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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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出くわしの都フレドラ

 リード村から南へ進んだところにあるフレドラは、首都アルクレシャにつづく第二の都市と言われている。交易が盛んで大通りはいつも出店で賑わっており、「商業の(みやこ)」と呼ばれている。しかし、もう一つ別の呼称がある。

 「出くわしの(みやこ)フレドラ」――善い悪いを問わず、様々な人間が各地から集う様から、いつしかそう呼ばれるようになったという。




 首都アルクレシャ、リード村、そして自分の故郷モスル村――つい最近まで訪れていた様々な場所を思い返して――ケリュンは雑踏のなか、ほう、と息をついた。

 祭りと見紛うほどの人混み、ひっきりなしに飛び交う罵声、延々続く店、店、店――。

 同じマルテ王国の領土内だとは思えない真昼のフレドラに、ケリュンは圧倒されっぱなしだった。きょろきょろと地に足つかない様子のまま、人の波に流されていく。


 途中、出店を冷かしたり店主と話したりしていたのだが、しばらくすると、ここ特有の乾いた埃っぽい空気のせいで、ケリュンは咽喉が渇いてきた。

 このフレドラ周辺の地域は、マルテ王国で唯一の乾燥地帯だ。

 研究者達の努力虚しくその理由はさっぱり分かっていないが、とにかく昔からこのような状態で、植物もなかなか育たず雑草程度しか生えなかったと言われている。

 また、集う人々の熱気のせいだろうか。不思議と気温さえも高いような気がする。話に聞く、砂漠のある地域というのはこのようなものだろうかと、ケリュンはなんとなく思った。


 それからしばらく、咽喉の渇きに耐えながら何度か鞄に伸びてきた他人の手を払っているうちに、やっと頭が冷えてきた。

 このままでは体力がもたないと、ケリュンはいったん大通りから抜けることにした。




 たった一本横にそれるだけで、急に辺りは静かになり、場面がひっくり返ったかのように住人の生活感あふれる町へとかわった。喧噪は聞こえるものの耳が痛むほどではないし、日蔭になっているため涼しくもある。

 ケリュンはそんな裏通りを進みながら、とりあえず今日の宿を探すことにした。


――しかし、ああしてずらりと並ぶ商品のなんと魅力的なことだろう。

 むだに美しく積まれた野菜や果物は、咽喉が渇いていたためかいつもよりずっとみずみずしく美味しそうに見えた。

 しかしそういった実用的なものだけでなく、端っこに置かれている、全く必要のないガラクタのようなものまで欲しくなってしまうから不思議だ。

 とにかく横から店主に「安くするよ」などと声をかけられると、ついつい財布のヒモが緩みそうになる。

 ケリュンが一番買いそうになったのは、持ち手が独特にカーブした鉄のスプーンと、首からぶら下げるタイプの古臭い時計であった。

 しかし今思えば、なぜあんなものを欲しがったのかサッパリ分からない。魔法にでもかけられていたようだ。


 そんなことをぼんやり考えながら曲がり角をまがろうとしたところで、腹に衝撃を感じた。


「うわっ」


 痛みもそれほどなく尻餅こそつかなかったものの、ケリュンは数歩たたらを踏んで後ろに下がった。

 なんだなんだと見下ろせば、紫色のローブを羽織った褐色の肌の子どもが、地面にぺったり尻餅をついていた。


「痛い……」


 見れば、赤子を卒業したばかりのような、まだ幼い少女だ。下着のような服装なのだが、これはどこの民族衣装だろうか。菱形の胸当てに、それと同じ模様の巻きスカート……だろうか。模様の同じパンツと一体になっていて、よく分からない。

 少女は目に涙を浮かべたかと思えば、急に鼻をふんふん鳴らせて泣き出した。


「ごご、ごめんな!! よそ見してて……大丈夫か? 擦りむいてないか? どっか痛いのか!?」

「ふぅーん!」


 一際声を大きくあげて、頭をぶんぶん振った。あわせて、髪を結っているヒモについた緑色の大きなガラス玉と、金色の三つ編みおさげがぶんぶん揺れる。

 他にも慌てながら色々問いかけるが、言葉は涙で要領を得ず、周囲に保護者らしき人影もない。

 とにかく誰か通りすがりに尋ねようと裏路地を見渡しながら、ケリュンはついついぼやいた。


「ま、占い師を探すのなんて後でいいか……」


 そのぼやきに、少女は動きを止めた。

 子どもらしい頬をぐちゃぐちゃにぬらしていた涙はピタリとおさまり、顔を適当にごしごし拭っていたふっくらした手が、その目元をスッと拭った。


「占い師を探すの?」

「え、ああ、うん」

「なんて人?」


 先ほどの様子とは打って変わった淡々とした調子で問いかけられ、ケリュンは思わずたじろいだ。

 しかしすぐこの子どもは心当たりがあるのだろうと思い直し、鞄の中の、アレヤ女王からの小包と、その宛名をチェックした――そこに記された、ふざけたような名前に眉をひそめ、ケリュンは答えた。


「アグリッピッピーナ」


 その言葉に少女は俯き、そしてにやりと口角をあげたのだが、その様子はケリュンからは見えなかった。

 少女は何も言わずすっくと立ち上がると、ローブや服についた砂などをかるく払った。

 それにしても、露出の激しい衣装である。尻をぎりぎり隠すほどの紫色のローブを羽織ってはいるものの、首もとでボタンを一つ止めているだけなので何一つ隠されていない。

 ケリュンは、この服は暑いのだろうか、それとも寒いのだろうかと口にはしないが疑問に思った。

 そんなことを知らない少女は、ケリュンに機嫌よくにっこり笑いかけた。


「私はその人を知っているよ。連れていってあげようか」


 まるい砂色の瞳が楽しげに細められる。

 その黄色がかった灰色は、どことなく濁っているようにも見えた。


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