合いの髪がさらりと揺れる。


「その途中でクレアや私に会ったのね。変なのっ」


 と、だいたいの好奇心を満たされただけで満足したらしく、あまり仔細には拘っていないようだから、ケリュンは内心ほっとした。嘘をつくのは苦手だった。




「それじゃ、私はイオに会いにいってくるから。じゃーね、ケリュン」


 イオとはイオアンナのことだろう。互いに行き来するほど仲が良いとは知らなかったが。


 とにかく、そうしてロッカと別れたケリュンは、まっすぐ剣を返しに行ってから上司の所へ向かうことにした。

 とりあえず誰か待機しているだろう訓練場へ向かうと、途中で一人の男とでくわした。よく見かけるようなハーフアーマーで上半身だけを覆っていて、その服装だけ見れば般兵とも大差なかった。

 しかしその背にはナショナルカラーたる緑色のマントがなびき、腰には上等な剣まで帯びている。


 はっとしたケリュンが退いて頭を垂れる前に、男はにっと歯を見せずに笑って、その吊りがちな黒い眼を細めた。


「やっ、こんにちは。君は傭われ兵かな?」

「はいそうです」

「俺の名前はルダだ。怪しいもんじゃないし、そう固くならなくてもいい」


「る、ルダ様ですか」ケリュンでも彼の名は知っていた。

 騎士院のトップ、三将軍のうちの一人。そのなかでも秀でて名のある家の出で、騎士院の長といえば彼のことを指す。

 王族には劣るが、それでも自分たちより遥かに偉い人。ケリュン含めた一般人の認識といえばこのようなものだろう。


「その、ルダ様がどうしてこんなところに」

「たいしたことじゃない。仕事ついでに、ちょっと新入りたちの様子でも見に来ようかと思ってな。傭兵と言えど、うちにおいては準正規兵くらいの扱いだ。んで、さっそく君に会ったわけだが」


 後ろになでつけた漆黒の髪は若々しいし、友好的な色をみせるその瞳もきらきら輝いている。

 ケリュンより一回りほど年上でもおかしくないが、その溌剌とした雰囲気や若々しい外見のせいで、年齢がよく分からない。


「ここの仕事や訓練はどうだ?」

「大変ですが、先輩方がとても熱心に見てくれるので助かっています。最近少しずつ慣れてきましたけど」

「はは、僥倖だね。なるほど、君たちがはいって二週間か。少しずつ体力もついてくる頃合いだな。――まったく、本当はもう少し早く見にくるつもりだったのだが、仕事が立て込んでいてね。しかも今日はタイミングが悪いらしくって、何人かは町に出て行ってしまっているらしいじゃないか。自分の悪運を呪うよ」


 やれやれと肩を竦め、ルダは続けざまに喋りだした。


「で、出直すつもりがちょうどそこに君が来て、これも何かの縁かとちょっとばかり話を聞いてみたってわけだ。いやぁ、上司の前じゃ本音も言い辛かろうってわけでこうして声をかけてみたんだが、……おっとすまない。喋りすぎだな。周りにもよく叱られるんだがね」


 へらっと気の抜けたように笑う。彼は確かに気さくによく喋ったが、対してその動作は無駄がなく、そのため隙もない。常に背筋も膝もぴんと伸びていて、ただ立っているだけだというのにやけに大きく、バランスが良いようにケリュンには感じられた。

 長く伸びた足の、しっかりと大地を踏みつける様子からそう思えたのかもしれない。


「じゃ、俺はそろそろ行かなければならない。これでも忙しい身の上でね。それでは――――っと、そうそう。君の名前は? いや待て、当てよう!」


 ぱっと顔をあげると、「…………ケリュンだろう」と彼は本当にケリュンの名をあて、目付きを鋭くさせて悪戯っぽい顔をした。

 その黒い目がぎらりと光を反射したので、悪気は無かったのだろうが、その鋭さに驚いたケリュンは思わず一歩退きそうになった。そのため誤魔化すように声をあげた。


「そうです! よくご存知ですね」

「あはは、イオアンナやその周りから君の話は聞いている。彼女にしごかれている哀れな新人……ってね。――ははは、冗談、冗談。彼女は素晴らしい逸材だよ。それこそ『最強の矛か盾、どちらが勝つかは彼女の手にした方だろう』ってくらいにはね。だからきっと君も強くなるだろう。上司として期待しているぞ」


 ぽんぽんとケリュンの肩を大きな手のひらで軽くたたくと、彼は颯爽とその場を去っていった。喋りたいことだけ喋って。


 嵐のような人だった。それでも最後まで爽やかで、これが気品というものか、と残されたケリュンはそんなことをぼんやり思った。


 それにしても、今日はおかしな日だ。まるでリレーのように、次から次へとお偉い人に出くわすのだから。




 町中で鬼ごっこしたケリュンはすっかり疲れきっていて、報告を終えたら休みをもらえないかな、と思ったが、もちろんそんなことは敵わず今度は訓練のほうにまわされた。


 レナートのことはかくかくしかじか、できるだけ熱心に擁護しておいたが、どうなるかは分からない。

 分かったらまたどこかでそう伝えてやらなければ、とまるで半死半生のごとく嘆いていたレナートのことを思った。

イベント消化するケリュン

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