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マルテ王国史  作者: ばち公
二章:傭兵時代前編
33/102

 前日は本当に説明しかなかった。宿舎についてだったり、特訓についてだったり。つまり、班の人員同士で自己紹介がてらお喋りするだけで終わったのだが――。


「腰があがってるぞ。膝を曲げろ、ヘソの位置を低く保て!!」

「そこ、手を抜いているのが筋肉の動きで丸分かりだ! 剣を置け、走れ!」

「貴様! そんな調子では、魔物と対峙したときどうするつもりだ!? もっと力強く!」


 一転。いきなりの猛訓練である。もちろん身体を無闇に傷つけないように体操や柔軟、型の確認など軽いステップを踏んでからだ。

 しかし、それでもしんどいことに変わりはない。辛い。


「噂に違わぬスパルタっぷり。あとケリュンお前もうちょっと離れてくれ」

「おう、お、おええ……」


 こうも一つのことに長時間拘束されたことのないケリュンは、身体的にも精神的にもほとんど倒れかけていた。体力は人よりあるつもりだったが、今のケリュンの武器は使い慣れない片手剣だ。使う筋肉は普段と違う場所のものだし、決められた、マニュアル通りの動きをしなければならないことにも違和感がある。そんな精神的疲労のせいか、いつもよりずっとくたびれた。

 正規の訓練がこんなにもしんどいものだったとは、と素振りを終えたケリュンは適当に体を動かしてから、べったり端っこのほうに倒れ込んだ。そして「おええ」と吐き気と戦っていたら、先に終わらせていたザックに、先ほどのセリフを言われたのだった。

 ケリュンがぐったり休んで、しばらく経ってからジョーとゾインが素振りを終えた。二人とも体をひきずるように、よろよろと戻ってくる。

 ゼファーがジト目でそんな二人を睨みつけた。


「ゾインとジョーは、メイドさんウォッチングを控えてくれよ。二人の分だけ素振りの量が増えるのは別にいいんだけどさ、たまに僕らまでとばっちり食うんだから」

「いや、見てるつもりはないんだ。いつの間にか……」

「不可抗力ってやつだよ、不可抗力」

「なんだ、呪われてるのかお前ら」


 からかうようにいうザックに、ジョーはやけにキリリと顔をひきしめた。そして胸ポケットから取り出したのは――銀色の、大きなスプーンだった。


「このスプーンに誓って、俺だけは絶対にない。ゾインは知らん」

「何でお前スプーン持ち歩いてんだよ……怖い……」

「俺はスプーンのジョーだぜ? こいつは俺のお守りだ。身代わりとなって、命を救ってくれたことがあってな――」

「その話長くなる?」


 ジョーの話は、満場一致で興味ないということでスルーされた。




「よし、終了して許可が出たものから解散しろ。夕餉の時間に気をつけろよー」

「あとケリュン、お前は少し残れ」


 死にたい。

 ケリュン以外のチームのメンバーは早々に帰っていった。「美人との個人レッスンなんて羨ましいぜ」などと残して。

 そう、うつ伏せるだけの状態からやっと回復したケリュンに声をかけたのは、イオアンナだった。


「ケリュン。なぜ私がお前を呼んだのか分かるか? ……それはお前が情けないからだ!」


 訊いておきながら、ケリュンが口を開く前にイオアンナは言い切った。せっかちな人らしい。


「――というだけで、終わらせるつもりはない。あのへばりっぷりは目もあてられんくらいだが、理由があるな。まずお前、剣に慣れていないだろう」

「……はい。正直、短剣以外扱ったことはありません」

「うん。筋肉、身体の揺れ、緊張感、重心、視点の定まり――どうも剣にしっくりいってないようだったから。普段は短剣と、なんだ? 弓か?」

「そうです、そうです! よくそんなことまで分かりますね」


 あとはでかい木製のスコップも、最近使った。

 言う必要はないから言わないが、うまく扱えば結構強力な武器になったはずだ、とケリュンはちょっと懐かしく思った。


「まあ勘だ。弓も短剣も、結構使えるだろう? 足腰はしっかりしているからな。……かといって、そっちを使わせるわけにもなぁ。いや、いっそ弓に特化させて弓兵……しかしこっちも数は欲しいし」

