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マルテ王国史  作者: ばち公
外伝1
30/102

緑児らと 白い花

 ある山の奥深く、そこには誰も知らない村があり、仲のよい二人の幼馴染がいた。快活で聡明な少女と、彼女の兄代わりのような存在である、心優しい少年だ。同年代の友人が他にいなかったこともあって、二人はとてもとても仲がよかった。

 村人はあまりいい顔をしなかったが、二人は構わず山のなかを駆けまわって遊んでいた。といっても、少女が少年を引っぱり回していた、といったほうが正しいのかもしれない。

 村人はひっそりと、村に張りつくようにして生活している。息をひそめるような暮らしのなかで、そこまで奔放に出歩く者はいなかった。二人が誰よりも山のなかに詳しくなるのも、時間の問題だった。



 山をずっと進んでいくと、街道が見えてくる。どことどこを繋いでいるのか分からないが、そこまで頻繁に使用されるものでもないらしい。たまにやってくる馬車や徒歩の旅人を木の上から見送って、少女は溜め息をついた。


「いいな、わたしも町にいきたい。おひめさまになりたい」


 その文がなぜそう続いたのか分からなかったが、少年はとりあえず頷いておいた。

 すると少女は、きらびやかなドレスや装飾品に憧れているのだということを一生懸命語ってみせた。


「せんれんされた、おしゃれがしたいの!」


 なるほど、それさえできれば姫でなく、いっそ町娘でもいいわけだ。かっこいい王子様に目がいってないところが、この子らしい。

 少年は少し考えてから、少女を誘った。むかうのはもちろん町ではなく、森の奥のほうである。

 少年が珍しく自分から行動をおこしたので、少女はわくわくしながらついていった。



 少女が行ったこともないほどの奥深く、獣道をぬけた先にはほんの少し開けた場所があり、そしてその中心には巨大な一本の樹があった。ねじれたような幹の先にいくつも咲く、大輪の白い花。日光が明るく照らすそれはまぶしくて、優雅で、どこか神がかりも想起させた。


「わあ……」


 時を止められたようにうっとりと眺めている少女をその場に残し、少年は大樹のそばへと寄っていった。湧水の川を岩に移ってとびこえて、苔むした低い崖を上からたれている蔦をつかんでのぼって、ひょいひょい身軽に進んで行く。

 そしてその樹の真下に着いたとき、少年は小さな風の魔法をつかった。ちょっと強いそよ風を起こす程度のものだが、それでも、花を一輪落とすには十分だった。

 ふわふわ落ちてくる白い花の軌道をたまに風であやつりながら、少年はキッチリそれを手にいれた。光るように白い、やわらかでしなやかな花びら。匂いはほとんどないが、漂う気品に酔いそうだった。

 しかし少年は、困ったように両手で抱えたその名も知らぬ花を見つめた。この花は少女には大きすぎて、とてもじゃないが髪飾りになどなりはしない。ひっくり返して帽子にするにも小さすぎる。

 途方に暮れた表情でうろうろしている少年を、少女はしばらく首をかしげて見ていた。そして、まだ親には赤ん坊呼ばわりされるがとても聡明な少女は、すぐその訳に気がついた。あの優しい少年は、花が何かしらの理由でダメだったため困っている。期待させてしまったのだからどうにかしないと、と焦っている。

 たしかにちょっぴり残念だが、それほどまでに幼くもないつもりだ。

 少年のほうにぴょんぴょん近寄っていって、体全体をつかって一生懸命段差をのぼると、少年が手をかしてひきあげてくれた。そして、少年が大地にそっと置いていた花を手に取り、頭にのせて支えた。あんまりでかくて不恰好なことは重々承知していたが、それでもにっこり笑ってみせた。

 さしこむ日光がその花びらを透けて、少女の頭や服の上をおどっている。眩しい光を受ける樹を背景にして笑うその光景は、まるで花の妖精のようだった。


「あたし、きっと、ぜいたくね」


 きっと誰も知らないだろうアクセサリーを身につけ、きれいなお日さまを浴びて、丁寧に魔法を使ってもらって、優しい愛情をいっぱいに受け、こんなにも嬉しくて笑っていられるのだから。


「せかいでいちばん、ぜいたくね」


 少年は何も言わない。ただ眩しげに、少女を見つめた。



 少年は今九つ。今年、十歳をむかえる。


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