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マルテ王国史  作者: ばち公
二章:傭兵時代前編
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 ケリュンはレナートを連れて、一度戻ることにした。


 レナートはとにかくうるさかった。「親不孝をお許しください」だの「いったいボクが何をしたっていうの」だの「こんなことになるならお腹いっぱいケーキを食べとくんだった」だのぐちぐちぐちぐち……。

 周りの目が痛かったので小突いて注意したら、恨みがましそうな目で睨まれた。半べそかいていたので怖くはなかった。


「何だってボクがこんな不幸な目に。はあー。なんて馬鹿なことしちゃったんだろ……」


 確かに彼女はやけに不運で、おまけにたくさん冤罪を押し付けられているみたいで、しかもそのせいで後ろ暗そうな奴らに追われていて――まさかのトリプルコンボは傍から見てもかなり哀れだった。

 そのため、後ろでぐちぐちぐちぐち延々と続く鬱陶しい嘆きを、ケリュンは黙って、たまに相槌をうちながら聞いてやっていた。これも男の甲斐性である。多分。


 しかし、


「やばい」


 足を止めたレナートの顔から、さあっと血の気がうせる。視線の先には明るく、人通りも決して少なくない路地が広がっている。

 この道にはケリュンも見覚えがあった。ここから東へずっと行けば、ケリュンの住む、騎士院所属者たちがもっぱら暮らしている区画に行くことができる。


「やばくないって。さすがに処刑とか、牢に一生ぶちこまれるとかは――」

「そうじゃない。待ち伏せしてる。ボクたちのこと」


 身を壁に貼りつけたまま、目線だけでレナートはとある男を示す。なるほど先ほどからやけに店前でうろうろしているが、どうやらレナートが出てくるのを見張っているらしい。

 この様子だとこの付近一帯の、どこかレナートの身柄を預かってくれそうな場所までのルート一点一点に、見張りが配置されているのだろう。

 ここはどうにか突破してしまいたいが……。


「……どうする? 暴れて誰かが来てくれるのを待つか?」

「んな悠長なこと許してくれるような奴らじゃないんだよっ! だいたいここじゃ囲まれ易すぎる……」


 レナートの血色いいはずの頬は真っ青になってしまっていて、これぞまさに青鳥、とか言ってる場合じゃない。


 しかし青鳥なんて大層なあだ名をつけられた上にここまで必死に付け回されるなんて、この少女はどんな冤罪をかけられてしまったのだろう。

 ケリュンはこの年下だろう娘を心から不憫に思った。

 身から出た錆とは決して言うまい。些細な善行も否定されるような世であっては、それこそ不幸だ。


「に、逃げようケリュンくんっ。ボクまだまだ死にたくないよ! あと六十、いや八十年は生きるんだ!」

「王族かよ……」


 ケリュンはなんかもうげっそりとそう呟くしかできなかった。


 王族は得てして長命である。軽く八十歳まで生きる方も多い。理由は神の子の血を引いているから、そして彼らが暮らす人より良い環境のせいだろう。

 しかしその一方で、ものすごく短命で亡くなられる方々もままいるらしい。詳しいことは知らないが、まあ病気だったり、やんごとなき裏事情があったりするのだろう。

 とりあえず、寿命がやけに極端な血筋なのだった。


「逃げるったってどこに逃げるんだ? ちなみに騎士院なら、多分ここから東な。行ける気はしないけど」


 城壁でぐるっと円状に囲まれたアルクレシャだが、その北東あたりに王城がある。そして南東には、騎士院に属する者達(名家のイオアンナから底辺のケリュンらも含まれる)のための区画が用意されていた。

