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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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借金返済

 マルテ王城からも最も近い一流の宿に、例の行商人は泊まっていた。通行のため整えられた煉瓦道が当たり前のように巡っている一等地に建つ、その名も「銀の祝福亭」――高級なところだと知って驚いたのは、ケリュンが名前を聞いていたその宿についたときである。どうやらかなりの金持ちだったらしい。

 日光をギラギラ反射する銀色の看板をみて、(そうは見えなかったが……)とケリュンは失礼なことを考えた。


 行商人の男は運よく扉付近でたたずんでいて、そのおかげでケリュンは中に入らずに済んだ。一緒にいた女性はケリュンが近づいてきたことに気づくと、さっと目を伏せ、そそくさと中へ入っていってしまった。


「うん、ちょうどだね」


 早速金を返すと、久しぶりに会った行商人は「おつかれさん」とケリュンをねぎらった。

 肩の荷がおりたようでほっとする。自分で思っていたよりも重荷になっていたようだ。こんな心に悪いこと、できることならもう二度とごめんだ。


「それにしても、……俺が言ってもいいセリフでは、ないかもしれんが。お前もその若さでその……色々と、大変だな」


 「色々」の部分に、特に感情をこめられていた。ケリュンに両親がいないこと、変に大金を得る仕事をしていること、ひょいと借金を背負ってしまったことに対してだろうか。なるほど、あちらから見ればかなり妙な事情を持った青年である。

 しみじみとそそがれる、哀れみの色が強い、複雑そうな視線に肩をすくめた。


「そうかな」

「ああ。もう会うことはないだろうが、こっそり応援しとくよ。がんばんな」


 アルクレシャに滞在するのは今日までで、これからしばらくの間、ここから離れるらしい。フレドラや他所の街を回るのだとか。しばらくそうした会話に付きあってから、ケリュンは思い出したように尋ねた。


「そうだ、この近くに墓石なんて売ってるとこないかな。ちょっとよく分からなくてさ」


 何度か来たことのある程度で、そこまでこの街に明るいわけでもない。そんなわけで軽く尋ねた。

 すると古物商は目を瞬かせてから、一瞬黙った。


「――それなら、近所にあるぞ。地図を書いてやろう」

「助かるよ、ありがとな」

「いや、いいんだ。……ホント、がんばれよ」


 なんとなくその対応に違和感を覚えたものの、おそらく親類が死んだと勘違いされたのだろうと気付いたケリュンは、苦笑いをかえしておいた。




 アルクレシャに住んでいるのだろう人々が歩いていく。ケリュンはすみに座り込んでそれを眺めていた。たまに具合でも悪いのかとこちらをうかがう人もいたが、てきとうに手を振って流す。この雑踏の中には、もしかしたらモスル村から働きに来ている幼馴染なんかもいるかもしれない。ぼーっと耽るケリュンの脳裏には、先ほどの出来事が浮かんでいた。

 意気揚揚と向かった先には、老人が二人いた。石屋と、その石に細工を掘る職人らしい。こうも軽い足取りで墓石を買いに来る奴も珍しいだのなんだの言われ、しばらく取るに足らないような雑談をしたあと、さっそく墓石を購入することにした。初めの内は普通に進んでいたのだが、「場所はモスル村で」、そう告げた瞬間、石屋にその首を大きく横にふられた。


