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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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ケリュンとエミネル

「金色の瞳、ですか?」


 再会して早々なにやら意気込んでいるケリュンに、エミネルは目をぱちくりさせた。



 久しぶりに訪れたエミネルの家は、前と何も変わっていなかった。まあ数日しか経っていないので当然だが。

 ただ前と違い、今回は何人か利用者がいた。どれもこの村の主婦らしい。集まって二階でテーブルを囲み、料理本をつかって何やら楽しげに話しあっていた。周二回ほど行われている合同料理研究らしく、今も笑い声がこの一階まで聞こえてくる。

 図書館にしては騒がしいと思うがよくあることらしく、エミネルが気にしている様子はなかった。

 ケリュンはエミネルに、金色の瞳について尋ねた。少々行動的なところのある娘なので、それについての詳細は――水晶の向こう、瞳を砂色に金にと光らせた、アグリッピッピーナのことは、伏せておく。

 代わりにぞっとするような金目の持ち主と、フレドラの店先でちょっと会話したことにしておいた。


「金――ですか。確かに珍しい、ですね。それに、魔物によくある色というのは間違いじゃないと思います。本にも、獣型の魔物、魔獣の特徴として挙げられていました。例えば、この前あったウルフ系とか」


 エミネルは考えながら、慎重にゆっくりと言葉をつむいでいく。


「……でも、あたしは専門家じゃありませんし、村から出たこともないので人の目の色についても分かりませんし、だから、それだけで異常と言えるかどうかは、その、ちょっと……」


 あまり協力できそうにないと、その小さな頭を下げた。

 確かにこれだけじゃ情報が足りなさすぎる。目が金色だからなんだという話になってしまう。ケリュンも「うーん」と記憶を探りながらうなった。


「そうだな、それだけじゃなくて目の中のこの――丸いとこが、びゃってなってた」

「……」


 つまり瞳孔が開いたと言いたいのだろう。

 真顔のまま、目のところで指を素早くぐーぱーするケリュンにどう声をかけるか迷ったが、エミネルは「……そうですか」と頷くのにとどめておいた。彼も真剣なのだ。


「あの、えぇと、明るいところに出たら、人間誰でもそうなりますよ」

「そうじゃなくて、こう、もっと勢いがすごかったんだよ……」


 「ホントだって、すごい危険な感じしたんだって……」といまいち理解してもらえず意気消沈、がっくりと肩を落とすケリュンに、エミネルはあわあわと慰める言葉を探すのだった。

――その姿にいっそう、自分の知識の無さが嫌になる。己の頭の中にあるイメージを全て言葉で表せられればいいのに!と嘆き、恐らく世の知識人といった教養ある人々はそういったことができるから重要な役職に就くのだろうとふと思った。そりゃ敬われるはずである……。

 自省まで始めたケリュンに、エミネルはお茶でも飲んで気分を変えてもらおうと、席を立った。来客用の高価なものなんて買えないため味のうすい安物だが、おわびとして丁寧に淹れようと思った。




 ポットの中から湯気がふわふわ立ちのぼる。これは先ほどエミネルが火の魔法を使い、ぱっと沸かしたものだった。資質のないケリュンには、あいにくと一生縁がないものだ。薪も時間も節約できてうらやましい。

 魔法がこうして、日常生活に転用されているのを見ると、本当に便利なのだろうなと思う。

 特に優遇されていないのが不思議なくらいである。


――それにしてもお茶はほっとする。熱すぎるせいか、味をあまり感じられないが……。


 ケリュンは黙々と、出された熱い茶を楽しんでいた。なにはともあれ、どうやら落ち着いたらしい。こうなると彼は遠慮がないためか変に堂々としていて、やけに頼りがいがるように見える。

 しっかりとケリュンの様子を窺ってから、エミネルはそっと深呼吸した。

 今なら聞いてもらえる、と自分に言い聞かせて、そして、まるで初めて出会ったときのようにおどおどと切り出した。


「……あの、ケリュンさん」


 ちなみに初めて出会ったときからずっと、声は小さいままである。


「ん? どうした?」

「相談が、ですね、ありまして……」

「俺に」


 なぜこんな自分にするのだ、と驚いたケリュンが見返すと、エミネルはついとその視線を泳がせた。そしてためらうように俯きかけたが、しかしすぐに顔を上げ、ケリュンの目を見つめた。