 区分としては分かりやすくて便利なのだが、その分ルートなども単純だ。待ち伏せされないはずがない。

 レナートは考え込むようにして、ちょっとばかり唇を舐めた。頭を働かせるときの癖なのだろうか。


「…………南。南かな」

「南? えーっと、ここから南……、警邏隊の交番所も無いよな?」


 警邏隊はその名の通り、日夜町を巡って犯罪抑制に勤しむ部署である。その当番は交代制なので、彼らはもっぱら担当の交番所で寝泊まりしている。

 そのためここも騎士院の部署の一つなのだが、少し孤立的といおうか――個々で独立性を持っているのが特徴だ。


「あー、やっぱり無かったっけ?」

「多分な」


 一応イオアンナに言われて、そういったことくらいは記憶するようにしていた。勉学は苦手だが、有益らしいのでしかたない。

 まあ本当は地図を見せられて

「町並み丸ごと頭に叩きこんでおけ!」と言われていたのだが……。

 アルクレシャが広い上に雑然とし過ぎているため、ケリュンには全てを覚えられる自信なんて微塵もなかった。


「曖昧だなぁ。でも別にいいよ。あればラッキーっていうか、ボクが目指すのはまた別っていうか――」


 なにやらちょっぴり自慢げで、今にも語りだしそうなレナートを遮るように、ケリュンはその肩をとんとんと叩いた。


「あー。それよりそろそろ逃げたほうがいいんじゃないか? 見つかったみたいだぜ」

「は・や・く・言・えっ!!」


 顔色が急変したレナートは、脱兎のごとくぴゅんっと一気に駆けだす。

 身軽らしい彼女は滅茶苦茶足が速く、鍛えているはずのケリュンもついていくにはちょっとばかししんどかった。おまけにケリュンは義務として剣まで帯びていた。


 しかしこんな状況に置かれるなんて、ほんと重くて邪魔だからとこっそり置いてきたりしなくてよかった、と内心冷や汗をかいた。




 逃げ込んだのはどこぞの、恐らくは使われていないのだろう、薄汚れた小屋だった。しかし戸の建付けなんかはしっかりしていて立派なものだ。直射日光を避けたい品を置いておく倉庫だったのだろうか窓はなく、中は薄暗くてかび臭い。天井にわずかばかりできた隙間から差し込む陽光だけが唯一の灯りだった。


「逃げるばっかなんて単調でつまんないよね」

「まあのん気なこと言えばな。んで、どうしてこんなところに逃げ込んだんだ?」


 そう尋ねながらケリュンが思い浮かべていたのは、例の王族御用達の秘密通路『霧の道』である。あのような隠し通路なんかがここにも通っているのではないかと思ったからだ。


 しかしそういったものでもないらしく、レナートはなにやらもじもじと落ち着きなくケリュンの様子をうかがっている。目を凝らせば暗がりのなか、彼女の頬がわずかに赤らんでいたのにも気づけただろう。


 しかしそれどころではないケリュンはそんな仕草にも全く気付かず、必死で壁に耳を押し付けては外の異変を確認していた。

 村から出てここまできて、こんな空も木も何一つない狭苦しい場所で死にたくはなかったのだ。しかもなんか埃っぽいし。


 レナートはしばらく待ったが、結局察してくれないケリュンに降参するようにして声をかけた。


「…………ね、ねえケリュンくん? ボク実はものっっっすごい飛び切り最強の最終兵器なんて、もってたり、するんだよねぇ……」

「は!? 早く使ってくれよ! そしたらお前だってここまで来なくても無事に――……どこにそんなの持ってんだ?」

「ど、どこにって普通き、き、聞くかなぁそんなこと!?」

「聞くよ! だってお前その腰のポーチだけだし」


 レナートはその言葉を最後まで訊く前に、無言で軽く跳んでみせた。カチャン、と拍子にかるく音が鳴る。

 ケリュンは思わず黙った。なんか単純に気まずかった。


「ご察しください……」


 そのままネタ晴らしをすれば、今着ているシャツの裏側に縫い付けてあるのだ。

 レナートはああ、と嘆くように項垂れたがすぐ気を取り直したように、というより空元気であろう。ぱっと顔をあげて溌剌とした声をあげた。


「そ、そんなことより! これさえ使えばオールオッケー、ばっちり逃げられること請け合いだよ!」

「じゃあ早く、」

「でもこれ、ちょーっと、準備に時間がかかるんだよねー。だから、」


 木板一枚隔てた向こう、外からカチャン、と金属の鳴る音。しかしそれは先ほどのものとはまた違う、ケリュンにとっては聞き慣れた音。薄く研がれた刃物が、鞘から抜かれる音だった。


