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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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流郷の民、砂色の目1

 裏通りの複雑な道順をするすると進んで行く少女の背中を追う。もう大通りの喧噪がだいぶ遠くになってしまった。

 何でもないかのように足を進めていく少女は、ケリュンと会話をする余裕まで持っていた。

 まるで空に目があり、そこからこの迷路のような通りを見つめているかのようだ。


「お兄さんの名前、なんていうんだっけ?」

「ケリュン。そんだけ。苗字はないな」


 いくらどんどん進んで行くといっても、少女の歩幅はケリュンよりもずっと狭い。いちいち合わせるのは大変だ。

 彼が自分の前にちょっとでも出てしまいそうになると、その度少女はまるで駄々をこねるような態度で怒った。


「けりゅん? 変わった音!」

「そうか?」

「んー。あんまり聞かない感じ」


 ケリュン、ケリュン。

 そう舌の上で自分の名前を何度か転がす少女に、その由来を話すべきかケリュンはほんの少し悩んだが、結局止めておいた。

 親から貰いうけた大切なものだが、だからこそそうばら撒くように話すことではないように思われた。




 しばらく進み、ちょうどすっかり町の喧噪も聞こえなくなったころ、やっと少女は足を止めた。何の変哲もない、周りと同じような四角い民家の前だった。ただここのドアにだけ、三本のひっかき傷がある。まるで、獣の爪にえぐられたかのような跡だ。

 少女は目深に被っていたフードをぬぎ、きょろきょろと周囲を見回した。しかし、特に警戒しているような様子は見られない。何かを確認しているかのような(てい)だった。


「ここまで来たらいいかな。あ、私がアグリッピッピーナだ」


 こちらを振り返りもせず、何でもない風に少女アグリッピッピーナはそう告げた。

 ケリュンは別段驚かなかった。まあ、なんとなくそうでもおかしくないかな、と可能性程度には思っていたからだ。


――しかしこれは明らかに偽名だ。


 そう思い訝しげに見つめるが、アグリッピッピーナは素知らぬふりをして、自分の頭より高いところにあるドアノブへ腕を伸ばし、ドアをあけた。


「いらっしゃい、ケリュン。ここが流郷(るさ)の民の娘、『砂目の占い師』ことアグリッピッピーナのお店だよ」


 カランという澄んだ音のむこう、体が引きこまれるような風をケリュンは感じた。




 導かれるまま足を踏みいれた店内は、そこまでごちゃごちゃと物が置いてあるわけでも、重々しい雰囲気に満ちているわけでもなく、思いのほか普通の内装をしていた。

 変わったものが置かれているのは、小さな棚だけだ。その棚の上にはかわいらしい狼のような、見たことのない獣(魔物だろうか?)のぬいぐるみが置かれ、そしていくつかある瓶のなかには薬草や、ケリュンには正体がさっぱり分からないどろどろした液体がつめられている。


「おお……」


 一番目立つのは、部屋の中央のテーブルにある、ケリュンでは一生目にかかることもなさそうなほど、巨大な水晶玉だった。思わず感嘆の声がこぼれる。

 あつい贅沢なクッションの上のそれは、どのように加工したのか分からないほど、美しい球体の形をしている。


 これを占いに使うのだろうが、どう用いるのだろう……。


 ワクワクしてアグリッピッピーナを見つめるが、彼女は素知らぬ顔でケリュンにその小さい指をつきつけた。


「私のことはアグリでもアグリッピナでもピーナでも、なんとでも呼んだらいい。どれにする?」

「え? ……じゃあピーナで」


 一番呼びやすくてかわいらしくて、この少女に似合っている気がした。

 しかし自分で言っておきながら、アグリッピッピーナ……ピーナは「ふーん」と特に興味を持っていないようだった。ずいぶん気まぐれである。

 ケリュンはその後になんと続けるか迷ったのだが、とりあえず本題に入ることにした。


「それじゃあピーナ、こちらがお届けの品になります」


 そう言い、別に緑色でもなんでもない普通の小包をしゃがんで手渡した。もし彼女が本物のアグリッピッピーナでなければ、小包が反応して触れなくなるはずである(らしい)。さすがマルテ王城直々のお届け物。防犯対策もバッチリだ。

