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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
24/102

前王の娘ロッカ

 レイウォードに言われたとおり進むと、今度は白い煉瓦でつくられた壁が立ちふさがった。ケリュンが近づくと、そのうちの一つが緑に変化した。目を引かれるがままそれにかるく触れると、緑の煉瓦が奥に沈んでいく――そして、カコン、と何かがはまる音がした。

 瞬間、それにはじかれるように周りのブロックが動いた。その動きは波紋のように広がってゆき、ブロックはどんどん外へ外へと――。やがてそこには人一人通れる程度の穴があき、木製の質素な扉がその姿を現した。


「くそ、ちょっといいな、これ……」


 全く理解できない仕組みであるから、ひどく不気味にうつる。だが、それでもこのカラクリに惹かれずにはいられない。なんだかとてもカッコイイ気がするのだ。恐らく、男の性だろう。




 ドアをあければそこは以前訪れた部屋の、使われていない暖炉へとつながっていた。どれくらい前から待っていたのか、すでにアレヤ女王はそこにいて、優雅にお茶の香りを楽しんでいた。

 ついでにレイウォードも目を伏せて控えていた。ちなみにこの紅茶を淹れたのは、彼ではなく、先ほどまで女王の傍についていた侍女である。

 とにかく形式を済ませると、ケリュンは報酬をうけとった。前回よりも重たいのは、気のせいではないだろう。どれほど入っているのか考えるのが、恐ろしい気がした。

 まあ、遠慮せずありがたくいただくのだが。

 いそいそと鞄にしまいこむケリュンをみて、アレヤ女王は首をかしげた。


「なんだかずいぶんとご機嫌のようですね。何に使うのかしら。ねぇ、ケリュン」


 あまり品の良い質問ではないような気がする。

 しかし、こうして名を呼ばれれば、従う以外の選択肢が頭のなかから消えてしまう。これが、命じるのに慣れている人間の威圧感というものか。


「えーと、今、その、ちょっとした事情で借金がありまして。」


 墓のことは黙っておいた。


「まあ。あなたは誠実な人だと私は知っていますよ。……どうやら、何か事情があるようですね」


 どうしてこういう話題になったのか。よく分からないが、そこでかくかくしかじか、簡単に説明した。

 嫌な話を聞かせると思ったのだが、案の定アレヤ女王はわずかに眉尻を下げ、納得のいっていないような顔をみせた。まあそれもほんの一瞬で、すぐにいつも通りの穏やかな表情に戻ったのだが。


「なるほど、話は分かりました。いきなり弁償というのは、いささか乱暴が過ぎるようですが」

「しかし商品を壊したのはこちらですし、話しあって色々と納得しましたし……」

「……と、貴方が気にしていないのであれば、横から色々と話すべきでありませんね。それで全て済ませることができるのですか?」

「はい。いえ、寧ろ余るくらいです」


 本当にこれほどの大金を頂いていいのかと逆に尋ねたいところだが、没収されたり減額されたりしたら今日ばかりは困るので黙っておいた。


「そうだわ、ケリュン。クレアが言っていたのだけれど、あなたとのお話をとても楽しんでいたそうです。よかったら、今からでも顔を見せてやってください」


 そう語るアレヤ女王は、母親らしい顔をしている。身の程を知らない考えだが、クレア王女がすこし羨ましかった。女王陛下との付き合いなんてこれからはないだろうから、そう考えるとなんだか惜しいような、寂しい気持ちになった。まあ、一時の感傷だろう。

 そう結論づけて、大きく一礼をする。


「陛下、そろそろ失礼します」

「それではケリュン、また会いしましょう」


 そして女王に深く礼をしてから、レイウォードの案内につづいてケリュンはその場を後にした。


「……」


 ケリュンの背がドアの向こうに消えてから、アレヤはふとその顔から表情をけした。指先を口元にあて、沈黙のなかで考えこむ。


「今度はどうかしら」


 つぶやき、長く溜息をついた。


 言葉が空気にとけてしまってから、アレヤは部屋を出た。レイウォードとは別の近衛兵のあとにつづき、執務室へと戻る。

 全ては、女王陛下の企みのままに。




 次に通されたのは庭園だった。ケリュンの知らない様々な花が一輪の狂いもなく規則的に植えられ、布屋も驚くほどの色鮮やかさが目に眩しい。

 ただ、たまに吹き抜ける風にのって広がる甘ったるい香りは、少しきつ過ぎる気もしたが、恐らく、慣れていないだけだろう。

 その証拠に、目の前にいるクレアは平然としている。


「姫様、久しぶりです」

「ご機嫌よう、ケリュン様! またお会いできて嬉しいです」


 そして頭を上げるついでに、その華やかな顔立ちでかわいらしく微笑んでみせる。まわりで咲き誇る満開の花々が恥じて、そっと蕾へと縮こまってしまいそうだ。

 と、


「ふーん……」


 じろじろと、品定めするような目つき。クレアの後ろにいた背のたかい少女が、ケリュンを上から下まで観察するように眺めている。その遠慮のない視線に、若干身を引いた。

 つり目がちな瞳は、クレアや女王と同じエメラルド・グリーン。しかしその髪色は、非常に珍しい水色だ。落ちついた薄紫色のドレスをきて腰に手をあて、何を考えているのかよく分からない顔でケリュンを見つめている。