「あの、剣を教えて下さい」

「――そうハッキリ言ってくれると助かる。が、一応理由を聞いておこう」

「……人の、身を守る術が欲しくて。弓だけではいざという時、相手の前に立ちはだかることができません。身を挺せば時間も稼げると思いますが、剣ならさらに、その時敵を道連れにすることができます」

「ふむ」


 イオアンナはそうして澄ましているが内心驚いていた。本当は理由なんてどうでもよく、指導者としての建前上なんとなく訊いた質問だった。しかし予想していたよりずっと真剣な答えが返ってきた。まっすぐな目つきから、事情があるのだろうと察した。


「私たちは、お行儀よい剣術を教えることしかできない。そして、慈善事業で剣術学校をやっているわけではない」


 ケリュンはそこで俯いた。イオアンナは構わず続ける。


「――つまり、私たちはお前たちについて、アホみたいに毎回成績をつけるわけでもない。お前たちにとって大切なのは、この国を害する相手を殺すこと。剣を完璧に扱えなくても、最低それさえ出来ればいい」

「てことは……」

「私たちに任せておけ。死んでもモノにさせてやる」


 ケリュンは両手を空に向けて、「やったー!!」とまるでお手本のようにバンザイした。『死んでも』という言葉に正直首を傾げたくなったが、聞かなかったことにした。

 イオアンナは素直そうな部下に、うんうんと満足げに頷いている。それがなんだか余計に怖い気もしたが、ケリュンは大丈夫だと思いこむことにした。どれだけ苦労するかは知れないが、死にはしないはずだから。

 何はともあれ、これで剣を振るうことができるのだ。つまり、つまりだ。

 城内で勤務することのできる可能性が(限りなく低いものの)うまれたということだ。おまけに万が一、いや億が一にでも実力を認められたら、騎士として召し上げてもらえるかもしれないのだ!!

 近衛兵として女王や姫の下につく、なんてことはさすがに無いだろうが、それでも好きな人に近づける、なんて夢や希望を持ってしまうのはしかたない。

 ケリュンはぽやぽやとピンクの花にまみれた頭で、少し照れつつそんなことを考えていた。

 イオアンナはご機嫌なケリュンを、(奇妙な奴だ)と心底訝しんだが、あまり水をさすのもよくないだろうと何も尋ねなかった。

 これでもし内心を覗かれていたら、ケリュンは下心丸出し不敬罪糞野郎として拳骨を喰らって(もしかしたら八つ裂きにされて)いたかもしれないが、口にしなければどうということはない。想像のなかではいくら果てしない、届かないようなことを夢見ても自由だ。




 そして翌日の特訓後もまた、ケリュンはイオアンナに呼ばれた。自主練習という名のしごきだった。何度か宙に飛ばされたことは覚えている。しかし途中からはあまりの疲労のせいで記憶がなく、翌日目が覚めたらベッドの上だった。

 全身がいくら筋肉痛になろうとも、訓練は続く。ケリュンは後悔こそしなかったものの、そのうち腕か足がちぎれてしまうのではなかろうかと物騒な想像をするようになった。




 いつもの素振りを終えたケリュンが端で汗をぬぐい、休んでいると、


「おい、そこの、ケリュンとかいったか」


 と、明るく声をかける者があった。同じ班の奴らではない。初めにケリュン達にずいぶん適当な挨拶して、イオアンナにぶん殴られて意識を失った、あの男だった。つまり上司にあたる。

 ケリュンが礼儀として頭を下げると、その男――確か、指導員であるイオアンナの補佐にあたる、副隊長といったか――は、うんうんと訳知り顔で頷いている。


「最近イオアンナ殿との稽古に励んでいるようだが、調子はどうだ? 筋肉痛以外の負傷はないか?」

「怪我はありません。とにかく大変で付いていくので精一杯……というか付いていけている気もしないんですけど、鍛えて強くなりたいので頑張っています」

「うむ、その力を追い求める姿勢やよし! イオアンナ殿は、最低でも重傷は負わせぬようにと言い聞かされているようだし、うちの手当や応急処置も、慣れているからなかなか迅速だ。安心して死にかけろ」

