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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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ティータイムは白馬と

 場所はマルテ王城の、中庭に面したバルコニー。

 うららかな春の日差しが直接当たらないところに置かれた白いテーブルに座すのは、マルテ王国四代目君主アレヤと、その娘である第二王女クレア。

 母と娘、二人だけの優雅なお茶会である。

 周りはすっかり人払いされ、ただお茶くみようの侍女が一人、まるで影のように付き従っていた。

 かといって静まりかえっているわけではない。そのテーブルの片隅では、二頭の白馬が互いに追いかけ合うように回るオルゴールが、かわいらしい音色を流している。

 これは元々クレアに献上された品だったのだが、その愛らしさからすっかりアレヤに気に入られてしまい、今ではほとんど彼女の私物であるかのようだった。


「ねぇクレア」

「はい、なんでしょう」

「ケリュンはどのような人でした?」


 母の唐突な質問に、クレアはきょとんとした。

 ケリュン。先日言われるがまま顔合わせをし、しばらく会話を楽しんだ、面白い狩人の青年。

 なぜそのようなことを尋ねるのかと訝しげに見つめてみたが、アレヤはただ微笑んでそれを撥ねつけるのみであった。

 クレアはいつも通りの母親に肩を竦める。それを行儀が悪いと注意するような人間はここにはいない。侍女はただ無言で微動だにせず、その場にいるだけである。


「どう、と言われても。そうね、興味深いお話がたくさん聞けて――」


 そこでもう一度、ケリュンについて考えてみた。

 初め、物珍しさともう無いだろう機会を逃さないために、彼を質問攻めにしてしまった。今思えば、かなり失礼だっただろう。しかし彼は嫌な顔一つせず、丁寧に全て答えてくれた。

 また、自覚があるのかは分からないが話し上手。彼の話す世界の鮮やかさに、つい引き留めて長居させてしまい、申し訳なく思った記憶がある。

 そして何よりケリュンは、クレアの他愛ない一言にも頭を悩ませてくれるような優しい人柄をしていた。

 クレアの目には、彼の何もかもが新鮮に映ったのだった。


「――ええ、とてもいい方だったわ」


「……そう」


 アレヤは一瞬目を伏せたが、すぐ娘に優しく微笑みかけた。


「よかったわね」

「はい」


 クレアはにっこり笑った。

 花がほころぶような笑顔は、さすが「マルテ王国一の美」と謳われるだけはある。母親という贔屓目なしでも、とても美しくかわいらしい。が。

 アレヤはそこで、目を伏せたままティーカップに口をつけた。中身は駄々をこねた結果の、ホットチョコレートである。


 ただただ和やかな時が、二人の間に流れていた。


「……そういえば、彼はいくつだったかしら」

「ええと、確か十八になったとか。私よりも年上だなんて、驚いてしまって。だって、その、そうは見えないでしょう?」

「うふふ。そうね」


 年下とまでは言わないけれど――と口ごもって、誤魔化すようにクッキーへ手をのばすクレアはさて置き、アレヤはほんのちょっと考え事をした。はた目には、ただホットチョコレートを味わっているだけのように見える。


「……今ケリュンには、ロッカへの贈り物を取りに行ってもらっているの。彼が戻ってきたら、ロッカに会わせてあげてくれないかしら」

「え? ええと、はい、母様。分かりましたわ」


 クレアは不思議そうに首を傾げつつも、素直にこっくり頷いた。

 母親のよく分からない要求に問うということは、しない。彼女が自分には理解できないことをすることはしょっちゅうだったし、特に大した要求でもないし――それに何より、質問したところで、答えがもらえるはずも無いからだ。


「それより母様、今日はずいぶんとお客様が多いらしいのに、こちらでのんびりしている暇はあるの?」

「ええ、もちろんです。お茶は心の安らぎよ」


 しかしそう言いつつアレヤがにこにこしながら飲んでいるのは、砂糖がふんだんに使われているだろう甘いホットチョコレートである。

 クレアはそのことには特に突っ込まず、今日の客人を脳内で振り返った。皆が皆、上等な商人ばかりである。わざわざ遠方から来た者もいたはずだ。


「何か買われるの?」

「いいえ、もう買いました。後は払うだけなので、すぐ終わります。でも、後は少し、そうね……贈り物を、しようと思って」

「贈り物?」

「いえ、ああ、そうなの。出来るかぎり、いいものを。……喜んでもらえたら、いいのだけれど」


 そこで女王はティーカップを置き、沈鬱とした表情で溜息をついた。

 珍しく率直な感情を浮かべる母親に、クレアは目を瞬かせた。

 「国を治めるということはとっても大変でね、嫌なことにも、手を染めなければいけないんだよ」と、幼いころ、父親に語りかけられたことがあった。今はもういない人だが、支えあうように二人寄り添う光景を、クレアは今でもハッキリと覚えている。


――その時が、来たのだろうか。


 女王の実子だというのに統治に関する勉強も(ほどこ)されず(王族としてのマナーや教養などはきっちり学んだが)、蝶よ花よと育てられたクレアには、よく分からなかった。

 しかしただ娘として、辛そうな母を見るのは忍びない。


「きっと、気にいってくださいますわ」


 クレアは慰めに手を握ったが、女王は(うれ)い顔のまま、「そうね」と悲しく微笑むだけだった。


 やわらかな春風が、二人おそろいの栗色の髪を、ふわりとまきあげて流れていった。


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