desiderio 限界と願い
「よかったの?」
チェリアルがリィシャに問う。
「遅かれ早かれ、この国は崩壊していた…。ただ、それを他国からのものにしたくなかったんだ。ただ、それだけだ…」
「そう…」
物音一つ鳴らない、静かで、一時だが平和なときが流れる。
どかぁぁぁん、とけたたましい音が部屋いっぱいに、城内いっぱいに響き渡る。
「姫様、敵が城内に侵入したようです」
チェリアルが、リィシャを姫として敬う口調へと変える。
「遠隔操作、ね…。自分たちの手を汚したくないのね、敵さんは」
「そうですね…。手を汚すのはいけないことですが、それを自分の手で行わず、遠隔操作などで行うのは、最もしてはいけないことです」
チェリアルは目を伏せる。
そして、リィシャを見る。リィシャは生まれてすぐ病にかかり、それ以来、両目を包帯で巻いている。そのため、誰も大きくなったリィシャの目を見たことがないのだ。包帯は、リィシャが自分で巻いているし、そもそも、誰も見ようとしなかった。リィシャが嫌がるから、というのも理由の一つだろう。
齢16にして、国家戦争に巻き込まれ、見えないのに、日々国を攻められる恐怖。チェリアルは、そんなリィシャを少しでも、楽にしてやりたいと思ったから、今ここにいる。
もちろん、リィシャはこのことを知らないが、リィシャはチェリアルが軽口を叩いても、汚い言葉を使っても、そばに置いていることから、やはり、心の中では救われているであろう事が察せられる。
「チェリアル、話がある」
「なんでしょうか?」
「敬語はやめろ、気持ち悪い」
「気持ち悪いって、ひどいな~、姫様」
いつもの軽い口調に戻すチェリアル。リィシャは、切り替えの早いところも、気に入っているようだった。
「私は、ここで死んだことにしておく」
「了解。でも、死体ないとまずいんじゃない?」
「城の研究所や、AZの自爆装置がまもなく作動する」
「あぁ、なるほど。それで、姫様も一緒に吹っ飛びました。めでたし、めでたし…ってわけね★」
(そういうことなんだが…)
チェリアルが言うと、何処か自分の作戦が、軽く終わってしまうようでリィシャから、思わずため息が漏れた。
と、今までより、一層激しい音が響き、城が大きく揺れる。
「姫様!…っと、ナイスキャッチ、自分!」
と、倒れそうになったリィシャを抱きとめ、自分を褒めるチェリアル。
遠くから、敵兵士らしき者たちの声が聞こえてくる。
「…自爆に見せかけるには、タイムオーバーね…」
チェリアルに、そっと微笑むリィシャ。
「姫?」
「チェリアル、また、いつか会おうな」
そういうと、チェリアルの三分の二にも届かない小さな体に体当たりされ、チェリアルは脱出用AZに押し込められた。
「リィシャ様!?ちょっと!!リィシャ様も一緒に逃」
チェリアルが、最後まで言う前にAZを起動させ、強制的に避難させた。
「おい!こっちから、声がしたぞ!!」
複数の足音が近づいてくる。隠れても無駄だし、隠れるつもりもないのかリィシャはただ直立している。
「この部屋か?」
ドン、ドン、とたくさんの人間が扉に体当たりし、意地でもこの部屋へ入ってこようとする。
純粋な恐怖が、足元から這い上がってくる。
誰もいないため、現状がどうなっているのかまったく分からない。カタカタと、体が小刻みに震え始める。
それは、どう押さえ込んでも、納まることなくどんどん激しくなっていく。そして、扉が破られた瞬間、それはピークまで到達した。
(誰…?何人いるの?…コッチに来ないで…!!)
