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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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テオドアとテギン

 ケリュンとピーナ、一体どこで知り合ったのかもよく分からない、でこぼこな二人の背中が見えなくなったころ、テギンがゆったりと戻ってきた。


「おう、遅かったな」

「そうかしら……。あら、片づけ、もう終わってたのね。お疲れ様」


 テギンはエプロンを外して、団子にくくりあげた髪をほどいた。こうしてきっちり結った髪型から解放されると、肩が軽くなったような気分になる。

 ふぅ、と息をつき首を振れば、暗がりでは茶色にも見える、落ち着いたダークブロンドの髪が彼女の肩に広がった。


「ああ、お疲れさん。今日もやられちまったか?」

「そうなの、かなり粘られてしまって。だ、だけど大丈夫よ、負けはしなかったから」


 何かを買おうとするたびに、遠慮せずガンガン値切ってくるあの幼い子ども――ピーナの、あの他人の内面を見透かすような表情を思い浮かべながら、テギンは生成り色のマントを頭からかぶった。


「手強いもんなぁ、あの占い師」


 尻に敷かれているらしいケリュンの顔もついでに思い出しながら、テオドアも黒地のマントを羽織った。そして荷物を背負い、ぼちぼち帰路につく。

 ピーナのあの冷めきった内面と押しの強さは、実家の彼の母にも引けを取らないだろう。おまけにどこで知ったのかイマイチ売れていない商品ばかり買い漁ろうとするため、こちらとしても譲歩せずにはいられない。なんとも手強い相手である。

 しかし、その手のひらなんかテオドアの親指ほどなのだから、より性質が悪い。

 未だ子どものいない二人にとって、彼女の姿はどうしても魅力的だった。また顔を見たくなって、つい甘やかしたくなってしまう。まあ可愛いのはあくまで姿は、の話だが。


「そうね……」


 と、そこまで話して、二人そろって無言になった。

 同時に、ただまっすぐ進んでいたのを止め、すぐ近くの道を左にまがった。そしてまたそばにあった角を素早く曲がり、暗い路地裏に入りこんだ瞬間、テギンがその長い腕をぱっと天へ向けた。

 手首につけた二本のゴールドの腕輪が音を立ててぶつかりあい、ほんのり赤みを帯びた光を発する。次いで耳鳴りのような甲高い音が鳴り、テオドアとテギンの身が、赤い透明な膜にくるまれた。しかしそれも一瞬で、その膜は空気に溶け込むようにして消えた。

 そのまま二人はしばし黙々と、まるで闇に潜むようにその場に潜伏していた。

 テオドアの眼光鋭い目が周囲を、テギンのおっとりした垂れ目が空をうかがう。


「……行ったか?」

「ええ」


 そこで二人は身を離した。テオドアが先にでてまた少し周囲をうかがう。

 テギンは二人の身を隠すために発した魔力を収め、被っていたマントを手早く体に巻きつけた。


「全く、人の嫁つけるたぁとんでもねぇ奴らだな」

「ふふふ」


 フン、と適当なことを言って鼻息荒く怒ってみせる夫がおもしろくて、テギンは少し笑ってしまう。こんなことも多いから、こうして話して笑って、そばにいられる些細な時間が、互いに愛おしくてたまらない。

 またのんびり歩きだして、そうだ、とテオドアが今日聞いた世間話でも話そうかと思った瞬間、さっきの不審な状況から思い出したことがあった。

 急に口をつぐんだ夫を首を傾げて見つめる、テギンのグレーの瞳から目をそらす。


「あー、今ので思いだしたんだけどよ……」


 テオドアが短く刈りこまれた頭を困ったようにかいた。しばらくもごもごと口籠ったあと、観念するように息をはく。


「あの貴族様からの注文さ、その、場所とか色々考えると、やっぱりな……」


 あいつが裏にいるようだよ、と。

 あれこれ使って調べたとも言えない。以前から二人が抱えていた疑惑を、率直に事実と告げることもできず、ちらりと隣を歩く妻の様子をうかがう。

 押し込めているのか、覚悟していたからなのか、特に動揺するわけでもなく、平然とした顔をしている。


「……。それよりも、それの最後に加えられた条件のほうが問題だと思うわ」


 何も答えず、話を変えられた。いつもと変わらず、その涼しげな目元が美しい。テオドアはそんなことを思って場違いにもほっこりした。


「絶対、足をつかせねぇように、だろ?」

「無理に決まっているでしょうに……」


 夫婦そろって溜息をつく。

 力を認めてくれるのはありがたい。しかしこうして察して撒くことが、毎回毎回できるわけではない。これだけ人のいる町なのだから当然だ。


「帰りぐらい、二人でゆっくり歩きてぇよなあ……」


 静かな夕方の町中を、並んでのんびり帰るのがテオドアは好きだった。ぼちぼち話している間に、テギンが笑ってくれるとなお良い。それもこんな職業のせいで難しいのだが。

 あけすけな夫の言葉に、テギンはほんのり頬を赤らめた。


「どうした?」

「いえ。帰ったら、あなたのお好きなお酒をどれかあけようかと思って」

「おお! どれだ?」

「昨晩いただいたものとか、いかがかしら」

「……」


 今あるなかで一番の安物をあげるしっかりものの妻は、商人の嫁の鏡である。そんな大切な妻を説得し、どうやってもう少し高価なものを晩酌のお供にするか。

 なんの記念日でもない今日、明日も仕事はきちんとあり、妻は酒をほどほどにしか口にしない。

 テオドアは数々の条件を思い浮かべ、その思考をぐるぐる巡らすのであった。

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