「無理じゃ」


 あっさり却下。そのあげく二人がかりでズバズバと、老人とは思えない勢いで説教された。ただ細工職人のほうは方言が強すぎて、たまに聞きとることができなかった。


「いきなりなんでだよ。ちゃんと金なら用意したしそれに」

「そんなとこまで行きたくないわ。墓石は重いし、道中何がでるか分からんし。それよりお前、なに考えとるんじゃ!」

「な、なにって」

「おんまえ知らんのけぇ? 近ごろの、お墓ぁ荒らす魔物がよーけ出ての」

「ここは壁に囲まれとるからあれじゃが、よそはだいぶ被害をうけとるらしいぞ」


 墓荒らし。どこかで聞いたことあるような、ないような。もごもご口ごもるケリュンをよそに、老人二人はなにやらしみじみと頷きあっている。


「なんで散らかすんかのぅ。骨しか埋まっとらんのにのぅ」

「ほんとじゃ。別になんか取られるわけじゃないがの、嫌あな気持ちじゃ……」


 墓にあるのは壷や箱にしまわれた、燃やされた骨である。燃やし尽くすことは難しいので完全な粉にまではなっていないが、それでも魔物にとって、用途の無い代物であることに変わりはない。


「んなわけで無理じゃ。この際、首都内にうつしちまったほうがええと思うぞ。いつ墓荒らしがそっち向かうかも分からんしの」


 そしてこれ以上反論することもできず。


「……そうだね」


 と物分かりよく頷いてしまい、今ここで情けなく黄昏ているわけである。




「やあケリュン、さっきぶりだな!」


 唐突に、ぴょっと手をあげて現れたのは、アグリッピッピーナである。ついこの前みたのと全く同じ格好で、さすがにアルクレシャでは少し浮いていた。本人は気にせず堂々としているが。


「……なんでここにいるのお前」

「悪いか」


 驚くほどなんの感慨もない再会である。

 ふんぞり返る姿に笑みをうかべようとしたが、唇がすこし震えるばかりでだめだった。


「どうした、若者のくせに元気がないな」


 よっこいせ、と何の断りもなくピーナはケリュンの横にこしかけた。もう婆臭さを隠そうともしない。それでもあいかわらずマイペースな姿に、なんとなく心が落ち着くのを感じた。いや、未だに混乱はつきない。自分が何を感じているのか、さっぱり分からないのだ。

 このぐちゃぐちゃとした思いを吐きだしたくて、すがりたくて。それでも外見幼女に弱った顔を見られるのは癪だから、ケリュンは両膝の上でくんだ腕に、顔を深くうずめた。


「……故郷に骨を埋めたかったんだ。一生をあそこで暮らして、のんびり生きて、たまーに遊んだりしてさ。それで、最後には、家族と同じ墓で眠りたかったんだ」


 ピーナはそばにいる。ただ黙って話を聞いている。長老のように深く相談を受け止めくれているような。通りすがりの未熟な人間の戯言として、片づけられているような。ケリュンには分からない。判断ができない。どちらでもいい。

 余計わけが分からなくなった気がして、思わず、ぽつりとつぶやく。


「……おかしいかな、俺」

「おかしくない。それが一村民の考える、幸せな人生だよ」


 産まれた場所で生きて死に、先祖代々の墓にはいる。だいたいの人間が持つ、まったく普通の考えだ。わざわざ命をかけて恐ろしい旅をし、住処を移すなんて、その土地で生きることのできない人間がすることだ。


「なんだ、引っ越しでもするのか」

「うん。いや、ちがう。俺じゃなくて、親の骨をうつすことになって」

「なんで? 墓なんて動かすもんじゃないぞ」

「分かってるよ。でも墓を荒らす魔物がでるって聞いて。それに首都なら墓守もいるし、いいかなって思ったんだけど」

「ふーん。それでしょげてるのか」


 「おまえデリケートなやつだなー」と、人の気も知らずピーナはからから笑っている。


「村に置いておけばいいだろう。別にいーじゃないか、墓ぐらい荒らされたって」

「よくねぇよ。なんでそんなこと言えるんだよ」

「じゃあしかたないだろ」

「……うん」


 頷きながらもケリュンは未だにうじうじしている。迷信、というより信仰心じみた想いと、自分が下した判断の間で悩んでいる。答えの出るものではないので、こればっかりはしかたない。


 今まで頼んできた品の値段について、アレヤのところへ突撃するのは明日にしておこう。悩める若人の側に寄り添いながら、明日どのように飛びこんでやろうかワクワクと考えをふくらますピーナであった。

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