複数の足音が、リィシャに近づいて来る。見えない彼女は、気配や匂い、音ですべており解する術を16年間ずっと学んできた。
これだけ足音が聞こえれば、大体の人数も分かるし、何より、複数の足音に隠れるようにして部屋に滑り込んできた匂いに覚えがあった。
「…あ、…っ……大臣……!!」
「おや?目が見えていないのに、私に気付くとは…困った姫様ですな」
大臣の年老いて、しわだらけになった指がリィシャの頬を撫で回す。
(気持ち悪い…!!)
リィシャは必死に首を左右に振って指を解こうとするが、相手は老いたとはいえ男性。16のか弱い少女が敵う分けない。
「ダメですな、姫様。もっと悲鳴を上げてくれませんと、私もこんなことやっている甲斐がありません」
大臣の生ぬるい息が、耳にかかり、肌が粟立つ。
「ほら、姫様。少し泣いてくれれば、私はこれ以上何もするつもりはないのですよ?」
優しく、リィシャを諭すようにそう言うが、言葉に粘っこい、気持ち悪いものが付きまとっていて、恐怖心を煽る。
「大臣殿、その辺で。我々の目的は、この国の機密情報なのですから」
「おっと、そうでしたな。――――――――では姫様。吐いてもらいましょうか、この国の秘宝の在りかを」
(秘宝…?そんなもの―――――)
「知らない」
「嘘はいけませんぞ、姫様」
「知らないと言っているのが分からんのか?」
リィシャが強く吐き捨てる。
「あなたは、痛い目に遭いたいようだ」
そういうと、大臣は乱暴にリィシャの髪をつかみ、壁へとリィシャの額を押し付ける。
「さぁ、吐きなさい。秘宝はどこですか?」
「し…ら、な……い……」
大臣は苛立ち混じりに、髪をつかみ、入ってきた扉の床へと向かってリィシャを叩き付けた。
「あなたが知らないはずがない!!」
リィシャは咽ながら、体を起こす。
「知っていても、あなたには絶対に教えない!!」
大臣が力任せにリィシャの腹部を蹴り上げる。その拍子に、リィシャの口から鮮血が数滴落ちる。
「ほら、早く吐いてしまいなさい。そうすれば、痛いのはすぐに終わりますよ」
(痛い…見えないから、怖い………だけど)
「絶対に教えない!!」
大臣がリィシャの右の二の腕に剣を突き刺す。
「痛っ…………!!」
剣はリィシャの肉を裂き、その先の床にまでたどり着いた。リィシャは、剣が右腕と床とを縫っているため、身動きが取れない。
それに加え、右腕を縫いとめている傷口から、出血しているため段々意識が遠くなってゆく。
(くそっ…こいつの思い通りになってなるものか…!!)
大臣が部屋に入ってきた他の者たちと何やら話している。が、リィシャからすれば好都合だった。大臣の目がこっちを見ていないうちに、リィシャはすばやく床と右腕を縫っている剣を音もなく抜く。そして、体を起こす。
たったそれだけの作業で、額から汗が噴出し、体が重くなる。相変わらず腕からは血があふれ出しており、止血しないとそろそろまずいと思われる。
と、そこで大臣に気付かれてしまった。
「おやおや、ダメですよ姫様。動けば血がたくさん出てしまうではないですか。―――――――ほら、じっとしていて下さいね」
そういうと、大臣はリィシャを近くの机の脚にロープで括りつけた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
コツ、コツ、とブーツの音が鳴る。暗闇の中、腰に日本刀を、両手に一丁ずつ拳銃を持ち、完全武装したアレクが、歩を進めていく。
「リィシャと昔通った道は…」
記憶を探りながら歩を進めていくアレク。
「ビンゴ!」
アレクの前に王家の紋が描かれた扉。少し押すとそれは開かれた。
「なんだ…これは…」
開かれた扉の先には、短い間隔で血だまりが廊下を横切るように点在していた。アレクはそれを注意深く観察した。
「まだ、新しい…」
血だまりが続く方へと、警戒しながら歩を進める。
そして、人の気配が突如複数出てきた。
(誰だ…?城の人間か…?)