「えぇと、こちらは私の従姉妹にあたります、ロッカです」

「……こんにちは、ケリュン。クレアから話は、そうね、いろいろと聞いてるわ。私はロッカっていうの。よろしくね」


 とにかく紹介されて前にでてきたロッカは、勝気な顔つきで微笑んだ。

 やはり王族らしい。これで三人目か。そろそろこのへんの感覚がマヒしてきたな、と思いつつ、ケリュンは膝をつこうと身をかがめた。


「お初にお目にかかりま――」

「ストップ。堅苦しい挨拶なんていらないわ。ほら顔あげて、その体勢もいいから! 足痺れちゃうわよ?」


 どうせ非公式なんだし。

 軽い喋り方やハキハキとした物言いを意外に思いつつ、ケリュンはその言葉に従うことにした。


「えーっと。じゃあお言葉に甘えて……はじめまして、ケリュンといいます」

「素直でよろしい。じゃあ、改めてよろしくね」


 満足げに大きく頷くロッカを、クレアは呆れた目でみていた。


「ロッカったら……」

「いいじゃない、これくらい」

「あまりにも、王族らしく無さすぎるわ」

「王族、ねぇ。お姫様ったら、ホント堅いんだから……」


 演技がかった仕草で、やれやれと言わんばかりにおおきく肩をすくめる。皮肉っぽくちゃかす言葉に、クレアは「もう」、と拗ねたように頬をふくらませた。


「ずいぶん、仲がよろしいんですね」


 ロッカはクレアやアレヤより背も高く、体付きも(二人と比べればだが)しっかりしている。そのせいかこうしていると、本当の姉妹のようだった。顔立ちはなんとなく異なっているけれど。

 ケリュンのその言葉に応えたのはロッカだ。


「従姉妹だもの。もう数少ない近縁だし」

「従姉妹――」

「ロッカはマルテ王国三代目君主、マルテ三世の一人娘です」

「前王で、今のアレヤ女王の兄にあたった人よ。わかる? つまりはそういうことね」


 そういえば、前代君主は妻とともに病死したと、どこかで聞いた覚えがある。そしてその妹、アレヤ現女王陛下が四代目君主として即位したのだった。

 あまりなじみがないことなので、すっかり忘れていた。

 嫌なことを掘り返してしまったかと思ったが、ロッカはあっけらかんと過去形でそう言ってのけた。

 こうなるとわざわざ謝るのも気を遣いすぎているような気がしたので、ケリュンは「そうだったんですね」と、あたり障りのない一言だけを述べておいた。


「ま、つまんない話はこれくらいにしておきましょ。それよりもケリュン、あなた今から時間あるかしら? ちょっとお喋りにつきあってほしいんだけれど」


 今日はちょっと、と断ろうとしたケリュンが口をひらいた途端、「まあ!」と声をあげ遮ったのはクレアだった。


「ロッカ、顔を見るだけだって言っていたじゃない」

「いいじゃない暇なのよ。それともクレア、なにか不都合でもあるの?」

「いいえ、特になにもないけれど」

「決まり。ね、ケリュン、いいでしょ?」


 くるりとこちらを振り向いたロッカに、ケリュンは咄嗟に頭を下げた。


「申し訳ございませんが、今日はこれから用事がありまして」


 あの商人のもとへ、借金を返しにいく必要がある。あまり遅くなると返せないかもしれないし、なにより村に帰るころには夜中になってしまう。さすがに危険すぎるため、それだけは避けたかった。


「それならしかたないですわ、ね、ロッカ」

「そうね。急なことだし。それにしてもケリュン、王族のお願いを断るなんてイイ度胸ねぇ、びっくりしちゃった。あ、責めてるわけじゃないのよ。褒めてるの。これぐらい、 特に問題になるわけじゃないしね」


 また頭をさげそうになったケリュンを見て、ロッカはそう付け足した。

 心からそう言っているのかはよく分からないが、気分を害しているわけではない、と思う。


「それでは、レイウォードを呼びますね」

「あ、私そろそろ行かなくちゃ。ホントは今から、ちょっと用事があったのよね」


 そう早口で言うと、ロッカは二人の返事もきかずに「じゃーね!」と手をふり走り去っていった。

 あっという間に庭園の外へと姿をけしたロッカに呆気にとられていると、


「きっと、出たくない用事だったのでしょうね。レイに見つかると怒られてしまいますから……」


 と説明するクレアだが、特に気にした様子もない。いつも通りのことらしい。俗っぽいといおうか、ずいぶんと気さくな、親近感のある王族もいたものだ。


「あ。そうだ王女。えーっと、その、……猫です」


 ずいぶん唐突かつ意味不明なセリフだが、ケリュンのその手のひらにのせられた物を見れば、一目瞭然だった――猫をかたどった、陶器の置物である。三頭身にも満たないくらいデフォルメされた白猫が、かわいらしく首をかしげている。色はつけられていないものの、つるりと光って愛らしい。


「ねこ……」

「はい。フレドラで見かけたので、買ってきました。よろしければ、受け取ってください」


「ねこだわ……!」


「……」

「……」


 こちらの声が聞こえていないらしい。クレアはただ自分の手のなかにある小さな猫をじっと見つめている。気に入ってくれたようでなによりだ。わざわざ買ってきたかいがあったというものだ。

 それにしても、王女がここまで猫好きだとは思わなかった。さすが猫。


 それからしばらく、猫ってすごいなー、これ買った店のテオドアとかいう男は元気かなー。などと思っているとレイウォードがきたので、ケリュンはいまだじっとしているクレアに適当に別れの挨拶を述べ、そのままその場を後にした。


 ちなみに迎えにきたレイウォードはたたずむクレアをみて眉をひそめたが、特に突っ込むこともなかった。

 バックの花が違和感ないくらい一人上機嫌に頬をゆるめている姿は不審そのものであったが、女王でないため、そこまで気にもならなかったらしい。


 残されたクレアはしばらく、自分と猫――一人と一匹の世界にひたっていた。

「アイテム」→「猫のおきもの」→「つかう」

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