「なんと、まあ、そりゃ、ありがとうございます」


 さっぱりとして気の良さそうな、男臭い考え方の人だ。しかし騎士院にはよくいるタイプである。


「イオアンナ殿の指導はどうだ。厳しいし意識は飛ぶし死にそうになるが、自分が強くなっていくことが実感できるだろう」

「そうですね。強いだけでなく、指導する態度も堂々としていて、分かりやすいです。上について頂けることに、ホント、感謝してます」


 所作や周りからの評判、態度で分かる。イオアンナは本当であれば、ケリュンなんかを構ってくれる身分ではないのだろう。

 副隊長は大きく頷いた。


「当たり前だ。イオアンナ様は、代々騎士院に属してきたお家のご出身。すでにリーダーたる器を持つのも道理だろう」

「騎士院……」


 騎士院。一般的に『騎士』と聞いて想像するモノと違い、これはいわゆるマルテ王国軍部だ。この国では、王族院、貴族院、そしてこの騎士院のみが議会に参加することができる。

 ちなみに国王至上という観点から、この騎士院には最高階級にあたるものはない。そのため三将軍という階級があり、彼らと、それに続く階級の者たちが議会に参加する権利を所持している。

 そのため騎士院に代々属してきたというのは、いわゆる議会に参加するチャンスが多大にあるということであり、つまりイオアンナはものっすごい特権階級といっても過言ではない。


「それはすごい」

「だろう」


 ケリュンはその凄さを完全に理解していたわけではないのだが、それでも天上にありそうな方ということは分かったのでナルホド、と頷いておいた。


「それでもああして剣を取られるのですか」

「当然に決まっている! 騎士院だぞ!? 最近はもっぱら肉弾戦しかお目にかかれないがな」

「なるほど、模擬戦をこなしてるんですね」

「実戦に決まっているだろう。騎士院だぞ!」

「!?」


 実戦ということは、素手で魔物とバトルを……?

 と思ったが、ケリュンは自分が何を口走ってしまうか分からなかったので、深く突っ込まないことにした。とりあえず、無難に話題を変えてしまうことにした。


「……やはり剣技にも優れているんでしょうね」

「ああ。普段はその拳一つで障害を薙ぎ払っていかれるからなかなか見られんかもしれんが、いつか目にする機会もあるだろう」


 彼はさっきから何について話しているのだろう。オーガタイプのモンスターについてだろうか。いやあいつ等ですら棍棒を使う。

 なんと言うべきか、脳内で言葉を選びまくっている結果黙ったままのケリュンに、副隊長は熱く、身振りまでつけて語り続ける。


「技は水を貫く疾風のように鋭く、そし溢れんばかりのパワーを思うがままに使いこなす。あの人に勝てるものなんて早々いないだろうな」


 とても女性を紹介しているようには思えなかった。しかしその態度は誇りに満ち、言葉の節々から熱さが伝わってくる。


「イオアンナ殿は本当に素晴らしい騎士なのだ。私も彼女を漢《おとこ》として――いや、同じ騎士院の一員として心から尊敬している」


 「すまない、今のは失言だったな」と言いつつ、気にしている様子は見られない。へへっと鼻の下をこすり、つい熱くなっちまったぜと言わんばかりに目を伏せている。

 ケリュンはもうちょっと早く後ろにイオアンナ殿がいますよ、って教えておくんだったなぁと心底思いつつ、「ありがとうございます」と礼を告げ皆と一緒にその場を去った。

 残されたのは肩をぐるぐる回し何かへのウォーミングアップを行っているイオアンナと、それに気付かず「また後でな。がんばれよ!」と爽やかな表情でケリュンを見送る副隊長だけだった。

 その場から半ば駆け足で、速やかに離れたケリュンの耳に、悲鳴は届かなかった。

イオアンナの特訓▽

午後を 消費することで、

ケリュンの ステータスが アップ。

身体ステータス不足だと 30%の確率で 状態異常。

体力不足だと 瀕死となる。▽


イオアンナ「よし、 ケリュン。 特訓を はじめるぞ ▽」

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