 何やら決意したらしく、その黒い瞳は力強い。


「あの、あたし、首都に行こうかなって思ってるんです」

「は? なんで?」


 思わずして大きな声になってしまった。そしてエミネルのキリリと引き締まった顔をまじまじと眺める。


 この村で過ごせばいいじゃないか、とケリュンの価値観は訴えていた。


 外に出たがる幼馴染を隣で見つめ、慰めていたからその気持ちは分かる。華々しく豊かな都会に憧れるのも分かる。故郷以外に自分の宝を探す気持ちも分かる。


 でも――。


 エミネルは構わず、というよりもそんな彼の様子に気付いてないのだろう、そのまま続けた。


「ずっと、いつか行きたいと思ってて。社会勉強になりますし、それから、大きな図書館もありますし。親戚もいるので、いいかなぁって……」


 これは相談というよりも、ただの決意表明である。なぜ自分にそんなことを聞かせるのかは分からないが、とにかく賛同し、促してもらいたいのだろう。

 ケリュンはちょっと悩んだが、エミネルはもう心に決めているようだし、親類がいるなら安全だろうし、特に否定する要素もない。これは彼女の人生だ。


「いいんじゃないか」


 頷くと、エミネルの体から強張りがなくなり、ほっと破顔した。一挙一動からその心の動きが、面白いほどよく分かる娘である。

 首都は基本的には治安のよいところだが、そのせいか逆に凄まじい悪人や、ケリュンには意味の分からない変な奴がたくさんいる。騙されたら、カモられたらどうしようと、ケリュンは責任を感じてちょっと後悔した。

 エミネルはそんな彼の気持ちも知らずにニコニコしている。


「もし向こうで会ったら、よろしくお願いしますね」


 首都アルクレシャ。その中心にある、例の優美な城を思うと気分が重くなる。

 が、こう関わってしまえば、いざという時よろしくしないわけにもいかないだろう。


「案内なんかはできないぞ」


 ケリュンが頷くと、エミネルはその顔を輝かせて頷いた。

 そしてそのとき上の階から女性が、本を手にしておりてきた。あの主婦グループのなかで、一番年上の人である。エミネルはケリュンに断って席を立つと、その女性としばらく話しあい、なにかを受け取って帰ってきた。


「なにかあったのか?」

「いえ。本と、ついでに部屋の貸しだし料金です」


 どうやら金が包まれているらしい。驚くケリュンにエミネルは平然と、「ケリュンさんのときは村の一大事でしたからね」と告げてその金を懐におさめた。

 子どもの小遣いていどの代金でも、積み重なれば山となる。出稼ぎにでている父親からの仕送りと合わせれば、エミネル一人なら十分生活できた。

 そしてしっかり貯金もして、今に至る。


「――ホント、ちゃっかりしてるな」


 この調子なら心配いらないかもしれない。

 エミネルは空いたカップに茶をそそぎながら顔を上げた。


「へ? えっと、なにか言いましたか?」

「いや、別に。どんなの借りてったんだ?」

「えーっと、レシピ集と、おまじないの本ですね」

「ま、呪い? こわっ!」


 ひきつる顔に、エミネルはくすくす笑う。


「やだ、ケリュンさんたら。魔法陣を組んだりするんじゃないんですから。簡単で、害の無いものですよ。ちょっとした、そうですね、願懸けみたいなものです」


 「魔法陣?」と不思議そうな顔をすれば、エミネルが説明してくれた。


 その名の通り魔法を発動するための陣形で、魔法陣を組めば、詠唱よりもずっと強力な魔法を発動することも可能らしい。

 らしいというのは、そんなもの古代レベルの超技術で、今の時代には、使える人間なんて存在しないためである。

 うまく使えば、町一つ守護することもできるのだとか……。


「図案はある程度なら残っているんですけど……描いてみても組み立ててみても、なんの反応もないガラクタにしかならないらしいです。あたしが百人集まっても足りないくらいの魔力とコントロールが必要だとか」

「……」


 意味が分からなくなるくらい規模のでかい話だ。理解に苦しんだケリュンは黙っておいた。


「ケリュンさんは占いとか、興味ないんですか?」

「興味以前に、あんまり馴染みもねぇしなー。まあ、してもらったことならあるけどさ」


 フレドラの水晶玉を思い出す。あの占い師は、あれに自分の未来を見たのだろうか。


「わ、結果はどうだったんですか?」

「あ」


 そういえば、占いの結果を聞いていない。ただ身の上や女の好みについて色々と当てられただけで、

「続きは腹が減ったから後でな」と先延ばしにされていたのだった。そのことをすっかり失念していた自分に驚く。が。


――まあいいか。


 「また」と、あの占い師は別れ際に告げていった。つまり、いつか再会するときが来るのだろう……適当な別れの挨拶かもしれないが。とりあえず、これを占いの結果だと思えば、悪くない。

 ケリュンはちょっと考えこむような素振りをしてから、


「――運命の出会いじゃなくて、再会があるでしょうって言われたぜ」


 ふざけたように告げると、エミネルは一瞬きょとんとしてからくすくす笑った。ケリュンはなんとなく、自分自身について笑われているような気がした。

 ちなみにそれは正解で、再会した相手が目の前にいるのになんの気もなくそのようなことを言ってしまう――そんなケリュンを、エミネルは面白く思ったのである。


「それは、どんな人となんでしょう」

「相当な若作りだけどありゃババ……老婆だな老婆。皺くちゃになってそうな感じの……」

「す、すごい運命ですね?」

「やめてくれ」


 年上に惹かれることは事実だが、熟女や老人に迫るような趣味はない。

 笑っているエミネルとは対照的にうんざりした顔のまま、ケリュンは茶を飲みほした。ぬるくなっても、味はよく分からなかった。

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