まだ距離があるせいで、はっきりと会話を聞き取れない。
「……様、どこに……か?王家に………るでしょう?…秘宝…さぁ。我らに……在りかを……さい」
この声には、聞き覚えがあった。
(確か、大臣だ)
「大臣、早く……と………爆発…ぞ」
(大臣のほかに…一人…)
「そう…早………吐かせ……在りか…!!」
(二人…)
「姫さ……痛…目………早く…吐け!!」
(三人だな)
「…り。…が……教える…!!……なら、死ぬ……ましだ!!」
(今のは…リィシャ!?)
隠れることをやめ、すぐさま声のする方へと走っていくアレク。アレクが大臣たちの背後に近づいてから、やっと大臣が気付いた。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○
「誰が言うか!!」
机に縛られても、言わずに暴れ、大臣たちの思い通りにさせない、という誓いが意識を手放しそうになるのをかろうじで留めていた。
「くそっ、どうする?」
「どうするも、秘宝を手に入れるためにはこいつから情報を得るしかねぇだろ」
大臣たちが話している間に、リィシャは必死に逃げ出すことを考えていた。散々暴れたおかげで、縄は緩んだ。あとは、タイミングを見計らって正面の扉から走って逃げ出すだけだ。
好都合なことに、大臣たちはまだベラベラとしゃべっている。
(今しかない…!)
リィシャは、タイミングを見計らって勢い良く紐を引きちぎり、音もなく立ち上がり廊下へと走っていった。運がいいことに、大臣たちは部屋を抜け出したリィシャに気付いていない。
リィシャは出来るだけ遠くへ、と思い逃げる。が、傷口から血が未だにあふれ出ているため、すぐに力尽きそうになる。その度に、足を止め、呼吸を整え、再び走り出す。これを繰り返していた。その結果、振り返ると血だまり→転々とある血のあと→血だまり…と、廊下いっぱいが血だらけになっていた。
そして、運悪く大臣たちがリィシャがいなくなっていることに気付き、血だまりを追ってきた。結果は明白。血だまりを追えばリィシャにすぐ追いつけるわけで、再び大臣たちに囚われた。
「リィシャ様、どこにあるのですか?王家に伝わっているでしょう?王家の秘宝…さぁ。我らに秘宝のありかを教えて下さい」
大臣が詰め寄ってくる。リィシャは、それを必死に避けようとするが、如何せん、傷口が痛んで体が上手く動かず、捕まってしまう。
「大臣、早く吐かせないと、この城は爆発するぞ」
「そうだ。早く吐かせるんだ、秘宝の在りかを!!」
「姫さん、痛い目に遭いたくなかったら、早く在りかを吐け!!」
「お断り。誰がお前たちなんかに教えるものか!!教えるなら、死ぬ方がずっとましだ!!」
そういうと、リィシャは懐から小さな刀を抜きだした。そして、それの先を自分の喉へと向けた。
「動かないで。動けば自害する」
リィシャは、刀の切っ先を自分の喉元から動かす気配がない。
「この女!!調子に乗るな――――!!」
大臣と共に来ていた男が、刀を握るリィシャの手を蹴り上げようとした、次の瞬間。
「誰だ!!貴様は!!!」
大臣の大きな声が聞こえ、一瞬男の足が止まった。リィシャは、その隙を見逃さなかった。
(今しかない!!)
刀をそのまま喉に突きたてようとした。が、強く、大きな手がリィシャの刀を持つ手をしっかりと摑み、それを阻んだ。
「間一髪…俺の肝まで冷えたぞ?」
その手を辿ると、そこには数年前に死んだはずの、幼馴染がいた。
お久しぶりです。沢間です。
最近、一話、一話が物凄くなっている気がします。長くて、読みにくいかもしれません。すみません。
最近になって、また、話をどこで区切ろうか迷ったりしています。
こんな沢間ですが、これからもよろしくお願いします。