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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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「……いた」


 ちょうど切り立った崖のようになっているところから下を見下ろすと、木々の隙間で、独特の毛並みが輝いていた。ちなみにエミネルは疲労しきったため座り込んでしまっている。

 ここまで来たら一旦まけただろう。そう安心しきっていたのだが。


「気づいてる」

「えっ?」


 ケリュンらの眼下の獣は、進み辛そうではあるものの、確実に自分たちの元へと向かってきていた。驚き目を瞬かせるエミネルの腕をつかみ、ケリュンは再び身を木陰にかくした。

 臭い消しもかけてある。姿も見えなかったはずだ、音だって立てていない。距離もあった。

 なのに、どうしてこうも易々とついて来られるのか。訓練されたから、魔物だからだとでもいうのか。これこそ魔法だ。なんで、どうして――。

 ああもう!


「くそったれ!」




 こうなると、このまま逃げ続けても埒があかない。エミネルとケリュンは身を隠し進みながら、作戦会議を開いた。

 こうしている内にも、あの魔物は二人との距離を詰めてきているのだろうが、それについてはあまり考えないようにした。


「とりあえず面と向かって勝てる相手じゃない。やっぱ罠とかで裏をかくしかねーかな……。なに持ってきてたっけ」


 とりあえず荷物のあれやこれやを思い返す。シャベル、水、弓矢、ハンティング用の道具、それから臭い消し――。


「どうしてあんなについて来れるんだよ……」


 もしかしてこの臭い消しは不良品だったのだろうか。割と贔屓にしている店のものだというのに。

 暗い顔のケリュンに、エミネルは若干焦ってフォローした。


「オーロラ・ウルフは魔力を持っているらしいので、それを使っているのかもしれませんよ」

「なるほど、ってあれ? 獣に魔法が使えるのか?」

「うぅ。そ、それは分かりませんが……可能性はゼロではないと思います。限りなく低いですけど……」


 エミネルは自信なさげに三角帽子を深く被った。その姿を見てケリュンはそういえば、と思い出す。


「エミネルは魔法が使えるんだよな」

「あ、はい。魔力はイマイチですけど……コントロールには自信ありますよ! 一応……」


 珍しく自信満々に言い切るかと思ったら。ケリュンは少し苦笑した。

 魔法が使えるか否かは血筋がモノを言う、というのは、マルテ王国の常識だ。ただ、その力量は完全にランダムらしいが。

 とりあえず基本は魔法使いの血をひいていること。その後のことは、お祈りでもするしかないと聞く。


「魔力ってなくなったら死ぬのか?」

「まさか。体力じゃないんですから。とても疲れますけど……」


 それじゃ駄目だ。いざというときにエミネルが逃げられない。とにかく彼女の安全を第一に、作戦をたてなければならない。とりあえずエミネルの魔力は、火の玉を何発か打てる程度には残しておきたい。

 ケリュンは首をひねった。

 ちなみにエミネルはそんなケリュンの思案も知らず、何をさせられるんだろう、と青ざめていた。


「うーん……」




 相棒のため、人間二人を探すオーロラ・ウルフは、確実に彼らを追い詰めていた。いくら誤魔化そうと、彼には分かるのだ。確認するため一応ふんふんと鼻を鳴らし地面を嗅ぐが、そこまでせずとも問題ないほど、はっきりと分かる。

 森を進むのに少々時間はかかるが、体力の差から、この魔物がいずれケリュン達にたどり着くことは決まっていた。

 しかし途中で、オーロラ・ウルフは歩みを止めた。

 たじろぐように視線を前後左右にさまよわせ、地にその鋭敏な鼻を這わす。一度確認するように後ろを振り返って臭いを嗅いだ。

 その瞬間、大きな熱源が、ぱっと森のなかに現れた。

 彼の視界にはいったのは、さきほど作られたものよりも軽く三倍は大きな、エミネルの火炎弾だった。まっすぐこちらに向かってくる。

 身を翻してなんとかかわしたが、それを狙ったように放たれた一際大きな矢が、オーロラ・ウルフの後ろ足を貫いた。


「ガッ……!」


 痛みに、思わず身をよろめかす。その好機を逃すわけもなく、ケリュンは次々矢を撃ちこんでゆく。遠慮などない。

 それでもオーロラ・ウルフは見事だった。一発目の矢には貴重な麻痺の薬も塗りこまれていたのだが、その傷にも構わず、流れるような動きで背後にいたケリュンへと身をつめてきた。矢をかける暇もない。

 そして泡を飛ばして喉元に迫りくる鋭い牙に、ケリュンは力任せにシャベルの柄をつっこんだ。火事場の馬鹿力とでもいおうか、驚くべきことに魔物は一息でそれを噛み砕いたが、しかしもう遅かった。

 ケリュンは腰から引き抜いていた短刀を、魔物の側頭部に力の限り叩き込んだ。

 重たい体が吹き飛ぶことはなかったが、その衝撃に魔物はたたらを踏んだ。そこに背後から襲いかかる火の玉。それはもちろん避けれず背にくらう。

 そしてその体を痙攣させながらゆっくりと、横に倒れた。

 最後の息とともに、口内にたまった泡まじりの血液が吐きだされる。

 短刀から手をはなしたケリュンはオーロラ・ウルフから慌てて飛びはなれ、その光景を、目を皿にして眺めていた。

 そしてオーロラ・ウルフが死んだと認識すると、へなへなと崩れ落ちるように、その場にへたり込んだ。


――自分が今、生きていることが信じられない。


 まず矢をばしばし撃ちこみ、魔物が傷にひるんでいるうちに逃げ出し、薬の効き目があらわれるまで待ち、そして安全にとどめをさす、というのが一番主体の作戦であった。(ちなみにケリュンが一番気をつけたことは、まず狙われるのがエミネルでなくケリュンでなければならない、ということだった)

 もちろん矢で殺し損ねてすぐ距離をつめられ、接近戦になる場合というのも予測できていた。そこでシャベルや短剣を使用することまで、計画にはいれていた。

 が、あれだけの矢を身に浴びて生きていることも想定外だし、そこから傷も恐れぬ見事な動作で飛びこんでくるとは思っていなかった。

 必死だから正面からくるだろうと見当をつけてはいたのだが、まさかあれほどの素早さだとは。慌てて一瞬パニックになってしまい、シャベルを左手でひっつかんで同時に短刀を右手で抜いてしまった。

 接近武器を両方まとめて構えてしまうという錯乱ぶりだったのだが、それが逆に功を奏した。片方ずつでは間に合わなかっただろう。


――ほんとうに、ラッキーだ。運としか言いようがない。


「ケリュンさん、やりましたね! あの、――っ!」


 座りこんだケリュンの前方、ごろりと転がるオーロラ・ウルフの死体。エミネルは目を見開いてその足をとめた。しまった、と思う。

 傷ついた体、だくだくと流れる血液、穴のあいた頭部、浮かべた苦悶の表情。その瞳はまだ死にきっておらず、生きてこちらに恨みを積もらせているようだ。ただその見事な毛色は、死した今でもなお美しかった。

 エミネルはぺたりと尻餅をついた。瞳は、大地に浸みこみ続ける血液を追っている。

 顔色は蒼白で腰も抜けきっていたが、しかし彼女は泣かなかった。




 しばらく経ってエミネルが落ち着いてから、二人は魔物使いの男と遭遇した場所――傭兵が死んでいたところでもある――に戻ることにした。

 結構山奥まで来てしまったため、なかなか時間がかかるだろう。


――しかしそれを置いても、さすがにもうあの男は逃げてしまったのだろうな。


 とは、どちらも思っていた。

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