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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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さよならは告げないで

 久しぶりにのモスル村はいつもと何も変わっていなかった。相変わらず木と紐でつくられた門は役目を果たせないくらいボロで、同じようにつくられた囲いはもっとボロだ。でもそれすらも懐かしい。


「まーケリュンおかえりー」

「今回は長かったなー」

「土産買ってきてくれたかー?」


 周りの挨拶には適当に答えながら、ケリュンはきょろきょろと辺りを見回した。その手にはシンプルなスカーフが握られている。首都で買ってきたもので、淡く優しげなグリーンが美しく、一目で気に入ったものだった。

 渡す相手は、いつもなら不思議なくらいすぐやって来るのに、今日に限って現れない幼馴染だ。彼女が向かいそうな場所をたったか走って探しまわるが、どこにもいない。快活な彼女にしては珍しく、家にいるのだろうか。具合でも悪いのならまた今度にしよう。

 そう結論づけ、手近にいた村一番の年よりに話しかけた。家から引っ張りだしてきた椅子で、いつものんびり日向ぼっこをしている通称ジーチャンだ。目がしょぼしょぼしているせいで、眠っているのか起きているのか分からないが、大体この時間は起きている。


「ジーチャン、起きてるよな?」

「おーおーイルーナ、おきとるよ……」

「イルーナはお袋なんだけど。俺はケリュンだよ」

「ガイか。お前まだ木登りがヘタなんか」

「ガイは親父だよジーチャン。俺はケリュンだって」


 いつもこの調子だ。どうやら自分は母親似らしく、はじめに絶対間違えてくる。最近はもしかしたらわざとなんじゃないかと疑っている。


「そーかケリュンか。よしよし、クッキーやろうな」

「ジーチャンそれ水筒だろ。他人にあげちゃダメだよ。ちゃんと水分取らなきゃ干からびるよ」


 ちょっと聞く相手を間違えたかもしれないが、ジーチャンは勘違いはともかく手元にない食べ物をケリュンにあげようとするくらい優しいので、なんだか心癒される。もっと長生きしてな、と穏やかな気持ちになってニコニコしながらケリュンは尋ねた。


「なあジーチャン、スゥは?」

「すぅ?」

「村長のとこの娘だよ」

「あ?」

「ほら、あの元気で、赤毛で、俺ぐらいの年の……」

「あーあーあー。あの娘なら、嫁いでったよ」


「――は?」


 まさかの返答にぽかんとしてしまう。驚きのあまりそれ以上リアクションもとれないケリュンに、ジーチャンは「ケリュン、ビスケットもお食べ」と水筒をぐりぐり押しつけるのであった。




「なんかねぇ、都市の商人様がスゥを見初めたらしくてね。この前の行商人のなかに紛れてたらしいよ。身分を隠しての修行してたんだとか……よくは知らないけどね。急にこの村にきて村長と話をつけて、とっととスゥつれて出ていっちまった」


 ケリュンがバタバタ飛びこんだのはジーチャン家の近くにあって、運よく扉があいていた酒場であった。血相変えて駆け込んできたケリュンにびっくりした女主人だが、事情を聴いて納得したように頷き、順を追って話してくれた。

 商人がスゥに会いにきたのは、ケリュンが村を出て行ってからすぐのことだったらしい。滅多にお目にかかれないような立派な馬にのり、護衛を引きつれて、その年若い商人は現れた。


「スゥよりちょっとばかし年上の、遠目から見た感じ、なかなかのイイ男でね。あたしは直接会ってないけど、そこらの人曰く喋った感じもよかったらしいよ。笑顔や言葉遣いが爽やかだとか言ってたね。――それに、いやらしい話だが、この村に援助もしてくれるっていうしね。まあ、玉の輿だよねぇ。こんな寂れた村にいるより、あの子も幸せになれるだろうさ」


 若いハンサムな金持ちに突如として迎えられる――女性が夢見るような物語が、スゥのもとに訪れたらしい。

 それにしてもちょっと急展開過ぎやしないか、いや幸せならいいが。愕然としているケリュンをよそに、女主人は話しをつづける。


「アタシゃねぇケリュン、あんたとスゥが夫婦になるもんだと思ってたよ」


 思ってもみない発言にぎょっとする。見れば、呆れたように腰へ両手をやっていた。


「スゥだって満更じゃなかっただろうしね。まっ、その反応みると、あんたは気にしたこともなかったんだろうけどさ」


 男ってホント、極端に鈍いときがあるのはなんでなのかね。

 ……昔、何か嫌なことでもあったのだろうか。そんなケリュンの視線に気づいたのか、愚痴っぽくなった雰囲気を取り去るように、女主人は肩をすくめた。


「まあ、今さらこんなこと言ったってしょうがないけどね」

「……」


 そしてそれ以上聞けることもなく。ケリュンは皺の寄ってしまったスカーフを握りしめたまま、その酒場を後にした。とぼとぼ家へと戻る途中、またジーチャンに水筒を、今度はパンと称して勧められたが、やんわりと断っておいた。

 畑をちょっとのぞいたら休もう。




「わああああああ!!」


 静かな村いっぱいに、ケリュンの悲痛な叫び声が響き渡った。

 汚れるのも構わず膝をつき頭をかかえ、これ以上ないくらい目を見開き現状を注視する。これが、これが。これが本当に


「俺の畑がああああああ!!!」


 奇想天外、阿鼻叫喚。畑一面覆うのは、ケリュンの腕くらいはありそうな大きく分厚いはっぱ。そこから何本も伸びる、背丈よりも高い茎。そしてその先では、小鳥の顔面に似た花――これは花だろうか――が、ぴよぴよと愛らしく囀っている。ぴよぴよ。ちゅんちゅん。きゅぴきゅぴ。愛らしくメルヘンな合唱が、ケリュンの脳みそに現実ですよと木霊する。

