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マルテ王国史  作者: ばち公
一章:配達人(パシリ)時代
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 エミネルに案内されたのは三階だった。真ん中にテーブル、そしてそれを取り囲むようにして本棚があり、そこにはびっしりと本が詰め込まれている。手垢のついた、使い古された本が多いようだ。なるほど、確かに料理の本もある。


 エミネルはきょろきょろと目当ての本を探している。

 手持無沙汰なケリュンが本棚を眺めていると、青い背表紙の本が目についた。他と異なり、これは新品同様だ。


「ケリュンさん、ありましたよ」


 エミネルがそう言いながら振り返るのと、ケリュンが何気なくその本を手に取るのは同時であった。

 エミネルは目を丸くした。


「あのっ、……その本を知ってるんですか?」

「え? 全然知らないけど、綺麗な装丁だなと思って」


 落ち着いた青色に、タイトルの白い文字がよく映えている。あとはいくつか白い星が散らばっているだけだが、シンプルで美しいと思った。


「そうですよね、あたしも好きです。この本の作家はスノウ・グロウという人で、とっても有名なんですよ。これは推理小説ですけど、他のジャンル……例えば冒険モノも有名ですし、それに詩まで書くんです! 繊細な描写が丁寧に書かれているからどれも読みやすくて、説得力があって、それから……」


 エミネルは本を開き、黒色の目をきらきら輝かせ楽しそうに語っている――ケリュンは微笑ましくその様子を見つめていた。

 一通り語って我に返ったエミネルは、彼の視線に気づき羞恥に頬をぱっと染め、開けた本に顔をうずめた。


「ご、ごめんなさい。び、びっくりしましたよね?」

「ん、いや。エミネルは本当に、本が好きなんだな」

「はい。……安いものではないですけど、それでも、あたしの生きがいです」


 はにかんで青い本をそそくさと棚に戻すと、エミネルはケリュンに背を向けた。そして目当ての本に手を伸ばす。が、それを遮るようにケリュンの手が伸び、代わりにその本を取り出した。


「これでいいのか?」

「は、はい、それが魔物図鑑です」

「……分厚すぎない?」


 ケリュンはその厚さに冷や汗をかき、でんっとテーブルに置いた。エミネルは「そうですか?」と特に気にもとめず表紙をひらく。端がほんの少し黄ばんだ紙には、魔物の名前と精密に描かれた絵、そしてその解説が載っていた。


「あの、確か魔物の特徴は、恐らく鋭い爪と牙、それから長い体毛を持つ、ですよね?」

「あと生息地に森を好むってことぐらいかな。行動するのは、たぶん夜。……ただ分からないのは、その魔物、傭兵を食ってないらしいんだ。それだけの爪と牙を持ってんのに、肉食ではないって、やっぱりおかしいよな」


 そしてこれだけ惨たらしい事件を起こしたのだ、草食であるはずもない。肉食か、雑食か。しかし二人して考えても、それに対する答えはでなかった。


「うう、とにかく肉食かどうかは置いておきます。とにかく当てはまるものを挙げていきますね」


 そう言うとエミネルは、凄まじい速さでページをめくりだした。読めているのかどうか勘ぐってしまうほどだ。目は回らないのだろうか。頭はパンクしないのだろうか。

 心配するが、エミネルは平然と「結構いますね」と苦笑いし、メモ用紙に番号を書き連ねていく。


――彼女は賢者か何かだろうか。あと、魔物ってこんなに種類がいるんだなぁ。


 とケリュンは深く感心しつつ、エミネルと魔物図鑑を眺めていた。

 彼の知っている魔物といえば、故郷モスル村付近や街道に出没するものと、おとぎ話に出てくる伝説級に恐ろしいもの、それからたまに噂話で聞くものなど、その程度である。

 学のないケリュンには、魔物に関する知識などない。狩っていてあれだが、魔物と動物の違いも正直知らない。ただ、生活のなかでそこそこ積み上げてきた知恵はあった。

 今は役に立たないが、適材適所というやつだ。後でこの知恵も活躍するだろう。うん。

 そんな考えを(ろう)しつつも、


――文字の読み書きならできるのだし、暇ができたら何か本を読もう。


 と、少し自分が恥ずかしくなったケリュンだった。




 作業を始めてからかなり時間が経ったが、エミネルは集中力を切らすことなく、黙々と手と目を動かし続けている。この速度ならもうすぐ終わるだろう。ケリュンは素直に圧倒され感心し、同時に申し訳ないと感じていた。

