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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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山間山菜リード村 解決・捕物編1

 静まりかえった森のなか、ケリュンはエミネルを背に庇い、茂みの向こうの何かと対峙していた。

 引き絞った矢をそのまま射るかどうか逡巡したが、念のため声をかけた。


「もし人なら、出てこい」


 沈黙が再び訪れる。

 獣にしては不自然だと思ったが……とケリュンが矢を射ようとしたそのとき、茂みが大きく揺れた。対峙していた相手は射られては堪らぬと思ったのか、二人に気付かれたためなのか、あっさりとその姿を現した。

 魔物でもなんでもない。頭に渋茶色のターバンをまいた、見慣れない民族衣装の男だった。


「なんだ、人間か。的にするところだった。……で、どうしてここにいるんだ?」


 問いかけながらも、ケリュンは男を観察した。

 日にやけた肌のため、引っ掻いたような頬の傷跡が一番に目についた。大柄で、顎から下を完全に覆ってしまう民族衣装を着ていても、しっかり筋肉がついていることが分かる。

 とにかく武術の達人と言われても納得してしまいそうなオーラを醸し出してはいるが、その手にあるのは武器としては格好のつかない、角ばった木の棒である。持つところに布が巻きつけてあり、何やらケリュンには解読できない文字が一文刻まれてははいるが、率直にいって、ただの短い角材だ。

 なんとも珍妙な男である。矢で狙われながらも、ただ鷹のように鋭い目でこちらを見つめるのみで何も言おうとしないことから、一般人でないだろうことは分かるが……。

 ケリュンが一旦弓をおろそうかと迷っていると、エミネルがひかえめにその袖をひいた。


「ケリュンさん、あ、あの人、魔物使いかもしれません……」


 聞こえないよう小声でささやきながらも、男から目を離そうとはしない。恐れから体が固まってしまっているらしい。

 ケリュンもまた、彼から目をそらさずエミネルに問う。


「なんでそう思うんだ?」

「本で読んだんです。――『彼らは素肌を見せない民族衣装を着こむ。そして鉄を一つも身に着けず、武器にも棍棒を用いる。魔物使いに魔力はないため、それが唯一、自力の護身となる。しかし彼らがそれを振るうのは――』」

「相棒が、死んだときのみ」


 無精ひげを周りに生やした口が、そのときはじめて動いた。低音だが、意外にも聞き取りやすい声である。


「……お前が傭兵を殺したのか?」

「……」


 答える気はないらしい。

 なるほど、人間が関わっていたというのなら全ての疑問に納得がいく。この魔物使いが傭兵をここへ呼び出し、“相棒”とやらに襲わせて殺した。

 ただ、その理由だけはどうしても分からないが。


――さて、万端整えた準備がすべて無駄になったわけだが。


 これからどうしたものか、とケリュンは矢をつがえながら地面に落としたシャベルに目をやった。

 折角借りたのに、わざわざ持ってきたのに、と惜しく思いちらっと見ただけなのだが、何やら合図と勘違いしたのだろうか。エミネルはこくこく頷くと、それを拾うため身をかがめてその柄をつかんだ。その時だった。


「伏せろ!」

「え?」


 一瞬顔をあげかけたエミネルの頭上、三角帽子のてっぺんギリギリをケリュンの放った矢が抜けていった。


「ひゃいい!?」


 シャベルに飛びつくように倒れこんだエミネルに目もくれず、ケリュンは腰の矢筒から素早く矢をぬき、再度つがえた。

 魔物使いの男と同じように、茂みからうっそりと巨体の魔物が姿を現した。

 オーロラ・ウルフだ。

 警戒に逆立つ毛並みは、背から腹にかけて、美しい青と赤のグラデーションを描いている。足を一歩一歩進めるたび、毛とともにその色が流れ移る。美しいウルフ種の魔獣だ。

 その漆黒の瞳は荒い炎を宿している今でさえ、知性を宿しているように見える。

 しかし剥きだしにされた牙と生えそろった爪は、まるでナイフのように鋭い。ケリュンどころか魔物使いの男よりも大きな体格からみるに、群れの長クラスの個体だろう。


 最悪だ。


 威嚇に矢を一発うち、エミネルの手首をつかんで立たせた。当然のように矢をかわしせまるオーロラ・ウルフが、その爪を振り上げ襲いかかってくる――。


 一方ケリュンがエミネルの腕を引いたちょうどその時、大気に赤い色が滲むように浮かび上がり、その色がぐるりと渦を巻いた。かと思えば、それはすぐさま一塊の炎となり、そして意志を持つかのようにオーロラ・ウルフの、その横っ面にぶちあたった。魔物は悲鳴こそあげなかったものの足をよろめかした。


 この好機を逃すわけにはいかない。

 ケリュンは驚愕しながらも、エミネルを引き森のなかへと飛び込んだ。




 残されたオーロラ・ウルフだが、衝撃をはらうようにぶるぶると頭を振っていた。どうやら無傷らしい。確認した男が目配せをすると、オーロラ・ウルフは心得たというように、音もなくその場から去った。

 そして一人残った男は逃げ出すでもなく、その場にどっかり座りこんだ。くつろぐように木にもたれかかり、空を仰ぐ。木漏れ日がまぶしい。

 あたたかな昼の光さしこむ森のなか、遠くからは小鳥のさえずりが聞こえる――。




 ケリュンはエミネルの手をひき、森の奥へ奥へと駆けていた。進むにつれ木が鬱蒼としげり、視界が悪くなっていく。上を目指し、何も言わず、ただひたすらに足を動かす。

 不思議と魔物の追ってくる気配はない。あの巨体ではこの通り辛い木々の隙間を通るのは億劫だろう。ただもしかしたら、ケリュンに分からないほど気配を消し近寄って来ているのかもしれないが。

 木に登れたら一番いいのだが、それも辺りの様子をうかがい、諦める。とてもエミネルまですぐに登れそうなものは生えてなかった。

 そのエミネルだが、とうとう足をもつれさせ、木の根に躓いてしまった。ケリュンが支えたので転びはしなかったが、そろそろ限界に近いようだ。顔色も悪い。よくここまでついて来られたものだ。しかしまだ足を止めるわけにはいかない。


「もう少し上まで、オーロラ・ウルフが見下ろせるくらいまででいいんだ――行けるか?」


 エミネルは歯を食いしばると、こくこく頷いた。その目には涙が浮かんでいる。

 正直な話、ケリュンだって泣きたかった。しかし、逃げるつもりは、なかった。


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