 ピーナは小さな両手でそれをあっさり受けとると、落とさないように抱きしめた。


「ありがとう。確かに受け取った」

「じゃ、ここにサインしてもらえますか?」


 白地の厚いカードをピーナに渡す。

 そして時間をかけて大きさも形も歪なサインを書いてもらい、これにてケリュンの仕事は終了した。




「――それにしても早い。早すぎるにもほどがある」

「……何がだよ」


 小包をしまい戻ってきたと思えば、ピーナはそう不満げにもらし両腕を組んだ。

 ケリュンはあまりの奇妙さに思わず首を傾げた。荷物をうけとってご機嫌にならないお客様ははじめてだ。


「普段はな、注文してから十日はかかるのだ。なのに今回は五日もかかっていない。ケリュンは特別足が早いのか? 首都から何日かけて、ここまできた?」


 リード村での滞在期間を抜いてケリュンは答えた。


「だいたい二日と、半日かな」

「普通だな」


 そう赤い頬を膨らまし唇をとがらしてぶつぶつ言う様は、子どもそのものだった。ただ話している内容と態度は、あまりにもかけ離れているが。


「二分の一だぞ二分の一。準備も細心の注意も必要だから十日もかかる、などというからあれだけの金をはらっていたのだ。なのに、一体どういうことなんだ。ん……」


 そこでピーナは黙り、ケリュンの顔をちらりと見上げた。

 まだ若い男だ。人のよさそうな顔は好ましいが、どこにでもいるような青年。熟練らしい警戒心も動きも見せない、取るに足らないだろう、凡庸な人間。

 しかし。


「どうした?」

「いや」


 不審に感じたらしいケリュンに、ただゆるゆる頭を振ると、ピーナの金色のおさげが揺れた。

 まるで、くたびれた大人のような雰囲気だった。そのままの調子でピーナはケリュンに、何でもない風に尋ねた。


「どうしてこんなに早いんだ?」

「ええ? そんなこと俺に言われてもなぁ……」


 普通に来ただけだし、などともらすケリュン。

 ああ、と気のぬけてしまったピーナは深く溜息をついた。


「自分にかかわってくることだというのに、のんきな男だなー」

「……なんか悪い」


 ピーナはしっかりしたことを言ってほしかったらしいので、とりあえず謝っておいた。幼女に呆れかえられている自分を情けなく思うべきなのだろうが、ケリュンには何の実感もわかなかった。いつもよりずっと早いから、なんだというのだ。

 気ののらない様子のケリュンに、ピーナはまあいいか、と呟きまるっこい肩を竦めた。


「そんなことよりケリュン、おれいだ。占ってあげる」

「おお!」


 先ほどから好奇心がうずいていたケリュンは、その言葉に内心ガッツポーズをした。

 打ってかわって目を輝かせる子どもみたいな男に、ピーナは再び呆れた顔をした。

 バカなくらい、能天気なお兄さんである。




「……本当に、覗くだけでいいのか?」

「そうだよ」


 なんとも単純な占い方法だった。もっとこう、水晶玉を撫でるとか投げるとか転がすとか想像していたのだが……。

 肩抜かしをくらってほんの少しがっかりしているケリュンを、イスに座ったピーナは面倒くさそうな顔で眺めている。


「……ほんとに?」

「早くしろ」


 短く叱責されたケリュンは、つまらなそうに鼻頭をかいて、上から水晶玉を覗きこんだ。特におかしな光景がうつるでもなく、ただ下のクッションの赤色がみえた。

 続きを尋ねようと口を開きかけた途端、ピーナの声がふわりとケリュンの耳に届いた。


「もっと、頭をさげて、よくみて……」


 命じられるままにすると、水晶玉のなかでは、黄色がかった灰色がぼんやりと広がっていた。くすんだ金色のようにもみえる。ピーナの瞳だろう。なるほど、彼女の顔は背丈的に水晶玉の真ん前にある。

 揺らぐ色は、どろどろと溶けてしまっているようにも見える。黄色、灰色、そして金色。どこか、どこかで見たことのある瞳。砂色の瞳。砂目の占い師。アグリッピッピーナ。にじむような明るい濁りが、透明な囲いのなかで、不規則にゆらゆら、揺れている――。


 底知れない何かを感じたケリュンは、誤魔化すようにぼそりと呟いた。


「――流郷の民の占いって、なんかこう、色々使うもんだと思ってた」


 流郷の民というのは、遥か昔に『とあるきっかけ』で故郷を失い、流浪している民族のことだ。浅黒い肌が特徴で、南方から来たのだと言われている。

 しかし故郷が実際にどこだったのか、流浪のきっかけが何なのか。それを語る者はおらず、とにかく謎の多い民族でもあった(マルテ王国の外から来たのは明らかだが)。

 また、独特の文化や風習をもっており、特徴的な占い方もその一つだった。

 占いに使用するものは、木の葉だとか石ころだとか、木の棒だとか、自然にあるものを利用するのだという。スゥがやけに興味を持っていて、自分でもやりたいなどと言っていた。

 あまり詳しいことは知らないがもっと手を動かすような占いらしいので、ピーナのこれは、話にきく彼らの占いとはだいぶ違う。


「……」


 ピーナは黙って、わざとらしく視線を逸らした。水晶玉は、すずしげな透明色へと戻った。

 ケリュンはぐっと背をそらして息をついた。いつのまにか、自分が汗を流していたことに気づいた。


「……これはあれだ、特別な占いなんだ。それより、結果がでたぞ」

「はやくね?」


 自分の一生は、こうも短時間に見通されるようなものなのか。


「――まず、出身は田舎。特に周りにもまれることもなく、のんびりと生きてきたらしいな。……さすがに、文字の読み書きはできるようだが。かといって、外に出ることを恐れているわけでもない。いや、気にもしていないか。胆は据わっているらしい。おまけに、善人というよりも人がいいせいで、気づいたら妙なことに巻き込まれている。あ、今もそうなんだろう。相手が女だったら、自然と尻に敷かれるタイプだな。年上の女が好みなんだろうが、そういうわけだから気をつけろ。うまく使われるだろうから。――とりあえずケリュンについては、うん、こんなもんかな」


 どうだ? とピーナが問う前に、体をぷるぷる震わせていたケリュンが勢いよくテーブルに手を叩きつけた。


「すっ、すげぇ!!」

「うるさい」

「この水晶玉!!」

「そっちかい」


 呆れ声も聞こえないらしい。ピーナはしばらく好きにさせてやることにして、思いっきり背を伸ばした。そのままそりかえると、棚の上のぬいぐるみと目があった。

 四足の、狼のような姿をした獣のぬいぐるみ。世界でただ一つの特注品だ。

 それを眺めながら、腹が減ったな、とピーナは思った。ケリュンと出会ってなんやかんやして今、気づけばもう昼時である。


 未来について教えてやる前に、そうだな。奢らせるか。

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