 何か手伝いを、と思うが、自分が手を出したところで邪魔になるだけだと分かっていた。とてつもなく、役立たずだ。

 そして、


「終わりましたよ!」


 エミネルが達成感に輝いた笑顔を向けた先には、暗い影を背負い項垂れているケリュンがいた。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、うん、本を読もうって思ってさ」


 大したことじゃないから、深く聞かないでくれ。

 ケリュンが力無く頼むと、エミネルは「そ、そうですか?」と疑問符を浮かべつつ本題に入ることにした。


「リストアップした魔物は、全部で三十三いました」

「へえ、思ったより少ないな。全部見てくか」

「はい。――はじめはこちら、ウルフ種ですね。墓を荒らす魔物らしいので、確率は低いかと。それから次は……バード種です。牙はありませんが、嘴は鋭く――あ、よく考えたら、鳥は夜目が効きませんよね?」

「いや、梟とかいるし、魔物をそう判断していいのかどうか。まあ俺にはよく分かんねぇけど」


 ああだこうだ言いながら、魔物をさらに絞りこんでいく。

 今までの言動から大人しいかと思われたエミネルだが、割と率直に物を言う。知識量も多く頭の回転も速いため、次々と有益なアイデアを出してくれる。……声量はあいかわらず小さいが。


 実際エミネルが、ここまで短時間で他人に慣れるのは珍しいことだった。これにはいくつかの理由がある。

 まず、彼女には村のため恐怖感のため魔物退治に協力したいという思いがあり、その解決のためなら積極的にもなれたということ。また、思わぬハプニングで、素の自分を(趣味語りで)出してしまったということも関係していた。それからケリュンが人のよい、素朴な人柄であることも功を奏していた。

 そして何よりエミネル自身が、この“捜査ごっこ”を楽しんでいた。まるで小説の、推理する側になったかのように。

 これが一番の理由だった。




 当然の話だが、魔物を絞りこむことはできなかった。ただ、恐らく空を飛ばず、樹で生活するものではない、大地を走る生き物であろうということだ。そこまで分かれば、一応対策の立てようもある。

 礼を告げて、「後日また、何かお礼に持って来るよ」とエミネルに別れを告げ、ケリュンは村図書館を去ろうとした。が。


「あの、あ、あたしも行きます。連れていってください」


 予想もしない申し出に、ケリュンはたじろいだ。

 本がなければ引っ込み思案で大人しい娘だとばかり思っていたが、そうでもなかったようだ。

 まあ、村で図書館を開くような少女だ。それが成り行きだとしても、普通以上の行動力を持っていることは確かだった。


「絶対に、無理だ」


 それでも、きっぱりとケリュンは言い放った。

 人一人殺した魔物と対峙しようというのだ。リスクをわざわざ背負うつもりもないし、彼女を守りきれる自信もない。


「危ない目に遭わせるわけにはいかない」


 ケリュンの真剣な瞳と言葉にエミネルは怯んだが、それでも食い下がった。


「あたし、魔法が使えるんですよ」


 そう言って明るい赤色の三角帽子を取りだし、被り、エミネルは表情を引き締めた。

 使い込まれているのが見ただけで分かるそれは彼女によく似合っているが、鍔のところに、ふわふわした綿埃がちょこんと乗っかっていた。


「……」


 他人事ながら残念だ。

 ケリュンの生温かい視線に気づいたエミネルは、疑問符を浮かべて壁にかけてあった鏡を覗きこむ。そして「はっ!」と両手でぱたぱた埃をはらうと、そのまま三角帽子を深く被って顔を隠してしまった。

 真っ赤な耳は隠れていなかった。


「あの、その……お願いします。連れて行ってください。その、む、無理なら勝手についてきます!」


 長いスカートを握りしめた手は震えている。

 ここまで乞われて、拒否してもいいものか。いや、拒否した方がいいのだろうが、勝手についてくるという別行動の結果、魔物に殺されてしまったら? 魔法が使えるというが、魔物に出会ってしまったら、そこまでいく前に殺されてしまう可能性のほうが高い。

 というのなら、二人でいた方がまだマシか。いざとなったら、ケリュンが時間を稼いでいるあいだに、逃げてくれたらいい。


 色々ぐるぐると考えて、結局ケリュンは苦笑いを浮かべ、エミネルの肩に手をのせた。


「……じゃあ、頼もうかな」


 エミネルは子どもみたいにぱっと顔を輝かせた。

 何が正解なのかは、分からなかった。

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