 ケリュンの悲鳴を聞きつけて、わいのわいの現れたのは村の男衆だった。もう狩りなどの仕事も終わったらしい。「どうしたケリュン?」とのん気な彼らに飛びついて、ケリュンは泡食って訴えた。


「お、お、俺のっ俺ののののの!!」


 言葉にならない。指さしている先にあるものが自分の畑だなんて信じられない。ぱくぱく口を開閉するケリュンに、何を勘違いしたのか男衆はうんうん頷いている。


「どうだい、大豊作だろ。俺達もびっくりだ」

「種の代金はいらないぜ!」

「いま都会ではバカ受けのナウい野菜らしいぞ! やったなケリュン!」

「うそだ! うっそだね!! 俺の! 俺の畑!? これ畑……? うん俺の畑!!」


 こいつらの仕業らしい。人の畑で何やってくれちゃってんだ。ちなみに、今まで植えていた芋は収穫時期だったので獲って、しまっておいてくれてあるらしい。それは素直に感謝したいが、後でだ。

 事情を聴くとこうだ。芋収穫後、ふらりとやってきた行商人から面白半分で買った種を植えてみた。そのころすでにスゥはいなかったらしい。彼女がいてくれたらぶん殴ってでも止めていてくれたことだろう。

 そしてこの植物は、驚くべき成長速度でスクスクと育ってゆき――


「これでこの村も安泰だな」

「バッカじゃねぇの!! バッカじゃねぇの!?」


 こうした大参事となっているらしい。大事な畑を珍奇な生物繁殖所にかえられ、胸倉をつかまんばかりに憤るケリュンに、皆どうどうと気を静めさせようとする。


「落ち着けケリュン、落ち着くんだ。――正直どうしてこうなったのか、俺達にもさっぱり分からないんだ」

「失敗じゃねぇかよぉ!!」


 何がよかったな、だよ。うおお、と地面に両手をつき吠えるケリュンに対し、男衆らは相変わらずのん気だった。空いてた畑にちゃんと植物が育っててよかったね、とでも言わんばかりだ。事実その通りなのだが。

 ああスゥ、こいつらの卸し方を教えてくれ。今ここにいない幼馴染に真剣に祈った。いや、こうして騒いでいると本人が現れそうだ。ちょっと何騒いでるのよ、とひょっこりやって来て、こいつらを思いきり叱りつけて、ついでにケリュンにも帰りが遅い!などと説教して――。

 はあ、とケリュンは深く溜息をついた。


「どうしろってんだよ、これ……」

「収穫して食うんじゃね?」

「手伝うぜ、この衰えてきた筋肉で!」

「任せな! いやー、 やっぱりチキン味なのかな……」


 収穫ってどうやってするんだ。嘴で攻撃してきそうなんだけど。


「……」


 これを収穫できたとして、次に何を植えたらいいのだろう。土地の栄養全部吸い取られてるんだろうな、と無駄に強靭そうな葉っぱをびよんと引っ張ってケリュンはおもった。心にぽっかりあいた穴に、すきま風がふいた。




「ケリュン、お腹すいてないかい。プディングもお食べ」

「ありがとう、でもいいよ……」


 ジーチャンの側に座りこむ。いい感じに日陰になっているので、割りとすずしい。のどかで平和な光景だった。


「どうしたケリュン、こけたんか」

「ううん」

「ガイに怒られたんか」

「ちがうよ」

「イルーナに尻叩かれたんか」

「ちがう」

「じゃあなんで泣いとるんだ」

「……ジーチャン、俺、泣いてないよ」


 ジーチャンは「そうか、」とだけ呟いて前をむいた。ケリュンも前をむいた。遠くから悲鳴が聞こえた。


「やべぇ、この花狂暴だ!!」

「投石だ! 投石で立ち向かえ!」

「くらえ! 泥だんご爆弾!」


 無視した。


「ジーチャン、ちょっと愚痴きいてくれる?」

「あーよしよし、いっぱい喋ってすっきりしてきなさい」


 うん。

 ケリュンは胸にあいた喪失感を埋めるように、すぅっと息を吸った。


「必死こいて遠くまで行って訳分からん仕事して借金返して帰ってきてみれば、スゥは出てくし畑は変だし墓もうつさなきゃいけないし畑はほんっと変だし!!!」


 そう言い切ると、また深呼吸した。


「おかしいだろもう!! だいたいあの依頼からしてなんか妙だったんだよな! いやそれは気のせいだとしても、ホンットなにもかも、なにもかも、おかしい……」


 ふと安らかな寝息に横を見ればジーチャンが鼻ちょうちんを浮かべて寝入っていたので、徐々に声のトーンも下がっていった。

 しずかな風が、ケリュンの髪をゆらして流れていく。


「……」


 なんだか一気に脱力した。

 まあいいか。投げやりな態度はよくない。

 どんどん大切なものがなくなっていくが、やっぱりこの村は好きだ。留まらなければという義務感は失せていくが、もう少し暮らしていたい。

 喪失感を抱えながらも穏やかな気持ちでいると、遠くからまた野太い悲鳴が聞こえてきた。やっぱり無視したケリュンは、しばらくそこでのんびり昼寝をすることにした。

ケリュンは「わたせなかったお土産」をてにいれた▽


村人「ケリュン、おまえ、畑のていれしすぎだ▽」

「石がすくなくて困ったぞ▽」

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