「だからちょーっとだけ、アイツらの相手を頼んでもいいかな?」


 えへっと笑うレナートは首を傾げるが、拒否権なんてあるはずもなく、考える時間も惜しい今、ケリュンは泣く泣く、帯びていた片手剣を抜いた。




 前方からは剣戟ぶつかる音と、なにやら「ひゃっはー手柄は俺のもんだぜー!」「俺たち二人、だろうが!」などとどうでもよい怒声が聞こえている。

 しかしレナートからしてみれば、自分の心音のほうがずいぶんうるさいのではないかと思われた。陽光に反射した剣光が、たまに床や壁を走るのにすらどきりとする。

 空の木箱の後ろ、床に落としたベストを眺めながらシャツのボタンに手をかけて、それからちらりとドア前に立ちふさがるケリュンの背中をうかがった。念押しであった。


「……見るなよ?」

「いいから早くしろよ!!」


 それどころじゃねぇ。人が必死で盾になっているというのに一体なんだと、一人で二人を相手しているケリュンはちょっと泣きそうだった。彼からしてみれば、恥じ入ってみせるにしてもタイミングが最悪である。

 レナートは不運だ不幸だ最悪だと言うが、よく考えてみたらそれこそ全てケリュンにも当てはまるのではないか。

 いや、と頭を切り替える。よく考えるまでもない、これがケリュンの今の仕事なのだ。情けない泣き言なんて捨てて、その自覚をいい加減持つべきだ。もう気楽な村人Aではいられない。親の墓だとか陛下のパシリだとかイレーヤ様だとかで頭をいっぱいにするのは暇なときにでもするべきだ。


「おいレナまだか!?」

「ちょっ、やだ見ないでよ!」

「見てねーよ振り返ったら死ぬよバカ!!」

「あっ、そ、そうだよね。もうちょい待って……、よしオッケーだよケリュンくん! そこどいてっ」


 待ってましたと言わんばかりに滑りこむように横っ跳んだケリュン。途端にぱっと射しこむ光に目もくらみそうになるが、くっきりとした二つの人影はそれこそいい的だ。

 レナートは腰を落とし、脇をしめ、筒の先端を奴らに向けた。


「爆裂火炎弾五連発ぅ!! たーまやあああああ!!!」


 白い稲光の玉が直線まっすぐストライク、男のどてっぱら目がけ吸い込まれていく。一瞬の沈黙がまるで目に見えるかのように鮮烈だったとケリュンは後に回想する。

 初めの三発は男らを巻き込んで火と雷、それから悲鳴の共演を描いてその役目を終えた。

 四発目は小屋のすぐ前で激しい煙を撒き散らかしたかと思えば、次いで放たれた五発目は直角垂直に曲がり上空へ。青空のもと艶やかに咲く火の花は、その華やかさを誇りながらすぐさま風と陽光に散る。まるでその儚き己をこの世と人の心に植え付けるかのように、そっと――。


 筒を手に、レナートはにっこりケリュンにほほ笑みかけた。それは世捨て人の如き悟り、あるいは穏やかさをまとった笑顔だった。


――彼女の全身、そのどこが増減されたのかは、ケリュンの胸に一生しまわれることとなった。

爆裂火炎弾五連発▽

レナートの 必殺技。

発動には 数ターン必要。

たまや。

別名 乙女のひみつ。▽

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